275 最初の記憶
通知音で目が覚めたコスモスは、じっと見つめるフォンセに気づいて体を起こした。
ふわぁと欠伸をしながら目を擦るコスモスを彼女は優しい眼差しで見つめる。
「よく眠れたようね」
「はい。ぐっすり眠れました」
人型で眠るのも久々ではないだろうかと思いながらコスモスは大きく伸びをした。
力の消耗を抑えるために球体でいることが多いが、こうして人型の姿でベッドをゴロゴロするのも楽しい。
大きなベッドの上でコスモスは浮遊する窓を見上げた。
「聖女と死霊術師の夢を見てました」
「なんだか物騒な夢ね」
「二人が敵をなぎ倒していく姿は爽快でしたよ」
「あら、二人が敵対してるわけじゃないのね」
変な夢だったが面白くて楽しかった。
そう呟いたコスモスは、夢で見た聖女がどれほど可愛らしくて素敵だったのかを熱く語りだす。
笑顔で話を聞いていたフォンセだったが、彼女の語りは止まらない。
「もう本当に一つ一つのパーツが完成されていてため息が出るし誰にでも優しい上に求められているものがしっかり分かっているプロなところが最高に良くて……」
「こほん。急で悪かったけど、天使の眼を上手く対処できて良かったわ。さすがね」
「あぁ、私は投げられただけで特に何もしてませんけど」
褒めるなら鎧にだろうとコスモスは首を傾げる。
彼の咄嗟の判断がいい結果を生んだのだ。
「そんなことないわよ。ボーナスあげるわね」
「鎧の判断が良かったからですよ。本当に私は投げられただけなので」
コスモスに光の雨を降らせたフォンセは微笑む。
困った表情のまま女神フォンセから祝福を受けたコスモスは、思い出したように「あ」と声を上げた。
「そう言えば聞きたいことがあったんです」
「何かしら?」
「天使の眼と私って同じですか?」
「いいえ。急にどうしたの」
一体何を言い出すんだとばかりに驚いた顔をするフォンセ。
調子が悪いのだろうかとコスモスを見てみるが異常はない。
「よく思い出してみると、鎧が見せてくれた天使の眼って“人のようなもの”でできてたような気がして」
「……」
「頭部はつるんとしてて顔のパーツもないけど、人間の形をしたものでできてますよね?」
汚れが全くない真っ白なボディの“天使の眼”
恐らく中央の大きな目玉以外は全て人のようなものでできているのだろう。
直接見たわけでもないのに、コスモスはなぜか確信していた。
「あれは、自然発生のものというより人工的に作られたような? 人造人間にしても、それよりもっと人に近かったような気がする」
大きな羽の先端に至るまで、全てが人のようなものでできていた。
攻撃を受ければその形がはっきりと分かる。
天使の眼と戦闘していたアジュールに聞けば確定だろう。
「人造人間なら人ではないわ。中身がないもの」
「でもその中身が人だったら?」
作り物の器にヒトの魂を入れたらそれは何になるのだろう。
それもヒトと呼べるのだろうか。
「コスモス……あなた」
「思い出したんです。私の世界に帰ってもう一度ここへ戻ってくるときに」
「何を思い出したの?」
フォンセの声は穏やかだが注意深くコスモスの様子を観察していた。
「私が、この世界で初めて目覚めた時のことをです」
「初めて……ミストラル周辺じゃなかった? 丁度いい教会を見つけてそこに居座っていたらマザーと会ったのよね」
それは恐らくマザーからの報告だろう。
女神といえど万能ではないということか、と思いながらコスモスは無言で首を左右に振った。
「私もそう思っていましたけど、違ったんです」
気がつけば息も絶え絶えでそこにいた。
起き上がろうにも体が重く指先一つ動かすにもひどい苦痛を伴った。
倒れたまま動けない体で、ぼんやりと霞む視界に映ったのは白い景色。
目をこらしてみれば、そこには大量の白いものが。
