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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
道楽娘の家出
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66 火の精霊

「はぁ、のんびりリゾート気分」

 ゴンザレスのイメージチェンジで忙しいので残りの話は明日すると言われ、コスモスは用意された部屋で寛いでいた。

 机と椅子、そしてベッドと小棚くらいしかない室内をぐるりと見回し彼女はベッドに飛び込む。

 石床に敷かれたラグや、家具は木か葉を編まれて作られたものらしい。

 思ったより寝心地が良さそうなベッドでごろごろと寝返りを打ったコスモスは、照明代わりに浮かぶ精霊を見つめた。

 形状はミストラルで見る風の精霊と同じだが中心の色が違う。

「熱帯、砂漠……中心が橙色とくれば火かな?」

 連想ゲームのようにそう呟きながら彼女は漂っている精霊たちを眺める。

 精霊たちはみな大人しく、ふわふわと宙を漂いゆっくりと明滅を繰り返していた。

「おいで」

 ベッドで横になりながら声をかけてみる。

 すると、五体いるうちの一体が声に従うようコスモスの元へとやってきた。静かに彼女の胸元に着地した精霊は「キュル?」と鳴いて見つめてくる。

 鳴き声はどの精霊も同じなのかと感心しつつ、そっと触れたコスモスは嫌がらない精霊の様子を見てしっかりと撫でた。

「おおお、何だか懐かしい……」

 ふわふわとした感触もケサランたちと同じでつい声を上げてしまう。

「ええと、ちょっと失礼」

「キュルー?」

 どんな精霊なのか詳しく知るために胸元に乗った精霊を見つめると、コスモスは小さく息を吐いた。

 昼間のような事態になるかもしれないと考えれば使用するのが怖いが、使い慣れなければ習得した意味がない。

 全てを一度に見ようとするからいけないと言っていたエステルの言葉を思い返しながら、コスモスは深呼吸を繰り返してゆっくり目を開いた。

 視界が一度に開けた感覚に陥り、中心へと引きずられそうになるのを堪えてゆっくりと息を吐く。

 肩の力を抜いて瞬きを繰り返していると次第に落ち着いてきた。

(あぁ、なるほど。この感覚か)

 視界の端に生じる歪みが落ち着いて、引き寄せられる感覚もなくなってくる。気持ちを落ち着けながら腹式呼吸を繰り返すコスモスの胸元で、精霊は鳩尾の辺りに収まりながら彼女の真似をしていた。


 吸って、吐いて。

 膨らんで、縮んで。


 気がつけば室内にいる他の精霊たちも真似をするように同じ動作を繰り返していたので、それに気づいたコスモスはつい笑ってしまう。

 彼女が笑えば精霊たちも「キュルキュル」と笑い声のようなものを上げて、室内は賑やかになった。

(最初から最大出力にしてれば、そりゃ力はごっそり減るし気分も悪くなるわ)

 あの場ではそこに存在する精霊たちを一度に見ようとしていたのも原因なのかもしれない。エステルを見た時にはそれ程辛いとは感じなかったので単体ならば可能なのだろう。

 ただ、出力の調節もせずに最初から最大にする為、無駄な力の消費が多く疲労を感じていたのだ。

 今まで慧眼を使用する度に疲れるので避けていたツケがここにきて回ってきたような気もするとコスモスは溜息をついた。

(コントロールか。ちょっとずつ調節して対象物を増やしていけば上手く制御できるかもなぁ)

 実際やってみなければ判らないのだが、幸い近くにはエステルもいる。忙しそうに見えぬ彼女ならば、頼めばきっと教えてくれるだろうとコスモスは頷いた。

 そんな彼女の胸元で「ギュルー」と精霊が不機嫌な声を上げてコロリと転がってくる。

 顔に軽くぶつかった精霊はそのまま軽く飛び跳ねて、悪かったと宥める言葉に元の位置へと戻ってゆく。

「ごめんごめん。ちょっと考え事してて……悪かったと思ってるから怒らないで」

 中央部が濃く光ったと思えば接している部分から熱を感じる。熱い熱い、と悲鳴を上げて精霊を退けようとしたコスモスだが精霊は「キュルー?」と鳴いて彼女の手を避け続けた。

 ケサランやパサランに接触されてもここまでの熱は感じなかった。ならば、これは彼らの属性によるものなのだろうかと考えて胸元の精霊を撫でる。

 コスモスに撫でられて「キュルルー」と嬉しそうに鳴く精霊は普通に可愛らしい。

(えーっと。火の最上位……は? 最上位? いや、上位? いやいや、最上位!?)

