02
ポンポンとスタァにお手玉のように遊ばれながらコスモスは周囲の様子を確認していた。
ある程度の脅威は取り除いておいたと言っていた彼の言葉は事実らしく、敵がいる気配はしない。
いたとしても気にすることのない小物だ。
「コスモスで遊ばないでもらえますか?」
「あぁ、ごめんね。面白い感覚だからつい」
「スタァって実力あるのにずっと傍観してたんですか?」
彼の掌の上で跳ねながらコスモスはふと疑問に思ったことを尋ねる。綺麗な瞳で見つめられ深部まで探ろうかと悩んでいるうちに微笑まれた。
(寸前で遮断されたわね。二度目は無理か)
「ボクの仕事じゃないからね。鎧だってそうだろう?」
「……」
「私の仕事でもないんですけど」
「帰りたいっていう君の思いがあったからこそ、なんだろうね。あとお人好しでこの世界に適正があった」
「うーん。嬉しくない適正ですね」
ただ帰る方法を探して寄り道した結果だ。
「でもキミはやり遂げただろう? 異世界からの妙客だとは思ったけど、マザーの娘として世界に認識されてるならボクらより介入はしやすいさ」
「えぇ、女神様達は最初からそのつもりだったんじゃないですよね」
「そこまでは考えてなかっただろうね。キミはある意味イレギュラー。本来ならその役目はメランが負うはずだったんだろうけど……」
「メランか」
イレギュラーという響きに胸が高鳴ることもなく、完全なる事故とスタァにまで言われたコスモスは溜息をついた。
「まぁ、いいんですけどね。ギリギリで女神様からの褒賞もらえるようにしましたし」
「怖いもの知らずだよね。それが人の身に余るとは考えないんだから」
「もう、慣れですかね。あまり強欲すぎるとちゃんと注意されるから大丈夫ですよ」
「あはは、試したわけかい」
コスモスはスタァの前でくるりと一回転してから、差し出された鎧の手の上に着地する。
「そんな不安定な状態でよく存在してるなって感心してたけど、本当に面白いよね」
「マザーのお陰でしょう」
「確かに。彼女は先見の明がある。娘にすることで首輪をつけ、自由に動き回る娘から情報を得つつ各地の騒ぎを平定した。本人は動かずとも評判は上がるというわけだ」
「それ以上に迷惑もたくさんかけてますけどね。大抵が“マザーの娘だから”って思ってくれるので楽でしたけど」
「それはそうだ。偉大なるマザーのご息女であらせられるのだから」
恭しく頭を下げお辞儀をするスタァに表情の読めない鎧。
コスモスは特に何とも思っていないようで「うふふ」と笑った。
「それはそうと、今になって出てきたのは何でです? 制限解除でもされたんですか?」
「ふぅむ。そうだね。そうなのかな?」
「鎧……」
「あの人はいつもああだから、真面目に受け取らなくていい。適当に流すといいよ」
悩めるボクも美しいね、と呟くスタァにコスモスは鎧を見上げる。彼は溜息をついて横から飛び出してきた食虫植物を切り捨てた。
「ハッハッハ。ひどいね、初対面じゃないっていうのに」
「戦力が増えるのは嬉しいですが、スタァの真意が分からないので」
「うん、素直でよろしい。そんなキミも好きだよ」
「ありがとうございます」
パチンとウインクをしながら指を差してくるスタァにコスモスは淡々と返した。
「ただの助っ人だよ。それと、これならボクが介入しても大丈夫だからね」
「はぁ……?」
「異世界の魂が三つも揃ってるんだ。短い間だけど、楽しく行こうじゃないか」
スタァの言葉を無視するように鎧は黙々と進んでいく。彼の左手に乗って移動しているコスモスは防御壁で守られているので何もすることがない。
「……コスモスは、何も聞かないんだ?」
「言いたくないことの一つや二つ、誰だってあるでしょ。それに、貴方は最初から怪しかったし」
「そっか……」
「ふむふむ。動揺して修羅場になるかと思ったけれど、違ったみたいだね」
「スタァ、邪魔しに来たなら帰ってくださいね」
「おやおや、これは怒らせてしまったかな?」
思っていたような展開にならずがっかりしたのか、スタァは軽く肩をすくめた。
「あれ? そういえば、スタァも異世界人なんですか!?」
「はっはっは、驚くところはそこかい。まぁ、構わないけどね。そうだよ、ボクの生まれた世界はここじゃない。他の世界から遊びに来てるんだ。この世界にボク以上の美しいものなんてないからすぐ気づくと思ったよ」
「美的感覚は人それぞれなので」
「おや、それはそうだがボクの美しさは万人に通じると思っていたよ」
「それは美しさというより、魅了の力ですよね。血なのか術なのか知りませんけど」
まるでミュージカルが始まったかのように、スタァにだけスポットライトが当たる。
淡々と返しながらコスモスは思っていたより濃い人だなと彼への認識を改めた。
金色の髪が輝き、風もないのにふわりと靡く。
キラキラとした光は精霊なのか、彼の魅力を一層引き立てている。
