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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
聖炎の守護者
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95 そして暗闇へ

 丁重な扱いを受けて。

 美味しいご飯を食べて、快適な部屋に泊めてもらう。

 最初からこういう展開になるのは何となく予想ができていたコスモスだが、愚痴らずにはいられなかった。


『うわー。分かってましたけど、分かってましたけど!』

『だったら、落ち着かぬかコスモス』

『どす黒くて暗くて、はぐれるし最悪じゃないですか』

『罠が仕掛けられてると気付くのが遅れたせいだな』


 コスモスがいる場所は見渡す限り真っ暗な世界で、方向感覚が狂う上に何が出てくるか分からないという恐怖があった。

 頼りになるアジュールもどこかに飛ばされてしまったのだろう。いつも一緒にいるイグニスの姿もない。

 前回と同じようにライツも共に来ていたのだが、やはり彼ともはぐれてしまっている。

 ただ、コスモスの頭の中でエステルが彼女を慰めるように声をかけ続けているだけましなのだろう。

 遮断されてしまうかと思った通話はいつも通りクリアで何の邪魔も無いとエステルは告げていた。


『ううう……何だか、既視感を覚えて嫌な予感』

『あぁ、目玉だらけのやつか』

『思い出させないでくださいよ』

『その心配は無いだろうから、安心して進むが良い』


 そう言われてもどこへどう行けばいいのか分からないコスモスは、きょろきょろと辺りを見回しながら何か無いかと探していた。

 暗闇に目が慣れても、慧眼を使おうともここでは効果が無い。

 黒はいつまで経っても黒で、他に何もないのが感じ取れた。

 遭難した時はその場でじっとしているのがいい、とばかりにコスモスはその場で留まったままエステルに助けを請う。

 何か見えたり感じたりしないのかというコスモスの問いに、エステルは小さく唸って「何もないのう」と呟いた。


『出入り口とか、隠し通路とか?』

『それらしい気配は何もせん。密閉された空間に閉じ込められ隔離されたような感じだな』

『洒落になりませんて。ここでその発言は、本気で洒落にならないんですから!』

『お主得意の通り抜けも通用しないようだからのう』


 そうだ。床があるのだから通り抜けてしまえば違う場所へ行けるかもしれない。そう思った彼女はすぐさまそれを実行したのだが、いくら通り抜けても何も変わらなかった。

 最初に落ちた地点からどれだけ離れているのか、もしかしたらまたその場所に戻ってきてしまったのか。

 それすらも分からずコスモスはぐったりした様子で恨み言を口にする。


『エステル様の代理なんて引き受けるんじゃなかったです』

『そう言うな』

『だって、エステル様はその気になれば通話切ればいいんですからいいじゃないですか。見てるだけで』

『……コスモス。何か探せ。何でもいい。何か手がかりになるようなものを探すのだ』


 少しの間の後でいつもより硬質な声の響きでコスモスに指示を出すエステル。それを聞いたコスモスは、調べても何も無かったと言ってるのにと思いながら溜息をついた。

 何かあればすぐにそれを報告している、と心の中で呟いた彼女は何か無いかと必死に呟く声を聞いて首を傾げる。


『エステル様……もしかして?』

『このままでは私も肉体と隔離されたままだ。くっ、寧ろこれが狙いか? 私の肉体と精神が分離した瞬間を狙うなど……』

『あぁ、じゃあ頼んでおいて正解でした』

『は?』

『外の守りはグレンと騎士、魔術師の皆さんに任せてますしエステル様の祠にはオールソン氏を』

『おいこら、やめぬか! あんな男など私もいらぬわ!』


 戦闘力としては使える駒だと思いますよと告げるコスモスに、頭の中でエステルが喚く。

 彼女もコスモスを通して色々見てきただけに、あまり親しくしたいという気が起きないのだろう。

 それに第一、エステルが居る場所は神聖なる祠であり許可無く立ち入ることなどはまず無理だ。

 エステルがフェノールを覆うように展開させている結界を仮に突破できたとしても、祠を覆う強力な結界を破るのは難しいだろう。

 そんな真似をすれば最後、全世界に手配書が回ってしまう。


『と、思ったのですが仕方ないのでオールソン氏には王子と行動してもらってます。ま、騎士団の団長さんも一緒ですから何かあれば叩き切られるだけでしょうし、ね』

『……そうなれば良いと、思っておらぬか?』

『いえ、さっぱり。あの素敵なおじ様の爪の垢を煎じて飲め! と思う程度ですよ。ホホホホホ。それで、エステル様の所が何となく心配だとアジュールが言っていたので念のために心強い方にお願いしておきました』


