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284 幸せな結末

 空は青く澄み渡り、太陽は優しく大地を照らす。

 風は涼やかで鳥たちは囀り、木々は瑞々しく花は我こそがとばかりに咲き誇っていた。

 壮麗な教会内には神官達の歌声が響き、巨大な女神像の前で純白に身を包んだ二人が愛を誓う。

 ステンドグラスからの光が床を彩り、彼らの門出を祝福するかのように精霊達も歌った。

 ソフィーア・エドラ・ヴレトブラッドとアレクシス・エテジアンは晴れて夫婦となった。


 慌しく行き交う使用人達を見ながら、コスモスはベランダから中の様子を見ている。

 挙式が終わった後は披露宴と忙しさは暫く続くらしい。

「マスターはこれでいいのか」

「これが最良よ。女神様達もそう言っていたし」

「そうか」

 ぽつり、と確認するように聞いていたアジュールの言葉にコスモスは彼を見ることなく答える。

 迷うことは全く無かったが、少しだけ寂しい。

「アレも随分見ないうちに成長したようだな」

「そうね。守護精霊としての役を果たしてもらわないといけないから当然だけど」

「相変わらず厳しいな。だから拗ねるんだが」

 ケサランが部屋の中央で座る少女を守るように浮かんでいる。

 最初に会った頃より大きくなった彼に突撃されながら、キュルキュル文句を言われていたコスモスを思い出しアジュールは笑う。

「もう行くのか?」

「話すことも無いからね。せっかくだし、お祭り気分を楽しまなくちゃ」

 こんな雰囲気も久しぶりだと呟いてコスモスはその場を離れる。

 空高く飛び上がった彼女を咎めることもせず、アジュールは黙ってその姿を見上げると静かに影に沈んだ。



「それにしても、まさか教会本部での挙式とか。想像もしてなかったわ」

「低下しつつある信頼回復に必死、ということか?」

「嫌なこと言わないで」

 ミストラル国内で挙式するのかと思っていただけに驚きである。

(色々と後ろ暗いこともあるから、この結婚でイメージを良くしたいのかと思ったけど聞けるわけないし)

 久々にあったマザーは相変わらず何を考えているか良く分からない。

 にこにこと穏やかな微笑を浮かべあの頃と同じようにコスモスにお茶を出してくれた。

 彼女の状況を知っているのに、咎めることはせず心配していたとだけ告げる。

 あまり無茶しないようにと言われたコスモスだが、軽く笑って流す。

 こんなことになっても、コスモスの身分は今もマザーの娘でありそれが解消されることはない。

(そろそろ、この首輪とってくれてもいいとおもうんですけどね)

 そう思いながらもマザーの娘という地位が齎す利益に彼女は首を傾げた。

 マザーが特に何も言わないのなら、利用してもいいのだろう。

「はあぁ、何度思い出してもあのソフィーア姫の可憐で美しいこと。眼福だわ」

「結婚式の神官があの男なのはどうなんだ?」

「まぁ、いいでしょ。マザーのお膝元なんだし。それより、ソフィーアのウエディングドレス姿を見られる日が来るなんてね」

 もぐもぐ、と店で買ったものを頬張りながらコスモスは式のことを思い出しては熱く語る。

 世界がまるで二人を祝福しているかのようだったとか、ウエディングドレス姿が天使のようでベールに隠された様も神秘的で大人っぽく見えたとか。

 アジュールとしては飽きるくらい聞かされてうんざりしているのだが、彼女が嬉しそうならそれでいいのだろう。

 特に文句は言わず、一方的に話す彼女を見ながらスペアリブの骨を噛み砕いていた。

「でも、そうね。やっぱりあの神官がネックよねぇ。マザーいるとこ、あの男ありとは言え他にいたでしょうに。いい牽制にはなったと思うけど。 教会の後ろ盾もありますよっていう」

「面倒なことにならんといいがな」

「縁起悪いこと言わないで。今日は最良の日なんだから」

 まるで自分のことのように嬉しいとコスモスはミートパイを口に入れた。

 チーズとハムの入ったパンをぺろりと平らげたコスモスは、野菜のスープを飲み干してカルパッチョの皿も綺麗にしてしまう。

 彼女の周囲にいる精霊たちも、その食べっぷりを大喜びするようにキャッキャと声を上げていた。

「そうですよ。今日は最良の日ですからね」

「うわ、出た」

「御機嫌よう、御息女様。随分と汚い食べ方をなさっているようで。いけませんね」

「結界内に無断侵入とはそれが神官のやることか?」

 少し前から気配に気づいていたアジュールは骨を噛みながら神官服に身を包んだ男を見上げる。

 咎められた男は悪びれた様子もなく、顎に手を当て「はて?」と首を傾げた。

 テーブルの上に料理を並べて好きに食べていたコスモスはあからさまに顔を歪める。

 そんな彼女の口についたソースを持っていたハンカチで拭ってトシュテンは微笑んだ。

(相変わらず胡散臭い)

