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254 るいとも?

 風の大精霊にしっかりと掴まれながら移動したコスモスは、そこが水の大精霊がいる部屋ではない事に気づいて首を傾げる。

 周囲に遮るものはなく、眼下に見える水の神殿を見てから周囲を確認する。

「わざわざ神殿外に出た理由はなんです?」

「ちょっと寄り道散歩くらいいいじゃん。どうせあの神官に場所特定されてるんだし」

 空中でくつろぐ風の大精霊の姿もコスモスの姿も認識できるものは稀だからこそできることだろうか。

 一足先に部屋に戻ったアジュールはため息をついていそうだが、怒りはしないだろう。

「水の大精霊はトワの泉にいたんだっけ?」

「そうですよ。聖地らしいですね」

「となれば、アイツはそこで先に接触してたってことか?」

 嫌そうな顔をして呟く風の大精霊にコスモスは彼の肩へ移動してシュヴァルツのことを思い浮かべた。

「邪神復活を目論むなら、大精霊の力は砕いた方がいいんですよね。逆に助けるようなことします? 恩を着せて利用するとか?」

「どうだろうな。ただの気まぐれの場合もある」

 所在確認をしてきたアジュールに風の大精霊と共に神殿上空にいることを伝え、コスモスは欠伸をした。

「絶対に言うわけないと思いますけど……」

「なに?」

「巫女様は知った上で誘いに乗ったと思うんですよね。神殿のあの状況も分かっていた上でやってるように思って」

「巫女がそんなことしたらどうなるか分かって言ってるんだよね」

「もちろん。寧ろ、縁を切りたいというか大精霊様を解放したいと長年願ってきたところをシュヴァルツか誰かに接触されて……いや、妄想が過ぎますね」

 それにしては流れた血が多すぎる。罪の無い神官が何人も死んでいるのだ。

 それら全てを理解した上で行動したのだとしたら、巫女は巫女でいられなくなることくらいコスモスも知っている。

「いや、それなら危機感もなくどこにでも行くような言動にも納得するか」

「水の巫女の使命ってことですか?」

「と言うよりも、血かもね。水の大精霊に捧げられた命の多くは王族のものだ。そして巫女も王族」

「通常の大精霊と巫女の関係じゃないからね。水の大精霊はマクリル王家の命を多く吸収している。そして巫女も王族だ」

「血に惹かれて……?」

 おっとりとして、危機感がなく水の大精霊と同じように自己犠牲すら厭わなそうな雰囲気の巫女を思い出しコスモスは思わずそう呟いた。

「それにシュヴァルツなら聖地だろうと容易に侵入可能だろうな。恐らく、巫女はコスモス達が救出にいかなかったらその場で死ぬ予定だったんだろう」

「王家は知って……るわけないですよね」

「水の大精霊と誰よりも濃い仲だからこそ繁栄してきた国だぞ。神殿の地下に慰霊碑なんて作ってさ。綺麗事並べても結果は縛りつけようと頑張ってるだけにしか見えないけどね」

 巫女として選ばれたのは大精霊に多くの王族の命が捧げられたからか。

(大精霊様が巫女を選ぶなら、その可能性も高いわね)

 水の大精霊は特別贔屓しているわけではないのだろう。何となくいいなと選んだのが自分に命を捧げた者達の血族というだけで。

「巫女様は国よりも大精霊様をとったってことですよね? 巫女としては正しくても深い所で王族と繋がりがあるとしたら相当な覚悟だったのかな」

「そんなの本人達にしか分からないけどね。僕らはただ勝手にそうじゃないかって推測してるだけ」

 関係が近すぎればまた周囲の国々に睨まれる。

 監視している教会に何を言われるか分からない。最悪、完全に切り離されることもあるだろう。

(表向きは距離を置きながら、深い所で繋がってきたのかな)

 そうなると水の大精霊はマクリル国でも王家を優先しそうなものだが、風の精霊曰くそうではないらしい。

 水の大精霊は愚かすぎるほどヒトが好きで、王族だろうが貴族だろうが平民だろうが力になりたいと思うのだとコスモスに説明した。

「そういえば、巫女様は女王陛下とはお茶も良くする仲だって言ってましたけど」

「コスモス、まさかそれ言葉通りだと思ってないよね?」

 穏やかで笑いの絶えない楽しいお茶の時間を想像していたコスモスだったが、呆れたようにそう言われて小さく声を上げた。

「表面上はニコニコして水面下でバチバチなお茶会なんて嫌なんですけど」

 しかし、貴族や王族のお茶会といえばそれが普通なのかとため息をつく。

 もっと穏やかな世界だと思っていたはずなのだが、と思いかけてコスモスは頭を左右に振った。

 見たくないものを見ないようにしてるのは自分だ。

(最優先は無事に帰還すること。それは変わらない)

