211 人魂は丁寧に扱うものです
自分の精霊石を上手に取り込めているコスモスを観察しながら、大精霊は彼女の弾力を楽しんでいた。
「コスモスはさ、動く鎧の正体とか知りたくないの?」
「知りたくないと言えば嘘になりますけど、そういうものは本人の口から聞いてこそですので」
「そっかぁ。うーん、そうだね」
鎧が動くなんてホラー映画ではよくありそうなものだ。
首なし騎士の登場に比べればありがたいと心の中で感謝していると風の大精霊が呟いた。
「首なし騎士ねぇ、知り合い?」
「そんなわけないでしょう!」
「いやだって、コスモスも似たようなものじゃん?」
「似てませんよ」
「あー、驚かすより驚く方が似合ってるもんね」
思わずどういう意味だと口に出してしまいそうになったコスモスは呆れたように溜息をついた。
「褒めてませんよね、それ」
「いやいや、褒めてるよ。褒めてる褒めてる」
(適当だなぁ。ノリも軽いのか何なのかよく分からないし)
大精霊という人ではないものを理解しようとするのが間違っているんだろうけど、とコスモスはびよーんと伸びる自分の耐久性を他人事のように見ていた。
にっこりと微笑んだ大精霊が何かを企んでいるなと思った瞬間にパッと両手を離される。
ばちん、と伸びたゴムが元に戻るような感じでコスモスは大精霊の顎を下から突き上げるようにぶつかっていく。
「ガハッ」
「……ボールじゃないので遊ばないで欲しいんですけど。一応、レディなので」
「ピンピンしてるよねコスモス。防御力も高くて攻撃力もある、大抵のものならすり抜けられるし、うちの子になる?」
「ならないですって」
強い武器を目の前にしてキラキラと目を輝かせる子供のような反応に、コスモスは溜息をついた。
「本気で思ってます?」
「思ってるよ」
「他の大精霊様が黙ってないと思いますけど。精霊大戦争なんてお断りですよ」
「その前にマザーに怒られるだろうねぇ。でも、願いを叶えてあげるからって言われたらコスモスはついて行きそうだから心配してるんだけどな」
「そんな風に見えてるんですか。この状態じゃなかったらチョロかったかもしれないですけどね」
「今の状態だからこそ、か。なるほど、それはそうだ」
成仏しない人魂の存在。ふらふら、と彷徨いながら元の世界に戻る方法を探しているなんてよく考えれば絶望的だ。
心が壊れてしまわないのはマザーの娘としてこの世界に存在を確立させたお陰だろうか。
(仮登録みたいな?)
「コスモス、ちょっと暇なら手伝ってよ」
「何ですか」
「神殿強化しようと思って。はいこれ」
「え?」
取り出した何かを渡されるのかと思っていたコスモスは、遠慮なく自分に腕を突き立てている大精霊に眉を寄せた。
幸い、痛みはないが防御壁や防御膜を貫通させて貫いてくるとは性格が悪い。
(やっぱり手加減されてたか)
「乱暴すぎますね」
「ごめんごめん。直接入れても同じかと思って」
「便利道具じゃないんですけど」
スッと腕を抜いた大精霊に悪びれた様子はない。
さっき自分が顎にぶつかった仕返しだろうかと思ったコスモスだが、ああなったのは大精霊が悪いのだからしょうがないと一人頷いた。
「石ですか? 魔石? 精霊石?」
「空の結界石だよ」
「オールソン氏が浄化していたやつですか。私の中に入れて何かなるんです?」
彼女がぺっ、と口から吐き出したそれを慌てて受け取った大精霊は結界石を見つめてニヤリと笑った。
「やっぱりか」
「何ですか」
「聖炎混じりの力が充填されてる。思った通りこれは通常よりも強い効果が期待できるよ」
「当然、他の神殿にも配るんですよね?」
「……」
「ね?」
実験したのかと溜息は出るが不思議と怒りはわかない。
怒ったところで、きょとんとした顔をされるか軽く謝罪されて終わると分かったからだろう。
圧をかけるようなコスモスの眼差しに視線を逸らしていた大精霊も頷く。
「イベリスさんにも報告しないとですね。お願いできる?」
「おい、ちょっと! 僕の方が上なんですけど!」
