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241 やっとの帰還

 何事も無く無事に元気を取り戻した大精霊は嬉しそうに歌を歌いながら、泉の上で形を変える。

 最終的に美しい女性の姿になった水の大精霊はコスモスを真っ直ぐ見ると微笑んで精霊石を彼女に渡した。

「ありがとうございます」

「いいえ、礼を言うのはこちらのほうです」

 これで全部揃ったと心の中でガッツポーズをするコスモスに、管理人達が拍手をしてくれる。

「さて、それでは神殿へ戻りましょうか」

「そうですね」

 にこにこと嬉しそうな表情をする水の大精霊に、巫女もホッとしたのだろう。どこか気を張っていたように見えた彼女の雰囲気が和らいでいる。

 ここに来るまでは大変だったが、水の大精霊が力を取り戻した今では怖いものはない。

 道中で嫌な輩に出会おうが簡単に返り討ちにできるだろうと思っていたコスモスは地面からの光に気づいて首を傾げた。

 驚いた声を上げるアジュールにそちらを見れば彼の足元も光っている。

(あれ、これって魔法陣?)

 水色の紋様が広がり何らかの魔法が発動したのだと気づいたコスモスが解析しようとするよりも先に、視界が真っ白になった。



 四つの気配が消えたことを確認していた少年はため息をつく。その場から動く気配もなく彼は軽く目を伏せた。

 敬愛するあの方からの指示で彼はここにいる。ただそこにいるだけでいい、突入や攻撃はするなと言われているからその通りにしている。

 いつもなら何でそんな地味でつまらないことを、と反抗するのだがそんな気も起こらない。

 ただ、霧に包まれた森の様子を外から眺めるだけだ。

 死にかけの水の大精霊の様子を探りつつ、途中でやってきた巫女たちの邪魔をすることもなくただ同じ場所から眺め続ける。

 途中で邪魔をしにきた占い師を舌打ちで追い返し、大精霊たちの気配が消えた今もまだ彼はそこにとどまっていた。

「はぁ。何やってんだろうな」

 いつもの自分なら、指示に従わずに襲撃していただろう。もし戦闘になったとしても、大した罰はないと分かっているからだ。

 気に入らない奴を片っ端から殴って苦痛に喘ぐ姿を笑って見ていればいい。

 けれど、今回はそんな気が起こらなかった。

 ただ言われた通りに大人しく見ていただけ。

 それが何故なのかは分からない。


「ジャック」


 目障りな魔女を消そうと思って精神世界にまで入り込んだというのに、逆に自分がダメージを負って帰るはめになったのは変な人魂のせいだ。

 マザーの娘らしいが、何とも情けなく珍妙だと笑っていた頃が懐かしい。

「あいつの声じゃなかったな……」

 自分を見て誰のことを呼んでいたのかは知らないが、非常に気分が悪い。

 しかも本人の声ではないのだから気持ち悪い。

 どこかで聞いたことのあるような、ないような。

 何かが分かりそうで分からないモヤモヤした思いを抱えながらも、懐かしいと思ってしまった。

 それが彼を余計に困らせる。

「はぁ……。いっそ、捕まえて聞き出せばいっか? でもあの獣がいるからまず無理だろうなぁ」

 それに鈍そうな人魂が知っているとも思えない。けれど彼女は何かを知っているはずだ。