「まぁ、その辺りは気にしなくてもいいんじゃない? コスモス関係ないし」

「そうですよ、嫌ですよ」

「でも、それらを上手く利用して水の大精霊と王族の繋がりを弱めたのは事実だからね。そうしてくれたのが過去の大罪人だとしても」

「巫女様にとっては恩人」

「面倒だよね……。水の巫女は、大精霊を憂いて王族と繋がりを持つ前の姿に戻したかっただけだろうけど」

「水の大精霊様ってそんなのも気づかないほど鈍いですか?」

「どうだろうね。というか、コスモス便利で本当にいいよねぇ」

 会話をしながら神殿に近づこうとする影を滅していくコスモスを撫でて、風の大精霊はにっこりと微笑む。

 便利アイテムじゃないんだけど、と不満を口にする彼女に気にせず風の大精霊は先ほどから動かずにいる一つの影を見下ろした。

 神殿の周囲には結界が張られているので大抵の魔物は避けるか、侵入しようとしても消えてしまって終わりだ。

 しかし、先ほどからコスモスが遠隔でプチプチ潰している影はタチが悪い。

 結界を弱体化する嫌な特性を持っているので地道に潰していたのだ。

「あれを相手にするつもりですか?」

「まさか。僕も狙われてるかもしれないだろ?」

「ははーん。私ですか。人使い荒すぎませんか?」

 か弱いボクが出るわけにはいかないだろ、とか弱い美青年を演じる風の大精霊。

 彼の泣き真似を見てコスモスはため息をついた。

「いいですけど。多分、私が出るまでもないと思いますよ」

「ああ、そうだった」

 ちらりとコスモスが視線を向ければ、棒立ちになっている影を切り裂く青灰色の獣がいた。

 攻撃を受けて動き始めた黒い影は頭から黒いローブをすっぽりと被っている。

(邪神崇拝者たちの集団ぽいけど)

「国から派遣された騎士は何をやってるんだろうねぇ」

「中の守りを主にしているから様子見なのか、単純に気づいていないか」

「あ、あっさり終わったね。それと同時に他の方角にも同じような存在が出現、と。ここからだと見やすくていいねぇ」

「アルズも最近忙しいわけね。オールソン氏にも頼まれてるんだろうけど」

 アジュールはともかく、アルズが得体の知れない存在と一人で戦うのは未だに抵抗があるコスモスだ。

 しかし、自分と再会する前はそうやって生計を立ててきたのだろうと思えば子ども扱いしすぎかと反省した。

(私なんかより引き際は心得てるものね)

 それでも、歳の離れた弟のように見てしまうのはどうしようもない。

「なるほど。コスモスは現場に行かずにここから補助して終わりか。そうだね、それがいいかもね」

「何もする気がない大精霊様は黙っててくれませんか? 気が散るので」

 身体強化と防御の術をそれぞれにかけて様子を見るコスモスはちらり、と風の大精霊を見て再び視線を眼下へと戻す。

 通常の人にはコスモスを認識したとしてもただの球体にしか見えないので、視線の動きなど分かるわけもない。

 しかし、相手は風の精霊はそれが分かるかのように苦笑した。

「ま、本気で攻めてきてるわけじゃないと思うけどね。相手は何を企んでいるのやら」

「捕まえて尋問するにしても、すぐに自害した挙句溶けて黒い蝶になったら終わりですけどね。それでも記憶を探るくらいならできますけど」

「危ないことしてるじゃん」

「教えてくれないなら直接聞くしかないでしょう。こっちも必死ですからね。邪魔するなら……というやつです」

「コスモスって、本当にアレだよね」

 しみじみとした様子で見つめてくる風の大精霊の手を避けてコスモスは彼の頭上に着地する。

 トシュテンが見ていたら眉を寄せていただろうが風の大精霊は笑うだけで気にしない。

「シュヴァルツと似たところがあるから、アレも気に入ったのかなー」

「似てるというなら私の他にもたくさんいるでしょうね!」

「とりあえず、邪神崇拝者の集団とシュヴァルツがどこで繋がってるか調べるのが先か」

「……全部繋がってたりして」

「あるだろうね」

(全ての裏に彼がいるならそれはそれで分かりやすくていいけど)