 今思えばアジュールはこうなる事を予期していたのだろうか、とコスモスは考える。

 上手く言えないと呟いていた彼がこんな事を隠していたとは思えないので、漠然とした不安と捕らえていいだろう。

 いつでもどこでも傍にいてくれると言った従者の姿が無いとは、と勝手な八つ当たりをしていると黒く塗りつぶされた闇が小さく動いたような気がした。

 気持ち悪いと周囲を必死に見回して、何かの気配を探ろうとするコスモスだが残念なことに何も感じない。

 見えないから、分からないから余計に不安になって恐怖を感じるのだと誰かが言っていたが本当にその通りだとコスモスは後退りした。


『して、誰なのだ? 誰を寄越したのだ? そもそも、私の張った結界は何者にも破れぬぞ!』

『それはフラグですって』

『ふらぐ?』

『現に私が破ってしまったじゃないですか』

『まぁ、あれは正確に言うと破るとはまた違うのだがなぁ』


 油断していたわけではない、と呟くエステルの声を聞きながらコスモスは目の前の景色が揺らいだような気がして大きく距離を取った。

 緊張して嫌な汗が流れる。

 ゆっくりと動く何かに目を凝らし、必死に慧眼を使って探ろうとしていれば白い影が現れてコスモスは悲鳴を上げた。

 逃げようとするも、足が動かない。


『落ち着け、コスモス。害はないようだ』

『え? でも、こんな所で怪しすぎる』

『それはこちらも同じだ』

『いや、まぁ、それを言われると……』 


 妙に冷静なエステルの声に少し落ち着きを取り戻したコスモスは、動かない白い影をじっと見つめる。暗闇にぼんやり浮かぶ白い影は少女のようにも見えたが、不思議と恐怖はなかった。

