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222 ひとりごと

「はぁ。そう簡単にいかないとは思っていたけど、本格的に邪魔してくるとはね」

「話し合いでは解決しないと思うのよね」

「そうね。それですむんだったら苦労しないわ」

 分かってはいるけど、願ってしまう。

 しかし、叶わないと知っている上での願いだから滑稽なものだ。

 本気で叶うなんてこの場にいる誰もが思っていないだろう。

「それにしても神殿内の礼拝堂に敵を招くなんて、あの大精霊は何を考えてるのかしら」

「さあ。精霊、とりわけ大精霊なんて高位存在の思考はヒトなんかが想像できないものでしょう?」

「それはまぁ……そうねぇ。基本的に性格難とされてる大精霊だけど、巫女との関係はどの時代も良好よ」

「でも、巫女様は大精霊様に巫女として選定された時点で人の理からは外れると聞きましたけど」

 風の大精霊に向かって悪態をつきながら眉を寄せるノア。

 あの時は大変だったと思い返していたコスモスは、巨大な手が出てきて凄かったとジェスチャーを交えながら説明する。

 そんな中、ぽつりと弟子が呟いてノアはため息をついた。

「それでも巫女は大精霊の言葉を伝え、人と繋ぐ役目を持っているわ」

「巫女の選定は大精霊自らの指名よね。昔、その選定をコントロールしようとして失敗した司祭や神官、貴族の話が残ってるけど」

「あぁ、いつの時代どこの国も変わらないものよ。神殿を支配下に置きたがる教会内一部の者による暴走は珍しいものじゃないわ。バレたら速やかに処理されるだけなのに」

「処理って……」

「もちろん、教会側の手によってね。教会は大精霊の住まう神殿に介入することはないわ」

 そうはっきり告げるノアはコスモスを見つめて笑った。

 何がおかしいのかとムッとするコスモスに、彼女は「貴方の母親がそんなことを許す性格だと思う?」と笑った。

「それは思わないけど、全部を知ってるわけじゃないし。マザーにだって知らないこともあるでしょ?」

「だから、その情報が入って裏が取れたらってことよ」

「手遅れにならないの?」

「ならないわ」

 コスモスと同じことを思っていたのだろう、離れた場所でちょこんと座っていた弟子も彼女と同じように首を傾げている。

「世界中に教会関係者の動向を監視する者がいるもの。裏切り者は内々で処理するのが一番でしょう?」

「それはそうだけど。そんな迅速にできるものなのかなって不思議に思っただけ」

「ふふふ。教会関係者でなくとも、情報提供者や協力者は世界中にたくさんいるから」

「……なんか、怖くなってきた」

「今更じゃない」

 そう言われても、とコスモスは呟いて柔和な微笑をするマザーの姿を思い浮かべた。

 時に厳しくもあったが、基本的には優しいとコスモスは思っている。

 彼女に出会っていなければ、今ここに自分は存在してないだろう。

 大げさだと笑われるかもしれないが、コスモスは本気でそう思っている。特に、色々なことを経験した今となっては、あの時あの場所でマザーに会えたことは幸運だろう。

(自縛霊のように彷徨っても除霊されることもないんだから、悪霊化しててもおかしくないもの)

 そもそも、悪霊になれるのかも疑問だが。

 自由気ままにフラフラと色々な場所を旅していた可能性もある。

(でも、元の世界に戻れなかったら意味がないのよね)

 知らない場所での観光を楽しめるのはせいぜい最初の一週間くらいだ。

 いつでも自宅に帰れるという安心感があれば、長期旅行も可能だろうが知らない世界となればパニックにもなる。

 時が経ってどうにもならないと悟るまでどれほどの時間を要するだろう。

(何度も考えることだけど、何度考えてもゾッとするわね。よくもまぁ、生き延びてここにいるわ。うーん、生き延びて? 生き延びて、る?)

