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【48】ガードリー伯爵

 その日はもう夕刻に差し掛かっていたが、それでも俺たちの来訪が伝えられると急遽晩餐会の用意が始められることとなった。

 城門をくぐり、荷物などを預けると俺とソラスが通されたのは食堂。

 兎にも角にも、広い部屋だ。中央に鎮座したテーブルも長く、かなりの人数まで座ることができそうなほど。


「しばらく、お待ちください。伯爵をお呼びして参ります」


 メイドがそう言って退室したのを見送った後、俺とソラスは揃ってぽかんと口を開けながらその広大過ぎる部屋を見回す。


「広い、ですね……」


「ああ……」


 子供並の感想しか出てこないまま、立ちっぱなしで佇む俺たち。

 ふと視線を移ろわせて、壁に掛けられている大きな絵画を眺める。

黒い鎧を纏った禍々しい何かと戦う人々を描いたその絵は――


「それは、『勇者と魔王の戦い』という絵です」


 部屋の向こう側から声が聞こえてきて、俺はそちらへと視線を向ける。

 すると、扉を開けてそこにいたのは――豪奢な長衣ブリオーをまとった恰幅のいい中年の男であった。


「10年前の戦いを描いたものでな……なかなか良い絵であろう?」


「……ええと、貴方は」


「……ああ、申し遅れたな。私はゴドウィン・ガードリー。このあたりの所領を治めている者だ」


 気さくな笑みを浮かべる男――ガードリー伯爵に、俺とソラスは揃って直立不動の姿勢で固まる。

 そんな俺たちを見て苦笑しながら、伯爵は奥の席に座って告げた。


「ウォーレス殿だな。そちらのお嬢さんは、連れの者か。……まあ、そう固くならずに掛けよ」


 そんなガードリー伯爵の言葉に従って、俺とソラスはガチガチに緊張しながら席へとつくと、


「ウォーレスです、本日は……お招きに預かり光栄です」


「私はソラス。ソラス・トライバルと言います。招待されてはいませんが、ついてきました……」


 テンパっているせいか余計なことを言うソラスであったが、伯爵は「がっはっは」と愉快そうに笑う。


「ウォーレス殿に、ソラス嬢――む、トライバルということは、まさかあの『光剣』ミザリ・トライバルの身内か」


「父、です……」


 ソラスの返事に、伯爵はわずかに目を丸くして「ほう」と声を上げた。


「レギンブルクの英雄を招いたと思ったら、まさかあの勇者の娘御までご一緒とはな。これは光栄なことだ」


「あ、ははは……」


 緊張しすぎて、どう反応すればいいか分からずに曖昧な笑みを浮かべる俺とソラス。そんな俺たちを順に一瞥すると、伯爵は笑みを崩さぬままに続けた。


「さて、挨拶はそのくらいにして――いや、いや。長旅ご苦労であったな、ウォーレス殿」


「ああ、いえ……大丈夫、です。迎えの馬車の乗り心地も良かったし」


「それは良かった。御者への報酬は弾んでおかねば」


 そう言って豪快に笑うと、伯爵は椅子に深く腰を沈めて。


「さて、貴公には色々と話を聞きたいものだが――」


 そう言いかけた矢先、その言葉を中断したのは、ソラスの腹が鳴る音だった。

 小動物の鳴き声めいたその音に、彼女は顔を真っ赤にして。

 そんな彼女を見つめて――伯爵は呵々大笑する。


「いや、いや。そうだな、失敬。長旅の後だ、腹も減ったろう――話は食事の後にでも、ゆっくりと聞かせてもらうとしようか」


 そう言って伯爵が指を鳴らすと、後ろで控えていたメイドが扉を開ける。

 すると既にそこに控えていたメイドたちが、料理の乗せられたカートを押して入ってくる。

 香ばしく焼き上げられた肉に、黄金色が眩しいパンの盛り合わせ。青々とした野菜で彩られたサラダにスープ、その他諸々。

一通り、俺たちの前に絢爛豪華な料理の数々が並べられ、手元のグラスに飲み物(俺と伯爵は赤ワイン、ソラスは水だ)が注がれたところで――伯爵は傍のメイドに向かって眉をひそめながら口を開いた。


「キースはどうした?」


「体調が悪いから行きたくない、と」


「下らん。引きずってでも連れてこい」


 険しい顔でそうメイドに命じた後で、伯爵は苦笑を浮かべながらこちらへと向き直った。


「いや、いや。せっかくの英雄との会食だ、是非ともせがれも同席をと思っていたのですが……なかなか気難しい年頃でな。お二人を待たせるのも悪い、先に乾杯といきましょう」


 そう言って伯爵は手元のグラスを掲げて。俺たちもそれに倣ってグラスを掲げたのを確認すると、彼は厳かに告げる。


「それでは、レギンブルクの英雄との出会いに――乾杯!」


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