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266 過去をみること

 眩しさに目を瞑り、ゆっくりと目を開いたコスモスは驚きの声を上げた。

 転移したのかと錯覚してしまうくらいの光景に軽く眩暈がする。

 ふらつく体に慌てたコスモスを鎧の手がそっと支えた。

 どうやら彼は何ともないらしい。

「これは、見事なものね」

 目の前に在りし日の光景が蘇る。壊れたものも、亡くなった人達もそこにいた。

「過去だから幻だけど」

「それにしても凄いわよ。建物だけじゃなくて、そこにいた人達も再現しちゃうなんて」

 研究員が楽しげに会話をしながらコスモス達をすり抜けていった。

 今日のランチはどこで何を食べようか、という内容に思わずコスモスも笑みを浮かべる。

「過去の再現だから当然じゃないかな?」

「……私は対象の精神世界内で、過去を見たことしかないけど」

「ああ。危険だからやれる人が限られてる手法だね。そっか、コスモスなら普通の人間がするよりも負担は少ないか」

「命を救うためとはいえ、勝手に潜られて過去を見られて、内に秘めてたものすら暴かれるようなものだからストレス半端ないけどね」

 上手いこと手がかりに必要ない、本人が隠しておきたいことだけモザイクがかかるなり見れないようにしておけないだろうか。

 そんな事を思いながらコスモスがため息をつくと鎧が意外そうに彼女を見た。

「キミでも気にするんだね」

「それは失礼じゃないかしら?」

 当然だろうと声を荒げて睨みつけるコスモスに鎧は笑う。

 受付と書かれている場所の前まで来ると、彼は案内板を見た。

 受付のカウンターでは制服を着た綺麗な女性が笑顔で来客の対応をしている。

(研究者とそれ以外と制服も複数パターンあるのね。白衣に私服の人もいるけど)

「うーん……どこから行こうかな?」

 総当りするのは辛くないかとコスモスが思っていると、鎧は何かを呟きながら歩き出した。

「現実では崩壊してたけど、これ上階とかどうなってるの?」

「一応普通に見て回れるよ。ただ、私達は幽霊のようなものだけど」

「なるほど。過去を見てるから周囲は私達が分からない。でも、階段も使えるし部屋にも入れる」

「そうだね。すり抜ければいいだけだからね」

 便利だなと思いながらコスモスは自分にもコレができるだろうかと考え、息を吐いた。

(できたとしてもこの規模で安定させるのは難しいわ)

「それで、どこに向かってるの?」

「大事なものがありそうな場所」

「大事なもの……」

 初めて来た場所だというのに迷うこともなく歩いていく鎧。

 案内板を見たところで首を傾げてしまったコスモスは、考えるのをやめて鎧を追った。

「一番大きな研究棟は……ここ?」

「いいや。ここは一般開放もされてる場所だから大きいだけさ。カフェテラスにレストラン、関連書籍やグッズが買えるショップ。開放的で明るくクリーンな印象を与えるには必要だろう?」

「それはそうだけど、来たことあるみたいね」

「案内板にフロアの説明も書いてあったからね」

 寄ってみるかと問われたコスモスは、後で余裕があったら見てみたいと告げた。

「それにしても厳しい言い方ね」

「本当に良い研究所が、こんなことになるわけないからね」

「偶発的な事故じゃないってこと? そうだったら国の面子は丸つぶれよ」

「潰れてるようなものじゃないか。自慢の研究所のお陰で国土の大半を破壊されてるのが現状だよ。被害が大きすぎて国民は非難の声を上げる力もないけど」

「調査団すら来れない場所だものね」

 国の監視下にもあるはずなので、国が何も知らないというのは考えにくい。

 しかし、国の中心にいる人物でもどのくらいの人々が研究所の内情を知っていたのか疑問だ。

(いやいや、私は女神様からの仕事で魔物を片付けにきただけよ)

「だから私達が自由に調べられるわけだ。ありがたいね」

(こんな場所にわざわざ来るのは私達くらいよね)

 女神からの指示で来たはいいものの、ボスらしい気配がないのならハズレということになる。

 しかし、女神が間違うとも考えにくい。

(何らかの形で隠れてるか、まだ発生してないか)

 考えられるとすれば何だろうと思いながら彼女は何かないかと周囲を見回した。

「そもそもここは何を研究していたところなの?」

「表向きは人々の生活を向上させる為に、魔術を活用してクリーンなエネルギーを生み出す研究だったかな」

「表向きって……」

 嫌なことを言ってくれると呟くコスモスだったが、彼女の脳裏には既に嫌なことの想像ができてしまった。

「武器とか? 破壊兵器とか?」

「出てこないといいね」

「爽やかな笑顔で言わないでくれる?」

 フラグを立てるなとため息をつきながら言うコスモスは、もし発見したら破壊するしかないだろうなと考える。

「見つけてもちゃんと無力化すればいいよ」

「簡単に言うわね」

 鎧が何でも片付けてしまえば世界は平和になるんじゃないかと思うコスモスだが、口には出せない。

(できるならもうやってるだろうし)

