267 再会は結構です
「……はぁ」
完全に敵対していたら攻撃できたものの、それが分からないから判断に迷う。
(いや、寧ろ攻撃して間違ったら謝ればよかった?)
コスモスはその手があったかと悔しい表情をしながら鎧の様子を見ていた。
(そのまま城に戻ってきたと思ったら、談笑してるし。私の存在は伏せてもらってるからいいんだけど)
これ以上この場所にいる理由のないコスモスは小さく唸る。
居心地が悪くてこの場にいたくない。
(後は鎧に任せて先に帰っていようっと)
自分だけ先に戻るかと考えながらコスモスは鎧の傍を離れた。
転送装置がある部屋へ移動する為に、するりと壁を抜けて外に出る。
確認の為に左右を確認していると、ため息をつきながら不安げな顔をした中年男性がやってきた。
(ずいぶんとお疲れのようね。無理もないか)
彼はコスモスと鎧を出迎えた王族であり、こんな状況になっても王都に残っている人物である。
「様子はどうだ?」
「到着後も変わらず談笑されています」
「そうか。それなら良かった」
コスモスは部屋の前に立っていた騎士と男性の会話を聞きながら、男性が部屋に入っていく姿を見送った。
「さてと、転送装置の場所は鎧がマーカーつけておいてくれたから分かりやすいはず」
城内の簡易マップを表示させたコスモスは、現在地を確認して転送装置までのルートを表示させた。
(さすがうちの管理人。仕事が早い)
優秀な管理人によるルート提示に頷いて、彼女は床をすり抜け階下へ出る。
使用されていない部屋らしく、壊れた家具が所狭しと置かれていた。
(ふむふむ、このまま突き抜けて行けば早いわね。転送装置の起動くらいなら私でもできるし)
勝手に使用するのは悪いと思うがこのくらいなら許されるだろう。
一人頷きながらコスモスは移動していた。
「あぁ本当にこの身は楽でいいわ。何でもかんでもすり抜けられるって……?」
下に行こうとしていた彼女は、何かが引っくり返る音と激しく開けられたドアの音を聞いて驚いた。
上階で言い合いのような騒ぎが起こっているようだが、喧嘩でもしたのだろうか。
(いや、鎧が相手だから大丈夫だと思うんだけど)
ちらり、と転送装置のある方へ視線を向けつつ悩む彼女の耳に、聞き慣れた声が響いた。
「コスモス、悪いんだけど先に帰っていてくれるかな?」
「う、うん。そのつもりで移動してるんだけど、大丈夫?」
「心配はいらないよ。私もすぐに帰るから」
「そう。じゃあ、お先に失礼します」
元の世界での帰社するかのような調子でコスモスは軽く頭を下げると転送装置に向かって速度を上げた。
不安だった転送装置は問題なく起動し、コスモスを空の塔へと送ってくれる。一瞬で終わる移動は便利だなと思いながら彼女は大きく伸びをした。
「はあぁ、疲れた!」
苛立ちと不満をぶつけるように叫ぶもそれに答える者は誰もいない。
どうやらアジュールはまだ帰ってないようだ。
(予想はしてたけど、やっぱり時間かかるみたいね)
彼がいないと戦力が落ちるが、その代わり鎧が付き合ってくれるので困ることはない。
もっと長引くようなら自分もアジュールの所へ移動すべきかと彼に問えば、いらないという答えが返ってきた。
コスモスとアジュールの繋がりは途絶えていないので生存確認はできるが、彼がそう言うならそうした方がいいのだろう。
(足手まといになるかと思ったから、一緒に行かなくて良かった)
短い返事の後、アジュールの気配が遠くなり消える。繋がりは途絶えていないのでまた何かあれば会話することは可能だろう。
「いや、こんなことになるなら一緒に行ってたほうが良かった?」
そうなると女神からの仕事を無視することになる。それはさすがにできないだろう。
「無理か……」
「お疲れさま、お茶でも飲もうか」
「……早くない?」
「仕事は終わったからね」
転送装置がある部屋から出て行こうとしていたコスモスは、背後で起動した装置の音に身構える。
振り返るのが怖かった彼女の耳に聞こえたのは、鎧の穏やかな声だ。
「心配しなくても、追ってきたりしないから大丈夫だよ」
「……信じるわよ」
彼女が何に怯えているのか察した鎧は、優しく声をかけて部屋を出ようと促した。
静かになった装置を見つめるコスモスは、小さく唸りながら部屋を出る。
「それで、クオーク・アクシオンとは知り合いなんだね」
