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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
道楽娘の家出
82/291

81 たらし

 村人達には予想外だろうが、コスモス達の予想通り彼は帰ってきた。

 服は所々破れて汚れ、頬は擦れて血が滲んでいる。

 廃鉱山近くで様子を窺っていたらしい村人の男二人に支えられ、彼はプリニー村に帰還した。

 心配し、駆け寄る村人達に彼は疲れた笑顔を浮かべると、何とか無事に退治したと告げる。

 その言葉に周囲の人々は信じられないとばかりに沸く。

「……退治した、と」

「みたいね」

「嘘でも確かめる術が無いが、嘘をつくとしても理由が思いつかんな」

 格好いい所を見せたかったとか、持て囃されたかったにしては普段の彼とのギャップがあり過ぎる。

 ひとまず手当てが先だと運ばれていく彼らについて村長の家に行けば、ちょうど家から飛び出してきたロッカの姿があった。

 彼女はメランの姿を見るなり目に涙を溜めて両手で口を覆う。

 彼を支えている男の声で我に返った彼女は、メランに駆け寄ると彼の部屋がある自分の家へと戻っていった。

 村長の家は先ほどの教会と同じように、今は入れるようになっている。

 取っ手に手をかけたライツが慎重にドアを開けて中の様子を窺うと、センサーで反応したかのように暗くなっていた室内に明かりが灯った。


『彼はまだ眠っているの?』

『ええ。でも、お医者様に診てもらったら非常に高い回復力で驚いていたわ』


 甲斐甲斐しくメランの世話を焼く娘に声をかけながらリュシーは思案気に視線を逸らす。鼻歌交じりで洗濯物を畳んでいるロッカは見ても判るようにご機嫌だ。

 幸せのオーラを纏いながらメランの事を笑顔で話す彼女とは違い、リュシーの顔色は冴えない。

 彼女は胸元に手を当てて服を掴むと、仕事をしているから何かあれば部屋にと告げて階段を上っていった。

 メランの回復はロッカが言っていた様に医師も驚くほどの早い回復だったらしい。

 とは言っても、傷口が完全に塞がったわけではないので無理はできない。それでも普通に動けるまでに回復したのは信じられないと彼を診た医師が言っていた。

 母親やメラン、他の村人たちとの会話の中でロッカが自慢げに語るものだから状況が判っていい、とコスモスは苦笑した。

「ライツ、個人差はあるけどそういう人はいるの?」

「そうですね。超人、聖人と呼ばれる程の方ならば可能でしょうね。しかし、行き倒れて記憶喪失だった彼がとはにわかには信じられません」

「自分より遥か強い魔物を辛くも退け生還し、教会で未だ上手く動けぬ輩とは反対に軽作業ならばできるくらいまでに回復した……か。そういう特異体質にしても、異常としか言えぬな」

 廃鉱山に出現する魔物がどの程度の強さなのかは知らないが、回復したメランの話によるとボスと思われる魔物を倒したらしいというのが判った。

 どんな魔物だったかと説明する彼に、リュシーが驚いたように反応を示して説明してくれたのだ。

 凄い、と素直に喜んで尊敬の眼差しを向ける娘とは違い、彼女の表情は曇ったままだったのが気になる。

 メランは褒められた事に照れながらも、心配と迷惑をかけてしまった事への謝罪を忘れない。

(普通に見てれば、猪突猛進だけど誰からも好かれる好青年なんだけど)

 前と同じように村人たちの手伝いをするようになったメランは、どこへ行っても人気者で廃鉱山でのことを聞かれていた。

 村娘たちは頬を赤らめ黄色い声を出しながら遠目ではしゃいでは、近くにロッカがいない事を確認するようにメランへと近づく。

 何をそんなに気にするのかと彼が聞けば、一応ロッカは村長の娘で一番距離が近いからだと彼女たちは答えた。


『確かに、ロッカには良くしてもらっているけど家族のようなものだよ? 僕にとっては、この村自体が家で皆を家族のように思っているけど』

『メランさん……』

『あ、ごめんね。勝手にそんな事思われても困るよね?』


 彼を囲むようにして話をしていた村娘たちは寂しそうに笑うメランの姿に、声を荒げて「そんな事は無い」と告げる。顔を見合わせ、同意するように頷いた彼女たちは窺うように見つめる彼の瞳に頬を赤らめていた。


(あー、分かっててやってるわこれ)


