264 はじめまして。わたしが、かみです
前よりも攻撃力が増しているコスモスに対し、何の疑問も抱かずに練習に付き合ってくれる鎧。
その程度なら許容範囲とばかりの様子に思うところがありながら、コスモスは何も言わず彼から提案された練習メニューをこなしていた。
一番難しいのは瞑想かもしれない。
大人しく座って集中するだけだが、どうにも余計なことばかり考えてしまっていけない。
それを見透かした鎧に毎回注意されながら彼女は深呼吸を繰り返した。
フォンセからの連絡はまだなく、アジュールも帰ってきていない。
外に出て誰かに会いに行くこともしないコスモスは、塔の中で鎧と多くの時間を過ごしていた。
「今のところ大人しいものだね」
「うん。のんびりしてるのはここくらいかもしれないけど」
「各地で魔物が活性化しているとはいえ、目立った騒ぎはないからね」
「……先に狩りにいくのはアリかしら?」
情報を集めて強敵になりそうな魔物を討伐する。
シュヴァルツ側かどうか分からないので、ハズレも多いだろうが倒したところで困ることはないだろう。
「確実に分かってればアリかもしれないけど、下手に動かない方がいいと思うな」
「そう?」
「こっちが先手をうてば、向こうの計画も変わるかもしれないからね」
それは最悪の状況にもなりうるということだ。
被害を最小限にするために動いているのに、被害が拡大しては意味がない。
「どうせシュヴァルツは私の動きを監視してるだろうし、大人しく女神様の指示を待つしかない、か」
「そうだね。ここにいるのを分かっていて攻めてこないところをみると、順番に来て欲しいのかも」
「順番?」
「彼が用意した道なりに進んできて欲しいってことだよ」
それはそれで嫌だなとコスモスが呟けば、鎧も「そうだね」と大きく頷いた。
(こういう状況すら、自分の掌の上って喜んでそうだものね)
不完全な邪神よりもシュヴァルツがどう動こうとしているのかが怖い。
直接、邪神と対峙すればその考えも変わるかもしれないがと思いながらコスモスは小さく唸った。
(早くない?)
フラグを立てた覚えはないが、どうやらそういうことらしい。
ため息をついた彼女は目の前にいる何かを見て再びため息をついた。
「ぼくは、かみである」
黒い靄のようなものが目の前で揺れている。見ただけで嫌悪感を抱くような存在に、コスモスは思わず笑ってしまった。
「なぜ、わらう?」
「わ、笑ってなんかいないわ」
(新手の宗教勧誘かと思ったなんてバレたらどうなることやら)
笑いをこらえて喋ったものだから、声が震えてしまうのはしょうがないだろう。
話し合いにでもきたのかとコスモスが相手の様子を見ていると、黒い衝撃波のようなものを放たれて慌てて防御壁を作る。
(問答無用でいきなり?)
それは酷すぎるんじゃないかと思うも、抗議の声さえ上げさせぬように飛来する黒い矢。
コスモスは飛んでくる攻撃を回避して防御膜を重ねた。
(うわっ、これはひどい)
少し掠っただけで防御が削れたので、慌てて張りなおした。
「ふん、たいしたことないな」
「……」
「シュヴァルツも、どうしてこんなものをきにしてたのか」
探られているのが分かるが弾き返しはせず、じっと耐える。
(面倒なのが出てきちゃった)
何もここで出てこなくても、と心の中で呟きため息をついた。
もっと圧倒的な力の差を見せつけられると思っていたコスモスだが、思ったほどではない。
(不完全だから? それにしても、ここで撃退したらどうなるか不安よね。彼の名前が出た以上何か考えてるはずだし)
「かみにさからうものは、しすべし」
彼女は困惑しながら相手の攻撃を弾いたり、避けたり、吸収したりしていた。
(ここでいきなりボス戦が始まるというわけじゃないだろうから、様子見だろうなぁ)
そんな考え方をしてしまう自分に苦笑しながらコスモスは相手を探る。
黒い靄は小さく不安定だがその力は本物だ。
「かみにさからうおろかものめ」
(邪神ってもっと禍々しいと思ってたんだけど、思ってたのと違うなぁ)
いつまで経ってもしとめられないことに苛立ちを隠せない黒い靄は怒りを露にしてくる。
自称神は意外と短気のようだと観察しつつ、コスモスは慎重に見てみることにした。
しかし、弾かれて終わってしまう。
