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251 珍客の乱入

 神殿内で居心地がいいのは自室として宛がわれた部屋と日当たりがよい中庭、そして大神殿の間だ。

 最近追加された新たな場所でのんびりしながら、コスモスは小さく欠伸をした。

 アジュールは邪魔にならないよう影にいるが、珍しくその姿を現していた。

 この神殿の主である水の大精霊が出てきていいよと言ったためである。

「巫女様忙しそうですね。私も手伝いたいとは思うんですが、邪魔にしかならなそうで」

「私もよ。何か手伝う? と聞いたら大人しく部屋にいるようにって笑顔で言われてしまったわ」

(それは、分かる)

 気持ちは嬉しいが、大精霊自ら仕事をするなんてことになったら周囲の神官達が倒れそうだ。

 集中できないことを考慮して丁重にお断りされたのだろう。

(あー、それで「今日は大精霊様のところに行かないんですか?」ってオールソン氏に言われたのね)

「随分と大変なことをしておきながら暢気なもんだねぇ」

「え!?」

 聞き覚えがある声に振り向けば、そこには風の大精霊がいた。

 どうしてここに、と言いかけたコスモスに笑って彼は水の大精霊に挨拶をする。

「久しぶりだね。お邪魔してるよー」

「あら、お久しぶりね。聞いてはいたけど、元気そうで何よりだわ」

「はー。自分のせいで国が滅びそうになってたにも関わらずソレだもんなぁ。いや、でもそれでいいのか。僕達は別に国に縛られてるわけじゃないからね」

 パチンと指を鳴らしながら笑顔になる風の大精霊に、水の大精霊はきょとんとした顔をして首を傾げた。

「そんな酷いこと言わないでーとか、言わないんだ?」

「大精霊がそこにいて、神殿ができて人が集まって、近くに町ができて大きくなって国になるんでしょ? 何をどうしようと大精霊様の勝手じゃない?」

「……冷たいねぇ」

「精霊や大精霊様ってそういうものでしょう?」

 自然や自然災害を前に人ができることなんて少ない。

 怒りをぶつけたところで変えられるわけがなく、恨んでもどうしようもないだろう。

「コスモスってさ、本当に……うん」

「何ですか」

「いや、何でもないよ。まぁ、それはそうなんだけど、そう思わないのが人でしょ?」

「水の大精霊様みたいに人に寄り添って、身を削る存在のほうが稀ですよね」

 うんうん、と頷きながら風の大精霊の言葉に同意するコスモス。

(大精霊様は操作できなくても、その声を伝える役割である巫女様を懐柔できたら大精霊様の力は自分のものも同義と思う権力者はいただろうけど……)

 今回もそんな感じなんだろうかと思ったコスモスは、慌てて頭を左右に振って考えないようにした。

 これ以上の揉め事はごめんである。

「それはその通りなんだけど。大精霊に向かってそこまで言えるのは、コスモスくらいだよ?」

「そうですかね」

「そうだよ。一応、僕らも崇拝の対象だし。畏怖する存在だから」

 確かにそうなのかもしれないと思いながらコスモスは首を傾げた。

 小さく揺れる球体に首を傾げたのが分かったのか、風の大精霊は笑う。

「ああ、思ってても言えないってことね」

「そういうこと」

「でも全員が大精霊様を敬愛しているわけじゃないでしょ?」

「邪神崇拝者みたいなやつらってことだね」

 勘がいいのかある程度は把握しているのか。

 話が進みやすくていいと思いながらコスモスは頷いた。

 水の大精霊は琴を奏でながら上機嫌に歌っている。

「精霊達から聞いたよ。その信者達が黒い蝶になったんだってね」

「面白そうに言わないでくださいよ」

 少なくとも目をキラキラさせながら聞いてくることではない。

 スイーッと後方へ退くコスモスを優しく両手で捕まえて、風の大精霊は笑った。

「ふむふむ、なるほどね」

「それやめてくださいって言いましたよね」

「このくらいなら良くない? 他のこと探ろうとしたら弾かれるんだから大丈夫だって」

(他の事も探ろうとしていたのか!)

