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05

 荘厳な空気に包まれた白亜の聖堂。

 高い天井の瀟洒な彫刻が施されている柱を見ながら、コスモスは窪んだ部分にビー玉サイズの透明な玉をはめ込んだ。

 カチリ、と音がして玉は一瞬だけ光ると輝きをなくす。

「よし、これで終わり」

「貴方がいると便利でいいわね。助かったわ」

「他の人も魔法で簡単にできそうですけどね」

「あら、それは無理よ。だって、並大抵の人では宝玉に触れないもの」

「えっ、そんな危険なものを私に持たせてたんですか?」

 下りてきたコスモスを笑顔で出迎えたのはマザーである。彼女はミストラルの教会にいた時とは全く違う衣装に身を包み穏やかな声でそう告げた。

「危険じゃないわ。でも、良いものでも力が強すぎると害をなしてしまうこともあるでしょ?」

「まぁ、そうかもしれませんけど」

「それに大精霊に認められ力を授かった貴方がやるからこそ、さらに加護が増すじゃない」

「便利に扱われてる……」

 白地に金の刺繍がされている衣でを纏って微笑むマザーは、正に教会の象徴である。

 トシュテンが敬愛して従うのも分かるなと思いながら、コスモスは彼女の肩に着地した。

「それで、彼はどうするつもりなんですか?」

「女神様の指示に従うまでよ」

「……本当にそれでいいんですか?」

「ええ。私たちは敬虔なる神の僕だもの」

 胸に手を当てながら優しい声で告げるマザーを見つめ、コスモスは納得していないように息を吐いた。

「マザーがいいならいいんだけど」

「心配してくれて嬉しいわ。でも、大丈夫よ。女神様が直接罰を下すというなら、彼にとってそれ以上の罰は無いでしょうし」

「そういうものかな?」

「ええ、そうよ。女神様の為と言いながらやったことは世界破壊寸前。計画が失敗に終わったから自分の身を犠牲に封印し続けようと思ったのに、貴方たちがあっさり解決してしまってプライドはズタボロでしょうね」

 うふふふと上品に笑うマザーの目は笑っていない。

「私がここに呼ばれた理由は?」

「何かあった時のための保険よ」

「あっさり言ってくれますね。いいですけど。でも、期待しないでくださいよ」

 北の城にやってきた教会からの使者達は、コスモスの同行も求めたのだ。面倒だから嫌だと正直に言えず、しょうがなく彼女はここまで来ていた。

 こちらの世界に戻って来てからはマザーに会っていなかったので、顔を見るついで程度の気持ちだ。

 そんな彼女の心情を察してもマザーは窘めることなどせず、元気でやっているのかとコスモスの体調を気遣ってくれた。

「大丈夫よ。貴方と会って話したかったからちょうど良かったわ」

「相変わらず忙しいみたいですね」

「お陰様でね」

 そう言って笑うマザーはコスモスの良く知るもので、彼女は懐かしさを感じて目を細めた。

「貴方の部屋も用意してあるから、今日はそこで休むといいわ」

「ありがとうございます」



 彼女に用意された部屋は来客用のものではなく、セキュリティの厳しい特別なフロアだった。

 コスモスの部屋として以前から用意されいたらしいその部屋は、とても落ち着いた雰囲気だ。

 白を基調としており、華美すぎず調度品は全て上質で一級品のものばかり。

 人魂一つが使うにはあまりにも広い室内だが、マザーがコスモスの為に用意したと言うのだからありがたく使うしかないだろう。

「何かありましたらお呼びください」

「大丈夫です。というか、オールソン氏が私の身の回りの世話を?」

「私以外の適任者がいませんので」

「一人でも……」

「そういうわけにはまいりませんよ。貴方は特定の者以外には認識できませんからね」

 自由にさせてくれと言うコスモスにトシュテンは微笑みを浮かべて彼女をソファーへ促した。

「いや、もう仕事は終わったようなものだしすぐ帰ってもいいと思うんだけど」

「彼関係の手続きが終わるまではこちらに滞在していただきます」

「あ、はーい」

(許可が出るまで勝手に動くなってことね)