 きっと何かの間違いだろうと目を擦りながらもう一度精霊を見たコスモスは、変わらぬ情報に眉を寄せた。

 精霊は胸元で大人しく見つめられたまま小さく左右に揺れている。

(……上位以上は要交渉で、基本上位精霊は大人しい子が多いってマザーは言っていたけど)

 最上位ともなれば曲者が多くて大変だと呟いていた姿を思い出し、コスモスは目の前の精霊を見つめる。

 彼女の慧眼での情報が間違いでなければ、火の最上位精霊という事になる。

 初めて見る最上位の精霊を両手でそっと持ち上げれば、擽ったそうに鳴かれた。

「他は……下位、中位、それぞれ一体に残りは上位」

 ミストラルでのコスモスの活動範囲内では、中位精霊が圧倒的に多かった。上位精霊もいるがそれは教会や城といった特定の場所に集中しているような気がする。

 そして、どこでも見かけるのが下位精霊だ。

 教会や王都を離れると下位精霊の数が中位を上回ってくる。

「あ、ここは祠だから? 神聖な場所とか言っていたものね」

「キュルル?」

 エステルの強固な結界により護られているフェノールの神域だ。

 上位精霊以上が多く存在していても何も不思議ではない。

 初めて見る最上位精霊に驚いてしまった彼女は、両手で持っていた精霊をテーブルの上に置いて息を吐いた。

 額に滲んだ汗を拭い、よろよろとベッドに戻ったコスモスだがテーブルに置かれた精霊がふわりと飛んで再び彼女の元へと近づく。

 身構えるコスモスをよそに精霊は彼女の胸元におりて「キュル」と鳴いた。

「……」

 懐かれたのだろうか、と思うコスモスだがいまいち嬉しくない。

 微妙な気持ちになりながらケサランたちの事を思い出した彼女は、自分の周囲にいる仲間と呼べる存在を指折り数えて首を傾げた。

(ケサランとパサランは風の精霊。幸福の蝶は虫。アジュールは魔獣?)

 ソフィーアやウルマスは知り合い以上友達未満だと思っている。程よい距離感でいい関係を築けていけたらいいなと思っていた彼女は、忘れたかった存在を思い出して身を震わせた。

(いや、あれは仲間じゃないから。狂気の研究者なんて親しくならなくていい)

 彼が例え仲間に入れてくれと言ったとしても断固拒否するとコスモスは大きく頷いた。

 噛み癖があり、時々言う事を聞かないアジュールでも可愛いところはある。ケサランとパサランも同じようにだ。幸福の蝶に至っては可も無く不可も無くと言ったところだろうか。

 しかし、コスモスにとって一番頭が痛い存在は可愛い部分が一つもない。

 何をしてどこを可愛いと言えばいいのだろうかと、顔を歪めて唸る彼女に胸元から見つめていた精霊は心配そうに鳴いた。

「ありがとう。心配してくれるの?」

「キュル」

 すり、と近づいてきた精霊は枕元に移動し頬ずりをするように身を寄せる。

 優しくて癒されるその行動に涙が出そうになりながら、コスモスは頭の中の存在を懸命に追い払った。

(ユート君も友達だから仲間とは違うしなぁ)

 そう考えると自分の周りには人外しかいないという事実に気がついて、彼女は頭を抱える。何かの間違いだとばかりに唸った彼女を精霊は心配そうに見つめて、宥めるように歌を歌った。

「……そうよね。お前も人外だろって話よね」

 自分をまともな人間として考えるのが悪いのかと思えば悲しいが納得してしまう。

 人魂には最適な仲間なのかもしれないと呟いたコスモスに、歌うのを止めた精霊は同意するように鳴く。

(監視役の子かもしれないけど、可愛くていいなぁ。欲しいなぁ)

 他の精霊たちがのんびりと漂っている姿を視界の隅に入れながら、コスモスは目の前の精霊を可愛がっていた。

 飽きる事無く撫でて、会話をする。

 可愛らしい声を聞いて、笑い合って、歌を歌う。

 ケサランとの出会いと比較すると本当に大人しいこの精霊は、曲者揃いだと言われる最上位らしくもない。

 マザーが嘘を言っていたようには思えないので、主であるエステル辺りに無礼のないようにと言いつけられているのかもしれないなとコスモスは思う。

「ふふふ」

「キュル」

 つんつん、と突けば同じように軽く頭突きをしてくる精霊は本当に可愛い。

 柔らかな感触と共に力を加減してくれているのが判って、コスモスは笑みを浮かべながら彼を撫でた。

(今日はいい夢見られそうだわ)

