237 捜索、特定、突入
ただひたすらに風の精霊の後をついて神殿内を駆け回る。
色々な場所をすり抜け、たまに謝罪をしながらたどり着いた場所は大精霊の間。
つまり、元いた場所に戻ってきた。
「……ええと」
「遊ばれたな」
目の前には満足そうにはしゃぐ風の精霊の姿がある。
掴んで放り投げたい気持ちをぐっと抑えてコスモスは今まで通ってきたルートに何か異変はなかったかとアジュールに聞く。
すっかり寛いでいる彼は少し考えるそぶりをしてから無言で頭を横に振った。
「そっかぁ。ただ遊ばれただけか。でも、異変を感じなかったなら手がかりは内部にないのかしら?」
「どうだろうな」
「あ、ちょっと待って」
いくら大精霊が不在だからといって、大精霊の間に誰もいないのはどうなのかと思ったアジュールだが、そもそも他の神殿に比べ人数が少ないことに気がついた。
自称神官長とやらの仕業かと思うが、聞き出そうにも本人はもういない。
ぶつぶつと呟く主を見上げながらアジュールは尻尾を揺らした。
「自称神官長たちがいた牢には何もなかったじゃない?」
「……残滓から何か情報を読み取ったのか」
「察しが良くて助かるわ。でも大した情報じゃないのよね。いつも通りの仕事をこなして、偉ぶって、見下してだもの」
「想像しやすいな。巫女の行方不明事件に関しては何もないのか」
管理人が整理してくれた情報を元にコスモスは唸りながら巫女の姿を探すも、怪しい点はない。
本人の中で強く思った事象が画像として残っていたのだろうが、やはり残滓だけでは情報が少なすぎる。
「巫女の側近を狙うも阻まれて、神殿内でも勢力を伸ばし自分の取り巻きを増やして……」
「分かりやすい俗物だな。あの男が聞いたらいい笑顔になりそうだ」
目だけが笑っていないトシュテンを想像してアジュールが笑う。
捕らえた神官達があっさり消えてしまって誰よりも残念がっていたのは彼だ。
「増やした取り巻きは捕らえた人達だけじゃないわよね。他にも何食わぬ顔をして内部にいるわ」
「しかし、そいつらを捕らえたところで何か情報を持っているわけでもないだろう?」
「そこなのよね。巫女様の居場所を突き止めるのが優先だわ」
「水の大精霊が出てくればいいのだがな」
手がかりらしい手がかりがないのも困るなと呟きながら、アジュールはこの部屋の主を思い浮かべた。
どうにかできないのかとコスモスに無茶振りをすれば、彼女は嫌な顔をする。
「気まぐれな大精霊様を呼び出す術なんてあったら、私が知りたいわ」
「何かやってみたらどうだ?」
「えぇっ。水の神殿に仕える神官でもない私がやるの?」
そもそも会ったことのない存在をどうやって呼び出せというのか。
一度、他の仲間のところへ行って情報があるかどうか聞いてきた方がいいだろうかと思いながらコスモスはため息をついた。
「水の大精霊様、私の声が聞こえましたらその姿をお見せください。巫女様の行方を教えて欲しいのです」
「へぇ。ここが大精霊が座る場所ね。中々いいな」
「ちょっと! 巫女様や大精霊様がいないからって罰当たりなことしないで!」
「いいだろ。どうせ帰ってこないんだし」
どうか祈りが届きますようにと思って放った言葉は届かない。
代わりに耳障りな声が聞こえてコスモスはため息をついた。
威嚇しようとするアジュールを制して影に潜ませる。
誰かが室内に入ってきたとしてもコスモスは気にしない。
大事なこの場所を清潔に保ち、仕える主がいつ来訪しても良いようにしているのだろうと思っているからだ。
しかし、どうやらここの神殿の神官達はそうでもないらしい。
心から水の大精霊や巫女に仕えるべくここにいるわけではないのが証明された。
(全ての神官がそうじゃないとは分かっているけど)
「ちょっと、誰かに聞かれてたらどうするのよ! ただでさえ今指揮執ってるのは教会の人間なのよ?」
