281 趣味の悪い内装
怖くないと言えば嘘になる。
けれど、恐怖よりも興奮が勝っている自分はどこかおかしいのだろう。
そう思いながらコスモスは何でもすり抜けてしまう自分の特性に感謝していた。
天使の眼の時はすり抜けたというよりも、突き破ったという方が正しいが今回も似たようなものである。
「あー、美味しくない。大した補充にもならないし、鬱陶しくて邪魔なだけなのよね」
ノアの補助を受けながら鎧に思い切り投げられ、弟子とジャックが作った隙。
コスモスは一直線に肉塊に向かい、吐き出される黒い靄すら通り抜け無事内部へと辿り着いた。
「黒い靄の正体が黒い蝶だとはね。地上で見たものより攻撃性が高いけど、大したことじゃないね」
「ペッペッ。はー。内部に入る前に、あの人型殴れば良かった」
「そんな寄り道してる暇はないから、我慢してね」
まだ微かに纏わりつく蝶を吐き出しながらコスモスは眉を寄せた。
ふわり、と浮いている彼女を支えるように鎧が手を出す。
「マスター! というか、お前も来たのか」
「予定に無かったんだけど、いたのよ」
「楽しそうだから来ちゃったんだ。ちゃんと役に立つから心配しないでほしいな」
「……私を投げる必要あった?」
「そういう流れだったから」
(こいつ、私に先陣きらせて自分は楽したわね)
先に侵入してたアジュールの様子を確認し、何か探れたかと聞けば頭を左右に振られた。
状態は良さそうだが、若干の疲労がみえる。今後のことを考えて無茶な行動はしなかったのだろう。
「さて、ここからは時間との勝負だ」
「分かってる」
「核があるとしたら一番守りが堅いところだろう。外から見えた人型や心臓は気にしなくていい」
「心臓壊せば停止するとかはない?」
鎧の言葉にこんな君の悪いものにも心臓があるのか、と驚くコスモス。
心停止して消滅なりしてくれればいいんだけど、と思うもそう上手くはいかないらしい。
「このガワは消滅するだろうね。でも核がある限り、似たようなことは続くよ」
「核さえ破壊してしまえば、別の形で復活することもないか」
「そうだね。核さえ無事なら心臓を元に戻すこともできるし、失われたガワを修復することもできる」
「今度修復するときは、センスがいいことを祈るわ」
「不完全だからしょうがないさ。完全体だったらあの人型がベースになってたかもしれないし」
迷いなく歩いていく鎧に連れられながら、コスモスは周囲を確認する。
どこもかしこも似たような景色で、今来た道すら分からなくなりそうだ。
内臓を思わせるような内部構造も趣味が悪い。
「あまり見ない方がいいですよ」
「見てると人が組み合わさってできてるように見えてくる」
「いや、マスターそれはその通りだ」
「えっ……うわ、やっぱり趣味悪いわ。あの見た目だからしょうがないのかもしれないけど」
多少、天使の眼で慣れたとはいえやはり気持ち悪いものは気持ち悪い。
天井も壁も床も、一定の間隔でドクドクと脈打つように動くのも気持ちが悪いとコスモスは溜息をついた。
「アジュールはよくこんな場所で待てたわね」
「マスターに従属してるお陰だろうな。大して何も思わなかったぞ」
「いいね、さすがはアジュール。そのお陰で取り込まれることもなかったんだろうね」
この場に似合わぬ爽やかな声にコスモスは軽い頭痛がした。
道を塞ぐ壁や、瘤はアジュールが取り除きコスモスは鎧の掌の上で周囲を探る。
(知った気配がいくつかあるわね。これが吸収されたってこと?)
「守りが堅いわりには、邪魔をしてこないな」
「内部はとても繊細だからね。変に暴れられても困るんだろう」
「あ、アジュールがそんなこと言うから肉片が飛んできたんですけど」
壁と天井の一部が目の前に飛んできて行動を阻害する。
うごうご、と動く肉片は桃色の泥のような見た目をしていた。
「うわ、こいつは酸を吐くぞ」
「あはは。いいね。ついでに溶かしてもらおうか」
「笑い事じゃないってば」
攻撃をしかけたアジュールが、肉片に液体を飛ばされて顔を顰める。
シュウゥと自慢の毛が溶かされてショックなのだろう。一定の距離を保って様子を見ていた。
その間も肉片は数を増やし、もぞもぞと身を寄せ合って融合しながら大きくなっていく。
「火炎弾」
「容赦なく燃やすね」
「こういうのは、燃やすに限るわ」
「空腹を刺激する匂いだけはいただけないな」
ぽたり、と涎を垂らしたアジュールは慌てて頭を左右に振ると焦げた肉片を飛び越えて先へと進んだ。
鎧は相変わらず爽やかに笑うばかりで、コスモスは彼の手の上で邪魔する肉片を片っ端から炭化させていく。
「おい、場所はこのままこっちでいいのか?」
「うん。多分間違いないと思うよ。入り組んできたし、邪魔も激しくなってきたからね」
それでも悲しいことに、コスモス達を阻めるほどではない。
もっと苦戦するかと思っていたアジュールも、慣れた様子で人型の敵を爪でバラバラにしたところだ。
「鼓動の音がうるさくない?」
「しょうがないよ。心臓が近いからね」
「そうか。マスター」
「そうね。とりあえず、破壊しておきましょうか」
「君達そういうところ気が合うよね」
ドクンドクンドクンとずっと聞かされている身にもなってほしい。
煩すぎて頭が痛くなりそうだと思っていたのはコスモスだけではなかった。
コスモスとアジュールは同時に頷くと音が聞こえる方向へ向かって駆けていく。
「方向が一緒だからいいけどね。って、早いな」
「ふぅ。これで静かになったわ」
「再生するとしても時間がかかるだろうしな」
分厚い壁を突き破り、天井と床に繋がれるようにして存在していた心臓は鎧が到着した時には既に止まっていた。
表面に刺さる無数の光の矢のせいで、綺麗な桃色が次第に白くなっていく。
満足気にしているコスモスを掴んでその場から出た鎧は、先ほどよりも速度を上げて進む。
場所が分かっているかのような彼の行動にコスモスもアジュールも何も言わない。
「ちょっと、再生する瞬間見たかったわ」
「時間が無いからごめんね」
「分かってるわ。冗談よ。今は核を破壊するのが先決だもの」
外で奮闘してくれているだろう彼らのこともある。
のん気に中で破壊された心臓が再生する様を観察してましたなんて言ったら、ノアは冷ややかな視線でコスモスを怒るだろう。
ルーチェは怒りよりも興味が勝つかもしれない、とコスモスは彼女達の反応を想像した。
(うーん。やめよう。ノアの顔と雰囲気が怖すぎる)
「考え事してるのにちゃんと攻撃できるのはコスモスらしいよね」
「我がマスターだからな」
掌の上で正確な攻撃を放つコスモスを見ながら鎧は「ふむ」と呟いた。
「私の時もこのくらいの力があれば、違っていたのかな」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、早く核を見つけて破壊しないとって」
「そうだな」
アジュールがバラバラにした敵をコスモスが燃やす。
天井や壁、床から肉片が飛ぶ前に攻撃魔法をぶつける彼女のお陰で余計な戦闘も避けられた。
鎧の掌の上でくるりと回りながら彼女は「ノアが……」と呟いている。
恐らく外にいる彼らのことが心配なんだろうなと思い、鎧は速度を上げた。