 これだから大精霊という存在は、と思いながらも防衛してくれた管理人達に感謝するコスモス。

 彼らは風の大精霊の機嫌を損ねない程度に抵抗してくれたのだろう。

「そもそも、ここに来ていいんですか?」

「コスモスが心配してくれるなんて、嬉しいなぁ」

「大精霊は国の守りでもあるんでしょう?」

「必要なことはするけど、縛られてるわけじゃないさ。僕がいなくても優秀な巫女や神官達で足りるってワケ」

(先に水の大精霊様に出会ってなくてよかったわ)

 順番が違うだけで大精霊に対する印象も変わっていただろう。

(一人を知っただけで他もそうだろうと思い込むこっちが一番悪いんだけど)

「彼は分身よ。本体はちゃんと風の神殿にいるわ」

「へぇ」

「あー、バラしたら面白くないじゃーん!」

「コスモスを困らせてどうするの?」

「楽しい」

「でしょうね」

 コスモスが威嚇するようにブワッと聖炎を纏うと、風の大精霊が「アチィ」と言って手を離す。

 彼から離れたコスモスはため息をついて苦笑する風の大精霊を見下ろす。

「はーぁ。せっかくお手伝いに来てあげたっていうのにその仕打ち」

「コスモスで遊んだ貴方が悪いわ。気分が悪くなったら帰っていいのよ?」

「うーん。僕には厳しいなぁ」

「貴方は守りが必要なほど弱くないでしょう?」

 水の大精霊に怒った様子はない。しかし、コスモスが困っているのを見て黙っていられないようだ。

「はいはい。風の大精霊様、遊ぶのもほどほどにしてお手伝いよろしくお願いしますね」

「分かってるよ。そのために来たんだし」

「えっ」

「えー、遊びに来たって思ってる?」

「面白そうだから来たのかと」

 空中で足を組んでコスモスと目線を同じくさせた風の大精霊は、彼女の言葉に思わず笑ってしまった。

 よく分かってるじゃないかとばかりに撫でれば、周囲の精霊が彼の元に近づいてくる。

「あー、いやー、いやいや。それはないよ、コスモス。僕は心配で様子を見に来たんだから。何か手伝えることがあればなって思って」

「……そうだったの」

 相変わらず演技が上手い。こんなことで水の大精霊が騙されるわけがないとため息をついたコスモスだったが、彼女の言葉を聞いて眉を寄せる。

「水の大精霊様はここにいて、精霊達の相手と結界の強化をお願いします。どこか綻びがあれば私が確認してくるので教えてもらえます?」

「綻びはないはずよ。ただ、薄くなっている箇所があるから、精霊か神官に手伝ってもらうと……いいえ、ここは私が」

「いえ、水の大精霊様にはここで演奏してほしいなと。私のやる気が出るので」

 その辺に漂っていた風の精霊をぐいぐいと風の大精霊の口元に押し付ける。

 コスモスは笑顔を浮かべながら水の大精霊にそうお願いすると、風の大精霊の体を押して部屋の外へと連れ出す。

「はぁ」

「もう、コスモスってば強引だね」

「同じ大精霊だから仲がいいでしょうとは思いません。ですけど、あえて悪くするのやめてもらえません?」

「何だかお疲れだね」

 それはそうだろう、とコスモスは言葉にせず雰囲気と表情で返す。

 どこに顔のパーツがあるのか分からないのが普通だが、風の大精霊なら分かりそうな気がした。

「この神殿の半数が邪教集団に汚染された信者たちだったからな。奴等の目的は恐らく巫女か水の大精霊だったんだろうが、その計画が進む前に私とマスターが乱入して阻止した」