「だから? ビビッってんなって。神官長たちがすぐに追い出してくれるだろうよ」
嫌な笑いを浮かべる男の神官はそう言いながら、周囲をしきりに気にする女の神官にため息をついた。
「お前だって、次期巫女になりたいんだろ?」
「そんなの……無理に決まってるでしょ。巫女様が行方不明だとしても、巫女を選ぶのは大精霊様なんだし」
「家の力で王家を動かせば楽勝だろ」
「簡単に言わないで。下手をしたら首が飛ぶのよ」
(そうね、物理的に)
室内には自分達二人しかいないと思っているお陰でコスモスはのんびり会話を聞ける。
本当は突撃したい気持ちなのだが、自称神官長と繋がっているなら何かしらの情報を持っているのではと思ったのだ。
「自分の家に巫女を幽閉してるお前がよく言うよ」
(あらー、こんなところでそんな重要な情報を聞くことになるとは)
「ちょっと! 静かにしてって言ったでしょ。誰かに聞かれたらどうするの」
「誰もいないって。外から来たあいつらに何ができるんだよ。いざとなればお前の家の力で何とかできるだろ?」
「それにしても色々準備が大変なのよ」
どうやらそこそこ身分が高い家柄出身の女神官と、そうでもない身分の男神官は男女の仲のようだ。
「なるほど。話は聞かせていただきました。確か貴方はコーウェル侯爵家令嬢でしたよね。行儀見習いの為にここで奉仕しているのだとか。そして貴方は金さえ払えば何でもする傭兵ですよね。あぁ、名前は結構です。覚える気はないので」
穏やかな声色で暗がりから登場した人物を見て二人は顔色を変える。
アジュールは彼の影に潜んでおり、赤い双眸を細めた。
「オールソン氏、私とアジュールは先にコーウェル家とやらに行ってくるわ。場所は精霊に教えてもらえば何とかなるはずだから」
コスモスの存在を認識できない二人には声も聞こえない。
トシュテンが静かに頷いたのを確認してコスモスは外へ向かって壁をすり抜けた。
神殿を少し離れてから男女の悲鳴が聞こえてきたが気のせいだろう。
水の精霊にコーウェル家の場所を聞けば、彼らは素直に先導してくれる。風の精霊に遊ばれた時のようにはならないはずだ、と少しの不安を抱えながらコスモスは飛んでいく。
「嫌な匂いがする方向だな。今回は間違い無さそうだ」
「巫女様が危険かもしれないのにふざけてる場合じゃないでしょう。まぁ、ふざける精霊もいるだろうけど」
ちらり、と水の精霊を助けるように疾走する風の精霊を見るコスモスに、彼らは可愛らしい声で鳴く。
水の精霊は集中しろとでも言わんばかりに鋭い声で鳴いた。
到着した豪邸の前で戸惑うように速度を緩めた精霊たちを不思議に思いながらコスモスは門を通り過ぎる。
「マスター、魔法使いがいるようだ」
「なるほど。だから精霊達が少し怯えているのね」
恐らく精霊の力や魔力を弱める術でも展開されているのだろう。
しかし、関係ないとばかりにコスモスは敷地内にいる精霊達に巫女の居場所を尋ねる。
何かに怯えた様子の精霊達だったが、コスモスが近づくとホッとしたように寄ってきた。
「マスター、私が偵察してきた方が早そうだ」
「気をつけてね」
「任せておけ」
高い塀も、厳重な警備も、幾重にも張られた防御壁もコスモスとアジュールの前では大した意味がない。
(見ようによっては私達の方が悪役よね)
広い敷地内と豪華な外観の屋敷を眺めつつ、コスモスは何かに引き寄せられるように中へ入っていった。
下へ下へと降りていきながら黒いローブを被った魔法使いらしき人物が複数人いる場所へと辿りつく。
(なるほど……)
彼らは一心不乱に術を紡いでいる。恐らくは精霊の力を抑える類のものだろう。
気持ち悪い唱和を見下ろしていたコスモスは彼らの魔力の流れを変えてみた。
できるかなと思ってやってみたらできたのだから驚きだ。
意外と才能あるのかもしれない、と自分を褒めながらコスモスは首を傾げる。
(この程度の操作も気づかないのは集中してるから?)
