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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
聖炎の守護者
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86 亜人

 人間が好き。

 人の作る物が好き、人の世界が好き。


 わざわざ本来の力を封じてまで人間社会で暮らしたいと思うような亜人は、ほとんどがそんな人物なのだとエステルは言った。

 中には無理矢理連れてこられた者もいるらしいが、堂々と亜人を取り扱う店を開いているところはそんな亜人ばかりらしい。


『物好きな……』

『亜人も色々存在するということだ。人間社会で暮らすには、亜人の力は強すぎるからの。隷属のしゅを刻まれても人が住む場所にいたいと思うのだから酔狂と言えば酔狂だな』

『自ら進んでなんて、想像できませんね』

『大昔に戦争があった頃は敵国の捕虜や一般人を奴隷として売り買いしていた時代もあったがなぁ』


 それでもコスモスには未だに理解しがたい事だ。

 確かに彼らには彼らの考えや思いがあるのだろうが、わざわざ自由を縛られてまで人間社会で暮らす得など無いように思える。

 好きだという気持ちだけでそんなにできるものか、と怪訝な表情をしていればエステルが笑った。


『私の元におる門番たちも、ほとんどが亜人だ』

『え!!』

『あやつらは、何でもいいからここに置いてくれというのでな。亜人ならば能力も高く守護にはもってこいだから仕方なく雇ってやったら増えておった』

『え、ってことは買った? ってことでいいんですかね』

『買ったというより、逆指名されて買わされたと言うべきか』


 砂漠と神殿しかないフェノールを思い浮かべたコスモスは、何かに気づいた様子で恐る恐るエステルに尋ねる。


『え、じゃあゴンさんとか、ケリュケさんも?』

『ああ、そうだ。短命の人間と違ってあやつらは生命力も強く、長寿だからの』

『確かにそれはそうですけど』

『お主の慧眼では種族までは見分けられぬか』

『私の経験による知識にないものは、無理みたいですね。判らなくても教えてくれるような能力なら便利でいいんですけど』

『知識がないから封されたまま、ということもあるか』

『今のところ、知らないことはエステル様やアジュールが教えてくださるので助かってます』

『ふふん。もっと敬ってもよいぞ』


 神聖な場所だと言っていたがそこに亜人が存在しているのはいいのだろうかと疑問になる。

 主であるエステルが「良い」と言うのなら問題はないのだろうが、と考えてコスモスはレサンタの代表にアジュールを紹介した時の事を思い出した。

 絶対に驚いて悲鳴を上げ、衛兵でも呼ばれるかと思っていたのだがそんなコスモスの想像に反して彼女は興味深そうにアジュールを見つめて微笑んだのだ。

 ソフィーアよりも幼いだろう少女の態度に、逆に驚かされたのはコスモスだ。

 意外そうにアジュールが目を見張っていたのを思い出して彼女は苦笑してしまう。

 今思えば亜人に慣れているからこその反応だったのかもしれない。


『はぁ、でも物好きにしては数が多いんじゃないですかね』

『色々な種族がいるからそうとも言えぬ。まぁ、好奇心旺盛で自分より弱いものの生活に興味があるというほかに、人間の持つ霊的活力オーラは甘くて上質だと言われるからそれに引き寄せられるのかもしれんな』

『え? 味とかあるんですか?』

『味ではない。香るらしい。私にはわからぬが、亜人にはわかるらしいぞ』


 どうやって味を確かめるのかと眉を寄せたコスモスにエステルは小さく欠伸をした。


『ケリュケもお主に会いたがっていたな。お主は特に上質で良い香りがするらしい。ゴンも寂しがっておったわ』

『えぇ……ケリュケさんにそう言ってもらえるのは嬉しいですけど、凄く複雑な気持ちです』


 寧ろ柔らかくていい香りがしたのは彼女の方だというのに、自分からもそんな匂いが出ていたとは思わなかったコスモスは複雑な表情で頭に手を当てる。

 ステンドグラスの破片を拾い集めるトシュテンを見ていた彼女は床に座っているアジュールへと視線を移した。

 彼は一体どういう種族なのだろうかと、自分のことを多く語らない獣に首を傾げる。 


『ミストラルでそれらしい人は見かけませんでしたけどね』

『エテジアンにはいるだろうが、ミストラルでは滅多におらぬだろうな。あぁ、でも確かヴレトブラッドの主治医は亜人だったはずだが』

『えっ! 見た目変なとことかなかったですけど』

『その程度、魔法を使えばどうにでもできるわ』

『えっ!』


 亜人に対して嫌悪感を持っている者も当然存在する為、広く知れ渡り数多く亜人が存在する都市以外ではその姿を人に変えて溶け込んでいるものが多いらしい。

 とは言っても、獣人を初めとしたどう見ても人ではない作りをした生物は魔法をかけたところで息苦しいので、小さな国は避けるらしいのだが。

 そもそも、彼らを雇用する主にそのくらいの知識がなければいけないらしい。

 彼らを買う主は彼らを呪で縛る代わりにその生命と生活環境を保障しなければならない。これが破られた時には罰金か実刑が下されるという条件がある。

 契約書は亜人商人、亜人、買主、魔人協会、国の役人と教会の神父立会いの下交わされることになっている。

 魔法協会が用意し国王が認めた特殊な紙とインクを使用して、できあがった契約書は魔人協会という場所で厳重に保管されるとの事だ。


『まじんきょうかい?』

『亜人とは言っても奴らは魔族だからな。その魔族と人間が協力して良い世界にしようという志のもと作られたのが魔人協会だ。働いている者は魔族と人間が大体半々ぐらいだな。魔族と人間との間に起こる事を扱ってる場所だと思えば良い』

