228 さりげない優しさ
眠るたびにどこかしらに飛んでしまうのは自分の気が緩んでいるからなのか何なのか。
何かに呼ばれてしまって、それに気づかぬまま導かれるということもあるだろうがその場合はどうしようもない。
事前に分かれば避けられるだろうが、気がついたらそこにいましたパターンはお手上げだ。
それでも危機的状況であれば勘が働くか、管理人が察知して回避するだろうから大丈夫だろうとコスモスはアジュールを見た。
(私に何かあればアジュールも察知するだろうし。水の神殿に行って精霊石をもらうことを考えないと)
移動は転移装置があるので心配ないだろう。
そんなことを思いながら遅い朝食を摂る。
休んでいた部屋でコスモスと同じように朝食を摂っているのはレイモンドだ。
ルーチェは他の皆と先に食べたらしく、食後は図書室へ行くと言ってこの場にいない。
「いやぁ、ごめんネ。精霊ちゃんまで巻き込んじゃったみたいでさ」
「いえいえ。私もぐっすり寝ていたので」
絨毯の上で伏せて目を閉じているアジュールはいつの間にかそこにいた。
神出鬼没なのは今更なので驚くこともないが、いつもよりくつろいでいるように見える。
(神殿でも一応受け入れてはくれたけど、相性悪いみたいで緊張してたのかしら)
誰かの影に入ってはいたが、気休め程度でしかなかったのだろうか。
「精霊ちゃんのおかげで、ボクもぐっすりだったから助かったよ。このお屋敷は安全だって分かってるから気を張ることもないしね」
「油断は禁物だぞ」
「分かってるってー」
寝ていなかったらしいアジュールが目を伏せたままそう指摘する。
レイモンドは驚くでもなく笑いながら答えていた。
「ごめんね、精霊ちゃんたちは早く水の神殿に行きたいでしょ?」
「急いだところでどうしようもないですから大丈夫ですよ。先方には連絡を入れてますし」
「いざとなったら置いていくから心配するな」
「あらー、やっぱり辛辣だねぇ」
そうは言うもののレイモンドの表情は楽しげだ。体調も良くなったのだろう、食の進みも良い。
「優しくしてやろうか?」
「うへぇ、そっちの方が怖いよ」
軽口を叩き合う二人の声を聞きながら、コスモスはサラダを全て平らげてお茶を飲んだ。
「次に転移装置で移動する時にはレイモンドさんの頭に乗ることにしますね。恐らく、気休め程度だとは思うんですけど」
「ありがとう。そうしてくれるだけでもありがたいよ」
「お前だけ別路というわけにもいかないからな」
「ははは、ルーチェと離れるくらいならあの程度我慢するって」
笑いながらそう告げるレイモンドだが、顔色は悪い。
恐らく転移装置で移動した時の気持ち悪さが蘇ってきたのだろう。
「一応、酔い止めがあるか聞いておけ。あるなら飲んだ方がいいだろう」
「あぁ、そうだね……はぁ」
「しかし魔力酔いとはまた面倒だな。しかも転移装置での移動時が一番ひどいのか?」
「うーん、そうだね。魔道具によっては気持ち悪くなったりするけど、一番症状がひどいのが転移装置かなぁ」
相性だからしょうがないんだよね、と呟きながらレイモンドはお茶の入ったカップを見つめた。
「ならば短期間での連続使用は控えていた方がいいかもな」
「いやいや、大丈夫だよ。精霊ちゃんだって一緒にいてくれるし。この程度で音を上げたらやっていけませんよ」
ただ自分が気持ち悪くなるだけで、少し使い物にならない荷物になるだけだからと付け足すレイモンドは開き直ったように笑っている。
父娘の二人旅ならば転移装置を使うことがないのでこんなことにはならなかっただろう。
そもそも転移装置を使える頻度も少ないだろう。
「転移装置って、基本的に許可申請出して前金払ってから、申請が降りてお金払って使用させてもらうのよね?」
「あぁ、そうだね。庶民は気軽に使えないし使う気もないだろうね」
「神殿や教会内にあるだろう転移装置も許可が下りなければ基本使えないぞ。この家にある転移装置だって家主が貴族だから使えるだけだ」
「遺跡にあったりする転移装置も、その管轄によって変わるのかしら?」
国の管轄だったり、教会だったり神殿だったり。
管理しているところごとに申請を出さなければいけないのなら面倒だなとコスモスは呟いた。
「いやぁ、精霊ちゃん」
「はい?」
「あのね、基本的に遺跡の転移装置っていうのは、どこの管轄であろうと許可申請はおりないと思うよ」
「え、そうなんですか」
「うん。だって、起動できないからね」
使用可能状態の転移装置が少ないからこそ、値段も高く申請して許可が下りた日時でなければ使えない。
子供に説明するかのように優しく説明するレイモンドに対し、アジュールは呆れたようにため息をついた。
「起動……できない」
