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205 お手伝い

「これからコスモス達は水の神殿に向かうんだろう?」

「そうなりますね」

 やっと最後の神殿だと安堵しそうになったコスモスだが、まだ油断はできないと気を引き締めた。

 邪魔者認定されてしまった以上、どこで相手が襲ってくるか分からない。

(邪魔しないから見逃してなんて無理よね。目的が同じならぶつかるだろうし、あっちとしては私達を無力化したいだろうから)

 もちろんコスモスもただでやられる気はないし、襲われれば抵抗するつもりだ。

 回避して大人しくしてくれればいいが恐らくそうはいかないだろう。

「その前にお手伝いして欲しいなあ」

「色々と手伝わせていただいたはずですが?」

 コスモスは眠っていただけなのでどう答えたものかと思っていれば、代わりにトシュテンがそう言った。

 にこにことしていた大精霊はコスモスから視線を逸らすことなく頬杖をつく。

「確かに、手伝ってもらったよ。でもそれはここに滞在するためだろう?」

「大精霊様!」

(ホテルに泊まった方が気兼ねなく動けたかもしれないわね)

 声を荒げる巫女に悪びれた様子もなく大精霊は溜息をつくコスモスを見つめた。

「長期滞在になってしまったのは私が悪いですからね。交換条件として無理難題を依頼するのは当然ということですか」

「嫌だなぁ、無理難題とかさ。ちょこっと手伝ってもらおうと思ってただけなのに」

「来たばかりのころ、殺意の高い出迎えをされたのは忘れられそうにありませんけど」

 にっこりとした笑顔が見えているかどうかは分からないが、コスモスは穏やかな声でそう告げる。

 じっと風の大精霊に見つめられても怖くなったり怯えたりということはない。

「あれは予定外だって言ったじゃん。なに? 信じてないの? 悲しいなぁ」

「えっ、信じられるとでも?」

 完全な失言だが前と違って余裕のあるコスモスは素直にそう尋ねた。オロオロとする巫女には申し訳ないが、相手の反応を見てからかって遊ぶ大精霊にこの程度で負けるわけにはいかない。

 妙な反抗心が芽生えながら自分の手元に引寄せようとする大精霊の力に抗った。

(うん、ちゃんと抵抗できてる。こういうところにも鍛錬の成果が出るのね)

 大精霊からもらった風の精霊石はコスモスの中にある。

 あのままの形で保存されているかと思えば綺麗に融合しているらしい。

 らしい、というのは管理人であるアメシストからそう説明されたからだ。

 コスモスが強くなれば管理人たちの能力も強化されるとも言っていた。

(元は同じだから当然と言えば当然だけど)

 自分とは思えないほどの優秀さにはため息しか出ない。便利でありがたいが二人が現実世界にも現れてくれれば楽ができるのにと、コスモスはそんなことを思いながら大精霊を見つめ続けた。

