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278 謎の場所

「ちょっと、やりすぎたかな?」

「別にあの程度何ともないでしょ」

 壁をすり抜けた先にいたコスモスがうーんと唸りながら呟けば、大したことなさそうに肩を竦めたノアがそう答える。

 壁をすり抜けた彼女に続いて弟子も姿を現し、興味深そうに周囲を見ていた。

「それで、何か収穫は?」

「この周囲は何も無し。星の海を歩いてるみたいで綺麗だけど位置が分からなくなりそうだから、壁近くで待機してたの」

「なるほどね。星の海、か。なかなか詩的じゃない」

 ふふっと笑うノアに、彼女の弟子は感激した様子でコスモスを見つめている。

「邪神を復活させようと言うんだから、もっと禍々しくてもいいようなものだけど」

「え、綺麗でいいじゃないですか」

「あんたは黙ってなさい」

「はい」

 師弟のやり取りを見つつコスモスはこれからどうするかノアに尋ねた。

「そうね。できればシュヴァルツに接触せず邪神を排除するのが一番だけど位置が分からないことにはどうしようもないわね」

「そっか。とりあえず移動する?」

「じっとしててもしょうがないし、元の場所に戻るのも嫌だからそうしましょう」

「えっ、でも迷子になっちゃいますよ?」

「はぐれないように、ちゃんとついて来なさい」

「はいっ」

 何故か嬉しそうに返事をする彼に苦笑しながらコスモスはアジュールの背に乗る。



「これ、本当に頭がおかしくなりそうですね」

「変わり映えしない景色に方向感覚の麻痺。疲労が蓄積していくだけ。戻ろうとすればすぐに元の場所に出る。迷いの森みたいね」

「正常な手順を踏まなかった場合の対策かな」

 三十分くらい周囲を探りながら歩いていたコスモス達だが、全く変わらない景色に弟子が溜息をついた。

「どうする、マスター」

「うーん。本当なら元の場所に戻るのが正解なんだろうけど、面倒だからこうします」

 言い終わらないうちにコスモスは前方に向かって聖炎を纏わせた球体を放つ。

 ゴウッという音と共に飛んでいく球体に、ノアも流石に眉を寄せた。

「ちょっとコスモス! そんなことしてこの空間が不安定になったら永遠に出られなくなるかもしれないのよ!」

「えっ! あ、でも師匠もいるしコスモスさんもいるなら別にいいかなぁ」

「良くないわ!」

 不安そうな顔をしていた弟子は、次第に笑顔になり「ンフフ」と笑い出す。

 そんな彼にツッコミを入れたノアがコスモスに説教しようとして止まる。

「嘘でしょ?」

「残念ながら、道が開けたみたいですね。この先は大きな空間になってるようですけど、相変わらず何かいる気配は……ないですね」

 残念がる弟子の声を聞きながらコスモスは首を傾げた。

 通常なら何か出てきてもおかしくない場所に、何もいない。

 これは何を意味するのか、それとも考えすぎなのかと彼女は小さく唸った。

「位置的に何かがいてもおかしくないと思うんだけど」

「何かって、邪神てことよね?」

「そうですね」

「でも、アレの核は亜空間に閉じ込めてるはずでしょ? ここが亜空間だっていうの?」

「うーん。それは違うと思いますけど、何らかの方法で繋げるのは可能でしょう」

 到着した場所は一見すると何も変わりない景色が広がっているように見える。

 しかし、コスモスの目には空間がぐにゃりと歪んでいるように映った。

「何もありませんね」

「そうね。微妙に空間が歪んでるわ。これは半径100mくらい? 中央に向かって歪みが激しいわね」

「よいしょっと」

 軽くそう呟くと、光の矢を中央部に放つコスモス。

 ひょいと投げられた光の矢は、吸い込まれるように中心部へと向かい、爆ぜた。

「コスモス!」

「大丈夫ですって」

「あ、歪みが直りましたね。あちこち抉れた感じはしてますけど」

「フォンセ様にお願いして直してもらったんです。流石にあのままじゃ、気持ち悪くなるので」

「さっきので場所を知らせたわけね。全く、先に言いなさいよ」

 床の抉れに興味があるのか、ノアの後ろでは弟子が床を触っている。飛び散った破片を摘んで色々な角度から観察していた。

「ここは……邪神の核があった場所?」

「おお、良く分かりましたね」

「チッ。本当にあいつ、亜空間と繋げてたなんて」

「歪んでるのはそれが原因でしたか。他に影響しないように守ってたんでしょうが、コスモスさんが壊しちゃいましたからね。結局中には何も無かったので良かったじゃないですか」