 一通り仕事を終えたアジュールの元にアルズが合流する。

 そして二人で空を見上げると、神殿上空にいるコスモスと風の大精霊を見つけた。

 アルズはにこにこと笑顔で手を振り、アジュールは興味無さそうに彼の影へと潜る。

「アジュールが軽く探ったところでは、有用な情報は無かったようですよ。他よりも強い個体みたいですが、中身がないって言ってますね。中身がない?」

 それは一体どういうことかと首を傾げるコスモスに、風の大精霊は「そのままの意味だろう」と答える。



「嫌です」

「分かっています。丁重にお断りしました」

「……罰則とかないの?」

「ふふ。はっきり拒絶するのに心配なんですね。ですが、心配はいりませんよ」

 女王陛下よりコスモスへと届いた非公式の招待。

 彼女が嫌がるのを知っていたトシュテンが断ったと聞いてコスモスはホッとする。

(こんなドロドロの内情知ってしまった上で行けるわけがないわ。行くとしても気配消してこっそりとしかないもの)

「御息女は神殿に用があるだけですから、と伝えておきましたよ。どうしてもと言うのなら、マザーの許可を取るようにと」

「あーそれは、使者も大変ね」

「はぁ。コスモスを懐柔して味方につけようとでもしたのかしら。神殿がこの状態で教会関係者の神官が実務を担ってる異常な状況だものね。焦るのも無理ないけど」

「私はあくまで臨時ですよ」

 頬杖をついて片眉を上げたルーチェは、嫌そうな顔をしながらため息をつく。

 仕事をしながらも落ち着いた声色で訂正したトシュテンは、手を止めて顔を上げた。

「王都にある教会も協力を申し出てくれましたが、丁重にお断りしました」

「人手足りないとか言ってたけどいいの?」

「足手まといになるだけなので」

 コスモスの疑問にトシュテンが笑顔で答える。

 それだけでどちらが上なのか理解した彼女は小さく何度も頷いた。

(なるほど。下手に探られたくないってことね)

「そのかわりに、騎士団と協力して魔物調査をしてくれるようお願いしておきましたよ」

「生息数調査と掃除は大事だね。こういう状況でって言われるかもしれないけど、各地で被害が出てからじゃ遅いからねぇ。ま、ボクらみたいな賞金稼ぎや傭兵はそのためにいるようなものだけど」

「そこは上手く利用するでしょう」

 危険度が上がればそれだけ報酬も高くなるが、受けられる人も限られる。

 高ランクの人物でも依頼を受ける受けないは自由なので強制はできない。

「邪教を崇める集団が最近活発化している報せは聞いています。本部にも報告しているのでそちらは教会が何とかするでしょう」

「神官兵や聖騎士が出てくるなら安心ね」

「人々に安心を与えるのも役目ですからね」

「それをいうなら神殿もだと思うけど」

「ルーチェ」

 きつい物言いになる娘をやんわりと窘めるが、少女は知らんぷりだ。

「ここまで好き放題にされてるなんて前代未聞でしょう? 今まで大精霊と巫女が無事だったのが不思議なくらいよ」

「そこは、腐っても大精霊と巫女だからねぇ」

 突如会話に入ってきた存在を見てルーチェはため息をついた。

 するり、と壁から上半身を出して頬杖をついた両手に顎を乗せる風の大精霊。

 なんとも珍妙な姿にトシュテンはどうしていいものか分からない顔をしている。

「いるとは聞いていたけど、どんな登場の仕方かしら?」

「コスモスの真似」

(あとでイベリスさんに言おう)

 にこにこと笑っていた風の大精霊だったが、何も反応しないコスモスを見て顔色を変える。

 どうやら彼女の考えていることを察したようだ。

「何でもかんでも告げ口とか性格悪くない?」

「風の精霊に私の独り言を聞かれてしまうだけですけど」

「あー、悪かったよ。冗談だって」

 つまんないな、と呟いて風の大精霊は部屋に入ってくる。

 どうやら一通り結界の様子を確認してきたらしく、異常はないと告げてコスモスの座る一人掛けのソファーに腰をおろした。

(ひとが座ってるのにその上から座るとか本当にこの人は……はぁ)

 これもわざとかと思いながらもコスモスはそのまま居座り続ける。

「それで、風の大精霊様は水の神殿の復興に手を貸してくださるのかしら?」

「大精霊として当然のことだよ」

「はいはい、ルーチェもそう怒らないで」

「別に怒ってないわ」

 頬を膨らませて顔を逸らす様子は歳相応で可愛らしい。

 思わず可愛いと言いそうになったコスモスは言葉を飲み込んで、これからの事を尋ねた。

「水の神殿がこんな状態じゃ、オールソン氏は動けないでしょう? となると他のメンバーで……」

「おや、御息女は私をここに置き去りにするおつもりですか」

「いや、つもりもなにも。巫女様の信頼も厚いし、王家に対する抑止にもなってるみたいだから」

(貴方以上に便利な人が他にいるかしらね)

「安心なさってください。御息女にもお手伝いいただきますから」

「えっ」

 残念だけど置いていくしかないか、と思っていたコスモスは予想外の発言に動きを止めた。

 その様子を見ながらトシュテンはにこにこと微笑むのだった。



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