「はぁ。つまらないよコスモス。もっと表情豊かにしようよ」

「遊んでいる暇があるんですか? 手伝いの内容は誰でもいいわけではないんでしょう?」

「おお、引き受けてくれるんだ」

「どちらにせよ、そうせざるを得ない状況に追い込むだけは?」

 ぐぐぐ、と目に見えない重圧に眉を寄せたコスモスは風の力でそれを受け流す。力の流れに気づいた大精霊は面白そうな顔をしてパチンと指を鳴らした。

 顔色を変えた巫女が制止の声を上げたのと、コスモスが大精霊の鳩尾目掛けて飛んだのはほぼ同時だった。

「はぁ、びっくりしました」

「いや……それ、こっちのセリフだけどね。うん」

 弾丸のように勢いよく飛び出したコスモスはアジュールですら止めることができなかったくらいだ。

 驚いたトシュテンは即座に彼女の無事を確認する。

「御息女、大丈夫ですか?」

「うん。私は大丈夫。いきなり大精霊様に引寄せられた(・・・・・・)からびっくりしただけよ」

「コスモス様が御無事でなによりです。大精霊様も困らせるようなことはせずに、大人しくしていてください」

「いや、だってあんなに強く抵抗されたり反抗されたらずっとそうだって思うじゃん?」

「大精霊様」

 静かに、そして真っ直ぐと大精霊を見つめる巫女に、彼は悪戯がバレた子供のように言い訳をはじめる。

 のんびりと浮遊しながら元の場所に戻ったコスモスは、途中でトシュテンに掴まれ怪我がないか確認されていた。

 アジュールは安心したように息を吐くと元の体勢に戻る。

「それで、お手伝いは何をすれば?」

「どうせ危険なことなんだろうな」

「はぁ。二人共好き勝手言ってくれるよね。まぁ、その通りなんだけど」

「まだ何かあったわけではありません。そんな場所へコスモス様を行かせるのは反対です」

 風の大精霊に仕える巫女であるイベリスは、臆した様子もなくはっきりとそう告げる。

 他の人物が彼にそう言ったならば、それが高位の神官であろうと不機嫌を露にしていたことだろう。

 しかしイベリスは別らしく、大精霊は眉を寄せて首を傾げる程度の反応だった。

「でもさ、困るのはお前たちだよ? イベリスは僕が守るからいいけどさ」

「国の守護をしていることもお忘れですか? 大精霊様が守るべきものは……」

「あーはいはい、分かってますぅ。はーぁ、つまんないね」

「大精霊様?」

 心の中で呟けばいいものをわざわざ口に出してしまうのはクセなのかわざとなのか。

 前者だろうなと思いながらコスモスはイベリスに窘められる大精霊を見つめていた。



 宛がわれた部屋のテーブルに広げられた地図を見ながら、レイモンドは頭を掻く。

「いつからボクらは掃除屋さんになったんだっけ?」

「依頼でも似たようなものはあるでしょう。敵性存在の排除及び無害化って」

「ルーチェ、それとはちょっとレベルが違うでしょ」

「コスモス達は行くのでしょう? だったら私も同行するわ。お父様は留守番をお願いね」

 迷うことなく出かける準備をする娘を見てレイモンドは慌てる。可愛い娘が行くというのなら同行するしかない。

 今までにも増してどれだけ危険なのかと説明し始めた彼だが、魔の森やここに来てすぐ頼まれた遺跡掃除以上に大変なのかと聞かれて言葉に詰まってしまった。

 それでもそのくらい危険だと懸命に告げるレイモンドだったが、ルーチェはちらりとアジュールとトシュテンを見る。

「うっ……」

「レイモンドさんはお疲れのようですから休んでいてください。ルーチェ嬢のことは私達が責任を持って守りますので」

「自分の身くらい自分で守れるわ。私の実力は知ってるわよね? コスモス」

「そうだね。ルーチェのことはちゃんと見てますからゆっくり休んでてください」

「ちょっと! 子ども扱いしないでくれる!?」

 トシュテンの言葉が心外だとばかりにルーチェは胸を張ってコスモスに同意を促す。

 そんな少女をにこにことしながら見ていたコスモスは、労りの言葉をレイモンドへと向けながらそう告げた。

 アジュール、トシュテン、コスモスの三人がいるならルーチェを守ることも容易だろう。彼女自身その腕前は大したものだから危険な真似はしないはず。

(寧ろ私の方が注意を受けそうなくらいだわ)

「いや……行きます。行きますよぉ! 可愛いルーチェが行くっていうのに何で僕だけ休んでられるんですかっ!」

「でもお疲れでしょう? レイモンドさんが言った通り、今までと同等もしくはそれ以上に大変なことが待ってるかもしれませんし」

 しおらしく、心配している素振りを見せながらコスモスはふわりとレイモンドの頭に着地した。

 相変わらずふわふわとした髪質が心地よい。

「いえ、大丈夫です。今すぐというわけじゃないんだよね?」

「そこまで鬼じゃないですよ」

「えー、今すぐって言ったらどうするの?」

「とりあえず、大精霊様と二人で先にデートしましょうか」

 気配も無く出現した存在にルーチェとレイモンドの体が強張る。緊張する二人を視界に入れてからコスモスはにこりと笑みを浮かべて声の主へと目を向けた。

 空中で胡坐をかいて頬杖をついていた大精霊は空いている方の手を伸ばしてコスモスを掴む。

 それに顔色を変えたのはトシュテンだ。

「デートねぇ。確かに二人で行けば危険度は下がるよね。僕はいいんだけどさ、怒られるじゃん」

「怖いんですか」

「怖いんだよ」

 大精霊の両手の上に乗ったコスモスは、他の人達が聞きづらいことをはっきりと聞いてしまう。

 彼女を奪取するタイミングを窺いながら大精霊の動きに注意するトシュテンに、アジュールは大きな欠伸をした。

 その様子にトシュテンは浮かせていた腰を降ろして、ゴホンと咳払いをする。

 ハッとしたように我に返ったレイモンドとルーチェはどこか警戒した様子で大精霊を見つめた。

 畏怖の対象でもある大精霊はコスモスを両手で包み込むようにして持ちながら、力を入れてぐにぐにと弾力を楽しむように触る。

 痛みは感じないがいい感じはしないコスモスがフッと息を吹きかければ大精霊が仰け反った。

「あはは! 楽しいね、コスモス!」

「みなさーん、デザートの時間ですよ」

 きらり、と大精霊の目の色が変わったと同時に明るい声と共にドアが開く。そこにはワゴンを押して部屋に入ってきたアルズの姿があった。

「あっ、大精霊様マスターで遊ばないでくださいね。イベリス様に報告しますので」

 デザートの乗った皿を置きながらにこやかにそう告げるアルズの言葉に大精霊の眉がぴくりと動く。

(あぁ、不機嫌そうだわ)

「大丈夫よアルズ。心配しないで。風の大精霊様もそのうち飽きるでしょう」

「もう、マスターはお人好し過ぎます」

「アルズ、明日また掃除だ」

「分かりました。じゃあ早めに寝ましょうね。食べながら軽く説明してください」

 アジュールの言葉に頷いたアルズは彼の近くの椅子に座る。説明はそこの男がすると言われたトシュテンは苦笑して今までの話を簡単に説明した。

「なるほど」

「アルズ君は躊躇ったりしないの?」

「しませんよ。マスターが行くのであれば同行するだけです」

「うん、そうだったね」

「アルズが断るわけないじゃない」

 あわよくば味方にできるとでも思ったのか、レイモンドの問いかけに首を傾げながらも笑顔で答えるアルズ。

 ルーチェは分かりきっていた反応だとばかりに溜息をついて父親を見上げる。

 そんな賑やかな会話を聞きながら、コスモスは目の前の大精霊をじっと見つめていた。

(さっきから何か探るようにしてくるんだけど、何? 言いたいことがあればはっきり言えばいいのに)

「本当に君は不思議だね。分解してみたいけど、そうなると他の大精霊や巫女がうるさそうだし、第一君はマザーの娘でフェノールの神子の加護もある。残念だなぁ」

「物騒ですね」

 言外に巫女に報告させてもらうぞと含ませながらコスモスはそう返す。何が楽しいのかアハハと笑った大精霊はトントンと彼女を指で突いてウインクをした。

「危険だと思ったら無理せずに引き返す。分かっているとは思うけど、念の為ね。じゃ、また明日」

「急に消えるのね」

 音も無く消えた大精霊に溜息をつきながらコスモスはデザートを食べるため、笑顔で手招きをするアルズのもとへ飛んでいった。




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