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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
聖炎の守護者
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97 助っ人

 レサンタ国王妃ベリザーナ。

 彼女は幼少時をフェノールで過ごした。

 生まれながらにして強力な魔力を持つ彼女は、その使い方をきちんと学ぶためにフェノールへ預けられたのだとエステルはコスモスに教えてくれる。

 城内に飾られている肖像画を見たコスモスはとても美しい人だと思ったとその姿を思い浮かべた。王子であるフランは間違いなく母親似だと頷いてしまったが、逆にそのせいで彼は苦労している。

 女顔というわけではないが中性的な顔立ちで、歳も幼く声変わりもしていない。

 彼と初めて会う人物が性別を間違えてしまうのも仕方がないことだ。

 間違えた人もきっと悪気はないと思う、とコスモスは飛び散る液体が防御壁にぶつかったのを見てため息をついた。

 夢の中、王妃の精神世界はロッカの時と同じく不気味で化け物が徘徊していたり、わいて出る。


『うーん。ロッカの時とほぼ同じですね』

『そうだな。あの時よりも行動範囲が広いだけ疲労も大きいが』

『お疲れなら少し休まれたらどうですか?』

『コスモス、お主はなんともないのか』

『そうですね。特になんともないですね』


 帰れない状況で休息をとるというのも難しいとは思うが、とコスモスが言えばエステルは少しの後で小さく笑った。

 楽しいことを言った覚えはないんだけど、と反応に困るコスモスの頭の中で呆れたような声が聞こえる。


『能天気なやつには敵わぬなぁ』

『それ関係あります?』


 この場所に来てからエステルの様子が少し変なので気を遣っていたコスモスだったが、そんなものは無用だと思い知った。

 寧ろ、この状況では一蓮托生のようなものだから自分がしっかりしないといけない。

 いくら攻撃力が低い相手ばかりだとはいえ、油断は危険だ。

「アジュール、何かある?」

「ふむ。何かと言われてもな。恐らくロッカの時と同じく最深部に行けば何とかなるだろう」

「場所分かるの?」

「邪魔する魔物がより強くなれば当たりだと思うが」

「そういうもの?」

「情報収集するにしても、ロッカの時のように残留思念が転がってればいいんだが。そう上手くいかないな」

 そう言われるとあの弾力のある光る球体をここでは見ていない。ロッカの時はあれが色々な場所に転がっていたお陰で先に進めたようなものだ。

 潜入してから時間も経つだろうが、それらしいものを全く見ていないという事は糸口が無いにも同じかとコスモスが考えていると、アジュールが蹴散らした魔物から何かを咥えて走ってくる。