 いざとなれば強制的に連れ帰ってあの方の力を借りる方法もあるか、と脳内でシュミレートするものの予測不能な人魂の動きに翻弄される光景しか浮かばず眉を寄せた。

「やっぱりあいつムカツク」

「だったらいつものようにすれば良かっただろう?」

「はぁ。消えてくれないかな」

 ローブ姿の占い師が音も無く現れ肩を竦める。少年らしくないと遠回しに言っているのだろうが、彼にとってはどうでもいいことだ。

「いや、随分とらしくないから驚いてね」

「そんなに文句があるなら君がやれば良かっただろ?」

「あの方の意思に背くわけにはいかない」

「……」

 何がおもしろいのか、楽しそうに笑いながら消えていく男に少年はため息をつく。

 前に会った時と比べて印象が変わっているが本人は気づいていないのだろうか。

「あの人がそれに気づいてないとでも思ってるの? あの様子だとそれすらどうとでもなるって感じだったけど」

 気配が変わったことくらい少年にも分かる。本人は気づいていて知らないふりをしているのか、誰かがそれを指摘してくれるのを待っているのか。

「どうでもいいんだけどさぁ」

 何で自分がこんなことを考えないといけないのか。眉を寄せてため息をついた少年は、周囲の霧に紛れるかのようにその姿を消した。




 くらり、と眩暈がするような感覚に襲われたと思った瞬間に空気が変わる。

 転移したのかと察したコスモスは疲れたようにため息をついて床に座り込んだ。

(冷たい床が気持ちいい)

 水の精霊石を取り込んですぐの移動だったせいもあるのか自分で思った以上に疲労しているらしい。

(お腹がグルグルしてるような、うん)

 まだ取り込んだばかりで落ち着かないのだろう。

 体をさすりながらコスモスは自分の中にある四つの精霊石の力を感じていた。

(食べ過ぎたようなそんな感覚にもなるわね)

 四属性の精霊石を取り込んでも無事でいることに感謝するべきだろうかと思っていれば、アジュールに咥えられる。

「マスターは少し疲れたようだから休ませてもらう」

「ええ、そうですね。お疲れでしょうから」

「失礼します。水の大精霊様、巫女様のご帰還誠に心待ちにしておりました。御無事のようで何よりです」

 急いでいたのか返事を待たずに部屋に入ってきたトシュテンは、そこにいる大精霊と巫女の姿にも驚くことはなく無事帰還したことを喜んでいた。

「オールソン殿には随分と御迷惑をかけたようですね。ありがとうございます」

「いえ、こちらの為でもありますので」

「お前にしては珍しく急いでいるな」

「色々大変でしたから。御息女の様子も心配でしたし」

 咥えていたコスモスを離し床に置いたアジュールに、トシュテンはため息をついて額に手を当てる。

 よろよろ、と浮遊しようとするコスモスを制して彼女を拾い上げると大精霊と巫女に向かってもう一度丁寧に礼をした。

「コスモスは疲れてしまっているの?」

「色々と無理をさせてしまいましたから」

 穏やかな大精霊の声に巫女がそう答える。巫女の疲労に比べれば自分なんて大したはない。そう答えようとするも、上手く体に力が入らずトシュテンの手から逃れることもできないコスモスだった。