『私、メランさんがここにいてくれて良かったと思ってます』

『そうそう。村の男たちは誰一人として行かなかったけど、メランさんは行ってくれたもの』

『関係ないこんな村の為に』


(勝手に行っただけなのに、いつから村の為になったのよ)


 彼女たちのやり取りに突っ込みを入れつつ繰り広げられる光景を眺める。不機嫌そうに鼻を鳴らしたアジュールに苦笑したコスモスは困ったように笑うメランを見つめた。


『関係ないなんてとんでもないよ。僕はこの村に命を救われたんだ。この村の為になるなら、なんてことは無いよ』

『メランさん素敵です!』

『本当、格好いいです!』

『本当ですよ。村長だってあんな風に頭固い事ばっかり言わないで褒めたら良いのにねぇ』

『あの村長だから、ロッカも真面目で融通が利かないのよ』

『あぁ、確かに』


(女子が集まると必ずこういう流れになる不思議。しかし、憧れの人物目の前にして他人の悪口とは度胸あるわ)


 それとも彼からも同意を得たいのだろうかと思っていれば、メランは少し驚いたように目を見開いた後で首を傾げる。


『そんな事言わないでくれるかな? ロッカはとても僕の事を心配してくれたよ。それに、村長さんも立場というものがあるからああ言わざるを得ないんだ。二人とも悪くないんだから、僕のせいで二人が悪く言われるようだと僕も悲しいな』

『そんな……ちが、違うんです私。私はただ、ただメランさんの事が』

『わ、私も別に悪口じゃなくて』

『うん。そ、そういう事じゃないよね』

『判ってるよ。皆、僕の事を心配してくれたんだよね。ありがとう』


 責める事はせずにやんわりと諭すように言葉を紡いだメランは、急に顔色を変えて発言を撤回しようとし始めた彼女たちに柔らかく微笑む。

 キャーと黄色い声を上げている村娘たちの瞳は、まるでハート型だとコスモスは苦笑した。


(既に村人の信頼は村長と同等、もしかしたらそれ以上?)


