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209 可愛いは強い

「ふーん。面白いことになってるね。まぁ、コスモス達が楽してるのはちょっと面白くないけど」

「は?」

「やーだー、コスモス怖いよぉ」

「……私、とっても怖かったので大精霊様に飛び込んでもいいですか?」

 風の大精霊の扱い方に慣れてきたのだろうか、コスモスの大精霊に対する対応が次第に雑になっていく。

 彼女は自分が想像するか弱い乙女の演技をしながらじっと大精霊を見つめた。

 真顔になった風の大精霊と目が遭うも、コスモスはちっとも怖くない。

「いいよー、おいでー……」

「ありがとうございまーす」

 風の大精霊は両手を広げて飛んでくるコスモスを迎えるが、直前で風の壁が邪魔をする。

 大精霊は笑顔のままなのだが恐らく意図してのことなのだろう。

 コスモスは速度を緩めず風の壁を壊すことなくすり抜けて大精霊の胸へと飛び込んだ。

 ぐふっ、という声が聞こえたが気にしない。

「風の大精霊様は優しいですねぇ」

「げほっ……ふふふ。そうだよ、優しいんだよ」

 風の壁を壊すことなくするりと抜けたコスモスにはトシュテンもルーチェやレイモンドも驚いていた。

 側にいた巫女も小さく目を見開いていたが、強がりながら笑顔を浮かべる風の大精霊を見て苦笑する。

「それにしても、結界石の浄化が順調にいってるのは嬉しいんだけど不気味だね」

「そうですね。さすがに同じことが何度も続きますと何かの意図を感じます」

 コスモスを両手でむにむにと触りながら大精霊は思案する。

 顎に手を当てたトシュテンはふと何かを思いついたようにルーチェを見た。

「何よ」

「ルーチェ嬢の占いで場所を特定できればなと思いまして」

「無理よ」

「そうですよね。そう簡単にはいきませんよね」

「うちのルーチェは優秀だけど、さすがに見ず知らずの相手を探すのは難しいよ。失せ物探しも範囲によるからね」

 ダウジングを使えれば何とかなるかなと少し思ったコスモスだったが、ルーチェに負担がかかるのであれば頼まない。

「用があるならそのうち姿見せるから、ありがたく浄化だけに専念すればいいんじゃないですか? もちろん、だからと言って油断は駄目ですけど」

 準備は怠らない。不測の事態にも備える。

 結界石の浄化をしつつ情報も集めなければいけない。

 幸い、コスモス達が結界石の浄化に出かけている間に神殿が襲撃されるということはない。

 だが、本来ならこれまで酷い結界石の澱みを浄化するのは大精霊と巫女でなければいけない。

 そうなると空になる神殿を狙うのは簡単だろう。

(敵が今まで襲撃してきた奴等だと考えると、残った神官で対抗しようにも難しいわね)

 ココが相手にしていた少年の攻撃力も、レサンタを滅ぼした原因でもある占い師の存在も正確につかめていないのがもどかしい。

 それらの解明が急務というわけではないが、いずれはぶつかる相手だ。知っておいて損はないだろう。

(回避できればいいんだけどな)

 儚い願いだとは分かっているが祈らずにはいられない。

「でもこんなに何度も強敵ばっかり倒してくれてるんだから、少なくとも害はないでしょ」

「そうですね。こちらとしてはありがたい限りですが、何のためにそんなことをしているのかが不思議です」

 善意でやっていることだとしてもその理由が分からないから不気味だ。

 誰が何の目的でと思うのはしょうがないだろうとコスモスも唸る。

「強化された魔物を倒せるだけの実力があり、結界を壊さずに侵入するのに結界石の浄化はしない、か」

「私もそれが気になっていたわ。魔物を倒すついでに浄化してくれてたら、私達がわざわざ行かなくてもいいわけでしょう?」

「そうですね。結界石が浄化されていれば私にも分かりますので」

 そう言って巫女のイベリスも不思議そうに首を傾げる。

「考えたところで答えはでないから、予定通り残りの結界石の浄化もよろしく頼んだよ」

「軽い」

 ちょっとそこまでおつかいに行ってきてというようなノリで言ってくる大精霊にコスモスはそう呟いた。



 もしかして何かあるのかもしれないと思っていたコスモス達だが、その後の掃除も難なく終わってしまい拍子抜けしていた。

(え? 何もなくてがっかりしてるの? 違うよね、滞りなく終わって良かったって安心するのが普通でしょう?)

