204 邪魔者認定
ココとの会話の後、次はどこに行くのかと思えば波の音が聞こえてきた。どうやら風の神殿ではなかったらしいと思いつつコスモスは目を覚ます。
目覚めて最初に視界に入ったのは溜息しか出ないくらいの美青年。この世のものとは思えないその美貌を見つめながら、自分がそうなるように作ったことを思い出す。
(自分で想像したくせに、びっくりするくらい美形だわ)
少しばかり美しく想像しすぎてしまったかと思いながら、じっと自分を見下ろしてくるアメシストを見つめる。
彼はコスモスが何を思っているのか知っているが静かに彼女を見つめていた。
「御加減はいかがですか?」
「少し頭が重いだけよ。貴方達は私が見聞きしたものも共有してるのよね」
(自分の分身みたいなもんだからそれは当然か)
そんな彼女の心の声に答えるように彼は頷いた。
いちいち説明する手間が省けるのはありがたいが全て筒抜けとなると気恥ずかしい。
今更なことで、彼らも自分の一部なら自分に不利なことはしないと分かっているからこれは慣れるしかないだろう。
(これは猫とか犬とか、そういうものにしておけば良かったかもしれないわ)
「移動に移動を重ねたので疲労が大きいのでしょう。夕飯の時間まではまだ暫くありますからお休みください」
「寝たらまた変なところに行ってるとかはやめて欲しいけど」
「心配なく。きちんと制御いたしますよ」
本当はそれも自分がやらねばいけないことなんだろうが、彼の方が得意なのであれば任せた方がいい。
起き上がるのも億劫なほどに瞼が重い。
(いっそ、全部制御してくれたら楽でいいのに)
そんな危険なことを思いながらコスモスは眠りに落ちた。
「……」
目覚めてから黙々と食事をするコスモスを見つめ、トシュテンは困った顔をして溜息をついた。
ぼんやりしているというよりも、不満そうに見えるのは気のせいかと彼は首を傾げる。
(眠る前よりも力が増しているようですね。さすがと言うか何と言うか。睡眠時間が鍛錬する時間なのか不思議ですが)
眠っている間も鍛えているのなら休む暇もない。休息は大事だと分かっているからこそ彼はコスモスのことが心配になる。
それがマザーの娘であれば尚更だ。
しかし、彼女に一番近い僕であるアジュールは暢気に欠伸をして寝ているし、世話を焼くのが好きなアルズも他の手伝いをしているのでここにはいない。つまり、それほど心配していないのだろう。
「ルーチェ達は今日も図書室?」
「はい、そうですね。頼まれごとをされて外に出ることもありますが」
「私が中々目が覚めなくて移動できないから不満に思ってるわよね」
「そんなことはないと思いますよ。今のところ襲撃があるわけでもないですし、穏やかなものです」
トシュテンのその言葉にアジュールが伏せていた目を開く。何か言いたげに彼へと視線を向けたが二人の目が合ったのは一瞬だけ。
アジュールは興味がないとでも言いたげに再び目を伏せた。
「他に何か変わったことはありました?」
「特には……」
そう言いかけたところでトシュテンは一旦止まる。その後何事もなかったかのように笑顔を浮かべたのでコスモスは溜息をついた。
「何があったの?」
「大したことではない。火の神殿を襲撃した奴がまた来て追い返されただけだ」
淡々と答えるアジュールにコスモスは誰だと首を傾げた。
火の神殿を襲撃と言えば先ほどまで会っていたココが戦った少年になるが、どうしてこの場に来たのだろうか。
(神殿を襲撃するように命令されてれば来るだろうけど。まさか、私の気配を探って来たわけじゃないだろうし)
「大精霊様もモテモテね。被害が軽くてすんだなら良かったけど、また来るかしら」
「来るだろう。私達は邪魔者認定されたからな」
「……はぁ。御息女を不安にさせないように黙ってるつもりだったんですが」
「どっちにしろバレるだろう。ならば隠していたところでしょうがない」
気づかれないうちに処理できれば良かったと物騒なことを呟くトシュテンを横目に、コスモスは皿を空にするとグラスの水を一気に飲み干す。
「邪魔者認定されたの?」
「されたな」