(……女神様の加護があるとはいえ、さすがに無理か)
これからどうしようかと考える彼女の前にふっと黒い影が落ちた。
それは自称神が飛ばす黒い弾丸を全て消し去ってしまう。
「はぁ。久々に会えたと思えばこれだものね」
「ご、ごきげんよう」
「はい、御機嫌ようコスモス」
ため息から始まった再会の挨拶に、コスモスの前に立つ人物はスカートの裾を持って軽くお辞儀をする。
「おまえも……じゃまするのか」
「コスモス、精神干渉の対策は知っているわよね? 気が緩んでいるんじゃないの?」
「そう、ですね」
「この程度なら、こうして、こう、くらいできるでしょ」
少女は手を頭の高さまで上げると、パチンと指を鳴らした。
すると、自称神の黒い靄が一瞬で消えてしまう。
「おお!」
「拍手してる場合じゃないでしょ」
残ったのは気まずく浮遊するコスモスと、呆れたようにため息をつくノアだけだ。
彼女は相変わらずの可愛らしさでコスモスを真っ直ぐに見つめている。
「どうしようかなと思ってたら、ノアが来たから」
「そう。あの程度、対処できないはずがないけどどうして防戦一方だったのかしら?」
「下手に刺激するとパワーアップして戻ってくるかなと思って」
「……なるほど。それなら、怖がる演技はちゃんとした方がいいわ」
表情は見えないから必死になって逃げる様子と悲鳴を聞けば騙せるだろう。
そう思っていたコスモスだが、ノアに指摘され恥ずかしそうに俯いた。
「努力します」
「頑張って。あぁ、それと大体のことは女神様から聞いて知っているわ。貴方も大変ね」
「あはは」
「ふぅん、女神様の名前が出ても驚かないのね」
「ノアならそれもあるだろうなって」
今の自分を見て驚かないのはノアもだろうとコスモスが返せば、彼女は「ふふっ」と笑った。
「さっきのアレは邪神でいいの?」
「私も会うのは初めてだけど、そうでしょうね」
「消滅したわけじゃないんだよね?」
「さすがにそこまでは無理よ。ここから出て行ってもらっただけ」
自分の領域なのにそんなことも分からなかったのかと言われ、コスモスは「ははは」と苦笑いを浮かべた。
「さて、そろそろ女神様から連絡が来るはずよ」
「あ、そうなんだ。別に私じゃなくてもいいと思うんだけど」
「それがそうでもないのよね。私達が倒したとしても、時間をおいて復活してしまうからコスモスじゃないとだめなのよ」
「あぁ、なるほど。そういうのがあるのね」
それならしかたないと呟いてコスモスはノアが差し出した掌の上に降りた。
「今回はタイミングよく私が乱入できたけど、毎回そうもいかないんだから注意するのよ?」
「分かったわ」
そう頷いたコスモスはノアの声が段々と小さくなり、その姿が遠くなっていくことに気がついた。
恐らく覚醒が近づいているのだろう。無理に逆らうことはせず、コスモスは目を閉じた。
「……おっと、通知音か」
聞きなれないアラーム音に驚いて飛び起きたコスモスは大きく伸びをして軽く体を動かした。
室内には彼女しかおらず、アジュールはまだ帰ってこない。
「どれどれ」
内容を確認しようとすれば自動的に透明なディスプレイが目の前に現れる。
そこにはフォンセからの連絡が来ているとの表示があった。
「オールト王国内にて魔物の凶暴化を感知。放置しておくと災害となる可能性が高く、素早く対処せよ……か」
聞いたことの無い国の名前に眉を寄せたコスモスに、スッと世界地図が表示されこの場所だと点滅して教えてくれる。
恐らく管理人の仕業だろうが、便利でありがたい。
「初めての場所だから観光したい気持ちもあるけど、仕事終わってからよね」
オールト王国についての情報を読みながら、何が名物なんだろうと考えていたコスモスは途中で動きを止めた。
「……え? 研究所による事故により国の約半分が壊滅。運よく被害を逃れた王族や貴族は隣国や他国に避難した」
研究所による事故とは一体何なのか調べようとしたコスモスだが、研究所が爆発したとの情報しか得られなかった。
(研究所が爆発して国の半分が壊滅って……)
コスモスが元の世界に戻ってこちらにまた来るまでの間のできごとだ。
タイミングがいいのか、それとも偶然なのか。
考えすぎかと思いながらコスモスは部屋を出た。