 諦めたのか素直に返事をする彼女の目の前には美味しそうなお菓子と軽食が並んでいる。

 これで暫く大人しくしておけということか、と理解した彼女は遠慮なく食べ始めた。

 使用されている食材は全て上質なもので、微かに魔力を含んでいる。

 教会で出されるものはみんなこんな感じなのだろうかと思いながら、コスモスはスコーンにクリームをたっぷり塗った。

 大人しく食べている彼女を確認したトシュテンはそのまま部屋から出ていく。

「やっほーコスモス。相変わらず女神様の仕事頑張ってるねー。偉いなぁ」

「便利に使われてるの間違いでは?」

「またまた~そんなこと言っちゃって」

 トシュテンが部屋からいなくなるのを待っていたかのように、突然部屋に現れた男。しかしコスモスは驚くこともなくもぐもぐとケーキを頬張っていた。

 驚かない彼女が不満だったのかライトグリーンの長髪を揺らして男はくるりと逆さまになる。

「風の大精霊たるこの僕が直々にねぎらいに来てあげたんだから、もう少し喜んでもいいんじゃない?」

「あ、間に合ってます」

「うわ。かる~い。でも、本当に褒めに来たんだから喜んでよ。女神様からの仕事とはいえ、滅んだ国の尻ぬぐいしてきたんだからさ。偉いと思うよ」

「鎧とスタァがいたので、私は仕事に集中できましたし。シュヴァルツが抑えてくれてたお陰もあって、意外とすんなりできましたね」

 もっと苦戦すると思ったと言いながらコスモスはミートパイを一口大に切る。

「そういえばコスモスはさ、フェノールが滅亡した理由知ってる? 女神様から聞いたりした?」

「あぁ、スタァが詳しく教えてくれましたよ。恋に狂った女が恋を成就させるために邪神を呼んだって」

「あれね、最初は邪神を呼ぶ気なんてなかったんだよ。低級悪魔、または魔族だったわけ。でも、何の偶然か一部間違っていた術式が本来呼び出せるはずがない存在を呼んじゃったんだよね。で、当然用意していた対価では足りず、自分の命の他に国を滅ぼすことになったんだけど」

「えぇ……怖いんですけど」

「厳重に封印されてた禁書を持ちだして儀式を行った時点で駄目なんだけどね。罰するにしても当人は死んでいないし。国が滅び、残ったのは神と精霊の加護を強く受けた者たちだけってわけ」

 風の大精霊の周囲では精霊が集まってキャッキャとはしゃいでいる。

 彼は気にした様子もなくコスモスの隣に座ると、彼女が切り分けたミートパイを口に入れた。

「いきなり他世界(よそ)の邪神が湧くわ、フェノールは滅ぶわで僕らも女神様もびっくりしたよ。一国滅んだだけで済んだのは本当に幸運だったね」

「一瞬、だったんですか」

「うーん、正確に言えば一日くらいかな。国にいた人は一瞬で命を吸われて、加護が強い者だけが何とか逃げ出せたって感じ。召喚されてお腹が空いてたソレが他を食べる前に何とか封じたんだけど、大変だったねぇ」

 宙に浮かんだポットからカップにお茶が注がれる。溜息をついてお茶を飲んだ風の大精霊は昔を思い出すように目を細めた。

「古の邪神ってどうだった?」

「うーん、どうと言われても。ルミナス様の闇堕ちバージョンみたいな感じでしたね」

「ぷっ、あはは、闇堕ちね。確かにそう見えるかも。召喚された邪神は元々実体が無くてね。フェノールに鎮座してた女神ルミナスの像にとりついてそのまま封じられたのさ。だから間違いじゃないね」