人型をしたそれはマネキンかと思ったが、どうやら違う。
どこかしら欠けているものもあれば、溶けかかっているものもあり、その全ての顔がつるりとしていた。
こんな変なものに囲まれて意味が分からないまま自分は死ぬのかと思っていると声が聞こえる。
囁きかける声たちは管理人に似ている気がした。
「はぁ。それは人造人間……人工生命体の廃棄場ね」
「廃棄場……」
「恐らく実験に失敗したものを廃棄する場所よ。それだけ大量の廃棄がされてたと考えると、天使の眼が生まれるのも納得だわ」
直接介入できないのがもどかしいとばかりにフォンセは眉を寄せてため息をついた。
「コスモス。人工生命体は魔法を使えないし、精霊との相性も悪いわ。それに貴方の管理人は頭の中に住む妖精みたいなものよ」
「……妖精」
「そう。あまり深く考えなくて大丈夫よ。貴方はコスモスでマザーの愛娘。私達女神二人の加護と祝福を受けた異世界からの客人。それに、管理人が貴方に害をくわえようとしたことなんてないでしょ?」
「ない、ですね」
寧ろ何のメリットもないはずなのに助けてくれる。
自分の中に間借りしてるようなものだからだろうかと考えるコスモスを見てフォンセは笑う。
「無事にもとの世界に帰れるんだからそれで充分じゃない?」
「それはそうですね」
あまり考えすぎないことよと優しく言われてコスモスはとりあえず頷いた。
今自分は生きていて、元の世界にも帰れる。
(確かに充分すぎるほどだわ。瀕死状態なんて頻繁になるようなものじゃないと思うけど)
本当に死ななかったのが不思議なくらいだとコスモスはため息をつく。
(これもマザーの娘効果だったのかしら?)
「そうだ。アジュール達の到着は明後日くらいになると思うわ」
「転移装置は使わないんですね」
「魔力酔いする人もいるでしょ?」
「あぁ、レイモンドさん」
「転移装置から敵襲って場合もあるから多用は避けた方が懸命だね。便利なんだけど」
酔い止めの薬を飲んでいても辛そうだった彼の姿を思い出していたコスモスは、眉を寄せて新たな声の主を探す。
「各地の魔物も落ち着いてきてるし、邪神側に動きがないならこっちも待機するしかないけど。訓練でもする? それとも何か開発とか?」
にこにこと笑顔で空中で足を組みながら頬杖をつく風の大精霊に、フォンセはため息をついた。
「はぁ、また不法侵入ですか。仮にも淑女の部屋に無断で入るのはどうかと思いますよ」
「不法? 僕は精霊だから関係ないなぁ。それに僕とコスモスの仲じゃないか」
ぱちん、とウインクをしながらそう告げる風の大精霊。
ライトグリーンの髪をさらりと靡かせて、藍玉の瞳で微笑む姿にコスモスは嫌な顔をした。
それを見ていたフォンセは空中を軽く指ではじく。
「イタッ!」
風の大精霊は額を両手で押さえて笑う。
「ゴメンゴメン。ちょっとふざけすぎたかな?」
(一体いつからこの場にいたのか。どこから女神様との話を聞いていたか知らないけど、聞かなくてもいいか)
聞かれていたら気まずいが、相手は風の大精霊だ。面白いと思うか、自分には関係ないという反応をするだけで害はないだろう。
(嫌悪感とかもないようだし)
「あ、エテジアンもミストラルも大丈夫だよ。騎士団や警備隊が頑張ってるから。何より、新型結界石が力を発揮してるからね」
ふふん、さすが僕だよねぇと笑顔で頷く風の大精霊にコスモスは相変わらずだなと笑う。
「それで、貴方は何をしに来たの?」
「えぇ、手伝いに来てあげたっていうのにひどいなぁ」
冷たい視線を向けるフォンセに風の大精霊は泣き真似をしてコスモスを見る。
しかし彼女はそれを無視した。
「情報提供ですか? ありがとうございます」
「うん。それと、コスモスの遊び相手」
「あそびあいて?」