「大丈夫?」

「うん」

 グリーン室長室と書かれた部屋の前で鎧はコスモスに問いかける。

 あっさり頷いた彼女に頷き返した鎧は目の前の扉をすり抜けて中へ入っていった。

「失礼します」

 コスモスもいつものようにするりと扉を抜けて入室する。

 中は広く整理整頓されていた。来客用で使われるだろう応接セットも綺麗である。

「へぇ。しっかりした人なのかな」

「触れられて欲しくないものもあるだろうから他の人に片付けさせるとも思えないし、綺麗好きなんだろうね」

 コート掛けにかけられている白衣は皺もなくピシッとしている。

 棚や書庫に並ぶ本やファイルも綺麗に整頓されていてきっちりとした人なんだろうなとコスモスは感心した。

「不在だけど、どうするの?」

「どうもしないよ。何かないか探そうか」

 そう鎧に言われたコスモスは戸棚の前に立って背表紙を眺める。

 特に変な物はなさそうだが、手にとって中身を確認できないのが残念だ。

(さすがに隠し部屋はなさそうだけど)

「ふぅん。なるほどね」

「何かあったの……って、読んでる!?」

 体感しているものは全て過去のものだから会話もできなければ触れられない。

 すり抜けることはできるが、本を手にとって読むという行為はできないはずだ。

 そのはずなのに、机の引き出しから取り出したであろう本を読んでいる鎧を見てコスモスは大声を上げてしまった。

「引き出しの中に隠されてたんだ。日記だと思うけど」

「個人情報の塊!」

 ヒュンと素早く鎧に接近したコスモスは、覗き込むようにして彼が読んでいる日記を見る。

 整った綺麗な字で書かれている日記は日付と天気、そして朝起きてから寝るまでの出来事が書かれていた。

 恐らくそれがこの日記の主である室長のルーティーンなのだろう。

 朝食べるものは毎日同じもので、昼食と夕食にも気を遣っているのが分かった。

(一日の摂取カロリーを決めてるのね。たまに好きなものを食べるだけの日もあるみたいだけど)

「誰に会った、何をした、会議での出来事や研究の状況とかだね。特にこれといって……」

「召喚?」

「そうだね。異世界からの召喚術の研究と資料集めをしてたみたいだね。禁術だって分かってたはずだけど」

 

“この状況を打開する為には、召喚しかない。異界より呼び出す行為は禁止されているが、凄まじい力を持つと言われている”


「召喚しかないと思うくらい追いつめられてるの何かしらね? それについて具体的に書かれてないのよね」

「この文章も書いたはいいけど、上から線で消されてるからね。ページを破く暇もなかったのか、それとも後回しにして忘れたのか」

 引っかかることが書かれていたのはそのくらいだ。

 日記を閉じた鎧はそれを元あった場所に戻す。

「コスモス、女神様から座標は指定されてない?」

「うーん、特にないかな。ここにいる魔物を退治するようにってだけ」

「そっか。じゃ、行こうか」

「行く?」

 疑問符を浮かべるコスモスは、さっさと部屋を出て行ってしまう鎧を慌てて追いかけた。

(……これって本当に私いる? 鎧一人でいいと思うんだけど)