レイモンドの言う通り、転移装置は定期的なメンテナンスを必要とする。動力源がなければ稼動しないし、万が一稼動していたとしても転移先がどこになるか分からない恐ろしいランダム仕様となる。
(そっか。ゲームとかみたいに古の謎の技術力で人が近づけば起動とか、そんな感じに……なるわけないよね)
「どこに飛ぶか分からない、最悪バラバラになるかもしれないから馬鹿じゃない限りは使わないよ。まぁ、起動できないから使えないんだけどね」
「あーバラバラになっちゃうのは嫌ですよね」
「複数で乗ってバラバラという意味もあるが、体がバラバラということもあるぞ」
「えっ」
思わずアジュールを見つめてしまったコスモスだが、彼は冗談を言っているような雰囲気ではない。
「そうだね。肉体と精神の分離とかなっちゃうと見た目はそのままだけど廃人とかになっちゃうよねー」
「ええっ」
メンテナンスがいかに大事なのか良く分かる話だと思いながら、コスモスはふと考えた。
まともな肉体がない自分ならば、転移先がランダムなだけで済むのではないかと。
どこに飛ぶのかは分からないが、ちょっと試したい好奇心もある。
(今のこの状態じゃなかったらそんなこと考えもしなかったんだろうけど。ランダムに飛ばされた先でも何とかなるって思っちゃうのよね)
油断して自らの寿命を縮めたいのか、とアジュールに怒られてしまいそうだがしょうがない。
「はぁ。とりあえずご飯食べたのでこれからのことを話しましょうか。準備が出来次第、水の神殿に移動でしょうけど」
「そうだね。ボクは酔い止めないかどうか聞いてみようかな。あぁ、これは片付けておくから精霊ちゃんはここにいて」
「ありがとうございます」
「いえいえ。ルーチェの様子も見てきたいから」
ウインクをしてトレイに空の食器をのせたレイモンドはそのまま部屋を出て行く。
彼を見送った後、置いてあった乾いた布を濡らしてテーブルを拭く。
「で、今回はどうした?」
「うわぁ、いきなりですか」
レイモンドが去ってから周囲の気配を探ったのか、アジュールは何かを含むような物言いでコスモスに問いかける。
何もない訳がないとでも言いたげなその表情に彼女はため息をつくしかなかった。
「まぁ、色々ね。あまり目立った情報は得られなかったけど」
「そうか」
「そうそう。四属性の精霊石を集めてぶつけ合わせれば私の望みは叶うんじゃないかって」
「確かに、目立った情報はないな」
「そうなのよ」
「どうせ集まるのは確定なのだから、それからどうするか聞いてくれば良かったのではないか?」
もっともなことを言われてしまいコスモスは言葉に詰まる。
動く鎧は全ての精霊石が集まったらと言っていたが、今からでも会いに行って無理矢理聞いてくるべきだろうかと考えた。
「そうよね……」
「聞かなかったなら仕方あるまい。そう急ぐことでもないのだろう?」
「うーん、急ぎたいといえば急ぎたいけど」
「そうか。ならば時間はまだあるだろうから、聞いてくるといい」
それはつまり見張りをしているから聞いてこいということか。
せっかくアジュールが言ってくれているので、言葉に甘えてコスモスはベッドへと移動した。
深呼吸を繰り返して空の塔を思い浮かべる。動く鎧を強く思い浮かべたが、イラッとしてしまった。
(いけない、集中しないと変な場所に出るかも)
思い浮かべるは空の塔。それを強く思い浮かべてコスモスはゆっくり眠りに落ちて行った。
「便利は便利だが、考えものだな」
すぅ、と寝息を立てて眠りに落ちた主人を見つめていたアジュールはそう呟いてため息をついた。
「アルズ、悪いがマスターは寝ている」
「そのようですね。お邪魔しちゃいましたか?」
「いや、起こさなければ大丈夫だ。何かあったのか?」
「いえ、オールソン氏が心配していまして。今後のことについても話したいと言っていたので」
小声でアジュールと話すアルズはそう告げて彼の反応を窺った。
一時期彼に対してライバル心を抱いていたとは思えぬくらい、信頼している表情でアルズはアジュールを見つめていた。
「そうか。予定はこのまま転移装置で水の神殿内に移動か?」
「はい……多分」
「多分?」
「なにやら、頼まれごとをされそうな感じだったので」
これはまた直接水の神殿には行けないということか、とアジュールは目を開ける。
うーんと唸りながら顎に手を当てるアルズも困ったように眉を寄せていた。
「寄り道か……。マスターは特に急いでいないからそれもまた良し」
「ふぅん。先輩は優しいですね」
「ふん」
レイモンドの体調を気遣ってのことだと察したアルズがそう言うも、アジュールは鼻を鳴らすだけ。
にこにこと笑顔の後輩を軽く睨みつけるが、アルズは笑顔を崩さない。
「分かりました。そう伝えておきますね」