力を外に垂れ流しているとは知らずに唱和を続ける彼らは次第に青い顔になっていく。
「なんだ?」
力ばかりが吸い取られて衰弱が激しい。息苦しくなってきたのは気のせいじゃないと気づいた時には遅かった。
自分以外の術者が気絶しているのを見ながら、残った一人は左手で胸部を押さえ右手で床に手をつく。
呼吸するのもままならないほどの苦しさ。何がおかしいのかと探るよりも先に、眩暈がして何も考えられなくなっていく。
「おか……しい」
言葉を発すればそれだけ息苦しさは増す。呼吸はどうやってするんだっけ、と思いながら彼は前のめりに倒れた。
「うーん。拍子抜け……って言ってる場合じゃないか」
「そうだぞ、マスター。何をしているかと思えば」
呆れたような声で話しかけてくるアジュールにコスモスは笑う。
蝋燭の火が揺らめく暗い室内で怪しい術が行われていたとは思えないほど、室内は静かだ。
「いやぁ、変な儀式してたから邪魔した方がいいかなと思って」
「はぁ。それよりも、こっちだ」
恐らくは金で雇われた魔法使いなのだろう。口から泡を吹き白目を剥く彼らを一瞥したコスモスはアジュールの後を追った。
影を移動していくアジュールに対してコスモスは堂々と移動している。認識できる者などいないだろうと思っているからできることだが、トシュテンがそれを知ったら油断は禁物だと怒るに違いない。
「特に何も変わりがない貴族のお屋敷って感じよね」
「ここにいる全員が知っているわけではないだろうからな」
屋敷内で異変に気づくものは誰一人としていないようで、平和なものだなとコスモスは思わず笑ってしまう。
それぞれの仕事をする従者たちは、もうすぐ職を失ってしまうことも知らない。
職を失うだけで済めばいいけどと思いつつ、先を行くアジュールについていく。
彼が止まったのは古びた別館の一室だった。
てっきり地下に閉じ込められているのかと思ったがそうではないらしい。
「一応、相手が相手だから気を遣ったのかしら」
「どうだろうな」
本館ではなく別館なのは、管理しやすいからだろう。別館で仕事をしている人物はここで何をしているのか、誰がいるのか知っている可能性が高い。
(下手したら首は飛んで家も消滅だというのに、よくやるわ)
「巫女様の様子は?」
「実際に確かめるといい」
「そうね」
そう言うということは無事であるということか。アジュールの言動で少しホッとしたコスモスはそのままドアをすり抜けた。
「こんにちは、お邪魔しますね」
別館を包み込むように張られている結界は何の役にも立たない。
部屋の壁に張り巡らされている魔術の痕跡は、魔法使い達が気絶した今は機能していないようだ。
のんびりとした口調でいつものように、とコスモスはそう言って入室する。
「うわ、暗っ!」
「あぁ慣れればそうでもないぞ」
「いや、うん。そうなんだけど」
大きく瞬きを繰り返して暗闇に慣れる。どこに何があるか確認したコスモスは戸惑うように立ち尽くす人を見つけて近づいていった。
「あの……どちら様でしょうか」
「こんにちは。はじめまして、コスモスと申します」
「っ! コスモス様……あっ」
思わず大きな声を出してしまい慌てて口を手で押さえた彼女は目の前の存在を見つめながら困ったような顔をする。
外界から閉ざされた暗闇の中で一人、どのくらいの時間を過ごしていたのだろうか。
それほど衰弱していないのが救いだと思いながらコスモスは差し出された両手の上に着地する。
「周囲に人はいない。警備も暫く目を覚まさないだろう。大声を上げても気づかないだろうから心配はするな」
「まぁ。こちらが噂の魔獣さんですね」
赤い目が暗闇に浮かんでいるようにしか見えないはずなのに、彼女の声は穏やかでおっとりとしている。
その目がキラキラと輝いているようにさえ思えて、さすがのアジュールもたじろいだ。
「ちょっと待ってくださいね……こんな、感じ?」
「眩しすぎると目が潰れるから調節は慎重にするんだぞ」
「言われなくても分かってます」
光がないのなら自分が光ればいいじゃない、とばかりにコスモスは聖炎の力を使う。
暗闇に燃える人魂とはぴったりではないか、と自虐的なことを思えば水の紋様が描かれたローブを着た女性がにっこりと笑った。
「まぁ、まぁ! 流石は御息女ですね」
「とりあえず確認をさせてもらおう。貴方が水の神殿の巫女で間違いないな」
「はい。水の大精霊様にお仕えしています巫女です。けれど、証明する術は……」
「あ、大丈夫です。精霊達が懐いていますし、私のことも認識できるようですから」
何より纏う空気が清廉で穏やかだ。
今まで出会った巫女と同じように、彼女は水の大精霊の巫女らしく水の精霊には特に愛されている。
「そうですか? でも、偽物かもしれませんよ?」
「偽物だったとしたら、マスターに触れた時点で消し炭だろうから心配するな」
(ヒトを危険物みたいに言わないでほしいんだけど)
得意顔をして言うことじゃないだろう、と心の中で突っ込みを入れながらコスモスはため息をついた。




