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235 言ったそばから

 ふわぁ、と間の抜けた声を上げながらコスモスは欠伸をする。

 なんとも緊張感がないがしょうがない。

 ふわふわの髪の毛に埋もれるような形で移動していた彼女は、心地よい揺れにうとうとしていた。

「あー、精霊ちゃんおねむだねェ」

「ちょっと疲れちゃったみたいです。レイモンドさんは大丈夫ですか?」

「うん、胃のむかつきはあるけど耐えられないほどじゃないよ。事前に薬を飲んだお陰もあるかもね」

「移動後すぐに戦闘という場合もあるかもしれませんから、良かったです」

 頑張って作ったかいがありました、とばかりにアルズが笑顔で親指を立てる。

 悪気はないのだろうが、レイモンドは苦笑いで答えた。

「はぁ。働きすぎな気がするんだよねぇ……」

「依頼を受けてるわけじゃないから余裕はあるでしょう? ちょっと気持ち悪い程度ならそのうち治るでしょうし。それでもダメならじっとしてた方がいいわ。私が父様のぶんまで活躍すればいい話だもの」

「ルーチェは親孝行だね」

「まぁ、お兄様(・・・)もいるのですから、心配なんてしていませんわ」

「ふふふ」

 幼い少女が腕を組みながら事も無げに言う。その自信は自分の力を理解しているからであり、一人ではないからだろう。

 素直に褒められて悪い気はしなかったのか、ルーチェはご機嫌だ。

 一瞬驚いたような表情をしたアルズだったが、すぐに設定を思い出して笑う。

「微笑ましい兄妹ですね。頼りになるお子さんがいてお父様も安心なのでは?」

「はー、オールソン君の笑顔が怖いんだけど」

「模範的な神官の態度ですよ」

「うわー、精霊ちゃん助けて」

「アルズは強くて可愛いです。ルーチェは可愛くて可愛いです」

「それはそう!」

 真面目な顔をしてそう言ったコスモスに、一瞬何か言いたげな表情をしたレイモンドだったが力強く同意した。

「それはそうなんだけど、危険だからせめて大人の人と一緒にが一番だよネ」

「アルズがいれば大抵大丈夫だと思いますけど」

「それは……そうかもしれないけどさァ」

「父親として心配なのは分かりますが、二人とも御息女と違って引き際はちゃんと分かっていますから大丈夫だと思いますよ?」

「そうなんだけどね。寂しいじゃん」

「……軽く悪口言われてる」

 笑顔でレイモンドの肩を叩くトシュテン。レイモンドは苦笑しながら目を細めて愛娘を見つめた。

 その頭上では、さらっと悪口を言われたコスモスが不満そうに小さく唸る。

「事実ではありませんか」

「そうかもしれないけど、迷惑はかけてないつもりですよ」

「そうですか?」

「私はその数には入っていないぞ。マスターに従属するものとしては、主人が無茶をしようがあまり関係はないからな」

 あまりにひどい場合だとさすがに怒ることもあるだろうが、基本的にコスモスが飛び出る前にアジュールが飛び出している場合が多い。

 最近ではそこにアルズも加わっているのでコスモスの出番はあまりない。

 最近の戦闘は後方で防御壁を展開させながら、ちまちまと魔法で攻撃している。安全が一番なのだから、とアルズとトシュテンに言われては下手に動くわけにもいかない。

(認識されにくいから油断してるっていつも言われるからなぁ)

「そうね。アジュールは地の果てまでついてくるでしょうし」

「御息女様」

「いなかったらいなかったで、本当に困る?」

 咎めるように呼ばれたがコスモスはため息をついてそう尋ねた。

 彼が優しくしてくれるのはマザーの娘だからであり、それ以上も以下もない。

 最終的にマザーに害が及ぶようであれば、秘密裏に自分を処理することすらするだろうとコスモスは思っていた。

(それが悪いとは思わないけどね。死ぬのは嫌だけど、オールソン氏にとってそれだけマザーが大きな存在なのも分かるから)

 自分がそれだけ大したことはないものだと思っているだけに、何があってもついてきてくれるのはアジュールとアルズだけだろうと思っている。

(その二人にも裏切られるようなことがあったら、その時に考えるしかないわね)