『へぇ』

『マザーはお主に一体何を覚えさせたのやら』

『詰め込まされたのは、凄く面倒な魔法式とか図形とかだったような気がします』


 思い出そうとすると頭が痛くなるから嫌だと呟いてコスモスは息を吐いた。

 一番頭の中で容量を占めているのは魔法関連についてだろう。覚えたのなら、それが実践できればいいのにと思うのだが中々そうもいかなかった。

 エステルの祠にいた時にちょっと試してはみたのだが、プスンと小さな煙がでるだけで高威力の魔法が発動しなかったのを思い出す。


『お主を兵器にでもする気かのう、あの女は』

『えぇ! 完全に否定できないから怖すぎるんですけど』

『まぁ、保管庫扱いされてるのかもしれんがの』

『それもそれで嫌なんですけど』


 特に自分の負担になっていないので問題はないが、エステルが言うように物騒な使い道で覚えさせられたなら考えなくてはいけない。

 マザーの事なのでコスモスが自分の身を守れるようにとりあえず強力そうな術が載ってる専門書を読ませたようにしか思えないのだが。

 ステンドグラスの破片を集め終えたトシュテンは、皮袋の紐を締めて小さく息を吐いた。

 そんな彼にコスモスは小さく手を上げる。

「質問。メランと一緒に行動してるらしい二人の亜人さんはその隷属が解けたなら、離れようとは思わないのかしら」

「そうですね。それは本人たちに聞いてみなければ分かりませんが、普通ならば公的な場所に助けを求めるでしょうね」

「隷属はそう簡単に解けるものなの?」

「いいえ」

 ゆっくりと首を左右に振るトシュテンにコスモスは眉を寄せる。

「呪は、亜人が人間社会で生きていく為には必要なものです。その意思を問われるのが魔人協会と言うのですが……」

「魔族と人間が協力しましょうっていう機関ね」

「それはご存知でしたか」

 エステルから先ほど説明を受けて知ったのだがそれは告げずにコスモスは先を続けるようにと促した。

「その魔人協会で呪を施されるのですよ。そうして希望を聞き、その地まで運ばれる。彼らの世話をするのも買い手に届けるのも亜人商人の仕事になってますね」

「魔人協会ではやらないのね」

「それは商人組合と協力していますから。商売は商売のプロに、というわけですよ。もちろん、魔人協会の認証を受けなければいけませんが」

 響きだけを聞くと下種で恰幅の良い男が、いやらしい笑みを浮かべて金持ちに『いい子が入りましたよ』なんて耳打ちしてそうなイメージだが説明を聞くとそのギャップにコスモスは複雑な表情をした。

 契約ではなく隷属という響きがそもそもいけないのだ、と八つ当たりをしながら心の中で呟いた彼女は苦笑するトシュテンに大きく頷く。

「という事は、亜人さんたちは高級ショップに並ぶお人形さんみたいなものかしら」

「まぁ、そうですね。生活環境は保障されていますし、買い手がつかないうちは協会や商人の手伝いをしたりしていますからね」

「体力がある獣人系統の亜人は、人気が高いからすぐに買われるな」

 アジュールがそう言うとトシュテンはにっこりと微笑んで彼と目線を合わせるように屈んだ。

 コスモスの隣で座っていたアジュールは胡散臭いものを見るような視線を彼へと向ける。

「そうですね。知識が高ければ騎士団に在籍する者もいますからね」

「その場合の主人ていうのは、王様になるのかしら」

 二人の会話を聞いていれば、万人が受け入れているというわけではないだろうがそれでも随分亜人という存在が受け入れられているという印象を受けた。

 亜人だの隷属だのという響きからは想像もできないほど、一般市民には手が出せない金額でやり取りされる事実に驚いた。

 そして騎士団の制服に身を包む獣人を想像して頬を緩ませる。

(いたら見てみたいなぁ……って痛っ!)

