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250 訓練はリズムに乗って

 一休みしに来た場所でこれだけ疲労するとは思わなかった。

 そう思いながらコスモスはぐったりとソファーに身を預けた。

「はぁ……疲れた」

「彼が会いに来たのは御息女が目的だったのかもしれませんね」

「監視? いる感覚を掴んでおこうと思ったのかしら」

「そうではないと思いますよ。部下が迷惑をかけて謝罪したかったのは本当だと思います」

 ため息をつくコスモスにトシュテンがそう告げる。

 本当かなと思いながら彼女が眉を寄せれば、アルズも頷いた。

「敵意はありませんでした。神殿に来てから様子を見ていますが、真面目でいい人だと思いますよ。まさか団長副団長揃ってこっちに来るとは思ってませんでしたけどね」

「私も。王都で留守番して、部隊長とかに任せるかと思ったわ」

「それだけマクリル女王陛下も心配して気にかけているということでしょう」

 直接会いに来るようにと言われないだけマシかと思いながらコスモスは団長を思い出す。

「真面目な人なのは知ってたけど、まさかあそこまで緊張されるとは思わなかったわ。大精霊様や巫女様の前でも普通にしてたのに」

 普通に見えて内心では冷や汗を流しながら緊張していたのかもしれない。

「見えない存在を“いる”前提で話すのですからそうなるのでしょうね。魔法によるトリックかと疑う者も多いですから」

「オールソン氏の身元がはっきりしていても、そういうものなのね。確かに、見えない聞こえない感じられないモノを“いる”と思うのは難しいわよね」

 だからといってコスモスが姿を現すことはない。

 アジュールも普段は気をつかって影に潜んでいるせいか、目撃者は少ない。しかし、事前に話してあるので偶然見かけても攻撃はしないように言っているはずだ。

「あまり気をつかわないように伝えておいて。下手に関わるのも面倒だわ」

「正直ですね。構いませんが。御息女に話がある場合は私を通すように言っているので心配いりませんよ」

「うん。お任せするわ。私に言われたところでって話でしょうし」

 はぁ、とため息をつくトシュテンだが最初から分かっていたことだったのだろう。

 楽だなと思いながらコスモスはアジュールと共に自分の部屋へと戻った。



 トシュテンの話によれば神殿が落ち着くまでは離れられないとのこと。

 まさか自分抜きで旅を続けたりしないでしょうね、と笑顔で脅されたコスモスは拒否する理由もないので暫く水の神殿に滞在することにした。

「すっかり元気になられて良かったです」

「ふふふ。コスモス達のおかげよ。どうもありがとう」

 水の大精霊は美しい女性の姿で台座に腰掛けながら手にした琴をポロンと撫でた。

 その音色に水の精霊達は喜び大精霊の周囲に集まる。

 大精霊を恐れることの多い精霊だが、どうやらここは違うようだと思ったコスモスだが妙に納得してしまった。

(お人好しの大精霊様と巫女様だものね。頼りないと言えばそうだけど……王家も深くまで介入はできないだろうし)

「巫女様は仕事ですか?」

「ええ、そうなの。忙しいみたい」

(うーん、他人事。仕方ないけど、巫女様以上にのんびりしてるというか、状況把握してるのよね?)

 失礼なことを思いながらのんびりとした様子の大精霊を見つめる。

 危うく枯渇してその存在を失いそうだったというのに、相変わらず隙だらけでコスモスは心配になる。

 神殿内だからといって安全ではないと理解したばかりだから尚更だ。

(寧ろ、今まで無事だったのが不思議なくらいよね。神殿だって乗っ取られる寸前といってもいいくらいだったし)

 そんなことで大丈夫なのだろうかと心配しながら、コスモスは周囲で騒ぐ水の精霊をやんわり押しのけた。

「水の精霊石も、特に拒絶反応もなく馴染んでいるようね」

「お陰さまでなんとか。使いこなすにはまだ訓練が必要だと思いますけど」

「彼らの力を借りれば、解析して力を引き出すことは容易なのではないかしら?」

「彼ら?」

 誰のことだろうかと首を傾げるコスモスに、水の大精霊は穏やかな表情をして彼女を真っ直ぐに指差す。

 振り返ったコスモスだがそこには誰もいない。

 ただ、影のように部屋の四隅に大人しく控えている神官がいるだけ。

 彼らは頭からすっぽりと白いローブを被り、頭部には水の神殿の紋様が描かれている。

「ふふふ。そうじゃないわ。いるでしょう?」

「あぁ、なるほど」

 管理人のことを指しているのだと気づいてコスモスは悩んだ。

 彼らは彼らのできる範囲で自分をサポートしてくれている。

 コスモスが頼めば精霊石の力をさらに引き出すことは可能だろう。

(段階的に引き上げないと私が耐えられずに爆発四散する可能性もあるって言われてるのよね)

