227 仲良しになりました?
ぽかん、とした顔をしてにこにこと微笑むライトは相変わらずの雰囲気でそこにいる。
優雅にお茶を飲み、驚くコスモスを優しく見つめてウインクをする。
「え、詳細は残ってないって……分からないはずでは?」
「表向きにはね。下手に残しておくと探す輩がいるでしょう?」
「確かに」
「全く残っていないわけじゃないけど、簡単には入手できないようになっているんです。ほとんどは教会に押収されてるはず」
いくら禁止しても完全になくなったわけではない。
コスモスのような存在がいるのが何よりの証拠だ。
(メランに弟子くん。ココさんもか)
他にもいそうだと思ってしまってコスモスは嫌な顔をした。
これ以上面倒なことが増えるのは避けたいからだ。
「そこまでして、呼びたいものですかね」
「そうですねぇ。私にも分かりませんけど、ダメだと言われるものほど試したくなるとかそういうものなのかもしれませんね」
「えぇ……迷惑ですね」
「迷惑ですね。世界征服したいのか、戦争したいのか良く分からないですが。そうポンポン召喚されるのは迷惑以外のなんでもないのに」
双方の同意があればまた違うのだろうが、基本的には一方的な召喚だ。
勝手に呼び出され、願いを叶えろと言われる。帰ることもできず、逃げ出そうにも首輪があるため叶わない。
(それでも無事に帰れた人はいるとあの鎧は言っていたけど)
「処罰はないの? もしくは、事前に防ぐ方法とか」
「うーん、難しいですね。怪しい組織や団体は監視されてるでしょうけど、漏れるところも多いでしょうし。個人ともなれば尚更先に防ぐのは難しいでしょうね」
「難しい術をやろうとしているんだから、バレないようにするのもお手の物ってことかしら」
「そうかもしれませんね。自分の命を賭してまでやることとは思えませんが」
本当にそこのところは理解不能である。
怒りが先立ってしまう自分を宥めながらコスモスはため息をついた。
ライトは興味なさげに軽く横に首を振って呆れたような顔をしている。
「物好きはどこにでもいるものね」
「ええ。一応、禁術使用の処罰は死刑なのはどの国も変わらないはずですが、表に出てくる前に処分されて終わってしまうでしょう」
「ああ」
納得したように呟くコスモスにライトは笑う。
表に出る前に裏で処分してしまえば、禁術使用の話題すら出ずに終わる。
(教会が資料を押収してるのが事実ならマザーは知ってて知らないふりをしてるってことになるわね。良く考えれば、資料はあるけど帰還に関する情報は少ないかないってところかな?)
教会は表立って政治介入することはないようだが、それでも独自の強力なネットワークを持っているのは事実だ。
(確信はないけど、オールソン氏は私の監視と禁術使用者とかの処分も担当してそうね)
本来なら気配を消して遠くから監視しているつもりだったのだろうが、不測の事態で行動を共にすることになったのだろう。
(本人に聞いたところで素直に答えてくれるわけもないし。害がないならいいか、って感じだものね)
メランを追うのも彼が異世界人で、こちらの世界で好き勝手やっているからだろう。
(しかし、教会のためならマザーの娘である私を利用しても構わないってところが……うん。仕事に忠実で教会に忠誠を誓ってるんだからいいことなんだろうけど)
突然出現したマザーの娘という存在に疑念を抱いているのだろう。
いくらマザーのお墨付きであっても、こんなのが本当に娘なのかと自分なら疑問に思うとコスモスは一人頷いた。
(どんなに大事に思ってるなんて言われても信用できないのはそういうところなのよね。教会やマザー、女神に対する忠誠は疑いようのないものだろうけど)
「どうかしました? 難しい顔をしていますが」
「もっとあっさり終わるものだと思っていたので、随分と余計なことばかりしてるのかなと。最初は黒い蝶を追ってたはずだったのになぁ」
「……」
黒い蝶にも謎が多い。その生態を研究している人もいるらしいが、帰還に関係なければ寄ることもないのだろう。
幸福の蝶と似ていて全く違うもの。
「黒い蝶? 女神の使いと言われる幸福の蝶のことですかね」
「あれ、知りませんか? 幸福の蝶に良く似た蝶なんですけど、本物より少し小さめで群れてることが多いんですよね」