「まぁ、ちょっとね」
できることなら思い出したくない人物だとコスモスは呟いた。
それなりに助けられたこともあるが、避けたい人物には変わりない。
手際よくお茶の準備をする鎧は苦笑しながら近くにあったクッションを手にする。
しかし、コスモスが珍しく人型になって椅子に座ったのを見て、それを元の場所に戻した。
「アレだからね。キミのその反応も分かる気がするよ」
「ねぇ」
「履歴を辿ってここに来たり、座標を探って無理矢理飛んでくることもないから大丈夫だよ。来るとしたら正々堂々だろうね」
「それも、イヤ」
来たとしても気配を更に薄くしてひっそりと息を殺し、彼が立ち去るのを待つだろう。
認識されていない状態だから安心、と言えないのがあの男の恐ろしいところだとコスモスは震えた。
「分かってるよ。でも、あれだけ好意を持たれてるのにもったいないね」
「は?」
本気で言ってるのかとコスモスの声に、鎧は慌てて謝罪した。
「冗談でもやめてくれる?」
「分かった。私が悪かったよ。でも、あの様を見せられるとね。凄なぁって感心しちゃったよ」
「感心しないで」
「好意は好意として受け取ればいいんじゃないかな? 受け入れるかどうかは別として」
そのくらいならばコスモスにもできる。
だが、相手にもよるだろう。
営業スマイルで受け流すのは社会人であればほとんどの人が備えているスキルだ。難しいことではない。
「お断りしないと面倒なタイプもいるでしょう」
「あ……あぁ。勘違いしちゃうほうか」
「勘違いというか、自分の都合がいいように解釈する? 捻じ曲げる? そんな感じよ」
「ふーん。そう言われると確かにそうかもしれないね。キミの話が出た途端に目の色変えたから」
「あーあーあー、聞きたくないのでいいです」
聞いても何の足しにもならないと、コスモスは注がれたお茶を一気に飲み干してため息をついた。
自分に関係ないからどうでもいいのか、穏やかに今日のお菓子の説明をする鎧。
お腹が空いているといけないからといって、軽食を用意してくれる心配りが嬉しい。
コスモスはそんな彼を見ながら自分とクオークの出会いを説明した。
「なるほどね。でも、あれだけの好意を向けられて平然としてられるキミがすごいね」
「はぁ。好意ね。あれはただの研究対象に対する興味と好奇心よ」
「えっ」
「私がマザーの娘じゃなかったら、どうなってたことやら。想像しただけでも恐ろしいわ」
ソフィーア姫やアルズと同じように純粋に慕ってくれているだけならコスモスも不快にはならない。
狂喜の研究者であるクオークも、表面上はそう繕っているがその目は実験動物を見るものだ。
そんな相手に好意を抱かれたからといって、素直に喜べるわけがない。
「考えすぎなんじゃないかな?」
「基本的に私が好かれたり好意的に思われてるのは、マザーの娘だからって思ってるから」
考えすぎではないと思う。
そう言って鎧の言葉を否定したコスモスは落ち着いている。
淡々としながら「美味しい」と呟いてタマゴサンドを頬張る姿はいつもと変わらない。
「もっと若かったら、頬を赤らめてもしかしてとか思ったかもしれないけどね」
「あぁ、それは何となく分かるよ。向けられる好意に種類があるなんて、普通は分からないからね」
「そうそう」
自惚れて自滅することになったら目も当てられない。
美形に言い寄られてその気になって、裏切られてショックを受ける。
そんなのは元の世界の出来事だけでお腹がいっぱいだ。
(今になっては現実の厳しさと人の本性を教えてくれた元カレに感謝するわ)
「……そう。コスモスも、大変なんだね」
「分かってくれた?」
「分かったよ。軽率に言ってごめん」
「そういう冗談言ってからかいたくなる気持ちも分かるけど。うん、分かってくれたならいいのよ」
笑い飛ばされるかと思っていたコスモスだが、鎧は真剣な声で謝罪してくれた。
それを見て彼女は満足そうに頷く。
「それで、何か目新しい情報はあった?」
「私達の仕事の横取りをしたのが、彼だったことくらいかな」
「は?」
「横取りという表現は違うか。先に処理してくれたから寧ろ感謝しないといけないのかもね」
「え?」
それはつまり、女神が危惧して退治すべき存在をクオークが片付けてしまったことになる。
(え、いくらあの男でもそこまでできる?)