 白い影はコスモスが落ち着いたのを見てゆっくりと移動を始める。

 ついて行くべきか無視するべきかと悩む彼女を誘うように、白い影は少し進んだところで止まりコスモスの反応を待っていた。


『……行くしかないですよね』

『だろうな』


 ゆっくりと白い影に近づいていくと、白い影は再び移動を始める。時折止まってはきちんとコスモスがついて来ているのか確認する様子が可愛らしい。

 可愛いと思ってしまった自分に、余裕があるなと他人事のように思いながらコスモスは白い影を追う。

 どこをどう移動しているのか分からぬままどのくらいの時間が経っただろうか。前方にいた白い影が暗闇に溶けるように消えたと同時に、視界が揺らいだ。

 目的地に着いたのかと緊張しながら慧眼を使う。

 暗闇に浮かぶ赤い光が二つ、きらりと光った。

 コスモスが「あ」と思った瞬間にそれは弾丸のように飛んできて間合いを詰める。

 防御膜に阻まれて触れることができなかったが、ぶつかった時に一瞬だけ周囲が明るくなった。

「アジュール!」

「マスター。良かった、無事か」

「いきなり体当たりしてくるとか、仮にもマスターを苛めるのは良くないと思います」

「周囲の気配を探っていただけだ。マスターは無防備だから困るが、ちゃんと防御はしているみたいで安心した」

 出てくるなら出てくるで、もったいぶらずにその姿を現せば良かったのにと唇を尖らせるコスモスに、アジュールは周囲に同化するように彼女の足元でゆっくりと伸びをする。

 心なしか目が輝いており、その力もいつもより増しているような気がしてコスモスは首を傾げた。

「なんでそんなに生き生きしてるの?」

「闇の気配が濃いからかもしれん。他の人間にとっては辛いかもしれんがな。マスターは平気か?」

「あぁ、うん。ただ暗くて見えないだけで他は別に」

 変な圧迫感があるとか、嫌な感じがするとかそういう事は無いコスモスは防御膜のお陰かと自分の周囲に張ってある透明なソレを軽く突いた。

 ぽよん、と弾力性があり指を伸ばしても突き抜けることは無い。伸縮自在で便利なものだ。


『コスモス、そんな事は良い。それより、こちらに来るというのは一体誰なのだ?』

『エステル様とは仲が良い方だと思いますよ』

『なんだ! 教えてくれぬのか!』


 言ってもいいが、それはそれで怒鳴られるかもしれない。どうなるか分からないので、実際その人が現れてからでいいやと思うコスモスだった。

 彼女は渋るエステルを宥めながら他のメンバーと合流しようと提案する。

「しかし、それはまた難しいな」

「あ、アジュールはどこからきたの?」

「どこから。それもまた不思議な話だ」

「哲学的な話じゃないからね」

 目を細めて遠くを見るような表情をするアジュールに溜息をついて、コスモスは頭を掻く。闇に紛れるように突如現われたアジュールを思い出して、彼女はある事を思い出した。

「そっか、影に隠れられるから、影から影へも移動できるって事?」

「マスター。影は、光あってのものだ。ここには光が無い。唯一発光していると言えばマスター自身くらいだな」

「は!?」

 そう言えば前も光ってるとか言われた様な気がするとコスモスは自分を見回した。

 だが、自分の姿がぼんやり見えるというくらいで別に光っているとは感じない。不思議そうな顔をしていればアジュールが苦笑した。

「マスターが動けば、あいつらもそれを目印に集まって来るだろう」

「えー。そりゃ、合流するのが一番だけど、そう簡単に合流ってできるのかなぁ」

「わざわざ潜った時点で我々を分断させたくらいだからな。各個撃破という形を取ったのか……いや、それだと我々の力を強く見過ぎているような気もするな」

 ぶつぶつ、と呟いているアジュールの言葉に頷きながらコスモスは小さく唸った。頭の中ではエステルが静かに彼女たちの話に耳を傾けていたのだが、ふと何かを思い出したかのように口を開いた。


『コスモス、この暗闇は僅かに揺れてはいないか?』

『え? 揺れたりしてたのはアジュールが潜ってたからでしょう?』

『いや、違う。アジュールと合流してから、闇が動いているような気がする』


 怖いことは言わないで欲しい。

 いくら頼りになるアジュールがいてくれるからと言っても自分の身は自分で守らなければいけないのだ。しかも、今回はどうやらエステルが彼女の中から出られないらしいときた。

 何が何でも回避、防御して、無事にこの場所を出なければならない。

 しかし、原因を究明する前に戻ってしまえば二度とこの場には戻ってこられないような嫌な予感もしてコスモスは眉を寄せた。

 一度外に出て中での様子を元に作戦会議をし、再度突入というのが理想的だ。

(でも、この状況だともし仮に一回外に出られたとしても再突入できるかどうか。しかも、前より酷い状況になってそうな気もする)

 不安を煽っているのではなく、そんな予感しかしないのだ。

 それはここに潜る前にエステルが告げた言葉とも似ている。

 彼女は『嫌な予感がする。充分に気をつけよ』と告げたのだ。漠然としていて具体的ではなかった為に、潜って早々仲間とはぐれて一人ぼっちになってしまったのだが。

 そして、エステルが言っていた嫌な予感とは自分がコスモスの中から出られなくなるという事ではないかと考えた。

 現にエステルが頭の中で『うぬぅ、こんな事ならばもう少し時間を置いて来るべきだった』と非常に後悔しているからである。

 自分の体やケリュケ、ゴンザレスたちの事も心配なのだろうとコスモスは彼らの姿を思い浮かべた。

 乱暴な口調と見た目だったゴンザレスは、今ではその面影も無い。イケメンと呼ばれる美形になってしまった彼だが中身はまだそのままなのでホッとしている。

 そして、甘く柔らかで居心地が良かったケリュケは見かけによらず強そうだから例え侵入者が来ても大丈夫そうだ。

(きっと、あの方はもう祠に潜んでるんだろうなぁ。お願いしたら二つ返事でしかもノリノリだったのは驚いたけど)

 駄目元で頼んでみるものだ、と思いながらコスモスは闇を歩くアジュールについて移動してゆく。

 精神的に削れてゆくものはあるが体力には問題ない。

 自分の状態と念の為アジュールの状態を確認した彼女は大きく頷いて、振り返った彼の頭を撫でた。

「マスター。向こうからどうやらお出迎えだ」

「頼んでないんですけど」

 ぼんやりとしていたコスモスは、どことなく嬉しそうな獣の鳴き声に慌てながら体勢を整える。ゆらり、と揺らめく闇が次第に近づいてくるのを見つめながらゴクリと唾を飲み込んだ。




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