 結界石の浄化を除けば歯ごたえのない雑魚を相手にしただけだ。こんなに楽でいいのかという戸惑うのもしかたない。

強敵の気配は残っているものの肉片すら残らず床に存在していたという影が残るだけ。

(乾いた血と真っ黒な影の形は間違いなく魔物なんだろうけど。手がかりは特にないし)

「お疲れさまでしたマスター。お茶を入れましたから一息つきましょう」

「ありがとう」

 アルズに声をかけられた彼女はテーブルに向かいながらちらりとアジュールを見た。

 どうやら彼もつまらなそうだ。

「ルーチェとレイモンドさんはまた図書室?」

「はい。熱心ですよね」

 滅多に入れない神殿内部の図書室だけにできるだけ多くの本を読みたいのだろう。

 アルズの言葉に頷きながらコスモスは壁向こうの隣室へと目を向けた。

「オールソンさんはまだ寝ていますよ。あれだけ浄化したんですから当然でしょうけど、ちょっと寂しいですね」

「結構タフかと思ったけど、さすがに疲れたみたいね」

 神官に呼ばれてアルズが部屋を出て行く。

 出る間際に「僕が戻ってくるまで待っててくださいね」と念押しする彼に苦笑しながら頷いた。

 部屋にはアジュールと二人きり。その獣はいつものようにのんびりと床に伏せて眠っているように見える。

(ふぅ。ちょっと様子見てくるか)

 さすがに放置したまま好き勝手動くのはコスモスの心が痛む。

 寝ているとアルズは言ったが、意外と平気な顔をして起きているかもしれない。

 そんなことを思いながらコスモスはスゥと隣室へ通じる壁を通りぬけた。

「お邪魔します」

 聞こえるかは分からないが一応挨拶はしておく。

 室内を見回せば四つあるベッドの一つにトシュテンは眠っていた。

 シンと静かな室内に入り、コスモスはそろりと彼に近づいていく。

(見たところ本当に消耗してるわね)

 日をおいて何度も結界石を浄化していたがこれほどまでに疲れるものなのだろうか。

 その辺りを大精霊や巫女に聞いていなかったことを悔やみながら、コスモスは静かに眠るトシュテンを見下ろした。

 とす、と胸元に降りて暫く観察する。

(うん。霊的活力(オーラ)は異常なし)

 眠りも深く起きる様子はない。

 これを機に悪戯でもしようかと思ったコスモスだったが、やめた。

(少しでも回復が早くなればいいんだけど)

 そう思いながらコスモスは自分の力をゆっくりとトシュテンに分けていく。

「うっ……」

 苦しそうに呻く様子を見てコスモスは慌てて力を流し込むのを止める。額には汗が浮かび、苦しげに歪められる顔を見て落ち着くのを待った。

(相性が悪い? 一応マザーの娘だからすんなりいくかと思ったんだけどな)

 想像していた反応と違うと思いながらもコスモスはトシュテンの眉間の皺がなくなったのを確認して先程よりもゆっくりと力を注いでいく。

(今回は上手くいったみたい)

 彼の表情と霊的活力(オーラ)の様子を確認しながら「ふぅ」と息を吐いたコスモスはふわりと浮かんで隣の部屋へと移動する。

「マスター?」

「あ、お帰り」

「もう。まぁ、いいですよ。図書室に行きましょう」

「そうね」

 コスモスが何をしていたのか察したのだろうが咎めることはなく、ただ拗ねたように頬を膨らませるだけだ。



「あら、コスモス来たのね」

「うん。邪魔しないように適当に見てるから気にしないで」

 図書室に入ると分厚い本を読んでいたルーチェが顔を上げる。

 コスモスがふらりと飛びながら図書室内を見て回る。アルズは微笑を浮かべながらそんなコスモスについて回っていた。

「騒いだりしなければ大丈夫よ」

「レイモンドさんは寝てるのね。乗り気じゃなかったもんなぁ」

「いいのよ、気にしないで放っておいて」

 はぁ、と溜息をついたルーチェはちらりとソファーに寝そべっている父親を見てから本へと視線を戻した。

 神官に見られたら怒られそうなものだが、あまり姿は見せないらしい。

 ルーチェが言うには気をつかってくれているのだろうとのことだ。

「そろそろ移動するのよね」

「うーん」

「あら、まだ立ち去りがたい?」

「そんなことはないよ。水の神殿にも連絡してあるからいつでも行けると思うけど」

 できるだけ早く全ての神殿を回ってしまいたいと思っていたコスモスだったが、トシュテンの消耗ぶりやレイモンドの疲労を見ているともう少し休んだ方がいいんじゃないかと思ってしまう。