 だらしない顔をしていれば、何を考えているのか察したらしいアジュールが足を踏んでくる。コスモスは冷たい視線で見つめられながら彼の足を剥がそうと奮闘するが、中々離れない。

 透明な何かを噛んでいるらしいアジュールをトシュテンは興味深く観察していた。

「亜人の人権は魔人協会ってところで守られてるの?」

「ええ。何か不当な扱いを受ければ彼らが出てきますね。ですから、下種な男がよく理解もしないで性欲処理の相手にしようとした時は、酷い有様でしたよ」

「あ、やっぱりそういう人いるんだ」

「残念なことに未だにいますよ。例えば見目麗しいエルフを、大枚はたけば手に入れられると喜んで買い占めようとする輩は昔も今も変わらず存在しますね」

 亜人がやる仕事は契約を交わす時に書にて記されるという。それ以外で主がして欲しい事があった場合、亜人が受け入れれば成立し、拒否すれば成立しないという事のようだ。

 つまり、自分が主人だからと言って好き勝手にできないということだ。

「それでどうなったの?」

「その男に賄賂を渡され身辺調査を改竄した協会の職員が検挙され、買い手の男は永久権利剥奪兼、財産没収されましたね」

「……妥当、なのかしら?」

「優しいほうだとは思いますが。その男は国外追放されて喚き散らしながらどこかへ行ったみたいですけどね」

 そんな男はどこに行っても受け入れてもらえなそうだが、と嫌な顔をしたコスモスにトシュテンが綺麗な笑みを浮かべた。

 何故か怒っているように思えて彼女は少し後退してしまう。

 彼女の足を強く踏んでいたアジュールは気分が落ち着いたのかやっと足を離すと睨みつけるように主を見上げた。

「随分としぶとい男でしたから、狡賢く生きていたのではないのでしょうかね」

「ん?」

 どうしてこっちを見つめるのだろうとコスモスが首を傾げたがトシュテンはそれ以上何も言おうとしなかった。反応を窺ったのだろうがコスモスとしては何も答えられない。

(え、何? 何か私に関係ありそうなことだった?)

「いいえ。御息女には関係の無いお話でした」

「そう」

 それはそれで気になるが今はその事ではないと彼女は気持ちを切り替えるように頭を横に振った。

「それじゃあ、メランは指名手配でもされてしまうじゃない」

「でも、ではなく、そう、なのですがね」

「え! そうなんだ」

 国を跨いで協力体制ができているのかと身を乗り出すように言葉を待つコスモスに、トシュテンは苦笑する。

 コスモスに頭を掴まれたアジュールは呆れた様子で溜息をついた。

「なるほど。それで、ヤツに接点があり実際本人を見た事のあるお前がその役目を負っているわけか」

「え?」

「そして、ヤツを追っている途中で我々と出会い、ちょうど良いとばかりに利用していたという事だな」

「あぁ、だから代理が急に交代したの」

 合点がいったとばかりに大きく頷くアジュールにコスモスもそういうことかと頷いた。胡散臭さはやはり拭えなかったのかと冷めた目でトシュテンを見ていると彼は苦笑しつつ掌に乗せた一枚のステンドグラスの破片を見つめる。

「でも、追ってるにしてはどうしてここにいるのかが不思議なんだけど」

「確かに……そうだな。となれば、別働隊がいるという事か。それが教会のする仕事か? それともそれすら偽りか」

 身構えたアジュールはいつでも飛びかかれるような体勢を取ってトシュテンの横顔を見上げた。そのトシュテンはと言えば緊張した様子もなく拾ったステンドグラスの破片を通してコスモスを見たりしている。

 何がしたいのか判らないと低く唸るアジュールの声を聞きながら彼女は溜息をついた。

 ゆっくりと立ち上がったトシュテンは恐れることなくアジュールに手を伸ばして頭を撫でる。しかし、すぐ威嚇されてしまったので残念そうに手を引っ込めた。

「アジュール殿は、本当に賢いですね。どうです? うちに来ませんか?」

「お断りだ。私がいるべき場所はマスターがいる場所と決まっている」

(決まってたっけ?)

 突っ込みたい気持ちに駆られながらも我慢して二人のやり取りを眺める。本心で誘っているようには見えないトシュテンを見つめていると、コスモスの視線に気づいたのかにっこりとした笑顔を向けられた。

「教会も、色々なんですね」

「ええ。何度も同じ事を言うようで申し訳ないのですが、御息女が心配なさる事は何もありませんよ」

「そうだといいんですけど」

(貴方がいる時点で心配だって、言い返したい。だけど、ここは言わない方がいいような気がする)

 何となく世間知らずの箱入り娘として丁重に対応してくれるのはいいのだが、こんな事も知らないのかと馬鹿にされているような気もしてコスモスは眉を寄せた。

 考え過ぎだ、と息を吐いた彼女にエステルが楽しそうに笑うものだから肯定されているようにしか感じない。

「おや、よく考えれば御息女はマザーの御息女なのですから、アジュール殿も教会に属すると言ってもいいのですね」

「人の話を聞いていたのか? 私はマスターに付く。組織は関係ない」

「神父さん、お話進めてもらってもいいですか?」

 聖職者プリースト呼びでもなくなったトシュテンは、コスモスの冷めた声色に軽く目を見開くと軽く肩を竦めて睨みつけてくる赤い目の魔獣に微笑んだ。




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