 女神様からの連絡を受けたのは自分だが、こんな楽していいんだろうかと不安になるコスモスだった。



「それで、ここはどこ?」

「一足遅かったかぁ」

「何かがあったような形跡はあるけど」

 過去の再現を終えて鎧が向かった先には何もなかった。

 抉れた地面と一面黒く何かがこびりついたようなあとがあるだけだ。

 遅かったと言うわりに深刻そうではなさそうでコスモスは眉を寄せる。

「ここで実験してたみたいなんだよね」

「実験」

「隠されてたファイルとか、他の本に紛れこませてた資料から察するに、魔物を捕まえてその力を抽出したり、複数の魔物と掛け合わせたりしてたみたいだね」

 いつの間にそんな資料を見つけたのかというコスモスは、驚きながらも彼の言葉にため息をついた。

「はぁ。裏ではそういうことをしていたってことね。これは、露見したら国も危ないじゃない」

「そうだね。証拠も残さず吹き飛んでくれたのは幸いだったかもしれないね」

 国の中枢でもどれだけの人物がこの件に関わっているのかは知らないが、自分達の立場も危ないのではとコスモスは首を傾げる。

「で、ここで何の実験をしていたのかは分かるの?」

「推測だけど、恐らく邪神の器作りかな」

「えっ!」

「女神様が言ってたのはそれだろうね」

「ええっ! 出遅れもいいところじゃない」

 来た時点で大きな気配がないことをもっと疑問に思うべきだったのだろう。

 女神から連絡を受けてここに到着するまでの間にソレは消失したことになる。

「ソレも爆発四散したんじゃなくて?」

「うーん。見た感じ、暴走して色々と吹き飛ばしたけど完全消滅はしてなかったようだね。それを、誰かが回収した後に私達が来たのかな」

 見たと言う鎧は恐らく過去を見ているのだろう。色んなことができて不思議に思うことも多いが、空の塔で一人暮らす動く鎧だ。

 その程度ならできるだろうと思ってしまう自分も麻痺してるなとコスモスは笑った。

「女神様に連絡してくれるかい?」

「今してるところです」

 仕事を失敗したらどうなるんだろうかと思いつつ、状況を説明した文章を送信する。

 返事が来るのを待つまでどうしようかと思っていると、鎧が「あ」と声を上げた。

「そうだ。少し寄り道しようか」

「私は構わないけど」



 そうして到着したのは研究所から近い場所だった。

 研究所の爆発の影響を受け、建物の崩壊が酷く人の気配は全くない。

 うろうろしている死霊の類は研究所より低レベルなのか、鎧とコスモスを見つけると逃げてしまう。

「研究所から近いけど、ここも敷地内になるの?」

「一応そうなるのかな」

「見た感じ、住宅街だったようだけど」

「そうだよ。主に研究所に勤める人達やその家族、関係者が住んでた場所だね」

「あぁ」

 何も残っていなさそうな場所に来て何だというのだろう。コスモスは鎧が何をするのか考えながら彼についていく。

「どこに何があるか分からないんだけど?」

「綺麗になっちゃったからね」

 そう言いつつ鎧にはどこに何があるのか分かっているような足取りで進んでいく。

(過去を見ながら動いてる?)

 そうだとしたら随分と器用な真似をする。

(鎧が一緒に仕事してくれるなら、楽できそうなんだけど今回だけだろうな)

 アジュールが不在でコスモスが一人で向かうことになったので、彼から同行を申し出てくれた。

 アジュールが帰ってきたら鎧は再び空の塔でまったりしているのだろう。

「うん、ここだね」

「うん。何もないね」

 他の場所と見分けがつかないが、鎧には何かが見えているようだ。

 自分に共有するつもりはないのかと思いつつコスモスは目の前で動く鎧を眺めていた。

 欠伸をしながら行ったり来たりしている鎧を眺めていると、彼は何かを見つけたようでコスモスを呼んだ。

「なになに?」

「日記だよ」

「あ、見える」

 鎧に触れた瞬間、彼が見えているものがコスモスにも見えた。

 彼が手にしているのは日記らしく、几帳面で綺麗な字が並んでいる。

 どこかで見たようなと思ったコスモスは、驚いたように声を上げた。

「これ、室長の?」

「そうです。私達が拝見したグリーン室長の日記だよ」

「えっ、ということは……ここ、室長の家?」

「そうだよ」

 きょろきょろと周囲を見回せば、過去の家の様子が見える。

 鎧の視界にはこう見えていたのかと思っていたコスモスは、自分を呼ぶ声に慌てて日記へと視線を移した。

 日記には権力者からの命令でやっていることに対する疑問、何も知らないお飾りの所長に対する不満等が書かれていた。

 そこに書かれている王族か貴族の名前に聞き覚えのないコスモスだったが、鎧は「彼らか」と呟く。

 才能を買われて嬉しかったのは最初だけで、日に日に自分がしている実験に対する疑問、不安と恐ろしさが募る様子が書かれていた。

「これは、病んでいくわね」

「自分の力では止められないから、対抗策としての召喚か」

「危険すぎるでしょ」

「自分の命も危ないって思ってたみたいだね」

 自分と同じく実験に対する疑問を抱き、意見して突然消える同僚。

 遠回しの脅迫と、監視されている気配。

「これは……きつい」

「最後は明日は実験最終段階だ、で終わってるね」

「途中で、気づかれないように外しておいたって書いてあるけど何かしら?」

「たぶん、これだろうね」

 そう言って鎧は有無を言わさずコスモスに腕を突っ込んだ。

「うわっ!」

 ダメージはないが、いきなりそんなことをされるとは思っていなかったのでコスモスはドン引きする。

 乱暴すぎるだろうと怒る彼女を宥め、鎧は腕を抜いた。

「なにこれ……ん?」

 中に入れられた何かを確認しようとしたコスモスは、動きを止めて声を潜める。

「私のことは無視して。いないものとして扱って」

「……分かった」

 念のために気配を薄くしながら近づいてくる何かを警戒する。

 鎧は隠れる気も逃げる気もないのか、焦げた棚の欠片を拾ってそれを眺めていた。

「これはこれは。珍しく何かの気配がすると思って来てみれば、懐かしい場所に見たこともない方がいらっしゃる」

「こんにちは」

「これは御丁寧にどうも」

 魔物がうろつく場所に全身鎧がいても、魔物の一種かと勘違いしそうなものだが、やってきた人物に殺気はない。

「何をしているか伺ってもよろしいですか?」

「凶暴な魔物の出現を感知したとのことで、退治しに来たのですがいないようなので周囲を見回っていたところです」

「ほほう。それはそれは」

 爽やかな声でそう話す鎧に対し、相手の男も動じず何度も頷きながら「御立派ですね」と返す。

 試しに鎧の後ろでちょろちょろしてみるが、男の視線は鎧に固定されたままだ。

(うん。見えてないみたいね)

 にこやかに世間話を始める二人を眺めつつ、どうしたものかとコスモスは一人ため息をついた。


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