ミストラルでの成人の儀にて大量発生した黒い蝶の話は有名だ。
結局、その犯人は弟子だったわけだが、各国でも幸福の蝶に良く似た蝶の姿が目撃されている。
幸福の蝶に対して黒い蝶は、災いを呼ぶ目印のようになっていて一般人ですら知っているはずだがとコスモスは首を傾げた。
「ああ、ごめんね。私がいるところは大陸から離れている山奥の場所にあって、外との交流があまりないんだ」
しかし、困ったように笑うライトの言葉にそれならば仕方がないと頷く。
「ということは、ライトさんの周辺に黒い蝶はまだいないってことですね」
「そうなるかな」
地図で目にした島はいくつかある。火山が活発な島や、ぽつんと離れた場所にある小島。周囲を険しい山で囲まれている島もあったが、ライトはそのどれかの島に住んでいるのだろう。
「そうか、幸福の蝶がいるから……」
「ん? 何か言いました?」
「いや、何でもないよ」
気のせいかと首を傾げていたコスモスはお茶を飲んで一息つく。
何だかんだ言いながらこの雰囲気にも、ライトとの会話にも慣れてしまった自分が怖い。
「随分と大変なことばかりに巻き込まれているね。何となくそんな感じはしたけれど」
「……」
「うん、現状もかなって顔をしてるよね。いや、怒ってないから大丈夫だよ」
そんなに顔に出てしまっていただろうかとコスモスは自分の顔を触った。
もっと平常心を保たなければと思うものの、相手がライトならそれも無理な気がする。
「私の話を聞いての適切なアドバイスや、良い情報は何かあります?」
「うーん、そうだね。やりたいようにやればいいと思うけど」
「投げやり……」
コスモスを尊重してくれて優しいと受け取ればいいものを、彼女は突き放されているような感じがして思わずそう呟いてしまった。
「ごめんなさい、気にしないで。結局のところ、私が自分でどうするかだものね」
「あぁ、こちらこそごめんね。もっと優しく気の利いたことが言えればいいんだけど」
「ああしろ、こうしろ、って言われた方が楽でそれを求めていたところもあったから」
「私が言ったところでその通りにするのかな?」
「そうね……しないかも」
一応話は聞くが、実行するかどうかは別だろう。
自分がやろうとしていることを肯定して欲しいだけかとコスモスは変な顔をしてしまった。
「信用してくれるのは嬉しいけど、面倒だからって相手の言う通りに動くのもどうかなと思うよね」
「うっ」
「貴方は完全な被害者だから、我儘を言っても良いし不満をぶつけても許されると思うよ。でも、どうしても叶えたい願いがあるなら頑張るしかないよね……一応この世界の住人としては申し訳なく思うけど」
我儘を言って、不満をぶつけて暴れたところで望んでいるものは得られない。
それが容易に想像できるからこそ、自分でどうにかするしかないのは分かっているつもりだがとコスモスはため息をついた。
女神に文句を言うも、笑顔で謝罪された挙句に協力するようにと言われて終わってしまった。
(本当に女神とか神とか、精霊以上に話が通じなくて怖いわ。仮にも神なのに帰せないってどういうことなのよって話だけど)
女神が嘘をついている可能性もあるが、嘘をつくメリットは何か。
(いい手駒を見つけたから自分の代わりにってところかな? 後になって帰還方法思い出しましたなんて言われてもこっちは文句言えないし)
それだけの明確な力の差というのは嫌というほど感じた。
逆らいたいけれど、有無を言わせぬプレッシャーは思い出しただけでも体が震える。
頭が重い、とため息をつくコスモスを優しい眼差しで見つめてライトは懐から何かを取り出す。
「わぁ、綺麗」
「私が貴方にできる手助けといえば、このくらいです」
「宝石ですか?」
「そのように加工してありますが、飴ですよ。樹液、薬草、花の蜜や果実を調合して作ったものです」
「ダイヤモンドみたい」
ライトの説明を聞きながら、拳大はある眩い煌きを放つ透明な飴を見つめる。
コスモスにもなじみがあるラウンドブリリアントカットのそれは、ずっと見つめていても飽きない魅力を持っていた。
色々な素材を使って作られているはずなのに、ここまで透明になるのかと驚いているコスモスの口にライトがそれを押し付ける。
「むぐ!」
「はい、食べましょうね~」
