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03

「コスモス、嘘は駄目だよ。冗談を言ってる場合でもないよね」

「嘘じゃないけど」

「へぇ、そうか。そうなんだ。シュヴァルツがこの先にね。邪神の近くにいるってことだよね」

 子供を叱るような口調でコスモスを見下ろす鎧に、彼女はムッとしたように答える。

 スタァは面白そうに笑いながら目指す先を綺麗な瞳で見つめていた。

「女神様がそう言っていたということかい?」

「ううん」

「キミはシュヴァルツの気配が分かるってことだよね」

「そうですね。向こうも多分気づいてると思いますけど」

「コスモス」

「だって、ずっと引っかかっていたんだもの。あのシュヴァルツがあっさりメランにやられる? って思って。どう考えてもメラン倒したら黒幕ですって出てきそうなのに全く出てこなかったでしょ?」

「だから、それはメランが彼を吸収したって言ってたじゃないか」

「私はそれ信じてないのよね。確かに、シュヴァルツの一部は吸収したかもしれないけど、全部じゃないだろうなって。どこかで悪さしてるなら面倒だけど、そうでもないみたいだし妙だと思ったのよ」

 コスモスはそう言って鎧の手の上からふわりと浮いた。

 迷うことなく前進していく彼女を止めようとした鎧だが、溜息をついて彼女の後を追う。

「そうでもない? もしかしたら、シュヴァルツは古に封印された邪神の復活を目論んでいるのかもしれないよ? 彼のやってきたことを考えたらそうだろう?」

「うーん。考えすぎかもしれないけど、シュヴァルツはフェノールを滅ぼした古の邪神を完全に封じるか消滅させるために邪神を作り出して失敗したのかなと思って」

「……シュヴァルツの目的は、世界の破壊そして新生した世界の神になることだろう?」

「まぁ、そうだったけど。それは表向きじゃないかなと」

「つまり、コスモスはシュヴァルツは世界を破壊する気など元々なかったと?」

「どうですかね。古の邪神に対抗するなら、世界が崩壊する可能性は考慮してたと思いますよ」

 中途半端に荒廃した世界になるならいっそ全て滅ぼしてしまおうと思うかもしれないとは言えず、コスモスは言葉を濁す。

「あれだけの被害を出しておいて、本当は違ったなんて許されることじゃないよ」

「そんなこと私に言われても困るわ。答え合わせは本人に聞いてみないと」

「聞いたところで意味がないと思うけどね」

「確かにそうかもしれないけれど、コスモスの言った通りなら面白いよね。彼は結局、メランという異世界人によって計画を壊されたんだから」

「あぁ、それはシュヴァルツも予想外だったと思います」

 そう言ってコスモスは目の前の枝に軽く触れた。彼女の中にある大精霊の力に呼応するかのように、木々が道を開けていく。

 大精霊の力を得て、女神の祝福も受け、世界の脅威となる存在を退けた彼女に怖いものはない。

「というわけだけど、答え合わせは?」

「ははは。いきなりここに来てそれとは、流石はマザーの娘。いや、異世界の来訪者にして女神に選ばれし者とでも言うべきかな?」

 大きなレリーフに背を預けて座る男の前まで行って、コスモスは小さく揺れる。

 レリーフごと光の鎖に縛られている男は、高らかに笑ってからゆっくりと目を開けた。

 全体的に汚れてはいるがその美しさは損なわれていない。

「シュヴァルツ……本当にいたのか」

「おやおや、コスモスの言った通りだったね」

「光の女神の寵愛を受けし聖騎士様が何か言ってるー」

「ふふふ。そんなものは過去の話。今の私は夢破れ堕ちた聖人だよ」

 中々格好いい二つ名だな、と思いながらコスモスは溜息をついた。

 彼女の背後にいてシュヴァルツを見下ろしている鎧は戸惑っており、スタァは面白そうにレリーフを見つめていた。

 軽く触れると淡く発光し、シュヴァルツを縛る鎖が強化される。

「なるほど。古の邪神を封じているものに、さらに自分を縛り付けその封印を強化してるってことか。女神の寵愛を受けてるシュヴァルツだからこそできた力技だね」

「スタァ、このレリーフが何か分かるんですか?」

「そのレリーフがある壁の後ろに古の邪神が封印されているんだろう。つまり、シュヴァルツを倒せばその邪神が復活ってことさ」

「つまり、シュヴァルツを倒さなければ蘇らないってことですね」

「意味が分からない」

 ぽつり、と呟いた鎧の言葉にシュヴァルツは彼を暫く見つめて微笑んだ。この世のものと思えぬ美しさを持ったシュヴァルツは、流石女神の寵愛を受けている者と言える。

 どこか妖しげな魅力があるスタァとは違い、精錬された気高く尊い雰囲気は彼だからこそ出せるものだろう。

「彼は寵愛されている女神を裏切り、邪神を復活させようとしていた。世界に甚大な被害を及ぼしたのは事実だ。過去の裏切りで教会の地下に封じられていたのは危険だから。彼を殺せるものがいないからだ」