「本当にあれ、邪神だったんですか?」

「巨大な力を持つ異世界の存在だから神と言われてしまってるけど、あんな禁忌の術で召喚されてイイモノなわけないからね。少なくともこの世界じゃ悪でしかない」

「なるほど」

 その存在があまりにも強すぎるだけで、本当に邪神だったのかどうかを知る術はない。

 しかし風の大精霊の言う通り、この世界に対して害を為すなら悪である。

 コスモスは古の邪神を消滅させた時のことを思い出して首を傾げた。

「何か言ってた? なに、コスモスも乗っ取られちゃった感じ?」

「違いますよ。中に入り込んだ時に感じたのは負の感情ばかりでしたし、恐怖を煽るようなプレッシャーも感じましたけどすごく嫌われてるなと思ったので平気でした」

「え、嫌われたの?」

「そうですね。異物を追い出そうと必死になってたような。で、私が内部から燃やしてしまったので、月並みな雄たけびと怨嗟の声上げて消えていきましたけどね」

「何言ってたの?」

「えーと、“負の感情がある限り何度でも蘇ってやる”みたいな感じでしたね。あーよくある、よくあるってやつです」

「あはははは! コスモス、冷めすぎじゃない?」

「そんなこと言われてもねぇ、と思ったので。女神様から力貰ってましたし、想像以上に弱ってたのであっさり成功して逆に怖いくらいでしたよ」

 まだ何かあるのかと身構えていたコスモスを襲ったのは崩壊だ。怪我することもないのでそのままじっとしていれば、元の部屋に戻っており周囲に像の欠片が漂っていた。

 少し離れたところにいるスタァの安全を確認しながら、残った欠片も全て消滅して仕事を終えた。

 何もなくなったことを確認してからもまだ何かあるんじゃないかという疑いは消えなかったが結局何もなかった。

「ふぅん。女神様も随分と君に詰め込んだみたいだね。許容できるからいいんだろうけど」

「それにしても、ただの人が術式間違っただけであんなの呼び出せるものなんですか? その前に失敗して死にそうですけど」

「その女は異世界人でね。迷い込んだこちらの世界で保護されてたんだ」

「えっ……異世界人」

「そう。昔から稀に迷い込むことがあってね。それで無事に元の世界に帰れるって時に、それを拒んであの有様。あの日は異世界からこちらの世界に来てしまった人を帰還させる日だったんだよね」

「うわぁ」

「異世界から来た人をフェノールでは丁重に保護していたからね。まさかそんなことをするなんて夢にも思わなかっただろうさ」

「恋って恐ろしいですね」

 成就するために禁術を使用したのだとしたら、叶うこともない恋だったのだろう。

 叶わない恋を無理やり成就させるために、禁術にすら手を染める。その感情が恐ろしくてコスモスはぶるりと震えた。

「そしてその女が恋をしたのがシュヴァルツだ。でも、シュヴァルツは興味がないから断った。それが許せなくて女は禁術に手を染めたのさ。ま、そういう術があるってヒントを与えたのはノアだけど」

「ノア!?」

「そうだよ。彼女はフェノールの数少ない生き残り。つまり、当事者だからね。でも本人に唆す気はなかったと思うけど。仲が良かったみたいだから、相談されて漏らしちゃったんだろうね。王家しか知らない情報を」

「しかも王家の人間!?」

「そうだよ。ノアはフェノールの王族だよ」

 ここにきての新事実にコスモスは頭が混乱しそうになりながら、濃いお茶を飲んで心を落ち着ける。

 数回深呼吸をしてからにこにこと上機嫌な風の大精霊を見た。

「そういう所は何も聞いてないのか。そっか。じゃあ、当時フェノールを治めてたのがエステルで、その妹がマザーとノアの母親ってことも知らないわけか」

「はぁ!?」

「あ、これも知らないんだ。まぁ、その辺の関係性は秘匿されてるようなものだから知ってる者なんて僕ら大精霊と巫女くらいなものかなぁ。年寄りは知ってるかもしれないけど」

 コスモスの反応が面白いのか、風の大精霊はニコニコしながら彼女の知らないことを言っていく。

「その辺、繋がってたんですね。まぁ、説明されなくてもいいんですけど」

「いいの?」

「寝すぎて記憶喪失の箱入り娘ですから。関係性知らなくても変には思われませんよ」

「あはは、慣れたもんだね」

 知り合いだろうなとは思っていたが、まさか肉親だったとは。そう思いながらコスモスはマザーとエステルとノアの姿を思い浮かべた。

 似てると言われれば似てるかもしれないと呟いた彼女は難しい顔をして唸っている。

「それって、知らないふりしてた方がいいやつですよね」

「うーん、まぁそうだね。知らない人がほとんどなわけだし彼女たちも公表してないから。コスモスも聞いてなかったみたいだし」

 綺麗な笑顔を残して去っていった風の大精霊に、一人残されたコスモスは盛大な溜息をついた。



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