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274 輝けるもの

 コスモスが眠ったのを確認してノアは部屋を出る。

 隣の部屋を軽くノックして返事を聞いた彼女はため息をついた。

「問題児が一人増えてるわね」

 そう呟きながら部屋に入ったノアは、腰に両手を当ててベッドに座る鎧を見つめる。

「貴方まだ休んでなかったの?」

「私はそんなに休まなくても大丈夫だよ」

「そんなこと知ってるわ。それでも休める時に休んでおきなさい」

「……そうだね」

 ふふっと笑った鎧にノアはため息をついて首を傾げた。

「何?」

「世話焼きなのは相変わらずだなと思って」

「これからの戦いは更に厳しくなるんだから当然でしょう?」

「油断しないのは大事だね」

「そうよ。いくら女神様の祝福と加護が強いからといって油断したらシュヴァルツみたいになるもの」

 よりにもよって例えで出すのがその人物とは。鎧は腹部を手で押さえながら笑い声を上げる。

「厳しいね」

「それでも油断できない相手があの男だけど」

「女神ルミナスのお気に入りだけあるよね」

「それ女神様が聞いてたら寝込むからやめなさい」

 嫌味のつもりはなかったと告げる鎧だが、ノアはため息をついて片手を額に当てた。

 どこからどう聞いても嫌味にしか聞こえないが、爽やかな声色で告げられるので騙されそうだ。

「はーい」

 悪びれた様子は微塵もなく、鎧は部屋を出て行く彼女に向かってヒラヒラと手を振る。

「はぁ。一体あの男は何を考えているのかしら」

 部屋を出たノアはそう言いながら軽く周囲を確認する。

 今のところ城や城周辺に異変はない。

 結界にも異常はなく、妙な気配もない。

 何かあればすぐに分かるようになっているが、ノアとしてはもう少し強固にしたかった。

「資金面はともかくとして、材料と人手が足りないのよね」

 それでもなんとかボロボロだったこの城をここまで蘇らせたのは鎧のお陰だろう。

 弟子も一応それなりに働いてくれたと思いながら見回りをする。

「この人数でできないことはないけど……」

 城の主はコスモスに設定されているが、彼女が緩いお陰で鎧やノアが勝手に弄れてしまう。

 もう少し危機感を持てと言ったところで無駄だろうと思いながら彼女は城内を見回り始めた。

「やることが山積だわ。もう少し魔道具も増やしておきたいけど、コスモスの仲間が来るから準備しなきゃいけないわね」

 コスモスも鎧も適当なところがあるから、自分がしっかりしないとと思いつつノアは頬に手を当てる。

「やあ、お邪魔してるよ」

「不法侵入はやめてくれる?」

「気配で気づいてたくせに」

 突然聞こえた声にも驚かず、彼女はゆっくりとそちらへ視線を向けた。

 フロアの中央にある噴水の縁に腰掛けた青年がにこやかに手を振っている。

 そこにいるだけで人を惹きつけてしまう外見をしている彼は、まるで噴水に付随する彫像のように美しく輝いていた。

 弟子は所用で外出中なのでこの城内にはコスモスと鎧、ノアの三人しかいない。

「それでもマナーってものがあるでしょ? それすら忘れたの?」

「コスモスは休んでいるだろう? 叩き起こすのも悪いと思って」

「そういうことにしておくわ。それで、用件は?」

 その場にいるだけで眩い輝きを放つ美青年は、ノアの態度にも笑顔を崩さない。

「ここは居心地がいいね。少し、お世話になろうかな?」

「また面倒なことを言って。用事が終わったら帰ってちょうだい」

「コスモスは許可すると思うけどな」

「……」

 金髪を揺らしながら彼は笑う。まるでノアが止めることは無駄とでも言うように。

「それに、素材と人手が足りないなら都合できるけど?」

「何が目的かしら」

「今の戦力じゃ、シュヴァルツには勝てない。それは分かっているだろう?」