 どろり、とした黒い何かにまみれているそれを咥えたまま見上げてくるアジュールに、コスモスは顔を歪めた。

 早く受け取れと言うエステルの声を聞きながら、彼女は仕方がなさそうにそれを受け取る。

 生温く微かに脈動し、ほどよく弾力のあるそれは生物の臓物を想像するがそれはコスモスの手の中で呆気なく弾けた。

「ぎゃ!」

『ふーむ』

「……特に何もないな。ハズレだったか」

 ロッカの時には過去の記憶が再演されて、それが解決への糸口となったのだが今回はそれがない。

 毎度毎度そういう流れになるとは限らないということか、と思いながらコスモスは消えてゆく球体だったものを見つめた。

「やっぱり、情報が少なすぎますよね」

『そうはいってもな。空ろ病が流行り始めてから王妃が突然昏睡した、ということくらいしか分からないからな』

「せめて、昏睡する前に何かしら予兆があるなり気になることがあった、とかあれば良かったんだけど」

「そうそう上手くいくわけもない、ということだ。マスター」

 軽くクリアさせてほしいものだと溜息をついたコスモスに、アジュールは軽く伸びをして周囲を見やる。

 エステルの指示に従って移動しながら、襲ってくる魔物を撃退していく。前衛で攻撃するアジュールに疲労は見られないのが頼もしい。

 コスモスは防御壁を張りつつ何か手がかりになるようなものはないかと探していた。

「他の人たちにそれらしい症状はみられないのに、王妃様だけピンポイントでっていうのも気になるんだけど」

「ヴェスの町に訪れたこともなく、空ろ病患者と接触したこともない。確かに、王妃だけが突然空ろ病になるというのも不思議な話だ」

『あの蝶のことだ。不思議なことがいくらあってもおかしくはないがな』

「確かにそうですよね。あの黒い蝶については謎が多すぎて」

 どのような理由で、どんな目的をもって出現するのか。それは蝶の意思なのか、それともその蝶を操って何かをしようとしている誰かがいるのか。

 想像はできるがしょせんは想像だけだ。

「悩んでいてもしょうがないだろう。立ち塞がるなら撃破するまでだ。あの小娘ロッカと同じ状況ならば王妃にとり付いてる何かを倒せばそれで済むだろう」

「いやぁ、まぁ、うん。そうね」

『脳筋か。魔獣らしいといえばらしいが』

 続く戦闘に興奮しているのか戦闘狂のようなことを口にするアジュールに不安を覚えながら、今に始まったことじゃないかと小さく溜息をつく。

 同じようなタイミングで溜息をついたエステルとしばし無言の後、コスモスは明滅する球体を見つけて拾い上げる。

 程よい弾力を確かめるようにすれば、それは呆気なく弾けて消える。

「またか」

『ふぅむ。前回と同じようにというわけにはいかんか。簡単に済んでくれると良いと思ったが……こんな場所まで出てきてそういうわけにもいかぬか』

「王妃様は一体どこにいるんでしょうね」

 強い魔獣の気配がするのは王城だとアジュールは言っていた。だからこそそこを目指して移動しているわけだが、何となくコスモスはそう口にする。

 その言葉に反応するように球体を触っていた左手からフワッと靄のようなものが浮かび上がり、どこかの景色を映しだす。

「ん?」

 立派な建物に囲まれ、噴水や花が咲いている。城の中庭だろうかと首を傾げるコスモスに、エステルはアジュールを呼び戻すように告げた。

 言われるがままコスモスは少し離れたところで魔物を狩っているアジュールを呼ぶ。

 彼は目の前の獲物を仕留めてから近くにある水溜りで顔や口を洗うと、大人しく戻ってきた。

「どうしたマスター」

「いや、エステル様が気になることがあるらしくて」

『王妃は城にはおらぬ。いるとするなら、魔術院の中庭じゃ』

 先ほどの靄に映った景色を見て目的地を変えると言うエステル。コスモスに反対する理由はないがそれが罠だということもあると不安を口にした。

 大人しく主の独り言を聞いていたアジュールは、主の声しか聞こえないというのにも関わらずエステルの意思に賛同するように頷いた。

「マスターが心配するのも分かるが、土地勘があるエステル様がそう言うのであればそうなのだろう」

「うーん。そうなんだけど」

「そんなに心配ならば、王城の様子を私が見てこよう」

「えっ」

「マスターはできるだけ安全な場所で待機していてくれ。何かあればエステル様がいるから大丈夫だとは思うが。では、行ってくる」

 ちょっと待った、とコスモスが言い終わる前にアジュールは己の影の中にその姿を消した。

 そう言えば影に潜むことができたんだった、と思いながら去ってしまった魔獣が戻ってくるのを待つべくエステルの指示で場所を移動する。

 アジュールならばどこにいても探し出すことはできるだろう。


『しかし、影から影へと移動しながら王城の様子を窺うとは便利な獣だのぅ』

『最初からそうしてもらえば良かったですね』

『どのみち王妃がいる場合は我らが行かねばなるまい。アジュールも愚かではないから、様子を見て戻ってくるだろうな』


 コスモスに向かってやってくる魔物はどれも弱いもので、防御壁に触れると同時に消えていく。小さな蝶になって消失していく様が綺麗だなと思ってしまった。

 見知らぬ街の様子にを眺めていると、エステルが懐かしいものだと呟いた。