コスモスは近くにいた精霊を呼び寄せてイベリスに結界石のことについて伝えてくれと告げる。
大精霊が目の前にいるのだが、コスモスに頼まれた精霊たちは嬉しそうに声を上げると素早くその場から去っていった。
風の大精霊が呼び止める前に消えてしまう精霊たち。
コスモスはにっこりと微笑みながら彼を見つめる。
「はぁ、僕より優先するとかありえないんだけど」
「彼らの気分でしょうからね」
「気分で負けてるの、僕」
ぐにぐに、と自分の手の中で形を変えるコスモスがのんびりとした口調で言うので大精霊は溜息をついて手を止めた。
これ以上やっても面白い反応がないのでつまらないのだろう。
だが、その弾力は気に入っているのか軽く揉みはじめた。
「直接、大精霊様がやり取りしたかったですか?」
「はぁ? 何言ってんのさ」
「風の大神殿だけ強化したところでしょうがないでしょう?」
「まだ実用的じゃないかもしれないから、ウチで試してからって思ってたんだけど」
「判断は各神殿に任せたらいいんじゃないですか? どの大精霊様も好意的に受け取るとは限らないでしょうし」
風の大精霊は揉んでいた手を止めて、なでなでと撫ではじめた。
今度は何だと構えるコスモスだが、優しく撫でるだけだったので逆に困惑してしまう。
「拒絶されるって心配してる?」
「いえ、得体の知れないものいきなり渡されても困るだけだろうと思って」
「はぁ。少なくとも火と土の大精霊はコスモスのこと認めて精霊石渡してるんだからさ、自信もとうよ」
「私ですらそれが何なのか分からないのにですか?」
空の結界石をいきなり体に突っ込まれ吐き出した。それは分かるが、吐き出した結界石がどんな効果を持っているのかなんて分からない。
すごいものができたという実感がコスモスにあれば別だが、生憎彼女は何も感じなかった。
「聖炎混じりの力が充填とか言ってましたけど、私の力を結界石に移したってことですよね」
「そうだよ。三種の精霊石と聖炎の力を宿しているコスモスの力を空の結界石に注いだんだ」
「それが、どうなるんです?」
「本来は混じりあうことのない力が上手く混じりあってる。その力さえあれば、今以上に神殿の結界を強化できるってこと」
そんなことができたのか、とコスモスは自分の胃の辺りをさすりながら不思議そうな声を上げた。
自分でも知らないそんな力が悪用されたら、マズイのではないかと顔を曇らせる。
彼女が考えていることが分かったのか、風の大精霊はくすりと笑ってコスモスを撫でた。
「強力な魔力の渦に手を突っ込む馬鹿はいないよ。いたとしても君に取り込まれる可能性が高いだろう」
「えぇ」
「僕が手を突っ込めたのはコスモスが僕を許しているからだ。基本、君に許されて受け入れられなければこんな真似できないよ」
「なるほど。万が一嫌な人にそうされたら、逆に取り込んでやればいいんですね」
「吐き出す方を考えないの?」
「目的を持って私を利用しようと手を突っ込んでくるような相手が、大人しく退いてくれるとは思わないので。適当なところで切断して消化してしまった方が早いかなと」
「はぁ。簡単に言うけどさ、やったことないのにできるかな?」
「うーん、多分できると思います」
そんな場面は想像したくもないが、風の大精霊がやったことと同じことを誰かも考えているかもしれない。
「手を突っ込まれるのは嫌だから、そうなる前に防ぎたいですけどね」
防御壁も防御膜も強化できている方だと思ったが、風の大精霊に一瞬で破られてしまったので考えなくてはいけない。
「まぁ、僕らみたいなのがそんなたくさん出てくるわけないと思うし、加護も強化しておくからさ」
「……」
「もう一度やったりしないからね?」
帰ってきたアジュールはソファーに座りながらコスモスを撫でている大精霊を見て目を細めた。
ゆらゆら、と手を振りながら「おかえり」と言ってくる大精霊を横目にコスモスの様子を確かめる。
嫌がっておらず変調もみられない。
「随分と仲が良いのだな」