 彼の掌の上で遊んでいるに過ぎない、と言いながら青年は自分の掌の上にコスモスのミニチュアを出現させた。

 ふわふわと浮かぶ球状のコスモスと人型のコスモスが並ぶ。

「セイリオス。何が目的なの?」

「お手伝いだよ。理由はさっきも言った通り」

「他には?」

「少しでも早く穏やかな生活に戻りたいんだよね。封印されてたはずの“天使の眼”は復活しちゃうし」

 セイリオスの掌の上で球状のコスモスが天使の眼に変化する。

 精巧な出来の天使の眼に眉を寄せたノアだが、セイリオスは楽しそうにそれを見つめる。

「ま、ボクが出てきたところでできることは限られてるんだけどね」

「はぁ。そうね。貴方がいればシュヴァルツもそう簡単にこの城には手出しできないもの」

「シュヴァルツはそんなこと考えてないと思うけどなぁ」

 今攻撃されたら元の廃城に戻ってしまいそうだ、とノアは腕を組んで考える。

 素材も人員も手配してくれる上に戦力にもなってくれるのはありがたい。

「どういう意味?」

 これからのことを考え始めたノアにセイリオスはのんびりとした口調で呟く。

 まるでシュヴァルツの狙いを知っているかのような様子に、言葉と目つきが鋭くなのはしかたがない。

「消そうと思えばいつでも消せるんだから、わざわざ攻撃してくることはないだろうってことだよ」

「ふぅん。甘く見られているのね」

「強がらなくてもいいよ。向こうと比べてこっちは時間も戦力も足りない。幸いなのは邪神が不完全ということだけ」

「器が完成すれば、前より強力かもしれないわ」

「だからその前にって話だよね。キミの実力は知ってるけど、一人でどこまで頑張れるかな?」

 今までろくに姿を現さなかったくせにこちらの状況を細かく把握しているセイリオスが気持ち悪い。

 そんな感情を隠さず顔に出したノアに、彼は声を上げて笑った。

「“天使の眼”を追っていた親子やコスモスの獣、神官はどうするか分からないけど、とにかく彼らが来たとしても戦力は足りないだろう?」

「分かっているわよ。それに、彼らには合流したとしても無茶はさせられないわ」

「そうだね。正直、雑魚はともかくシュヴァルツや邪神が出てくると危ない」

「危ないというか、無理よ」

 その為にコスモスはわざわざ女神に呼び戻されたのだ。

 前よりもパワーアップしているのはいいが、それでも心配なノアはどうしたものかと悩む。

「だから、こっちの心配はしなくていいよ」

「……パーピュアにも話をつけてあるということ?」

「ここがどこなのか分かったみたいだね」

「オルクスの領土じゃないわよ」

 北の城がある場所は現在どこの国にも属していない。

 昔この国が戦争に負けてから、環境が変わってしまい、一年中吹雪に閉ざされた地になってしまった。

 資源は乏しく、管理するのも難しい。魔物も強く、人が住むに適さない土地になってしまった為にどこの国も欲しがらず、放置されている。

「でも、コスモスが降りてからここは教会の管理下に置かれることになっただろう?」

「……マザーね」

「娘思いってことだよ。彼女が動きやすいように先に手を回したんだろう。この城の主はコスモスで、周囲一体は教会の管理下」

「そんなの、食い物にされるだけじゃない」

「ふふふ。そんなことしたら罰が当たって終わりさ」

 楽しそうに笑うセイリオスにノアは少し考え周囲を見回した。

 一年中吹雪なのは国宝の暴走によるもので、それを制御すれば何てことはない。

「コスモスに国を治める才能はないだろうけど、回りにいる私や鎧がどうにかすればいいものね」

「そういうこと。乗り気じゃないか」

「周囲は強い魔物も多くて、簡単には来れない。吹雪という天然の守りもある。相手がシュヴァルツや邪神じゃないなら対応はしやすいわ」

「今から他国と戦争するような考えはどうかと思うけどな」

「はぁ。教会の管理下なら、そんなことできるわけないじゃない」