「うんうん。聞いた」

「本当に突かれたんですって。それでもオールソン氏やアルズが神殿に残って手伝ってくれているのでマシになりましたけどね」

 足音が聞こえてアジュールが近くにある影の中にその姿を隠す。

 宙に浮くコスモスと風の大精霊はそのまま、見回りに来ただろう騎士を眺めて見送った。

「まさか、第三騎士団の団長と副団長がこっちに来てるとはね。それだけ王家も国として神殿を支えたいってことなんだろうけど」

「支えたい……」

「掌握ではないと思うよ。コスモスが胡散臭いなって思うのも仕方ないけどね。血、ゆえにってことかなー」

 ふわり、と浮遊したままどこかに移動していく風の大精霊を追ってコスモスは彼の言葉を待つ。

「水の大精霊のこと、どう思う?」

「どうと言われても。大精霊様にしては優しすぎて危ないかなと」

 それは巫女も同じだ。個人差があるのも当然なのかもしれないが、あのやり方でよく今まで続いてきたなという驚きの方が大きい。

「そうだよね。人が好きで頼まれたら断れなくて、自分の身を削っても助けたい。素晴らしい精神だよね。大精霊には向いてないけど」

「ですね」

「あはは、キツイねぇ。もっと優しくしろとか言われるかと思ったよ」

「いいえ。水の大精霊様がもし消失するようなことになったら、世界の均衡も崩れるでしょうし大問題ですから。優しすぎるのも問題かと」

 それでも恐らく彼女はこれからも自分のあり方を変えることはしないのだろう。

「どうして消えずにやってこられたと思う?」

「他の精霊や、大精霊様の力を借りてですかね」

 大精霊の問題に国が介入したところで打つ手はないだろう。

 ならば他の神殿に協力を呼びかけた方が何とかできそうだ。

 うーん、と小さく唸るコスモスに風の大精霊は笑いながら右に曲がる。

「そりゃ精霊同士で助け合うのが一番さ。何回かは助けてあげたけど、毎回となると僕らも嫌になってね。均衡は大事だけど、それ以上にやることもあるし」

「それで?」

「とても原始的なやり方をしたのさ」

 神殿内部を知り尽くしているかのように、迷わずどこかへ向かっていく風の大精霊。

 コスモスは喋りながらついていくだけなので、自分がどこにいるのか良く分かっていない。

 アジュールはしっかり影に潜みながら二人の後をついてきていた。

「原始的……原始的?」

「雨乞いとかさ、神や精霊に礼を示す方法の一つとかでも使われるかな」

「え、生贄ですか」

「そう。しかも動物とかじゃなくて、人間ね」

 一番そういうものとは縁遠いような気がしていただけに、コスモスは驚きを隠せない。

「ここの王族が一番魔力を持っているし高貴な血だ。子供もたくさんいたから、生まれながら生贄になるために育てられる子も当然いる」

「えっ!」

「ああ、今はもう廃止されているようだけどね。勘違いしたらいけないのは、これは彼らが勝手にやったことであり、彼らなりの大精霊に対する感謝の気持ちなのさ」

「か、回復するんです?」

「穢れ無き魂が捧げられるから回復力は高いね。大精霊が受けたダメージによって人数が増えるだけで。特に性別による差異はないけど、見目麗しく心清らかで精霊に好かれる者が選ばれるやすいかな

「……毎回それで?」

 自分達を助けてもらうために生贄を育て捧げ、そのお返しに大精霊の恩恵を受ける。

 他の神殿の大精霊が手伝うより手早く、気を遣わずに済むだろう。

(気を遣うだけじゃなくて、政治的な強弱も生まれそうよね。神殿は中立で国が掌握することはできない前提だけど、自分のところの大精霊が他所の大精霊のせいでヘロヘロになれば文句も言いたくなるだろうし)

「そうそう。彼らはそれで成り立ってるからね。僕らが口を出すことでもないから止めなかったけど」

「他の神殿でもそんなことが?」

「あー、昔はね。でも、普通は水の大精霊みたいに瀕死になるほど身を削らないから」

 一方的に捧げられる生贄というのも迷惑なもんだよ、と呟いて風の大精霊はちらりとコスモスを見た。

「生贄なんてあってもなくても変わりないんだよねぇ」

「そうなんです?」

「ヒトが勝手に、そうすればいいだろうと思い込んでする行為だ。大精霊側からすれば、貰えるものは貰うだけだろうな」

「さっすが、アジュール。分かってるね。でも、願いの対価として受け取ることもあるよ」

 想像していた以上に生々しいんだなと思いながらコスモスは身震いをした。

 気のせいか周囲の温度が下がっているような気がする。

「巫女様がある意味、生贄のような役割だと思っていたけど違うんですね」

「巫女は大精霊が選ぶからね。代弁者であって人と精霊を繋ぐ役割を持ってるから、生贄ではないよ。それに、コスモスは嫌なイメージしかないだろうけど生贄に選ばれることは名誉でもあったからね」

「あぁ、大精霊に捧げられ精霊として産まれなおす……でしたっけ?」

 本で読んだようなと呟いたコスモスだが、それがどの本だったのかは覚えていない。

「そうそう。そういう信仰が今よりも強かった時代の話さ」

「それで、どこへ行くつもりだ? そっちは闇の匂いが濃いぞ」

 音も無く大精霊の前に出たアジュールが尻尾を揺らしながら目の前の扉を見る。

 扉は魔法で封印されており、見るからに開けてはいけないものである。

 ここに入るのかと思ってコスモスが風の大精霊を見ると、素敵な笑顔で返された。



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