「そう見える?」
「見えるぞ」
「うーん、私が遊ばれてるだけかも」
「コスモス、誤解されるような発言はやめてよ。僕また怒られるじゃーん」
「思い当たるところがあるならしょうがないですよね」
予告もなく断りもなくいきなり体に手を突っ込んで掻き混ぜてきましたよね、と心の中で思いながらコスモスは大精霊を見つめる。
恐らく口にすればアジュールが臨戦態勢を取ると分かっているからだろう。
しかし、従属しているからなのかアジュールは不機嫌そうに鼻を鳴らし大精霊を睨みつけている。
「コースーモースー」
「アジュールが怒っても大精霊様は怖くないでしょう?」
「そういう問題じゃないんだよね。アジュールは闇属性だろう? 基本的に神殿との相性は最悪だけど主であるコスモスのお陰で緩和されてる。その上、コスモスが強くなれば彼もまた強くなるんだよ」
「良いことです」
「神殿には悪影響なんだけどなぁ」
「その程度で壊れるような神殿ならば、ない方が良いのではないか?」
辛辣、と呟くコスモスに苦笑して風の大精霊は低く唸る青灰色の獣を見つめた。
「ただのスキンシップだって。いつものような、ね?」
「へぇ、そうですか」
(私も大精霊様の体に入ってみようかしら)
やろうと思えばできるのではないかと思ったコスモスはいい考えだとばかりに顔を輝かせる。
キラキラと発光し始めたコスモスに、アジュールは深い溜息と共に爪をおさめる。
「いやぁ、本当に悪かったとは思ってるよ?」
「協力して欲しいと言ってくれればいいのに、どうしてそうしないんですかね。同意が必要か? っていう話ですか? 大精霊様となると考え方も違うでしょうし」
そもそも人と精霊を同じようなものとして考えるのがだめだ。
それは分かっているが、ついヒトのように扱ってしまう。
風の大精霊が好青年の見た目をしているせいもあるのだろう。
「いやいや、基本的には力の差こそあるけど僕ら精霊はヒトには優しいよ。ま、いい子に限るけど」
「そうでなければ神殿も存在しないからな」
「そういうこと」
「しかし、大精霊がこれだけ友好的だとは正直驚いた」
コスモスは床に伏せてリラックスするように欠伸をしたアジュールを見て首を傾げた。
大精霊も彼の言葉に引っかかったのか、面白そうな表情をして頬杖をつく。
「アジュールが聞いていた話と違うとか?」
「いや、直接見たことがある。尊大で見下してばかりだったな」
「へぇ、見たことあるんだ」
「向こうは覚えていないだろうがな」
一体どんな精霊と会ったんだろうかともっとその話を聞こうとしたコスモスだったが、風の大精霊にぽんぽんと頭を叩かれた。
「コスモスはこれに自分の力を充填させてよ。練習も兼ねてさ」
「あぁ、他の神殿にも配る奴ですね。この、石に」
「そう。空の結界石。上手く探ってこんな風にしてごらん? あ、取り込んで吐き出すのはナシね」
風の大精霊によって強制的に作成されたコスモスの力の詰まった結界石を見本として見せられ、彼女は唇を尖らせる。
空の結界石を取り込んで何とかして中身を満たしてから吐き出そうと思っていたからだ。
「うーん」
空の結界石を見つめて唸る彼女を撫でながら、風の大精霊はアジュールを見つめる。
『アレはこっちにいるのか?』
『いいや。アレはこちらには出て来れないはずだ』
二人にしか聞こえない会話。
アジュールの赤い瞳を見つめていた風の大精霊は溜息をついて眉間を指で解す。
『心配はいらないだろう。仮にアレが来たとしても主の敵ではない』
『まぁ、そうだろうけど』
『いざとなれば私が取り込むさ。どうせ半分はもう取り込んでいるのだからな』
『あぁ、やっぱり。コスモスの力のお陰で上手く隠れられてるわけか』
『主との主従関係は覆ることはないぞ? 私が自ら選んだ主だからな』
『うーん、まぁ信用はしないけどコスモスなら何とかなる、かな?』
うーん、うーん、と空の石を見つめながら試行錯誤するコスモスを横目に大精霊と魔獣は会話を続けた。