 想像したくはないが、そんな展開もあるかもしれない。

 万が一はどれだけ考えても足りないくらいだ。

 思い悩むのも良くないぞ、エステルの声がどこから聞こえたような気がして彼女は小さく笑う。

「ところで、ここって水の神殿の近くなのよね? なんだかダンジョンみたいだけど」

「水の神殿近くにある遺跡の一つだと思いますよ。神殿管理下ですから」

 相手の答えを聞く前に話を変えるコスモスの質問に、トシュテンは顔色一つ変えずにそう答えた。

「神殿管理下か。魔物の心配もなさそうだな」

「残念そうに言わないで。体力温存できて何よりじゃないの」

「それはそうだが、ちょっとくらい遊ばせてくれてもいいだろうと思うもんだ」

 つまらなそうに鼻を鳴らすアジュールにルーチェは眉を寄せる。

 しかし、獣に通じるわけもなく彼女は諦めたように父親の頭上に鎮座するコスモスを見上げた。

「水の神殿には連絡しているんだから、早く移動しましょう」

「そうだね」

 水の神殿には事前に連絡しており、滞在も快く許可されている。

 水の大精霊に会って精霊石をもらえれば目的は達成するのだがそうすんなりいくかどうか。

 すんなり終わってほしいなと思いながら、コスモスはレイモンドの頭上で気合を入れ直した。



 フラグ回収というべきか、それとも破壊と言うべきか。

 どっちが最適なのだろうと思いながらコスモスはルーチェの膝の上で考える。

 目の前には温かいお茶の入ったカップが二つ。

「御迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ、そういう状況になっていたのなら仕方ないでしょう」

