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271 お久しぶりです

 北の廃城は廃城と呼ぶのが相応しくないほど、立派な姿に生まれ変わっていた。

 コスモスが口を出すのは、何が欲しいか程度でほとんどは鎧がやっている。

 彼としてはこういうことが好きなのか、手際よく城の修理と改築を進めていた。

 火の神殿から一度塔へ帰ってから、北の城へ移動したコスモスと鎧。

 鎧の指示を受けて材料を持ち走り回っているのではノアの弟子だ。

 師匠である彼女はどこかといえば、新しくできたばかりの部屋で休んでいる。

(ここに来た途端、できた部屋に入って出てこないから心配したけど)

 こっそり中をのぞけば、簡素なベッドの上で爆睡している彼女の姿があって少しホッとした。

(手伝わなくていいって言ってたけど、あんなに疲れてるんだから呼べばいいのに)

「無理矢理押しかけても余計に機嫌が悪くなるだけ、か」

 それはそれで困る。

 面倒なものだと思いながらコスモスはふと思いついた。

(エステル様から聞けばいいんじゃない?)

 弟子からある程度の報告は受けているが、それにしてもノアの様子は変だ。

 気のせいかもしれないが、今後に関わると困る。

(うーん、エステル様はっと)

 コスモスがエステルの気配を思い出して辿ろうとすれば、アメシストが笑顔で傍にあった電話のダイヤルを回していく。

 迷いなくダイヤルを回し終えたアメシストは受話器を差し出すような仕草をした。


『はぁ……』

『お久しぶりです、エステル様。久しぶりの再会だというのにため息ですか。失礼ですね』

『お前ほどの元気がないだけだ』

『あ、お疲れ様です』

『軽いなぁ。女神の加護と祝福を貰えばそれもそうか』

『神子様にそう言っていただけるなんて。ありがとうございます』


 ノアがあれほど疲れているのだから、エステルが疲れているのも当然だろう。

 しかし、再会して初めての会話がため息から始まるとは思わなかった。

 いくら疲れても繕うくらいするだろう、とコスモスが思っているとエステルが微かに笑う。


『嫌味か。まぁ、アレをこっちに寄越すくらいだから嫌味でしかないか』

『私はゼルマル火山に行ってたのでしょうがないですよ』

『あぁ、そうだな。いや、逆にお主には礼を言わねばならんか』

『別にいいですよ。細かいことは知りませんし。でも、相性的にもノアに行ってもらったほうがいいと思っただけで』


 結局、ゼルマル火山でコスモス達の出る幕はなかったのだが。

 シュヴァルツの命令でドラゴン退治に来ているのなら目的は邪神の器関係だろう。


『結界を強化しておいたお陰で、そうひどいことにならずにすんだ。感謝するぞ、コスモス』

『はぁ……そうですか?』

『風の大精霊がお主の力を利用して強化したアレじゃ』

『あぁ、ちゃんと配ったんですね』

『コスモスが怖いからとか何とか言ってたが』


 全くそんなことを思っていないだろうに、被害者のような顔をしてそう告げる風の大精霊の姿が浮かんだ。

 イラッとしたコスモスだが、文句を言う相手はここにいない。


『気がつけばシュヴァルツは教会から逃れ、邪神復活のため動いているというではないか』

『そうですね。女神様パワーで教会の地下はとりあえず塞いでるらしいですけどね。安全安心の教会本部でそんなことが起こってるなんて知れたら大変ですよね』

『そこはマザー達が何とかするだろう』


 コスモス達が向かったゼルマル火山でのできごとと、今は最初に倒した敵がいた場所を地上の拠点にするため整備していると報告する。

 北の廃城か、と呟いたエステルは少し笑ってからため息をつく。


『空の塔をメインにするとはよく考えたな。邪神を封じる楔の一つだが、現に邪神は蘇りこちらの世界へ戻ってきた』

『精神だけですけどね』

『それでもだ。塔が浮上した時は驚いたが崩壊せずに済んだのは鎧のお陰だろうな』

『あとは、邪神の力が弱くて中途半端だったからですかね』


 前回訪れた時に少しだけ存在した魔物も今は姿を見せない。

 塔全体の雰囲気が変わった気がして軽く探ってみたコスモスだが、視界に靄がかかったようになり失敗した。

 当然、探ったことは鎧にもばれており無駄な力の浪費だからやめるようにとやんわり言われた事を思い出す。

(悪い感じはしないから大丈夫だとは思うけど。神聖属性でも付与されたかのような雰囲気だったわよね)


