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270 ゼルマル火山

「さてと。私が先導するから最短ルートでドラゴンの元まで行くわよ」

「はーい」

「できるだけ体力は温存しておきたいからね」

 元気よく手を上げるコスモスに鎧も小さく頷く。

 研究の為に何度か来たことのあるココは内部の地図も作成しているので迷うことはない。

 あとはドラゴンの気配を探ってそこに向かうだけだ。

 ドラゴンがいそうな場所にも目星をつけてあるとココは言っていたので、簡単に終わるだろうとコスモスは楽観視していた。

(ドラゴンと戦うのは初めてだけど、何とかなるでしょ)

 そんな風にコスモスが笑みを浮かべると、ココと鎧が同時に反応する。

 二人は一瞬視線をかわすと何も言わずに駆け出してしまった。

「え? なに?」

 ぽつん、とその場に一人残されてしまったコスモスは慌てて二人の後を追った。

「ちょっとちょっとちょっと! 急に何!?」

「ドラゴンの気配が薄い」

「え?」

「今にも消えそうなんだけど、何なのこれ」

「は?」

 慌てて追いついたコスモスが怒りながらそう尋ねれば、意味が分からない言葉が返ってくる。

 理解している二人とは違ってさっぱり分からないコスモスは、慌てて周囲の気配を探った。

(ええと、とりあえずドラゴンの気配を探って……)

 ドラゴンの気配は一番強いので見つかりやすいだろうと思った瞬間、地面が揺れるほどの咆哮が響き渡る。

「うわっ!」

 ビリビリとした刺激に驚くコスモスだが、二人は何も言わずに加速する。

 火山全体が揺れ、落石もしているというのに二人は気にせず走り続けていた。

(これ、私じゃなかったら完全に追いつけないし迷子でしょ)

 邪魔な岩を跳躍で避けるココにため息をつき、コスモスは落石で塞がれた道をすり抜けていく。

 ココは強化魔術を使っているのだろうが、鎧は分からない。

 全身鎧が見た目とは違って機敏に動く姿は恐怖でもある。

(見た目ほど重い材質で出来てないのかも?)

