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06

 結局翌日、マザーに会って風の大精霊から聞いたことを報告したコスモスだったがマザーは穏やかに微笑んだまま「そう」とだけ答えた。

 コスモスもそれ以上言うことは何もなかったので会話はそこで終わる。

 女神への報告も終え、仕事が終わったコスモスは元の世界に帰るために北の城へと戻った。

 拠点にしているだけあって、愛着が沸いてきたのか城へ帰ってくるとホッとする。

 ノアや弟子に挨拶をして、スタァとお茶をしたコスモスは夜風に当たりながら星を見ていた。

 元の世界とは全く違う星空も今ではもう慣れた。

 二つの世界を行き来しているコスモスとしては、どちらにも愛着がわいてきて離れがたい。

 それでも生まれ育った世界には勝てないのだが。

(大変なこともあるけど、周りの人が優しいお陰よね)

 そんなことを思っていると、庭を散歩していたらしい鎧に声をかけられた。

 おいでおいで、と手招きされたコスモスはゆっくりとおりていく。

「まだ起きてたの?」

「見回りは大事だからね」

「ノアの魔法があるから心配いらないと思うけど」

「それでも油断は禁物だ。ここにはマザーの娘である君がいるって分かってるからね。狂喜の研究者だった? 彼に会いたいかい?」

「あ、お断りします」

 女神からの仕事がない限り、こちらの世界に来ることのないコスモスに代わって城はノアが管理している。

 スタァもどうやら居心地が良いらしく、ここに長居するつもりらしい。

「コスモスこそ夜更かししてたのかい?」

「アルズから手紙が来てたからその返事を書いていたの。彼もアジュールも忙しそうだけど楽しそうで何よりだわ」

 アルズは未だにトシュテンからの依頼を受けて仕事ををしているようだが、危険なことがあればアジュールが止めるので大丈夫だろう。

「そういえば鎧は、元の世界に帰りたいとか思わないの?」

 彼と夜の庭園を散歩しながらコスモスは疑問に思ったことを口にした。

 噴水前のベンチに腰掛けた鎧にならうようにして、コスモスも隣に座る。

「元の世界に帰りたいと思うには、遅すぎるからね」

「女神様に頼めば、その辺調整してもらえるかもしれないのに?」

「うーん、どうだろうね。こちらの世界で暮らす時間が長すぎて元の世界は忘れてしまったよ」

「……そっか」

「コスモスみたいに行き来できるのは稀だからね。本来ならできないってことはちゃんと理解しておくべきだと思うよ」

「そっか……そうね」

 一度帰ってからまた戻ってきたこともあり、今は仕事があれば女神から呼び出され行き来できるのが普通になっていた。

 鎧に指摘されたコスモスは、慣れていたかもしれないと呟いてころり、と転がる。

「私が異世界人というのは知ってるだろうけど、私はノアの両親に召喚されてここに来たんだ。古の邪神を倒すためにね」

「え、でも古の邪神は呼び出されてすぐ召喚主とフェノールを滅ぼしたんでしょ?」

「そうらしいね。私が召喚された時も逼迫していたようだから。でも訳も分からず呼び出されて、いきなり装備を整えられて戦うようにと言われても困るよね。知らない世界に来ていきなり何だ? って思うのが当然だろうし」

「うんうん。分かるわその気持ち」

 鎧はそれから今にも滅びそうな見知らぬ土地で知らないものと戦闘するのを強制されたこと。抵抗する時間もないくらい、城内にも魔物が湧いて地獄絵図だったことを話した。

 生き延びる為に手にした武器で命を奪う。

 逃げ惑う人々の悲鳴や怨嗟を聞きながら、ただただ必死に剣を振った。

「それで、途中で私と同じように異世界から来てる人に出会ってね。なんやかんやあって、彼らだけ先に帰らせて私は残ったんだ」

「じゃあ、古の邪神を封印する場にもいたってこと?」

「もちろんそうだよ。どうやら、古の邪神の動きを止めるのは私が持っていた剣で刺すしかないようでね。他の人には持てなかったから私がやったんだ」

「……偉すぎない?」

「え?」

「いや、偉すぎるわ鎧。意思確認もないまま強制的に召喚された上に、すぐにボスと戦ってきてって言われて奮戦したんでしょ? 自分だって怖くて死ぬかもしれないのに。偉いわ。私だったら、舌打ちして召喚主を犠牲に自分だけは元の世界に戻してくれって交渉してたかもしれないもの。いや、多分そうするわ。無理だったら少しでも遠くに逃げてただろうし」

 コスモスの言葉に鎧は暫く無言になる。

 もしも自分だったらどうしていたかという発言に気を悪くしたのだろうかと彼女は心配になった。

 しかし、鎧は無言で彼女を優しく撫でた。

「交渉するって、女神様と? それとも、邪神と?」

「確実に願いが叶うならどっちでも」

 危険な賭けかもしれないが、切羽詰まっていたならやりそうだ。

 想像しただけで吐き気がすると思いながら、コスモスは鎧を見上げた。

「でも、他の人を帰らせられたなら、鎧も帰れたんじゃないの?」

「うーん、それがね。魔道具を利用して帰還できる門はフェノールの滅亡と一緒に消失したから帰れなくなったんだ」

「女神様に頼めば?」

「その頃の女神様達はそんな力がなかったからね。偶発的に帰れたコスモスが稀なんだよ」

「その後はどうしたの?」

「マザーとエステル様の保護を受けて、空の塔の管理者になったよ。あそこは外界からも遮断されているから快適なんだ。何故引きこもってたのかっていうと、身に着けてた装備品が女神様の祝福がかかった特別なものでね。邪神を刺した時に邪神から軽く呪いを受けた影響もあって、歳をとるのがとても遅くなったんだ」

 狂ってしまえれば楽だったが、そうもできず誰かに迷惑をかけるくらいならと空の塔で暮らしていたと鎧は告げる。

「ノアと険悪なのはそういうことだったのね」

「彼女に対して何も思うことはないよ。彼女の両親も何とかして国を守ろうと必死だったんだろうし」

「そっか」

 恨みも憎しみもない鎧の雰囲気にコスモスはただ驚くばかりだった。もし自分が彼だったらそんな風に落ち着いてはいられない。

「昔々の話だからね。こっちに残ってもマザーとエステル様が支援してくれたから不足はなかったし。塔で引きこもってるのも穏やかで楽しかったよ。庭の手入れも好きだったから」

「あぁ、こっちに移転させたあの庭ね」

「そうそう。空の庭」

 ガゼボでのやり取りを思い出してコスモスは笑う。懐かしいと思える日が来るとは思わなかったと呟く彼女に鎧も笑った。

「とりあえず、全部終わって平和を取り戻したと思ったのにね。後処理がこんなに大変だとは」

「そんな貴重な存在を逃すはずがないからね。キミはキミでちゃんと見返りを要求してるからいいんじゃないかな?」

「こっちの世界の住人と接点が全くなかったら良かったんだけどね。無視するのも後味悪いから結局いいように使われてるだけよ。確かに、仕事に対する対価はちゃんともらってるけど。女神様達もそんなに罪悪感なくていいんじゃない?」

「それならいんだけどね。辛かったらちゃんと言うんだよ」

「嫌だって言うと、泣くのよねぇ」

 女神様にわざわざ元の世界まで来られて泣き落としされてばかりなのを思い出しコスモスは笑った。

 女神の手下と言われても否定できないなと呟く彼女の頭を鎧が優しく撫でる。

 どこかでくしゃみをする音が聞こえたような気がして、二人は顔を見合わせ同時に笑った。



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