 やろうと思えばできるけど。

 ノアは心の中でそう呟いて悪くないと苦笑した。

「とにかく、他国がここに目をつけても遅いってことさ。拠点にするには不便な地ではあるけど、戦うことを考えれば周囲を気にしなくていいということだ」

「大暴れ前提みたいなことはやめて。できるならこっちじゃなくて、向こうに乗り込むのが一番なんだから」

「でも未だに相手の拠点は分からないんだろう?」

 痛いところを突かれてノアは言葉に詰まる。城のことをやりながら邪神の場所を特定するには時間が足りない。

 他の誰かに代わってもらいたいが、能力的にそれも無理だ。

 自分と同等、もしくはそれ以上に優秀な人物がいればいいのだが不可能だろうとノアはため息をついた。

「彼らも上手く隠れるものだね」

「相手が相手だもの。ここにいますよアピールされても困るわ」

「シュヴァルツならそうすると思ったんだけどなぁ」

 考えが変わったのかなとセイリオスが呟けば、遠くから何かが泣きながらやってくる。

「ししょぉー」

「はぁ。情けない声出さないでくれる?」

「せっかく帰ってきたのにそれはないですよぉ。褒めてくれると思ったのに」

「ハイハイ。無事に帰ってきて偉いわね」

「えへへ」

 感情が全く篭ってない言葉でも弟子にとっては嬉しいらしい。

 仮面をつけているので表情は読めないが、感情に合わせて簡単な顔のパーツが変化するので分かりやすかった。

「あっ、お客様ですか?」

「やあ。初めまして弟子くん。ボクのことはスタァと呼んでくれ」

「はぁ……キラキラしたオーラがすごい。これはまさしく選ばれた人って感じですね。あ、はい! よろしくお願いします」

「コスモス達は休んでるわ。貴方も部屋で休みなさい」

「あ、はい。じゃあそうさせてもらいますね」

 思ったより優しくされたことが意外だったのか、少し戸惑った様子で彼は頷いた。

 首を傾げながら部屋へ向かう弟子に笑顔で手を振っていたセイリオスはノアへと視線を移す。

「いい子じゃないか」

「はっ。まだまだよ。未熟な足手まといで嫌になるわ」

「ふふふ、そうだね」

 腕を組んで「フン」と鼻を鳴らすノアの様子を見ながらセイリオスは笑いを噛み殺した。

 本当は心配していたくせに、なんて指摘されたら烈火の如く怒るのは分かっている。

 しかし、その反応も楽しいかもしれないと思いながら彼は立ち上がった。

「あら、帰るの?」

「まさか。ボクの部屋に行くだけさ」

「都合よく用意してあるとでも?」

「客間を使わせてもらうよ、と言いたいところだけど……どうやら妖精さん達が準備してくれたみたいだね」

 気を遣わせてしまったかなと心配そうな声を出しつつもその顔は喜んでいる。

 せっせと動いているだろう全身鎧たちを思い浮かべてノアはため息をついた。

「はぁ。休めって言ってるのに」

「あの程度、彼には造作ないことだろう。ボクが自分でつくり変えてしまっても良かったんだけど……」

「居座るつもりじゃない」

「いいじゃないか。居心地が良いのはいいことだよ。それと、キミも少し休むといい」

「別にこの程度で疲れたなんて思ってないわ」

「それでも、だ。休息が大事なのは分かっているだろう?」

 コスモスと鎧を休ませるためにはノアは起きていなければいけない。

 いくら結界があるとは言え、油断はできないからだ。

 声を荒げてしまったことを恥じながら、彼女は優しく諭してくるセイリオスにため息をついた。

「ごめんなさい。そうね、ちょっと休ませてもらうわ」

「そうそう。後はこのボクに任せて」

「……そうね」

 ウインクをして片手を自分の胸に当てるセイリオス。

 そんな彼を見たノアは一瞬眉を寄せたものの、すぐに頷いた。




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