「はぁ。多分、精霊石をもらったばっかりで落ち着くまで時間がかかるだけだと思います」

「なるほど。いつものですね。大精霊様と巫女様もゆっくりお休みください。少なくとも以前より過ごしやすくなったはずですから」

 治療はいりますかと尋ねたトシュテンに、巫女は笑顔で首を横に振る。恐らく力を取り戻した大精霊のお陰で疲労はあまりないのだろう。

 何か言いたそうな顔をする巫女に笑顔を浮かべて礼をすると、トシュテンとアジュールは部屋を出て行く。

「いいのか?」

「巫女様の部屋に神官を待機させていますから心配いりませんよ。彼女は信頼できる人物ですからね」

「ふむ。ということは、排除し終えたのか」

 人の気配を感じてアジュールはするりとトシュテンの影に潜む。

 別にそのままでもいいのにと思うトシュテンだったが、アジュールは彼なりに気を遣っているようだ。

 もっとも、反応が鬱陶しいからというのもあるかもしれないが。

「そうですね。泳がせているのは数人で他は全て連行されたか、消えましたね」

 コスモスとルーチェの部屋の前で立ち止まったトシュテンはドアをノックしたが返事がない。

「また図書室か書庫に入り浸ってるのか?」

「そうですね。お世話というべきか、情報収集なのか」

 部屋に入るとアジュールはトシュテンの影から姿を現した。

 トシュテンに抱えられていたコスモスは既に寝息を立てている。

 軽くつついても反応しないところをみるに、随分と疲れていたのだろうと彼は優しくコスモスをベッドにおろした。

 枕の位置を直し、毛布をかけると彼はベッドに座って彼女に手を翳す。

 ベッドの下で欠伸をしながら毛繕いをしていたアジュールは、トシュテンの手から放たれる穏やかな光を見て苦笑した。

「お前も過保護だな」

「念のためですよ。自然治癒できるとは思いますが」

「詳細が気になるかと思ったがそうでもないのか」

「大体のことはアルズから聞いていますからね。大精霊様と巫女様が無事に戻ってきたのならそれでいいでしょう」

 国や政治のごたごたに巻き込まれたくないという様子が良く分かってアジュールはため息をつく。

「無事に全ての精霊石を手に入れたというのに、喜んでいられないというのがな」

「これからが大変でしょうね。御息女はルーチェ嬢にも協力したいでしょうし」

「反対しないのか」

「する理由がないですから」

 危ないからと止めそうなものだが、一緒に行動しているうちに考えが変わったのか。それとも自分が一緒にいるからいいやと思ったのか。

 どちらも有り得るなと思いながらアジュールはニヤニヤしてトシュテンを見上げた。

 少し疲労の色が見える顔をして彼はじっと寝入るコスモスを見つめている。

 翳した手からは穏やかな光と力が注がれており、それが彼女を優しく包み込んでいた。

「お前も早く休め」

「今日はここで寝させてもらいましょうかね」

「ルーチェに怒られるぞと言いたいが……」

 何かの気配を察してアジュールが部屋の扉を見つめれば、控えめなノックの音と共にアルズが姿を見せた。

「あぁ、お休み中でした?」

「マスターだけな。どうした」

「いえ、ルーチェが眠ってしまって僕達の部屋で寝せることにしたので、一応報告に」

「そうでしたか。では、私は今日ここで寝ますね」

 さらっと告げるトシュテンに声を荒げて怒るかと思ったアルズだったが、彼は深いため息をついただけだ。

 意外な反応に頭を上げたアジュールは大人しく引き下がる後輩を見つめる。

「僕も子供じゃないですからね。そのくらいなら譲りますよ。それに、朝起きたときにレイモンドさんだけだとルーチェが不機嫌になりそうですから」

 どうやら兄妹ごっこは未だ続いているらしい。知らないうちに仲良くなっているようだと微笑ましい気持ちになりながらアジュールは大きく伸びをする。

 音も無くベッドに近づいたアルズは眠るコスモスを暫く見つめてから満足した様子で部屋を後にした。

「みんな、疲れているようだな」

「そうですね。人手が足りないというのもありますが、王家の介入もありますからね。姫君の相手はルーチェ嬢がしてくれていますから助かっていますよ」

「なるほど。だからあの娘は疲れているのか」

「神殿に滞在して手伝うのは一部ですが。最初は自分もここで寝泊りをして手伝うと言って譲らなかったので困りましたよ。結局、迎えが来たので無理矢理帰らされていますけどね」

 今の水の神殿は王家の助けも借りつつ新しく変わろうとしているのだろう。

 優しすぎるのも困りものだなと思いながらアジュールは水の大精霊と巫女を思い浮かべた。

「ということは、この神殿はお前の管理下にあるようなものか」

「言葉が過ぎますよ。私はあくまでお手伝いですから。巫女様が帰還されたのですから彼女以外のトップなどいるわけがないでしょう?」

「ふむ。自称神官長とやらはいたがな」

「あれは……自称ですからね。跡形も無く消えてしまいましたが」

 不思議なこともあるものですね、と呟くトシュテンにアジュールは声を上げて笑う。

 その場にいた彼も、トシュテンに同調するように「本当に不思議なこともあるものだ」と言った。


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