 当然のように空いた席に腰を降ろした彼は器を片付けながら、部下らしき神官に料理を持ってこさせる。

「そういえば、アルズを便利に使いすぎじゃない? 仕事ばかりで時間が無いって泣いてたわよ」

「それに見合う対価は払っていますよ。それに同意の上での契約ですから」

「あのバカ、上手いこと騙されたな」

「私もそう思う。勝手に私のことを持ち出すのだけはやめてよね」

 軽く威嚇するコスモスに笑顔で答えたトシュテンは、カップに注がれたお茶を飲んで視線を逸らす。

「今日は久しぶりによい日なのですから、そんな睨まないでください」

「で、何用?」

「御息女の様子を窺いに」

「回りくどいのいいから、はっきり言ってちょうだい」

「はぁ。相変わらずですね。そういう所が安心しますが」

 さっさと用件を言えと圧をかけながら、分厚いステーキ肉にかぶりつくコスモスを見てトシュテンは笑みを浮べる。

 コスモスの歯型がついたステーキ肉を綺麗に切り分けながら彼は話し始めた。

「大体のことは聞いておりますが」

「うん」

「よろしかったのですか?」

「はぁ。よろしかったから、そうしたのよ。ノアには溜息つかれたし、ルーチェには軽く怒られたけどいいの」

 まだそのことを引っ張るのかとでも言わんばかりにコスモスは不機嫌になる。

 提案されて、了承した。

 ただそれだけのことだ。

「全く躊躇いもなくお受けになられたことを、マザーは心配しているのですよ」

「どうかしらね。一応そういう素振りかも」

「御息女」

「はいはい」

 久々の小言に思わず言いすぎだと思いながらコスモスはお茶を飲む。

 サラダの入った器を手にしながらじっと見つめてくるトシュテンに謝罪した。

「とにかく、それで上手くいったんだからいいじゃない。やったのは私じゃなくて女神様だけど」

「眠り続けるソフィーア姫を目覚めさせる為の対価。御息女との思い出、つまり記憶の消去。あれほど大切にしていた方ではありませんか。それなのに」

「だからよ。私との記憶を対価にすれば目覚めるんだから安いものでしょう」

(王子様のキスじゃないところがちょっと残念だけど)

 原因不明で昏睡するソフィーア姫を目覚めさせる対価が、なぜ自分に関する記憶なのかコスモスにも分からない。

 しかし、女神二人がそう言うのだからそういうものだろうと思うしかない。

 ソフィーアからコスモスの記憶を取り除けば目覚めると言われていた通り、彼女は無事に目覚めた。

(健やかであればいいのよ。結婚もして幸せなんだし、いいじゃない)

 コスモスを知るウルマスにはこのことを話している。ショックを受けていた彼だが、可愛い妹のためだ。今後も黙っていてくれるだろうとコスモスはトシュテンに告げた。

「それに、私がまた永い眠り(・・・・)につくことになっても悲しくないでしょ?」

 ソフィーア姫の目の前をウロウロしても、すり抜けてみても何も反応はなかった。

 本当に自分のことを認識できなくなっているんだな、と寂しくなったがそれでいい。

「寂しいことをおっしゃいますね」

「そう? 私は幸せな彼女を見れて大満足よ」

 曇りなき輝きで笑うコスモスにトシュテンは緑の目を細めて微笑んだ。



 夜風に当たっていたソフィーアは、今日の出来事がまるで夢のようでふわふわとした気分になっていた。

 宴で飲んだ果実酒が少し効いているのかもしれない。

「ふふ、貴方もいつもありがとう」

 心配するように擦り寄ってきた守護精霊を抱きしめて、その温もりに息を吐く。

 自分だけの大切な守護精霊。

 ずっと祈り続けてやっと出会えた存在だ。

 すりすり、と頬ずりをしていれば嬉しそうに鳴く精霊はソフィーアの腕から離れるとバルコニーへと向かう。

 そして、彼女の守護精霊はキュルキュルと鳴いた。

「なぁに? どうしたの?」

 誘われるようにソフィーアはバルコニーへと出る。

 ふわり、と風が彼女の頬を優しく撫で、精霊がバルコニーの手すりでぴょんぴょんと跳ねた。

「これは……」

 精霊が飛び跳ねている隣にあったのは、花冠と色々な種類の花びらで書かれた“おめでとう”の文字。

 魔力で保持されていたのか、風が吹いても崩れることはない。

「ソフィー? ここにいたのかい。どうしたのかな……って、これは嬉しい贈り物だね」

「ええ。そう、ね」

「誰からかな。もしかして、君の守護精霊かな?」

 寝室に姿がない妻を捜してバルコニーへやってきたアレクシスは、彼女の視線の先に気付いて頬を緩めた。

 ぼんやりとした表情で見つめているソフィーアにアレクシスは首を傾げる。

 こんな時の彼女なら嬉しそうに微笑んで、どう保存したものかと悩むだろうに心ここにあらずといった様子だ。

「ソフィーア? どうしたんだい?」

「分からないわ。分からないけど、涙が止まらないの」

 笑顔を浮かべながら涙を流すソフィーアはとても大切なものに触れるかのように花冠を抱きしめた。

 少し不恰好な花冠。

 ソフィーアはアレクシスの腕の中で、花冠を見つめながら空に向かって笑みを浮べる。

「ありがとう」

 その呟きに彼女の守護精霊は嬉しそうに鳴いた。



本編はこれで終了です。

ありがとうございました。

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