「オールソンさんもレイモンドさんもお疲れですからね。僕や先輩は大丈夫ですけど」

「父様は気にしなくていいわ。遺跡を見ると興奮するタイプで疲れているだけだから。でもあの神官は消耗してるでしょうね」

「私も浄化のお手伝いすれば良かったかな」

「浄化をするように大精霊様に言われたのはあの神官なんだからそれでいいのよ」

 コスモスに擦り寄ってくる精霊はやんわりと離されては戻るを繰り返す。

 遊んでいるんだろうなと思いつつコスモスが軽く睨めば、残念そうに離れていった。

 それでもしつこい精霊はコスモスにくっついてくる。

 何だか懐かしいなと思いながら彼女はすり、と精霊に頬を寄せた。

 きゅるる、と嬉しそうに精霊が鳴けばルーチェが目を細めた。

「本当にコスモスは精霊と仲がいいのね」

「うーん、そうなのかな?」

「そうですよ」

 大精霊の精霊石を有しているから近づいてきてるだけじゃないかと思いながらコスモスは風の精霊を見る。

 精霊の中では風の精霊と一緒にいた時間が長いというのもある。

 力強く頷くアルズに小さく笑いながらコスモスは自己主張の激しかった風の精霊を思い出していた。

(ケサランとパサランも元気にしてるかな。姫の守護精霊代わりによろしくねとお願いはしてきたけど)

 何の便りもないなら上手くいっているのだろう。

「コスモスが急いでるわけじゃないなら、それでいいのよ。私達のことは気にしないで」

「いいの?」

「私達も急ぐ旅じゃないから。それにコスモスと一緒に行動した方が得だもの」

「素直にそう言うルーチェのこと、好きよ」

「はぁ?」

 普通そういうことは隠して上辺だけ対応を良くしているものではないだろうか。

 それにも関わらずはっきりと言ってしまうこの少女は可愛い。

 そんな事を思って言ったコスモスの言葉にアルズは笑い、ルーチェはぽかんと口を開けた。

「ま、まぁ私もコスモスのことは好きだけど」

「嬉しい!」

「マスター抑えてくださいね」

 思わずルーチェに飛び込んで行きそうになったコスモスだが、落ち着いたアルズの言葉にハッとする。

(いけない、可愛くて思わず飛び込むところだった)

「そう言えば、貴方って亜人の中でも綺麗な顔してるのね。よく変なのに捕まらずにいられたわね」

「僕、強いので」

「あぁ、なるほど。私にも覚えがあるわ」

「ん?」

 美少年と美少女が綺麗な微笑みを浮かべている。

 眼福だなと思いながら見つめているコスモスにアルズが説明した。

「弱いと思わせて、ざっくりというわけです」

「ああ…なるほど」

 クイ、と親指で首を横に切るような仕草をしながらもアルズは笑顔だ。

 彼の腕が確かなのはよく分かっているので想像し易い。

「え、でもルーチェもそんな危険があるの? レイモンドさんが側にいるのに?」

「隙はいくらでもあるものよ」

 その歳にして随分と色々な経験をしてきたのだろう。綺麗なものだけを見て育って欲しいと思ってしまうコスモスだが、親子で旅をしているなら当然なのかもしれない。

(そう思ってるなら旅の同行をお願いするなっていうのよね、私も)

 ルーチェの強さも知っておきながら頼りになると思っているくせに、安全なところにいて欲しいという矛盾した思い。

「それに、占い師なんてして路銀を稼いでいたら嫌でも恨みも買ってしまうもの」

「あぁ、そうだったわね。ルーチェの占いは当たるって評判だったから」

「ふふふ、ありがとう。また何かあったら占ってあげるわ」

 営業モードに入ったのか、ルーチェはにっこりと綺麗な微笑みを向けた。




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