 そんなことを思っているうちにやっと二人に追いついたコスモスは息を吐いた。

 今度は何だと半ば呆れながら顔を上げた彼女は思わず眉を寄せる。

「えっ、また?」

 無言で立ち尽くす二人と違い、コスモスは目の前の光景に思わずそう呟いてしまう。

 彼女の微かな声を拾ったのか、視線の先にいた人物は出入り口付近に立っている三人を見つけて笑った。

「これはこれは、遅い到着だね? あまりにも遅いから、先にやっちゃった」

「いやー、助かるけど二度目っていうのが引っかかるわね」

「心配しなくていいよ。ここは崩壊したりしないから」

「え、それを信じろと?」

「あぁ、難しいか」

「前回が前回なので」

 明るく元気な声で言葉を紡ぐ青年はにこにこと笑顔のまま軽く両手を上げた。

 動揺した様子もなく会話を続けるコスモスに、彼は楽しそうに笑う。

「確かにそれはそうだ。でも、安心していいよ。元凶はこの通り倒したからね」

「えー、噴火したりしない?」

「しないと思うよ」

 地に伏している巨大な魔物は正にコスモス達が探していたドラゴンだった。

 生命反応は既に無く、硬い鱗に突き刺さっている剣がとどめだったのだろうと推測できる。

 そのドラゴンに乗りながら返り血を指で拭う青年。

「娘ちゃん、あれって……」

「火の神殿の襲撃、お茶会の乱入、邪神教団の教祖殺害と色々やってる人ですね。見るたびに成長してるような気もしますけど、自由に変えられるのかな? 便利ですね」

 最初に会った頃はまだ少年というような歳だったはずと呟いて、コスモスは警戒したままのココに答える。

 平然としているコスモスの様子に青年は声を上げて笑い、剣の柄に手をかけた。

「戦わないんだ?」

「そういう指示は受けていないと思うけど」

「はぁ。シュヴァルツの言ってた通りか」

「弱い相手だから戦う意味がないとか言われてるんじゃない? その通りだけどね」

 いつでも攻撃に移れる態勢を取っているココと鎧とは違い、コスモスはいつものように浮かんでいるだけ。

 身を守る防御膜や防御壁は展開しているものの、攻撃の気配がなく青年は首を傾げた。

 この状況で全く攻撃の気配がないのはおかしい。だが、事実だ。

「面白いから、手を出さずに帰るようにって」

「うわ……面白い女認定とか最悪なんですけど」

「コスモス、口に出てるよ」

 心の声が思わず漏れてしまった彼女を鎧が落ち着かせる。

 青年は笑いながら自分が倒したドラゴンを手際よく解体していった。

「コレは戦利品としてもらっていくよ。あぁ、コレが集めたものは好きにすればいいんじゃない?」

「待ちなさい。ドラゴンの死体なんて何に使うの?」

「何だろうね。僕は言われた通りにしてるだけだから。その質問はシュヴァルツにしてくれるかな?」

「はぁ。会うには色々と支度が必要なのよ。女の支度には時間がかかるの」

 普通に会話をしているコスモスに落ち着いたのか、ココは腕を組みながら青年を見上げる。

「あぁ、確かにそうだったね。僕は気にしないけど、いつもそう怒られたっけ」

「……」

「呼ばないんだ?」

「呼んだらその剣飛んできそうな気がするから遠慮するわ」

「そう。賢いね」

「ありがとう」

 コスモスと青年の会話を聞いてココは彼の名前を呼ばない方がいいと判断した。

 情報を得るために彼の名前を呼んで少し挑発しようと考えていたのだ。

「じゃ、僕は帰るよ。またね」

「えぇ……」

「嫌そうな顔しても、どうせ会うんだから諦めなよ」

 解体したドラゴンを持っていた袋に詰め終わった青年は最後まで明るくそう言って消えていった。

「嘘でしょ。呪文もなしに転移できるの?」

「シュヴァルツの力だろうね」

「はぁ。シュヴァルツね……」

 恐らく仕事が終わり次第帰還するような術でもかけられていたのだろうと鎧が説明する。

 納得したように頷きながら聞いていたココは、ドラゴンが倒れていた場所へ目をやってため息をついた。

「知ってはいたけど、本当に貴方達ひどいものを相手にしてるのね」

「そうです」

「私は付き添いだけどね」

「はぁ。娘ちゃん……」

「女神様との間で話はついてますから大丈夫ですよ」

 変に落ち着いているコスモスを心配するココ。

 前に会った時とは違う雰囲気なのは分かっていたが、その理由までは分からない。探ろうにも弾かれてしまい、背筋がヒヤリとするような感覚に襲われる。

 コスモスが察して怒っているのかと思ったが、彼女は相変わらずのほほんとしているだけ。

「女神様とね。はぁ……貴方の自信はどこから来るのやら」

「無事に帰れる保証があるからですかね。あと、目覚めが悪いので」

「……なるほどね。確かに、そうね」

 それはあまりにも彼女らしくてココは笑ってしまった。

「とりあえず、ドラゴンを先に討伐されたこととその死骸を持ち去られたと報告しておきますね」

「あら、女神様と直接やり取りできちゃうの? さすが、マザーの娘ね」

「褒めても何も出ないですよ。あ、女神様からのお仕事しますか?」

「遠慮しておくわ」

 キラキラとした眼差しを向けられていると気づいたココは、笑顔で断る。チッと舌打ちが聞こえたような気がしてココは笑った。

「シュヴァルツが相手とか、同情するわ」

「そんなに名前呼んで大丈夫ですか?」

「彼を帰還させたのがシュヴァルツなら、私達が火山に入ってからの行動もどこかで見てるでしょ。いまさらよ」

 ため息をつくココにコスモスは嫌そうな顔をして鎧の手の上に乗る。この場に身を隠す場所がなかったので、いざという時に鎧には盾になってもらおうと考えた。

「心配ないよ。出てくるならとっくにいると思うから。様子見なのか、出て来れない理由でもあるのかは知らないけど」

「とりあえず、神殿に戻りましょ」

「あ、向こうはどうなってるかな?」

 移動は鎧に任せながらコスモスはエステルの元へと向かったノアに呼びかける。

 彼女の気配を探り、辿って、繋ぐ。

『あ、ノア? こっちは一応終わったんだけど、そっちはどう?』

『取り込み中!!』

『あ、ごめん。すぐにそっちに行こうか?』

『いいえ。貴方達は塔に戻りなさい。ここは私が片付けるわ』

 人手は多い方がいいのではと思ったコスモスだったが、一方的に切断されてしまう。

 再度接続しようにも遮断されてしまい、ノアと連絡が取れなくなってしまった。

「うーん。帰りますか」

「神殿に戻って報告してからにしましょ」

「あ、そうだ」

 背を向けるココにコスモスは何かを思い出したかのように鎧の手から離れる。

 ドラゴンが倒れていた場所を通り過ぎて洞穴の奥へ消えてしまうコスモスに、残った二人は顔を見合わせた。

「娘ちゃん、そこにあるものは神殿の管理下になるわよー」

「えー、好きにしていいって言われたのに」

「まぁ、多少は……ね」

「ありがとうございます」

 金銀宝石が小さく山になっているのを見ながらコスモスは何にしようかなと悩む。

(魔道具に使えそうな大きくて純度の高い宝石が二つくらいあれば充分かな?)

「一つにしなさい」

「……はぁい」

 こっそり中に入れてしまえばバレないかと思ったコスモスだが、一つをココに取り上げられてしまい小さく唸る。

「はぁ。ここも軽く結界張っておくわね。財宝目当ての馬鹿が来ないように」

「このままにしておくんですか?」

「とりあえずはね」

 コスモスが手にした宝石は鎧が受け取ってどこかへしまう。

 彼女はそのままドラゴンが倒れていた場所まで来て首を傾げた。

 地面に染みた血の痕は生々しいがすっかり乾いている。

「あれ?」

 崩れた岩の陰にキラリと光る何かを見つけてコスモスは飛んでいった。

 普通の人ならば危険で近づかないところだが、この場に彼女がいたのが悪い。

「おお、高そうな腕輪だ。ちょっと壊れてるけど」

「コスモス」

「はーい」

 ココに名前を呼ばれてコスモスは大人しく見つけた腕輪を彼女に渡す。

 それを一瞥したココはスッと腕輪を懐にしまった。

「あ!」

「私はまだ選んでなかったからいいのよ」

 そう言って彼女は背を向けて歩いていく。

 ため息をついたコスモスを優しく自分の掌の上に乗せて、鎧は彼女に休息するようにと告げた。

「連戦ということもあるからね」

「今回は体力温存できたのに?」

「念のためだよ」

「そうね」

 何があるか分からないから。

 そう言われてしまえばコスモスも断る理由がない。

 鎧が運んでくれるというのだから楽しようと彼女は彼に任せることにした。





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