「ああ、そうだよ。その通りだ」

「だから、だと思うけど。女神の寵愛を受ける女神の愛し子だからこそ、女神ルミナスを悩ませる古の邪神の存在はどうあっても排除したいもの。でも、いくら女神の寵愛を受けてるからといってシュヴァルツにすらどうにもできない」

「だから、他に同等の邪神を作って古の邪神を消滅させようと? 復活させると唆して、本当は新たな神を作る。それはとても危険な思考だね」

「勝手な妄想やめてくれるかな? 耳が腐ってしまうよ」

「……ごめんなさい。私も言ってて口が腐りそうだけど心の声が書いてあるのよね」

 馬鹿にするように笑うシュヴァルツに、コスモスは申し訳ないと頭を下げて謝罪した。

 彼女はシュヴァルツの頭上に目をやって宙に浮かぶ文字を見つめる。

「心の声?」

「あぁ、そう言えばコスモスも女神の祝福を受けてるんだったね。寵愛を受けてるもの同士そういう事があってもおかしくない。とても面白いじゃないか」

「あ、自分の方が愛されてるってイラッとしてる」

「うん、コスモス。そこは見なかったフリをしてあげようね」

 どうやら文字として浮かび上がるシュヴァルツの心の声はコスモスにしか見えないらしい。

 彼女の言葉にムッと眉を寄せたシュヴァルツを見て、鎧が優しく窘めた。

「ま、つまり。お母さんにいいところ見せようと張り切ったけど、上手くいかなくて別案を考えた」

「しかしそれも、失敗に終わり最終手段というわけかな?」

「最終手段……自分を楔として永遠に縛り付けるということか。消滅させられない以上、それしかない」

「面倒なことして世界をぐちゃぐちゃにするくらいなら、最初からこうしてれば良かったのに」

 溜息をついて面倒くさそうに告げるコスモスに、シュヴァルツは眉を寄せた。

「自分の力なら異世界人を利用して何とかできると考えたんじゃないかな?」

「異世界人ならいくらでも犠牲にしていい精神ね」

「結局、新たな邪神は作れずメランに邪魔されてこうなってるわけだけど」

「はぁ。計画が頓挫して最悪な状況になってるじゃない」

 顎に手を当てて鎧はシュヴァルツと光の鎖を交互に見比べる。

「鎧はここにいてシュヴァルツ見ててくれない? 何かあったとき抑えてほしいから」

「それは構わないけど、コスモスはどうするんだい?」

「仕事ができるってところ、見せないとね。スタァに協力してほしいんですけど」

「あぁ、何となく分かったよ」

 ふわふわ、と浮かんでいるコスモスを胸元に抱いてスタァは壁に手をついた。するり、とそのまま壁を通り抜ける。

「コスモス!」

「大丈夫だから。シュヴァルツも大人しくしていてね」

「ね?」

 慌てる鎧にスタァは内部から上半身だけをだしてウインクをした。呆然とした表情で彼らを見送ったシュヴァルツは、慌てたように鎧を見上げる。

「行かせて良いのか? どうなるか分からないのに」

「いいも悪いも、彼女はああいったら聞かないからね。危険なことはしない子だから、多分大丈夫だろう」

「そんな、私ですら無理だったというのに? 彼女が無事であるはずがない!」

「そうだったらいいな、ってことかな?」

 珍しく声を荒げ感情を露わにするシュヴァルツを見下ろしながら、鎧は彼を煽るようなことを言う。

 それを壁の中で聞いていたコスモスは溜息をついた。

「だってさ、コスモス」

「私、あの人と女神の寵愛を競う気なんてないんですけど」

「みたいだね」

 周囲は暗いがコスモスはどこへ行くべきかが見えている。そんな彼女を面白そうに見ながらスタァはにっこりと微笑んだ。

「あぁ、何かいるね。確かにこの匂いは女神のものだね。強固な封印はしてあるけど、長い年月が経って緩んでるのは確かだ。それをシュヴァルツが補強しているのか」

「これを長年隠して自分ひとりでどうにかしようとしてた根性だけは賞賛しますけどね」

「結果が、ああではね」

 光る鎖と文字に雁字搦めになっている巨像を見上げ、スタァは顎に手を当てた。像の内側に恐ろしい程の力を感じて、さすがの彼も数歩退く。

 しかし、コスモスは観察するように巨像の周囲をぐるりと回って頷いた。

「それで、どうするつもりなんだい?」

「私を思い切りコレに押し付けてください。自分じゃ無理なんですよね」

「大丈夫なのかい?」

「さあ。多分、大丈夫だと思います」

 コスモスはそう言って笑った。

 そんな彼女を見つめていたスタァは遠慮なく彼女をを巨像へ押し付ける。

 予想以上の容赦のなさに苦笑しながらコスモスは巨像の中にめり込んで消えた。

「思った以上に容赦がない。さすが、スタァ」