 それはさすがに困るので地道に鍛えていくしかない。

 そう説明すれば、一気に解放しないのかと不思議そうに見つめられてしまいコスモスは困ってしまった。

「貴方ならその程度はおさえられると思うんだけど……急激な成長は痛みも伴うものね。それはいけないわ」

「はぁ……」

「コスモスがここにいる間は、私も手伝うわね。分からないことがあったら何でも聞いて」

「ありがとうございます」

「ふふふ」

 これは本当に大丈夫か、と不安になりながらコスモスは影に潜むアジュールへ目をやる。

 彼はこっちに振るなと視線を逸らしていた。

「コスモスは感覚で覚える方が早そうね。音楽に乗せて練習すれば、より覚えやすいかもしれないわ」

「音楽……」

「ええ。私の奏でる音に合わせて水の精霊石の力を操るの」

(それは、音ゲーですか)

 ポロン、ポロンと水の大精霊は琴を鳴らす。

 どうすればいいのかの説明もないのか、と思いながらコスモスは出現する大小さまざまの泡を見つめた。

(色までついてる! ラインが見える気がするのは補正なのかなんなのか。まぁ、いいわ)

 ミニゲームみたいなものかしらね、と思いながらも慣れないリズムゲームに苦戦する。

 センスがない自分に落ち込むコスモスに、水の大精霊が優しく声をかけた。

「よく見て、それに合う魔法をぶつければいいだけよ。落ち着いて、ゆっくり見て」

「落ち着いて……」

 深呼吸を繰り返し集中するコスモスを見ながらアジュールは欠伸をした。

 彼にとっては簡単すぎるものでもコスモスにとってはそうではない。

 どうしてこの程度もできないのかと煽ることもせず、彼は大人しく主の様子を見ていた。

 先ほどと同じ曲を演奏し始める水の大精霊は、的確に泡を消していくコスモスを見つめながら笑顔で歌い始める。

 増えていく泡の数にもうろたえず、コスモスはそれぞれにあった魔法で泡を消していく。

(集中して、確実に、丁寧に)

 迫り来る泡を消すことだけに集中していたコスモスだが、リズムがつかめてくるとパターンも分かってくる。

 そうなれば、余裕ができて曲に合わせて次に何が来るかも予想できた。

(管理人のアシストがあったらもっと簡単に終わってたかもしれないけど、自分でできるところはやらないと)

 いくつか取り逃したものもあるが、水の精霊石を扱う感覚も慣れてきた。

 破壊されると音が鳴る不思議な泡と大精霊が奏でる琴と歌声。

 それらが調和して心地よい音に満たされる。

 浮遊していた水の精霊をはじめ、他の精霊達も楽しそうに歌い出した。

「はぁ……はぁ」

「うふふ。お疲れさま。とっても素敵な調和だったわね」

「ありがとうございます」

 気づけば音は止んで泡も消えている。精霊達は心配そうに落ちそうなコスモスの近くを浮遊していた。

 ふらふら、と飛びながらコスモスは深呼吸をして体勢を立て直す。

「これで感覚は掴めたと思うわ。吸収が早くて良いわね」

「これで……?」

「ええ。水の精霊石が馴染んだはずだと思うけど」

 大精霊にそう言われるが良く分からない。首を傾げながら胸に手を当てる。

 所持している精霊石は互いに干渉することなく等間隔に並んでいる。

 コスモスを中心として彼女をぐるりと囲むように浮遊している精霊石は穏やかな光を放っていた。

(うーん、特に変わったところはなさそうだけど。前より扱いやすくなったかな?)

 実践でなければ分からないのが悲しいところだ。

 しかし、すぐにでも試したいと思うほどコスモスは好戦的な性格ではない。

(それでも、シミュレートはしておくべきかしら)

 だとしたら相手は当然アジュールになるだろう。

 大暴れしても文句を言われない場所となれば外しかないのだが、外出は許可されないだろう。

「試す場所を探しているのなら、ここでいいじゃない?」

「えっ」

「心配いらないわ。私が結界を張ればどんなに暴れても大丈夫」

 にっこりと微笑まれても頷いていいものかとコスモスは悩んだ。

 神殿内でも特に神聖といわれる場所でそんな真似をしてもいいのかと。

(いやいや、駄目よね)

 コスモスがちらり、と大精霊を見れば彼女は優しく微笑んでいる。四隅にいる神官達は人形のように動くことなく声を上げることもない。

「じゃあ、ちょっとだけ……」

「ええ。そうするといいわ」

 神殿の主でもある大精霊がそういうのであれば。

 しょうがない、という素振りをみせながらもコスモスの攻撃は一発目から過激でアジュールは苦笑した。

 

 

 

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