そんな彼女の頭に過ぎったのは、黒い蝶を纏わせて高笑いをしながら戦闘しているクオークの姿だ。
思い出したくないが、インパクトが強すぎて忘れられない光景である。
「嘘かもしれないじゃない」
「それはないと思うな。彼にとってメリットがない」
「でも……」
「嘘はなかったよ」
ゆっくりと諭すようにそう告げる鎧の言葉に、コスモスは納得いかないような顔をしてお茶を飲む。
今日のお茶は酸味があって、柑橘系の果物を思わせる香りがした。
「暴走して爆発して、おさまったところを誰かが回収したんじゃなくて?」
「うん。どうやら、暴走して爆発したところまではあってたみたいだよ」
「ふむふむ」
「近々大掛かりな実験が行われることは彼も知っていたらしいけど、メンバーではないから特に気にしてなかったみたいだね」
コスモスが空にした皿を下げて、鎧は宙に研究所内の地図を出す。
爆発現場とクオークがいた場所に印をつけて彼女にも分かりやすいようにしてくれた。
「地下で資料を探していたら爆発事故が起きて気絶していたようだよ。運よく助かって何とか地上に出れば研究所はあの有様。実験が原因だと思った彼は、現場に行って残ってるものを処分したらしいよ」
「……うーん」
「コスモスの気持ちは分かるけど、嘘は言ってなかった」
「うん。貴方がそう言うならそうなんでしょう。でも、あまりにも出来すぎた話かなと思って」
「都合がいい? 彼がもし敵に回ったら倒しにくいとか?」
「まさか」
知り合いと敵対することに抵抗があるのは誰でも同じだ。
もしもそうなったらコスモスも辛い思いをするだろうと思った鎧だったが、間髪入れずに返ってくる言葉に思わず笑った。
「油断せずに警戒しておく、でいいんじゃないかな?」
「そうね。知り合い程度の仲じゃ、相手の本性なんて分かるわけないんだし」
「そうそう」
要注意人物には変わりないが、それだけだ。
そう思う事にしてコスモスは一人頷いた。
そんな彼女に同意するかのように、通知音が響く。
「女神様から?」
「うん。ええと……あー、なるほどね」
「何だって?」
「脅威度が下がったから、オールト王国内で魔物が強力化する危険性は低くなったって」
「あぁ、つまり爆発の原因になったものを倒すんじゃなくて魔物を適度に狩ってこいって話だったわけか」
てっきり北の廃城の時のように、ボスのようなものがいてそれを倒すのだと思っていた二人は顔を見合わせて苦笑した。
何の気なしにやっていたコスモスの行動も無駄じゃなかったということだろう。
「私達が到着した時には既に、爆発の原因はいなかったってことだものね」
「そうだね」
「シュヴァルツ達に回収されたわけじゃないから良かったけど」
「回収したところで使い物になったかも疑問だけど」
「そう」
つまり、実験は大失敗だったということだ。
(あんなに被害出しておきながら、成功すらしてないなんてね)
「ある程度魔物が減ったから、女神様が浄化しておくって」
「それは助かるね」
「でも、あそこを拠点にはしたくないわ」
「分かってるよ。私からオールトに連絡しておくから心配しないでくれ」
連絡したらそこから辿られたりしないかと不安なコスモスだったが、鎧がそんなミスをするとも思えない。
「お願いします。あと、アジュールが帰るまで手伝ってもらえる?」
「言われなくともそのつもりだよ。彼の戻りは遅いのかい?」
「うーん。どうやらそうみたい。連絡は取れるから大丈夫だけど。私がいない方がいいと思うし」
「そっか」
外部とは極力関わりたくないのかと思えば、快く手伝ってくれる。鎧の判断基準がいまいち分からないと思いながら、コスモスはため息をついた。
「とりあえず、女神様からの連絡を待つしかないなら北の廃城に行ってみようか」
「何するの?」
「せっかくあるんだから、使わないともったいないと思って」
「拠点にするには遠すぎると思うけど」
「転送装置さえあれば、距離なんて問題ないよ」
できれば穏やかな気候の場所が良かったと思うコスモスに対し、鎧はウキウキしている。
「修理するのも大変だと思うけど」
「まかせて!」




