282 核
鎧が進めば進むほど、邪魔が激しくなる。
狭まる壁、押し寄せる天井、鞭のようにしなる管がそこら中から出てきてコスモス達の行動を阻もうと必死だ。
それはつまり、方向が合っているという答え合わせにしかならず彼女達は邪魔するものを蹴散らしながら進むだけ。
鎧の掌の上で全方位攻撃すら容易にしてしまうコスモスは、何かに引かれる感覚にハッとした。
「コスモス?」
「多分、ここから先は邪魔も攻撃も無いと思う」
「何故分かる」
「呼んでるから」
先ほどまで壁を燃やしていたコスモスが急に静かになったので鎧が足を止める。
アジュールも心配そうに彼女を見上げたが、返ってきた言葉に尻尾を揺らし怪訝な顔をした。
「呼んでる?」
「あー。全然気付かなかった。ちょっと考えれば分かることなのに気付けなかったわ」
「コスモス?」
「肉塊は人工生命体でできてる。いや、それの集合体というか、失敗作の塊みたいな?」
何と言ったらいいのやらと唸る彼女に鎧は驚いたようにコスモスを見つめた。
「さっきまでの攻撃や阻害は防衛本能。そりゃそうよ。攻撃されたら防衛するに決まってるし、異物が入れば攻撃するに決まってる」
「まぁ、異物には違いないな」
「でもそれと同時にずっと、呼んでたんだわ。気付けなかったというより、気付こうとしなかった」
ギリッと歯軋りをする音に鎧は優しく彼女を撫でた。
「外の攻撃も止んで、停止してるはず。でも、中央に埋め込まれてるメランは足掻いてるかも」
「人工生命体は魔法を使えないはずだけど?」
「中身がない場合はね」
「なるほど、メランか」
アジュールの言葉にコスモスは頷く。
本来なら失敗作で未完成だった肉塊がここまで大きく育って誰も予測しない状況になっているのはメランのせいだ。
「この世界の理から外れてる異世界人はいい実験材料だったでしょうね。塔にもそれらしい装置や施設があったじゃない」
「……」
コスモスが茶化すように言うが鎧は何も答えない。しかしそれが答えだ。
「オールトの研究施設ではキナ臭い研究をしていたようだからな」
「いつの時代、どこの国も考えることは似てくるんだね」
禁忌とされる異世界からの召喚術。大量の魔力と生命力を注ぎ込んでも失敗してしまった実験。
「何故か分からないけど人工生命体と異世界の魂は相性がいいんだよね。現地人との相性は最悪さ」
「うわー、嬉しくないわね」
「召喚されるのは動物や魔物でも構わない。ただそれだと目的は達成できないから確実に異世界人を召喚しなければいけないってワケさ」
わけも分からず突然連れてこられて、瀕死状態にされた挙句魂だけ抜かれて人工生命体へ移動させられる。
改めて考えても地獄だわ、と呟いてコスモスは息を吐いた。
「メランなんて御しやすかっただろうね。弟子くんと違って、メランは完全に元の体を棄てていた。人工生命体とあんなに馴染んでるなんて、シュヴァルツも泣いて喜んだんじゃないかな」
「その当人があっさり吸収されてたら意味が無いんだが」
「そうかな? 意外と喜んでるかもしれないよ」
呆れたように溜息をつくアジュールに鎧はそう答える。
コスモスは「やったー」と言いながらダブルピースをするシュヴァルツを思い浮かべてしまい、イラッとする。
「でも、その結果が肉塊って残念すぎるでしょ」
「早かったんだろうね。本来ならメランの中でじっくり育つつもりだったのに、私達に攻撃されて慌てて出てきたんじゃないかな」
「中途半端でボロボロ身を崩しながら浮かんでるくらいなら、メランの中で寝てれば良かったのに」
(そうしたらこんなに苦労しなくてすんだのに)
元の姿が分からなくなるほどに変わってしまって、彼が望む強さまで手に入れたのにあの結果だ。
弟子は一体何を思うんだろうかと考えながら、コスモスは自分達を呼ぶ声が大きくなっていることに気付いた。
「その先、仕掛け解いて分厚い壁を突き破った先にあるわ。ただ、再生が早いから遅いと壁に呑み込まれるかも」
「仕掛けの答えは?」
「鎧なら知ってるんじゃない、って」
「ハハハハハ。困るなぁ、そういうの。知り合いが吸収されてるみたいじゃないか」
「そう言いつつあっさり解いたぞコイツ」
爽やかに笑いながら変な紋様がいくつか描かれている壁と床の仕掛けを解く鎧。
胡散臭そうなものを見る目でアジュールがコスモスにそう言うが、彼女は溜息一つで返した。
正面の中央にある大きな瘤がパチンと弾ける。
覆われていた不思議な気配が消えて、コスモスは鎧の手から離れる。
「コスモス!」
(あの変な気配のせいで、すり抜けようとしても弾かれてたのよね)
背後から鎧の声と何かを切り裂くような音が聞こえる。
柔らかい壁は細かく切られ、目の前が急に明るくなった。
シュン、とコスモスの脇を黒い影が通り過ぎる。
「マスター! 核があったぞ!」
「でしょうね」
「はぁ。全く、突然飛び出すのはどうかと思うなぁ」
ふわふわと浮いているコスモスを掴んで、再び左手の上に乗せた鎧は部屋の中央にある核を見て笑った。
前足でちょいちょい、と触れようとしていたアジュールが驚いて飛び退く。
「確かに。これは邪神の核だね」
「前に見たことのある反応するわねぇ」
「ほらここ。傷つけたの私だからね。ということで!」
左手を核に近づけてコスモスが見やすいように鎧が傷のある箇所を教えてくれる。
どれどれ、と身を乗り出したコスモスを見ながら鎧は爽やかに笑った。
いつの間にか空いている手に握られていた剣がキラリと光って、コスモスは疑問を感じながら刺される。
(キラキラしてて、綺麗)
自分を貫通する刃はさらに煌きを増し、驚いて鎧を見上げる彼女には彼が微笑んだように見えた。