 ペコペコと何度も頭を下げるのは巫女の身の回りの世話をしている神官である。

 トシュテンは穏やかにそう告げて、彼女に座るよう促した。

「巫女様が行方不明になられてから、大精霊様の姿も見えなくなり、そんな矢先にこんなことまで」

「巫女様が行方不明になったのは、こちらから連絡を受けたすぐ後だと伺いましたが」

「はい。巫女様も大精霊様も御息女様がいらっしゃるのを楽しみにしていたのですが、急に姿を消してしまって」

「陛下に報告は?」

「もちろん、致しました。露見すると大騒ぎになるから内密で捜索をすると約束してくださって。私達も通常業務をこなしながら探しているのですがどうにも進展せず……」

 心労もあってろくに眠れていないのだろう。顔色も悪く、彼女が今にも倒れてしまいそうだ。

「そこに、神官長を名乗る男が他の神官を連れて私達を迎えに来て、その場で殺そうとしたということね」

「はい。まさかあの男がそんなことをするとは想像もしておらず……。巫女様が不在だというのに水の神殿の威信が失墜するようなことをするだなんて」

 全て自分の責任だといわんばかりの雰囲気は可哀想だと思うが、彼の裏切りに気づけなかった落ち度もある。

 完璧な演技で騙していたにしろ、これが露見すれば教会は神殿に対してその責任を問うだろう。

 微妙なバランスで保たれていた力関係が一気に傾く可能性が高い。

 当の本人が無事なのだからいいじゃないかとも思うが、本人達はそう思っても周囲はどう思うか。

 これ幸いと神殿を責め立て、神殿の持つ力を奪おうとするかもしれない。

「遺跡から出た途端のお迎えは嬉しかったんだけどね。精霊ちゃんがすっ飛んで行って彼が失神したお陰で助かったわけだ」

「誰かさんには怒られそうな行為だけどね」

「ゴホン。それはそれ、これはこれです」

 レイモンドに撫でられながら、あえてトシュテンを見ずにコスモスはそう呟く。

 わざとらしい咳をしたトシュテンは苦々しい表情をするだけで怒ることはなかった。

 コスモスを認識できない神官は心配そうにトシュテンの言葉を聞いている。

「お兄様の反応も素早くて凄かったわ」

「マスターに続いて先輩も飛び出しましたからね。体が勝手にってやつです。ルーチェも瞬時に防御壁を出すんですから素早い反応だと思うな」

「これでも場数はあるから」

 遺跡を出て水の神殿神官長を名乗る男を始めとした神官達に出迎えられた。

 恭しく礼をしつつ、自分の欲望を語り出す前にコスモスが突進して自称神官長を貫いたのだ。

 貫いたとはいうがただすり抜けただけなのだが、自称神官長は高笑いしかけたところで失神。

 動揺し攻撃態勢に入る前にアジュールとアルズに気絶させられる他の神官達。

 今思い返しても鮮やかだと満足気に頷くコスモスに、アルズの影に潜んでいたアジュールの笑う声が聞こえた。

「地下牢に入れてはいますが……」

「尋問は私がしましょう。神殿の者ではないので不安だとは思いますが、事が事ですので」

「いえ、不安にはなっておりません。寧ろ御迷惑をおかけした挙句、手を煩わせてしまうのが心苦しくて」

「お気になさらず。皆さんはゆっくりお休みくださいね。アルズ君、来ますか?」

 今にも倒れそうな顔色になってきた神官が心配でコスモスは近くにいた水の精霊を彼女の近くに向かわせる。

 精霊は見えるのか、一瞬驚いた表情をした彼女だったが柔らかい光を放つ精霊を見て少しだけ顔色が良くなった気がした。

「えっ、マスターのお世話が終わって暇になったらいいですよ」

「では、気が向いたら来てください」

(あぁ……これは)

 何となく察したコスモスはため息をつく。どうやらレイモンドも分かったのか彼は小さく笑ってあやすような仕草でコスモスを軽く叩いた。

 案内された部屋はルーチェとの相部屋で、彼女は疲れたとばかりに軽食をとるとすぐに眠ってしまった。

 規則正しい寝息を聞きながら疲れがたまっていたのだろうとコスモスはずれた毛布を直してやる。

(神殿内の人数が明らかに他よりも少ないわね。これも自称神官長のせい?)

 巫女が行方不明で大精霊の姿も見えないということも気になる。

 すんなりいって終わると思っていたのに、やはりその考えは甘かったかとコスモスはアルズが入れてくれたお茶を飲んだ。

 ふぅ、と息を吐いて部屋の扉をすり抜けようとして大きな手に押さえつけられてしまった。

「うぐっ」

「はぁ。精霊ちゃん、お休みしなきゃいけないのにどこにいくつもりなのかなぁ?」

「と、トイレ?」

「ははは。はい、お部屋に戻っておねんねしようねぇ」

 にこにこと笑顔のレイモンドに押さえつけられながら部屋の中へ押し戻されそうになる。

 踏ん張っていたコスモスは、フッと力を抜いてすり抜けたが再びつかまってしまった。

 不満げな声を上げる彼女を頭上に乗せ、レイモンドは室内へと入る。

 すうすう、と寝息を立てている愛娘を確認しその頭を軽く撫でると室内にある椅子に腰を降ろした。

「さて、ここで見守っててあげるからおねんねしようか?」

「レイモンドさん」

「だーめ。三人に任せておきなさい。後で何があったか聞けばいいだけだから。今はおやすみ」

「ムムム……はぁ」

「おや、意外と抵抗しないんだ」

 彼がこうしてここにいるということは絶対に自分を目的地に行かせないためだということくらい分かる。

 それを無視して床をすり抜け目的地に行くこともできるが、行ったところで無駄な気がしてきたのだ。

「終わってるかもしれませんし。近づけさせたくない理由は分かりませんけど、気力体力回復して備えろってことならその通りですから」

「わー、聞分け良すぎぃ」

「到着した頃には終わってそうですし」

「ははは、それはあるかも」

 レイモンドが残ったのは万が一の為だろう。神殿内にいて万が一なんて縁起でもないと思ったコスモスだったが、土の神殿内で起きた出来事を思い返して眉を寄せた。

「さぁ、おやすみ」

「はいはい、おやすみなさい」

 ぶつぶつと愚痴を零しながらベッドへ移動するコスモスを見つめてレイモンドは笑う。

 少し声が大きかったせいか、ルーチェが唸る声が聞こえて彼は慌てて口に手を当てた。

「抜け出したりしないので、レイモンドさんも部屋に戻っていいですよ」

「精霊ちゃんが寝たのを確認したら戻るよ」

「……はぁ」

 信用されてないのかと思ったコスモスだったが、それを尋ねるのも面倒でため息をつく。

 ごそごそ、と毛布を捲って潜り込む様子をレイモンドは優しく見つめていた。


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