「何を百面相しているのよ」

「あぁ、ごめん。ちょっと考え事をして」

「とにかく、強引に襲撃する存在は教会にとっても厄介だってことよ」

「つまり、教会側も神殿で起こった事件については把握していて、独自に動いてるってこと?」

「でしょうね」

 ふとコスモスの頭に笑顔のトシュテンが浮かんだ。彼なら教会に色々と報告していそうだが、聞いてもはぐらかされるだけだろう。

 第一、マザーの娘であるコスモスが各神殿を巡っているのはマザーも知っている。

 娘が危険な目に遭っているからと理由ができてしまう。

「神殿側は、教会の積極的な介入は望まないでしょう?」

「うーん、どうかしらね。別に対立していたり仲が悪いというわけではないから」

「そっか」

「厄介ごとを解決してくれるなら、どうぞって感じじゃないかしらね」

 それも大精霊の意志なのだろう。

「はぁ。すっかり忘れてたけど、私が経験してきたことは詳細にマザーの耳に入っているのよね」

「恐らくね」

「はぁ……。特に何も言われないのが怖いわ」

「私が言うのもなんだけど、気にすることないわよ」

 軽く肩を竦めて笑うノアは席についてから何も口にしていないコスモスにケーキをすすめる。

「そうね。オールソン氏が同行してて情報がいってないわけないものね」

「そういうことよ」

「ということは、彼が見ていないことは報告できないってことよね」

「当然でしょう。マザーが貴方に同調(リンク)でもすれば別だけど」

同調(リンク)?」

 すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干すと、いつの間にか横にいた弟子がスッとお代わりを注いでくれる。

 ありがとう、と礼を言えば彼は再びその場から離れた。

「精神干渉とでも言うのかしらね。対象と精神を同調(リンク)させて、記憶を見たり操作したりすることよ」

精神感応(テレパシー)みたいな?」

「そうねぇ。精神感応(テレパシー)だけなら同調(リンク)は必要ないわね。どちらにしてもお互いの了承のもとで行われるのが基本よ」

 嫌な予感がするぞ、とコスモスはノアの言葉をじっと待つ。

 目が合えば、少女はにっこりと愛らしい笑顔を浮かべた。

「もちろん、力が強ければ強制的に介入することができるわ」

「はぁ、何事もそれよね。結局、強い者が勝つか。うん、そうね」

「コスモスの場合は守りが強いから強制介入は無理だと思うわよ。もしそれができる相手がいるとしたら、マザーかそれ以上の力の持ち主でしょうね」

「防御頑張ろう」

「そうね、それがいいわ。もっとも、そんな手間がかかる方法を取る相手なんて酔狂か変態だと思うけど。もし仮に介入されて主導権奪われそうになったら、逆に乗っ取ってやるといいわ」

 さらりと恐ろしいことを言ってくれるノアにコスモスは顔を引き攣らせながらケーキを口に運ぶ。

 弟子が作ったのであろう菓子はどれも美味しくて、三種のベリーが添えられているケーキもとても美味しい。

 この程よい甘さだけがコスモスを癒してくれていた。

「簡単に言ってくれるけど、それってとても難しいと思うのよ」

 そんな場面に出会いたくないが、万が一を想定してのシュミレーションは必要かもしれない。

 どう鍛えればいいんだ、と眉を寄せながら考えるコスモス。彼女が目を瞑ればはカウンターで作業をしているアメシストが微笑んだ。

(アメシストとガーネットがいるなら 何とかなりそうね)

「ふぅん。そうだわ、ちょっと練習しましょう」

「は?」

「私がこれから貴方に精神干渉をするから、全力で防いでほしいの。ある程度干渉されてその感覚を体験してみるっていうのもいいと思うわ」

「えっ」

「念のために結界を張ってちょうだい。何があっても手出し無用よ」

 戸惑うコスモスをよそにノアは弟子に向かって指示を出す。

 心得たとばかりに頷いた彼は結界を張ると、邪魔にならないように隅へ移動する。

 ケーキを咀嚼しながら視線を彷徨わせるコスモスに、リラックスするようにと笑うノア。

 目が合った瞬間にくらり、と眩暈がした。微かな頭痛に眉を寄せて深呼吸をすると、パシンと軽い音が響く。

「そうそう、弾く感覚はそれよ。でもまだそれじゃ弱いわね。もっと強く跳ね返して」

 グググと、見えない何かが内側に入ってくるような感覚にコスモスの眉間の皺が濃くなっていった。

 ノアの声がどこか遠くで聞こえる。

(この気持ち悪い感覚、どこかで……)