 暗闇の中、ぽつりと呟いたコスモスは押しつぶされそうな圧迫感を跳ねのけて聖炎を使用する。

 一瞬で炎に包まれたコスモスは手順通りにその炎を少しずつ広げていった。

 外で様子を見ていたスタァは巨像を縛る封印の力が活性化したのを見て首を傾げる。

「内部からの破壊か。あの子も結構派手なことするものだね」

 ガタガタガタと地鳴りがするくらい巨像が振動する。

 地鳴りは唸り声のようにも聞こえ、巨像の両目からは黒い液体が流れ落ちた。

 巨像を縛る鎖と文字の輪は今にも割れてしまいそうなほど音を立てて輝きを増す。

 側にいるだけで寒気がするほどの力が周囲を覆いつくしていくが、スタァはその場から動かない。

 圧し掛かる力に暫く耐えていると、隙間から眩い光が漏れ周囲を覆いつくした。

「ふぅ」

 室内が白に染まる。目を瞑っていても焼かれそうな光の強さにスタァは腕を翳して目を守った。

 暫くして光が落ち着くと巨像の破片の中央にコスモスがいる。

「あ、やっぱりスタァは大丈夫でしたね」

「危うく消えそうになったけどね」

「ええと、あとはこの周りの破片も全部燃やして消滅させて、と」

 コスモスが輝くと巨像の欠片が炎に包まれる。白い炎に包まれたそれらはゆっくりと消滅していった。

 へろへろになった彼女を抱えてスタァは外へ出る。

 そこには自由になったシュヴァルツが睨むようにコスモスを見ていた。

「また、派手にやったようだね。女神すらどうにもできなかった古の邪神を消滅させてしまうなんて」

「封印されて弱ってた上に、今の私は女神様の力を分けてもらったから。それも、古の邪神を消すためにしか使えないから脅威にはならないけど」

 シュヴァルツが抑えてくれたお陰もあるのだろう。

 思ったよりも楽に済んで良かったと思うコスモスに手を伸ばしたシュヴァルツだが、スタァに阻まれる。

「はい。仕事終わり。サクサクいって良かったです。反省は、無し」

「本当に消滅したかどうかは分からないんだろう?」

「うーん、フォンセ様が後で連絡くれるんじゃないかな。え、連絡くれるまで待機?」

 こんな場所で、と呟くコスモスにスタァは笑う。

 シュヴァルツはコスモスの言葉に眉を寄せて口を動かすも、何も言わない。そんな様子の彼を見て鎧は笑いを堪えていた。

「おやおや。どうやらシュヴァルツは、コスモスがあっさり古の邪神を消滅させてしまったからご機嫌斜めのようだね」

「いや、だから古の邪神のためだけに強化されたようなものだから、瞬間火力が凄いだけですって。文句があるなら女神様にどうぞ」

「私は何も文句など言っていませんが?」

「目が、言ってますよ」

「……そう思ってしまったのなら申し訳ないですね。けれど、何度も言いますが私は嫉妬などしていません」

「嫉妬してるなんて誰も言ってな……むぐ」

 つん、とした態度で斜め上を見るシュヴァルツにコスモスは小声で反論する。最後まで言い終わらないうちにスタァに抑えられてしまった。

「最初から、貴方をここに招けば良かったですね」

「色々片付けたからできただけで、最初からアレをどうにかしろなんて無理だと思うけど」

「どちらにせよ私が思い残すことはありません。この身は好きにしてください。抵抗はしません」

 コスモスの声が聞こえていないのかシュヴァルツは寂しそうな顔をしてその場に膝をついた。

「そんなこと私に言われても……」

『コスモス、無事に終わったみたいね。こちらでも古の邪神の消滅を確認したわ。お疲れ様』

「あ、フォンセ様。あの、この人どうします? 罰してほしいみたいですけど、死なないんですよね」

「だから教会の地下で封じるのが精一杯だったんだけどさ」

 ふわり、と宙に現れた透明なウィンドウに映るフォンセはコスモスとスタァの言葉に首を傾げる。

 視線をシュヴァルツに向け「はぁ」と溜息をついた。

『予想通りだったわけね。でも確かに、彼が引き起こしたことを考えると罰を与えなくてはね』

「神様の力で元通りとかいかないんですか? もちろん、悪人はのぞいて」

『それをやるには難しいのよ。色々と影響を与えてしまうから』

「一から作り直した方が楽だろうねぇ」

「じゃあ、どうします?」

『そうね。少し考える時間をちょうだい。その間、彼の身柄はコスモスに預けるわ』

「え、いらないです」

 思わずそう返したコスモスにフォンセは笑う。

 仕事が終わったからさっさと帰りたいという態度を隠さない彼女を宥め、フォンセは彼を北の城に連れて行くようにとお願いした。



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