 模範解答のような受け答えをするメランには感心を通り越して呆れてしまうくらいだ。溜息をつくコスモスとは違って、ライツは何も言わずただ目の前の光景を見つめ続ける。

 その様子はまるで注意深く対象を観察しているようにも見えてコスモスは首を傾げた。


『胸糞悪くなるタラシよの』

『聞かなければいいと思いますよ』

『……随分と落ち着いたな。最初の頃は酷かったというのに』

『慣れです、慣れ。あとは、何だか滑稽というか哀れに思えてきてしまって』


 チッと舌打ちをしながら吐き捨てるように告げたエステルにコスモスは苦笑して返す。

 余裕を感じさせるその様子が意外だと言わんばかりにエステルが笑うと、コスモスは軽く肩を竦めて腕を組んだ。


『あぁ、でも多分また会ったら拒絶反応は半端ないと思いますけど』

『……いずれ、会わねばならんかもしれんぞ』

『この流れで行くと多分そうなりますよね。そうなる前にどこかで消えてくれるといいんですけど』

『コスモス、お主は時折毒を吐くのぅ』

『私の毒なんて虫も殺せぬくらい、可愛いものですよ』


 過去の記憶に出てきている以上、再会は避けられないと考えた方がいいだろう。

 またあの嫌な思い出が蘇って恐怖に体が震える事を想像するだけで逃げ出したいのだが、後回しにしてもどうせぶつかるなら最初に当たって砕けたほうがマシかもしれない。

 砕ける事を前提に考えるコスモスにエステルが「先走って考え過ぎだ、落ち着かぬか」と慌てて声をかけた。


『まぁ、毒はともかく哀れ、か。確かに、首輪がついているあやつもまた背後に誰かがおるという事だからな』

『人間関係複雑で頭の中がぐちゃぐちゃです』

『後で一通り書き出してみるのも良いかもしれんな。よし、暇だからやってみようかの』

『暇?』

『いや、私は多忙な毎日を過ごしておるが、今はコスモスたちの為にわざわざ時間を空けているのだ』


 そんな所でムキにならずとも良いと思うコスモスだったが、エステルとしては毎日暇を持て余していると思われるのが嫌だったのだろう。

 慌てた様子でそれらしい理由を告げた彼女にコスモスは暫く無言で応対した。

「ライツ、どう思う?」

「メランについて、ですか?」

「うん」

「そうですね。気持ち悪いくらいに作られた印象を受けますね。どこか、偽物で嘘くさい。そんな匂いがします」

 眉を寄せながらそう答えるライツにアジュールが楽しそうに笑った。何か変な事を言ったかと彼を見下ろすライツにアジュールは赤い目を向ける。

「悪くない。いい目をしている。腕のいい魔法使いというのは本当だったか」

「今の今まで三流だとでも思ってたんですか」

「だが、一流ではない。そうだろう?」

「……」

「アジュール! ごめんなさいライツ」

 王国一と言われる魔法使いに師事し、腕を磨き同年代の中では実力者として自信があるだろう彼のプライドを見事に刺激するアジュール。

 彼に悪気があるかは知らないが、面白がっている事だけはわかるとコスモスは心の中で呟いた。

 ムッとした表情をしたライツは溜息をついて暫くアジュールと見つめ合っていたが、何も言わず視線をメランへと移す。

 その様子にクククと笑ったアジュールを軽く窘めてコスモスはライツに謝った。

「作られたって、そう見えるの? どこからどう見ても好青年にしか見えないけど」

「表情を作り変え、理想の自分を演じた所で玄人でもないわけですからボロは必ず出ます」

「それは、そうだけど」

「目です。目が、笑っていない。穏やかな光を湛えてはいますが、あれは穏やかなんてものではない」

 コスモスは不思議そうに首を傾げながら、ライツが言うメランの瞳を注意深く見つめる。

 彼の瞳は何の変哲もない緑の目だ。

 それのどこがおかしいのかと問いかけるコスモスに頬を緩めたライツは、顎に手を当てて笑みを浮かべた。

「底知れぬ何かを企んでいる、そんな目です」

「そう? 私にはよくわからないけど」

「私にはわかるんです。前にあんな目をした人物を見たことがありますから」

 そう告げたライツは消えてしまったメランが立っている場所をじっと見つめて目を細める。

 暫くじっとそうしていた彼は、体から力を抜くと「先を急ぎましょう」と言って村の奥へと歩みを進める。

 ぐるぐると村中を回って球体探しをしていたコスモスたちは、その場所で見る過去の記憶の映像もあってか意図せずプリニー村を観光している状態になっていた。

 球体がどこにあるかわからないので探さなければいけない。そうしていると頭の中にプリニー村の全体図が朧気ながらに浮かんでくる。

 観光ならば、天気の良い晴れた日に陽気な気分でしたいものだとコスモスは溜息をついて周囲をぐるりと見回した。

(遠くから様子を窺ってる影、星も月も無い夜空。肝試しじゃないんだけどなぁ)

 それでもプリニー村に入ってからは、影の魔物もゾンビのように襲い掛かる理性を失った人々も姿を見せる事はなかった。

 ここでまた戦闘しながら球体探しをしつつ過去の記憶を見て先に進まなくてはいけないとなると非常に面倒だ。

 そうじゃなかったという事に感謝しながら、コスモスは患者であるロッカの心に触れるたび悲しみが胸に広がるのを感じる。

(覚悟はできてるけど、できれば和解ですませたい)

 最初はそれもできるのではないかと思っていたが、過去の記憶を見れば見るほど可能性が低下してゆく。先ほどの光景を見ていたライツも「無理ですね」とだけ呟いて残念そうに笑っていた。

 何が無理なのか、聞かずともわかったコスモスは「しかたないね」と言い訳を口にして彼の後に続く。

 村の奥まで行ったが球体は見つからない。

 家の中にあるのだろうかと思って探そうとしたのだが、一度出た家には入れないようになっていてコスモスとライツは同時に溜息をついた。

「ここに無いのであれば、あとは戻るしかないだろう」

「そうね。村の入り口に戻るまでにまた見つけて、最終的にはしらみ潰し?」

「手間がかかって嫌なんですが、仕方ないですね」

「魔法で何とかできないの?」

「無駄に消費したくありません」

 簡単に探せるならばその方がいいとライツに聞いたコスモスだが、即答されてその通りだと頷いてしまった。

 結局三人は村の入り口まで戻ってきたのだがどこにも球体がなかったことに首を傾げる。

 やはりこれから行ける範囲をくまなく探すしかないのかと思っていた彼らの目の前に、影の魔物が躍り出た。

「ふん」

 ライツが反応するよりも早く、アジュールの爪に掻き消された影は少女の形に姿を変えて少女特有の高めの声で叫ぶ。

 崩れて消えた影の跡には、つるりとした球体が残されていた。




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