「飴……? 溶ける!」
「固い飴がお好きならそちらもありますよ。保存に向いてますよね」
拳大のダイヤモンド飴がコスモスの口の中に入るとすぐに溶けてしまう。
微かに甘酸っぱい味がするがすっきりとしている。
気がつけばぺろりと平らげてしまったコスモスは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
(特に目立った能力向上とかはないわね。管理人の反応もないし……)
「これで更に精霊の力を使いやすくなったはずですよ」
「そうですか」
「ふふふ。実感がないですよね。それだけ貴方に馴染んだということでしょうが」
試しにコスモスがパチンと指を鳴らせば出現した炎が風を纏って逆巻いている。
自分でも驚くほどの火力に戸惑うコスモスに、ライトは指を振ってその炎を消してしまった。
「うんうん、いい感じだね。火力も前より増しているんじゃないかな?」
「そうですね。ちょっと、驚きました」
「貴方の場合、珍しいことに火に聖なる力が付属しているようだから……って、あれ聖炎じゃない? レサンタの」
「えっ……そうかなぁ?」
ビクッとしたコスモスだが態度には出さないように気をつけた。
思ったほど動揺しなかったのは、自分が図太くなってきたせいかと思いながら首を傾げるライトを見る。
ちょっと見ただけなのに聖炎だと気づく彼はやはり只者ではない。
「ふふふ。やっぱり楽しいね」
「え?」
「ううん、こちらの話だよ。貴方と仲良くなれて良かったと思って」
(仲良く……なれた?)
確かに最初の頃に比べれば距離は近くなったように思うが、仲良しと呼ぶにはまだ遠い気がする。
そんなコスモスとは違ってライトはとても仲良くなれたと思っているらしい。
(本人が嬉しそうならいっか)
嬉しそうな様子に水を差すような真似はしたくない。
「とりあえずの方針は水の精霊石を得るのを最優先でいいと思うよ。各属性の精霊石を集めてからどうするのか、貴方には考えてることがありそうだから」
「そうですねぇ」
(何も考えてないけど。集めたらまたあの鎧に合って、どうするのか聞かなきゃいけないだけで)
「貴方にも良案があるんですか?」
「うーん。さっきも言ったように各属性の力をぶつけ合わせて、時空の歪みを発生させるのが一番ですね。それより良い方法は思い浮かびませんし」
精霊から直接授かった精霊石があれば足りるだろうが、強力な力をぶつけ合わせた時に発生する時空の歪みが上手く出現するかどうかは分からない。
「望んだ場所に望んだ状態で帰れなかったら意味がないんですが」
「座標固定と五体満足健康状態でということですよね。ふーむ……できないことはないでしょうが、難しい調節になるでしょう」
「方法はライトさんがある程度知ってるからですか?」
彼が強力してくれるなら情報収集の手間も省ける。
(動く鎧に、夢世界の美人さん。どっちも怪しい協力者よね)
そして何より人魂の異世界人である自分が一番怪しいのはコスモスも自覚していた。
「そうですね。貴方にそう言ってしまったからには協力しないわけにはいきません」
「いや、無理にとは言いませんよ」
「はぁ。ダメですよコスモス。もっと、貪欲にならなければ」
もっと食いついてきてください、と目を輝かせながら言われても困る。
コスモスにも全てを犠牲にしても叶えたいという強い思いがあればいいのだが、そこまでではない。
何としても帰りたいとは思うものの、できれば平穏に帰りたいのだ。
それは恐らく、召喚には多数の犠牲も有り得ると知ったからだろう。
「もっと?」
「そうですよ。はぁ……そういうところも面白いですけど」
「えっ、面白い?」
「はい。だからこそ、貴方と仲良しになれて良かったと思うのですよ」
それは褒められてはいないよね、と思ったが管理人の返答はない。
コスモスが去った後、お茶を楽しんでいたライトは穏やかな顔をして笑う。
「本当に楽しいひと時でした。面白い人ですね」
穏やかな声でそう言いながら、彼はコスモスとのやり取りを思い出した。
「これで私にも仲良しさんができましたね。ふふふ、嬉しいです」
コスモスが聞いていたら微妙な反応を示しただろうが、ここには彼しかいない。
上機嫌なライトの鼻歌がいつまでも響いていた。