「おや、残念だ。そうか、キミはそこまで分かってしまうんだね。その上、効かないときた。効かなくてもボクの美しさは分かると思ったけれど」
「マザーのお陰じゃないですかね。それか、女神様だと思います」
「そうだね。それと、キミが異世界人だからというのもあるかもしれないね。もっと試してみるかい?」
「目が潰れるのでやめておきます。早く仕事終わらせて帰りたいので」
葡萄色の瞳が妖しく光る。甘ったるい香りが漂い、吸い寄せられるようにコスモスはスタァから目が離せなくなった。
耐性がない人であれば彼に心酔していたことだろう。
「真面目だねぇ。でも心配ないよ。ここではボクの輝きをたっぷり見せてあげられるからね」
「鎧……」
「私はああいうタイプが苦手だから、コスモスに任せるよ」
「……押しつけられた」
高らかに歌い始めるスタァに、コスモスがどうしたものかと思っていると鎧から優しく爽やかな声で言われる。
放置しても問題なさそうだから何もしたくない。そう思いながらコスモスは遠い目をした。
「それにしても、随分と強固というか面倒なことになってるね」
「それはそうだろう。隠すしかなかったものだ。目に触れぬよう、表に出ぬようにしなければ意味がない」
「スタァはここに何があるか分かってるんですね」
「実際に見たことはないけれど、大体は分かるさ。キミは女神様から話を聞いたのかな? 色々仕事を押し付けられ、便利に扱われて大変だね」
まさかスタァから同情されるとは思ってなかったコスモスは、泣きながら仕事を頼んできたルミナスを思い出して溜息をついた。
「古代の邪神の封印が解けそうだから、何とかしてきてって言われましたね」
「何とかする……つまり、元の世界に帰すか消滅か」
「随分と長い時間眠ったままのようですから、そのまま帰せればいいんですけどね」
「古代の邪神がこの世界のものではないと、よく分かりましたね」
「もちろん、ボクだからね」
鎧の言葉にスタァは動揺することなく笑顔でそう答える。
そういえば、と呟いたコスモスは二人の間に漂う雰囲気に居心地悪そうにしていた。
「もらった情報によると、どうやらフェノールを滅ぼした邪神なんですよね。お家騒動だの、ドロドロの権力闘争だのどうでもいいですけど国一つ滅ぼしただけで済んで良かったというべきなのか」
「栄華を誇ったフェノールも、今や一面砂の海だ。それはそれで美しいのだけどね。滅びの美も嫌いじゃないよ」
「……見ていたんですか?」
「え、鎧?」
「滅ぶその様を黙って眺めていたんですか?」
ぽつり、と呟く鎧の声がいつもよりも低く不機嫌なことに気づいてコスモスは彼を見上げる。
鎧は真っすぐスタァを見ていた。
「うーん、知っていたというべきかな。実際にその場にいたわけじゃないから、そう怒らないでくれ」
「怒っていませんが」
「そうかい?」
スタァの言葉を聞いて鎧はまた黙々と進んでいく。彼らの後ろから、ゆったりとした足取りでついてくるスタァは楽しそうに周囲を見回していた。
ウネウネと伸びてくる蔦も、大きく花開いて甘い匂いで誘惑する食肉植物も、スタァがちょんと触れただけで枯れてしまう。
パチン、とウインクをすればハート形の穴が開き絶命する魔花たちを見て、コスモスはぽかんと口を開けていた。
「ボクが知ってるのは、恋に狂った一人の女がその恋を成就させるために邪神を呼んだってことだね。しかし、呼び出したものはあまりにも巨大強力な存在だった。そんなもの手に負えるわけもなく、恋を成就させるどころか命を落とす羽目になったというわけさ。フェノールが滅亡したのはその女が対価として捧げたからと言われているが本当かどうかは分からないな」
「うわ、成就してないのに命も国もなくなったってことですか。ろくでもないもの呼び出しましたね」
「本当だよ。その術を成功させてしまうことも驚きだけどね」
自力でどうにかできないから、魔の力を借りるというのはよくある話だ。しかし、それで実際国が一つ滅んでいるのだから笑えないとコスモスは小さく唸る。
「残された者たちが必死に女神に祈って何とか邪神を封印したはいいものの、消滅させることができなかったからこうしてボクらがここにいるってわけだね」
「あー、メランのお陰で封印が緩んだとか言ってましたね」
「女神様も不便なものさ」
「確かに不便ですね。強すぎても調整が難しくて思うままにいかないなんて」
「世界が壊れてしまうからしょうがないんだろうけど」
コスモスとスタァは頷き合う。
「あっ……うん。こっちね。間違いなくこっちだわ」
「分かるのかい?」
「その古の邪神の気配は知らないですけど、違う気配があるので」
「おや、違う気配とは気になることを言うね。何なのかな?」
「シュヴァルツ」
そう言ったコスモスに、鎧とスタァは同時に足を止めた。