 エステルがいつから神殿にいるのかは知らないが、今は砂漠地帯のフェノールがこれほど緑豊かで大きな国もあり栄えていたのだ。


 この時代のこの国を観光してみたかったと思っていると、エステルは小さく笑う。

『ところで、コスモス』

『はい。何でしょう』

『祠の護りを誰に頼んだかそろそろ教えてくれても良いのではないか? 祠の主としては礼も考えねばならなぬからな』

『ああ、そうでしたね。本当は帰ってから対面した方が面白いかなと思ったんですけど』


 うっかり本音が出てしまったコスモスの言葉にも気にせず、エステルは早く言えと急かしてくる。

 怒らないでくださいね、と言いながら彼女は自ら居残りを決めたイグニスの名前を上げた。

 元々イグニスとはエステルの祠で出会ったのだ。実家とも言える場所が危ないかもしれないと聞けば帰りたくなるのは当然だろう。

 主の元に残れない事を気にしていたが、エステルの留守を守ってくれたら助かるとコスモスが言えば彼は喜んで飛んでいった。


『それと、陽炎様ですね』

『……は?』

『いやぁ、駄目だろうなぁと思ったんですけど二つ返事であっさり了承してくれて驚きましたよ』

『は?』


 刺激に飢えている様子だったので丁度良かったのだろうか。防衛専守で積極的に攻撃しないようにお願いしているので惨事にはならないはずだ。

 イグニスにその事を伝えていないので現地で対面するだろうが、何とかなるだろう。

 自分に対して怯える彼を見て、陽炎は楽しそうにおもちゃにするかもしれないが限度くらいは分かっていると思いたい。

 いざとなればケリュケもいるから何とかなるだろうと思っていれば、間の抜けた声を出していたエステルが大声で叫びだす。

 頭の中がくらくら揺れながらコスモスが瞬きを繰り返すと、珍しく動揺したエステルが額に手を当てた姿が想像できた。


『お前……お前というのは本当に。ああ、いや、でも今更どうしようもないからな。しょうがないが、いやしかし…』

『久々に外界に出られるので別に対価は必要ないと言ってましたけど。まぁ、プリニー村を襲ったじゃないですかと言ったんですけど、あれは本人が出て行ったわけではないので外出にはあたらないそうです』


 楽しそうにはしゃいでいた陽炎の姿を思い出して、まずいことをしてしまったのではないかと思いつつも祠を守るためならしょうがないとコスモスは自分に言い聞かせた。

 エステルも始めはその名前にピンとこなかったらしいが、すぐに理解するとコスモスの予想に反して怒ることはなかった。


『はぁ。全く、厄介なものじゃ。確かに、この上なく安心できる戦力ではあるが…』

『対価なくていいってところが、ちょっと怖いですよね』

『ちょっと、で済めば良いのだがなぁ』


 今更どうすることもできないが、想像以上の頼れる存在ではある。

 アジュールが懸念したようなことが起こったとしても、寧ろ敵のことが心配になってしまうくらいに。


『しかし、アレがよく了承したものよなぁ』

『退屈してたんじゃないですかね』

『コスモス、私は時折お主がとても恐ろしくなる』

『そうですか? 陽炎さんの気まぐれだと思いますけど。私がきっかけになっただけで』


 断られると思ってましたからねと告げるコスモスに、エステルはいつ頼んだのかと尋ねる。すると、コスモスは夢の中で再会したので、お願いしてみたと言った。

 夢だから現実にはならないだろうと思っていたが、トシュテンが祠に陽炎の気配がすると教えてくれたので夢でのお願いを聞いてくれたのだと素直に喜んだらしい。

 夢で大精霊とあって軽々しくお願いしてしまうコスモスも頭が痛いが、祠に大精霊の気配がすると感知したトシュテンも侮れない。

 あの男の手下はいたるところにいるのかもしれないな、と思いながらエステルは溜息をついてトシュテンが嘘を言っているだけかもしれないとコスモスに言った。


『ああ、それはないと思いますよ。まぁ、ただの勘ですけど』

『そうか。確かに、あの男がそんな嘘を言ったところで得はないからのぅ』


 それでも祠の主たる自分が気づかずに、あんな若造が感知できるのが腹立たしいのも事実。最近、コスモスと行動を共にしすぎて感覚が鈍ってしまったのだろうかとエステルは少し不安になった。


『エステル様に気づかれたら面倒だから、極力気配は消すと言ってましたけどね。陽炎さん』

『……あやつ、私をからかっておるな』

『気を遣ってるんじゃなくてですか?』

『コスモスに掛かりきりで油断してるのを分かって、容易に侵入できたぞ主なのにお前はマヌケだなぁと笑うような輩じゃ。絶対に、そう思っておる!』

『まぁまぁ。何事も無ければ遊びに来ただけってことでいいじゃないですか』


 祠の護りはエステルがいつも言っているように強固である。

 コスモスのようなイレギュラーならともかく、通常攻撃では傷すらつけられないとトシュテンも言っていた。不確実な勘だけに頼って守りを固めたものの、過剰戦力と言えなくもない。

 保険はかけておくにかぎるからなぁ、と心配性のコスモスは小さく欠伸をした。



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