「おやすみなさい」

「キュルル」

 夢に落ちる前の挨拶をすれば、穏やかに答えてくれる。

 明かりが必要なくなった事を察した精霊たちが部屋の壁をすり抜けて外に出て行く中、コスモスの枕元にいた最上位精霊だけはその場から動くことは無かった。

 目を閉じてすぐに眠りに落ちてしまった彼女を確認するように見つめ、そっと身を寄せると自分も寝るかのように小さい声を上げる。

 そうして二人は寄り添うようにして眠りについた。




 翌日、目を覚ましたコスモスは精霊がいない事に気がついて大きな欠伸をすると軽く体を動かした。

 自分が寝るので気を遣って出て行ってくれたのだろうと理解した彼女が、両腕を上げてストレッチをしていると昨日と同じ精霊がふわりと室内に入ってくる。

「おはよう」

「キュル」

 久々に良く眠れたと呟く彼女の周囲を、昨日部屋にいた精霊たちが囲む。

 何事かと思いながらも一体いない事に気づいた彼女は、急かされる様にして部屋を出た。

「おはようございます」

「あら、コスモス様。おはようございます。良く眠れましたか?」

 精霊に案内されるまま移動したコスモスはお陰で迷う事無く大広間まで来ることができた。金色の髪を見つけたコスモスが声をかければケリュケが振り返り丁寧に挨拶をする。

 少し困ったような表情をした彼女にどうかしたのか尋ねようとしたコスモスは、ケリュケの後方に見える何かに顔を歪めた。

「何……アレ」

「私も何が何だか。朝起きたらこうなっておりまして」

 食事の用意をしてエステルとコスモスを起こしに行こうと思っていたケリュケは、大広間から聞こえてくる騒がしい声に足を向けたのだと言う。

「行けー! そこじゃー!!」

 白い衣を纏った少女は拳を振り上げながら叫ぶように目の前の光景を観戦していた。

 声をかけようにも興奮している様子なのでまともな話はできないと判断し、コスモスは溜息をついて小さな声で謝罪する。

「ごめんなさい」

「あら、やはりコスモス様のお知り合いだったのですね」

 恥ずかしくて堪らないとばかりに顔を手で覆うコスモスだが、ケリュケは気にした様子もなくそう笑うだけ。彼女の寛大さに泣きそうになりながらコスモスは大広間に入ろうとして止められた。

 綺麗な手で制された彼女は不思議そうに自分を止めたケリュケを見つめる。

「申し訳ありませんが、暫くあのままでも宜しいでしょうか?」

「え? でも、迷惑じゃ」

「いえ、エステル様があそこまで楽しんでおられるのは久方ぶりですので」

 繰り広げられている行為を止めないと酷い惨状になるのではないかと危惧したコスモスだが、ケリュケは自分の主を見て目を細める。同じようにエステルへと視線を移したコスモスは本当にいいものかと思いながら彼女を見つめた。

「おぉ、やりおった! よし、そこだ! 叩き込め!!」

 小さな体でピョンピョン跳ねながら、目を輝かせているエステルは拳を前に突き出したり蹴りの動作をしたりとその場で激しく動いている。

 楽しいのだなと見ただけで判る様子に小さく笑ったコスモスは、それでもすまなそうにケリュケを見つめた。

「でも、色々壊したりしたら……って言ってる傍から、あー!」

 コスモスの心配むなしく、小さな地響きを起こして破壊された石像が床に散らばる。ただの石の欠片になってしまった石像は彼女が気に入っていた鳥人間のものだった。

「あらあら」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「あら、大丈夫ですよ。また作れば良いのですから」

 平謝りをするコスモスに笑顔で答えたケリュケは、笑顔でそう告げる。どう見ても年代物で歴史ある大切なものだったのではと思っていたコスモスは戸惑ったように眉を寄せた。

「あれって、結構貴重なものだったりするのでは?」

「いえ。気分次第でエステル様や他の者が作って置いているだけですので」

「……神が触ったものとか、作ったものとか?」

「いいえ。そのような物はここには置かれておりませんし、あったとしても壊されぬよう細工を施してありますから」

 ケリュケの言葉を聞いたコスモスは、それもそうかと頷く。

 エステルの目の前で激闘が繰り広げられているというのに、彼女が何も言わず観戦しているという時点で大丈夫なのだろう。

 彼女が満足するまで放置していればいいのかとコスモスが聞けば、ケリュケは笑顔で頷いた。

「知りませんよ? 私」

「ふふ。大丈夫です。このように楽しい催しもまた久しぶりですので、私も少々興奮しておりますし」

「え?」

 普段と何一つ変わらぬように見えるケリュケなのだが、どうやら彼女もエステルと同じく目の前の光景を楽しんでいるらしい。

 ゆったりと笑う横顔を眺めていたコスモスは、一人だけ胃が痛む思いをしながらぶつかり合う三色を眺めていた。




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