 無用な戦闘が避けられたと喜ぶ弟子だが、ノアは深い溜息をついて額に手を当てた。

「ここに邪神の核が無かったら、一体どこにあるというの?」

「どこに、ですか? 消えたんじゃないですかね」

「シュヴァルツの時間稼ぎは既に成功していて、メインの前の余興にコスモスを呼び出したのかもしれないでしょ」

「あっ……あー、いや。それはないですね」

 珍しく強気な彼の言葉にノアは訝しむ。

 そんな彼女の前にスッと弟子が出た瞬間、目の前の景色が揺らいだ。

 警戒する一同の前にゆっくりと姿を現したのは、何度か会っている青年だった。

 彼はそこにいるコスモス達を見ると眉を寄せる。

「うん、ちょっと予想外かな」

「あら。そうなの? てっきり来るの分かって出迎えてくれたかと思ったのに」

「はあぁー。もうちょっと驚いたり警戒するとかしたらどうなの!?」

「え、戦う?」

 大きい溜息をつく彼にコスモスは戦闘態勢を取る。

 うんざりしたように肩を落とし、頭を左右に振った彼は警戒心を露にするノアとアジュールを見て微笑んだ。

「君ってそんなに好戦的だっけ? まぁ、いいか。ここに来られたってことはそういうことなんだろうから」

「私達を邪魔しに来たわけじゃないなら、ボスのところまで案内してくれるのかしら?」

「またこれ……やってくれるよなぁ」

 周囲を軽く見回して再び溜息をつく青年にコスモスは首を傾げる。

 その後ろでノアが愛らしい笑みを浮かべ青年を見つめた。

「案内してほしいの?」

「貴方は何のために私達がここにいると思ってるのかしら」

「ああ、まぁ、そうだね。招待状送ったって嬉しそうにしてたから……そうなるか」

 彼の言葉にコスモスは嫌そうな顔をする。

 しかし、彼女の表情が分かる人物は限られているので心配することもない。

 ちらり、と振り返ったアジュールが笑いを噛み殺して軽く咽ていた。



「は? ジャック、貴方ナメてるの?」

「本当にさ、性格変わってない?」

「色々吹っ切れたのよ。さっさと仕事終わらせたいだけ」

「うわ、仕事とか言ってるし。世界の危機だよ? 破滅するかもしれないって時にそんな言い方する?」

 青年の名前を呼んだ瞬間に飛んできた短剣はアジュールが叩き落とし、眼前に迫った剣先を避けてコスモスは相手の鳩尾に体当たりをした。

 軽く吹っ飛んだ彼は大きく咳き込んで胸部を押さえる。

「破滅させる側がなに言ってるのよって話なんだけど」

「そうですよね。何なんでしょうね」

 その様子を見ているノアと弟子は呆れたように呟いた。

 崩れた体勢を直して地面を蹴るジャックを、コスモスは正面から迎える。

 だが、攻撃は彼女に届く前にアジュールによって防がれた。

 たかが獣、されど獣だ。

 数え切れないほどの魔獣を屠ってきたジャックですら、舌打ちするほどの強さに仕方がなく間合いを取る。

「なんだ。やっぱり戦闘じゃない」

「そんなつもりはなかったけどね」

「どうだか」

 会話をしながら様子を窺うジャックの目の前に、ヒラリと蝶が飛んできた。

 その蝶は彼を邪魔するように顔の前で飛び続ける。

「……はぁ。分かったよ、止めるよ」

 ぺしぺし、と羽で叩かれたジャックは溜息をついて剣を消した。

 何も持っていない両手を上げて戦闘の意思がないことを表明する。

「なるほど、あの蝶が弱点というわけね」

「傷つけるのはやめておいた方がいいですよ」

「やらないわよ。余計手に負えなくなって時間を無駄にしそうだもの」

 ぽつりと呟いたノアにコスモスは首を左右に振ってそう告げる。

 ジャックは未だ蝶に怒られているらしく、両手を上げたまま困ったように謝罪し続けていた。



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