『それでもお主の精神世界に干渉できるだけの力は持っている』

『うっ……』

『負ける気はしなかった、は無しだぞ。本来ならば侵入された時点で負けだ』

『気をつけます』


 そこは管理人である二人に頑張ってもらうしかないだろう。


『こちらはひとまず落ち着いた。あちこちで魔物が活性化しておるのだろう?』

『みたいです。私は女神様からの連絡を受けて現地に赴き討伐するだけなんですけど』

『……そのマメさは女神フォンセだな? あの方が直接お主に指示を出しているなら心配ない』


 女神ルミナスが一体どう思われているのか何となく分かった気がしてコスモスは苦笑した。

 口には出さないものの、エステルもコスモスと同じように思っているのだろう。


『ルミナス様は私をわざわざ呼びに来て連れてきた疲労でお休み中です』

『はあぁぁー』

『ゼルマル火山でドラゴン討伐をしたその男の特徴は何かないのか? 話によると、邪教集団の代表も殺めたのだろう?』

『さすが、情報収集が早いですね』

『暇だとか言ってどこぞの大精霊が遊びにくるからな』


 そこまで詳しく情報収集できてるなら、わざわざ自分が話す必要はないんじゃないかとコスモスは首を傾げる。

 あははは、と楽しそうな声で笑う風の大精霊の声が聞こえたような気がした。


『分かっているとは思うが、地道に女神のお使いをこなさねばならんぞ? 間違っても敵地に突撃するなど考えるな』

『分かってます。後手に回るのは癪ですけど、シュヴァルツが何を考えているか分からないですからね』

『火山でも見張られていたようだからのぅ。人気者で良かったではないか』

『ワーウレシイナ』


 エステルでもシュヴァルツの真意が分からないのか、と少々落胆するコスモス。

 何でも見通せるわけではないと言われ、彼女は思わず唇を尖らせた。


『寧ろ、お主の方が分かっているのではないか?』

『そこまで万能だったら苦労しませんね』

『……確かに。わざわざ女神のお使いをしているくらいだからな』

『わざわざ女神様にお迎えに来られるくらい偉くなった覚えはないんですけどね』


 驚くほどいきなりの好待遇。

 いつの間に自分は信徒になっただろうかと首を傾げ、マザーの娘という立場を思い出す。

 せっかく元の世界に帰れたのにまたこちらに来るなんてと告げるエステルの言葉はもっともだ。

 誰だってそう思うだろうとコスモスは苦笑した。


『そういう約束なので。帰れる保証があるのでまぁいいかと』

『はぁ。お気楽なものだな。物見遊山にしては物騒すぎるぞ』

『個人的に夢見が悪いというのもありましたし、幸いなことに女神様からの加護も受けてますから』

『だろうな。こうして会話しているだけでも分かるくらい力が強くなっておる』

『相手が相手なので』


 コスモスの言葉にエステルは長いため息で返す。

 随分と疲れている様子だなと心配になったコスモスだが、それを察したかのように笑われた。


『いつも言っておるが、油断はするな。邪神はともかく、ジュヴァルツが何を考えているか私でも分からん。本調子でないにしろ、邪神を蘇らせるつもりならとうにできてるはずだからな』

『……器に拘っているのか、それとも別の目的があるのか?』

『邪神は言わば女神に対する武器であり代わりの存在。世界を滅ぼすならば、所構わず暴れればよい。しかし、現状はそう大したことはしておらんだろう?』


 確かに、と呟いてコスモスは考える。

 彼女たちが女神の指示を受け、凶暴化している魔物を鎮めて回っているお陰でギリギリ平穏が保たれていると思っていた。

 しかし、忙しなく各地を飛び回っている姿をのんびり眺めているシュヴァルツの姿を想像したらイラッとくる。

(あの男が焦るのが想像できないのよね。寧ろ、予定通りだってニコニコしながら見てそう)


『倒したドラゴン持っていかれたんですよね。倒したのはあっちなので何も言えないですけど』

『ドラゴンの力を吸収させるか。なるほど、厄介だな』

『強者の余裕で掌の上で転がされてるだけな気がしてきました』


 やはり引き受けなければ良かったかと今さらなことを思いながらコスモスはため息をつく。

 しょんぼりと沈んだ声にエステルは笑いながら優しく声をかけた。


『各地の神殿が破壊されない限りは大丈夫だ。天使の眼が復活しないよう、アジュール達が必死になっているのだろう?』

『そうみたいですね。定期的に連絡はくれますけど、来ないでくれって言われてるので』

『そうか』

『こっちはこっちでそれなりに忙しいのでいいんですけどね』


 大変そうなら加勢に行きたいが、向こうからお断りされては仕方ない。

 モヤモヤとした部分もあるが、と呟いたコスモスにエステルが小さく唸った。


『いざという時の備えだけはしておけ。それと、また何かあればノアを借りるぞ』

『あ、それはどうぞどうぞ。直接やり取りできますよね?』

『ああ。助かる』


 勝手に決められたと知ったらノアは怒るだろうがしょうがない。

 何だかんだ言いつつもきっと彼女は手伝いに行ってくれるだろう。

(弟子くんに八つ当たりがいくと思うと、申し訳ないなとは思うけど)

 そのやり取りをどこか喜んでいるような弟子の様子を思い出し、コスモスは複雑な表情になった。


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