 あれはどこだっただろうかと思い出そうとしてコスモスは気を失った。

「あれ?」

 気づけばソファーに横になっていたコスモスは、不思議な顔をしてゆっくりと起き上がる。

 頭がまだ少し重いが、すっきりとした気分だ。

 吐いた後の感覚に似ていると思いながら鳩尾のあたりを擦った。

「あ、気づきました? お水どうぞ」

 彼女に気づいた弟子が慌てて駆け寄って水の入ったグラスを渡す。

「ありがとう」

「調子はどうですか?」

「まだぼんやりするというか、頭がちょっとクラクラするわ」

「もう少し休んでいてください。師匠を呼んできますね」

 パタパタと駆けていく彼の後姿を眺めながら、コスモスは深呼吸を繰り返した。

「あぁ、あの時の感覚に似てるのね」

『防衛本能で一時的にシャットダウンしただけです。生命や記憶等に問題はありません』

「彼女は敵じゃないわよ。それにこれは練習」

『承知しています。ですが、御身の保護が一番ですから』

 頭の中で響くアメシストの声を聞きながらコスモスは困ったようにため息をついた。

 ゆっくりと伸びをしていれば、彼が身体検査の結果異常なしと告げてくる。

 便利だなと思いつつ、気絶している間に何があったのか聞いてみる。

御主人様(マスター)が気絶されたあと、彼女はすぐに行動を中止しました。派手に倒れた御主人様(マスター)の状態を確認してからソファーに運んだのです』

「あぁ、手間かけちゃったのね。気絶せずに練習できる方法はないのかしらね」

『練習せずとも私達が補助しますので、御主人様(マスター)はいつも通りになさってください』

「いつも通り?」

『はい』

 それは一体どういう状態なんだろうかとコスモスは悩む。

 その思考すらダイレクトに伝わっているはずだが、アメシストはにこにこと微笑んでいるだけだ。

「便利だけど、それじゃ私が感覚を掴めなくなるわ」

『いいえ、分かりますよ』

「そうなの?」

『はい』

 それじゃあいいか、と呟いてため息をついたコスモスは目の前にノアが立っていることに気づいて驚いた。

 大げさな彼女のリアクションを表情一つ変えずに見つめていたノアは腕を組んだまま首を傾げる。

「コスモス、貴方本当に大丈夫?」

「あ、ごめんね。声に出てた? ちょっと感覚鈍ってるみたいで。心配しないで、大丈夫だから」

「大丈夫そうには見えないんだけど……あぁ、管理人?」

 笑って誤魔化そうかと思っていたコスモスに、ノアは察したようにそう呟いた。

 まるで見透かされているようだ、と思ったコスモスはゆっくりと自分を抱きしめるように両腕を擦る。

「貴方が話してくれていたでしょう? だからもしかしたらと思って。どうやら当たっていたみたいね」

「大当たりで怖いわ」

「ふぅん、なるほど。相当有能なようね」

「悪かったわね」

「あ、気を悪くしないで。貴方を馬鹿にしてるんじゃないのよ。管理人とはいえ、貴方が作り出した存在だもの。つまり、貴方の一部でしょう? 本体では煩わしいことも彼らに任せれば簡単にすむ」

 キラキラと目を輝かせながら覗き込んでくるノアの表情は好奇心に満ちていた。

 こういう話が好きなのだろうかと弟子を見れば、彼は困ったように笑っている。どうやらいつものことのようだ。

「詳細に検査したいけど、貴方が嫌がるのは分かっているし強制的にそうしようなんて思わないから心配しないで。防衛本能もきちんと機能しているようだし、気絶しても身を守る術があるのはいいことよ」

「本人が覚えていなくても?」

「ええ。コスモス、貴方は自分が恵まれているというのをもっと自覚すべきよ。その自覚が自信に繋がって貴方の強みになると思うの」

 ぎゅっと手を握られて熱く語り始めるノアだが、コスモスはたじろぐ。

 逃げようにもソファーに座っているので無理だ。

 どうやって逃げようかと思っている間に、ノアが隣に座って距離をつめてきた。

「そ、そう。頑張ってみるわ」

「ええ。貴方の普通であることを忘れないようにする気持ちも大事だわ。でも、それはそれ、これはこれよ」

「調子に乗るのも難しいけど、ね」

「あら、簡単よ。この世で自分以外にすごい存在なんてない、自分にはこれだけ素晴らしく偉大な存在と力があるんだぞって思うだけだもの」

(それが難しいんだけど)

 どうやってそこまで自信満々に思い込めというのか、と言おうとしたコスモスだが満面の笑みを浮かべるノアを前に何も言えなくなる。

(試したことあるの? とも聞けないわね)



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