「そう。だったらこれからも邪魔してくるってことね」
「そうなりますね」
コスモスの問いにアジュールが頷く。溜息をついた彼女に苦笑しながらトシュテンはそう言うと食後のお茶を入れてくれる。
慣れた手つきで注がれるお茶を見ながら、ゆらりと揺れる水面を見つめるも自分の姿は映らない。
(これが普通なのよね。向こうの世界が特殊なのかしら)
「アジュール達は優秀だから、私が寝てる間その対策も立てたんでしょう?」
「そんなもの、いつもと変わらん」
「あー……」
出たとこ勝負ですか。
そう心の中で呟きながらも現状それしか手がないかとカップに口をつける。酸味のきいたお茶のお陰で頭がすっきりしてくる。
「いつ、どこで、どんな風に襲撃してくるか予想ができませんから。その都度対処していく形になりますね。とは言っても、まだ御息女を狙っているとは限らないので慎重に行動しないといけませんが」
「確かに、私達が移動して大精霊様だけが狙われ続ける可能性は低いか。私だったら邪魔する可能性がある存在を先に潰しておくもの」
「そういうことだ。目的が各神殿であれば尚更。それに土の神殿では見事に邪魔されたわけだからな」
「今回襲ってきた相手と土の神殿での……メランは繋がってるってこと?」
「そう見た方が自然だろう」
薄々そうじゃないかとは思っていたのでそれほどの驚きはない。どんな理由でそんな連中と組んでいるのかは知らないが、とにかくメランを追えば自動的に他の連中にも辿りつくということだろう。
(いや、たどり着きたくないけどね。スルーしたいけど)
「利害関係の一致でそうなったんだろうけど、そのわりに思ったほど強くなかったわね」
本調子じゃなかったのかなと呟くコスモスにアジュールはポカンと口を開けた後に大きく笑った。
トシュテンも軽く目を見開いてじっとコスモスを見つめている。
「自覚が無いとはな。さすが、私の主人というべきか」
「褒めてないでしょ」
「これ以上の褒め言葉があるものか。自分の力が上昇している自覚がないなら、それによる副作用も小さいと見ていいな。疲労感はあるようだが、食欲は旺盛だ。食休みをしたら大精霊の元へ行くぞ」
「え? どうして?」
「御息女が目覚めたら連れてくるようにと言われているのです。私とアジュール殿も同行しますので安心してください」
(同行したところで何があっても助けてくれるわけじゃないの知ってるけど)
期待するだけ無駄だとコスモスはトシュテンにお茶のお代わりを促した。にっこりと笑顔を浮かべてそれに答える彼を見て、何を考えているか探ろうとしたが相変わらず分からない。
探られているのが分かっているのかいないのか、彼は笑顔のままだ。
「……」
「面倒なのは分かるが、どっちにしろ目覚めたなら回復次第呼び出されるぞ」
「心読まないでもらえます?」
どうにか粘って行かない方法をと考えていたコスモスだが、あっさりとアジュールに打ち砕かれる。
無駄な抵抗だとは彼女も分かっていたが、それでも気が重い。
「ノリ軽くて話も分かってくれるから勘違いしそうになるけど、大精霊様だってこと忘れないようにしないとね」
「巫女には頭が上がらんようだから、いざとなれば彼女を味方につければいい」
「あぁ、確かに」
「アジュール殿、何をおっしゃっているのか」
「生き残る術だ」
真面目な顔をしてはっきりとそう言われてしまってはトシュテンも怒るに怒れない。
仮にも相手は風の大精霊だぞと言おうとした言葉を飲み込んで、魔獣の言葉に大きく頷いているコスモスへと視線を移した。
「御息女は大精霊様の加護を受けているのですから、失礼がないのなら害されるようなことはないと思いますよ」
「えっ……本当にそう思ってます?」
「もちろんです」
「私の代理としてオールソン氏が聞いてきてくれてもいいんですけど」
まだ本調子じゃないからと言って様子を窺ってくれてもいいと遠回しに告げるコスモスに、トシュテンは暫しの沈黙の後にっこりと微笑んだ。
ふわふわと浮遊しているコスモスをガッと掴んだつもりのトシュテンだったが、間一髪で避けられてしまい思わず舌打ちをしそうになる。
スッと一瞬で気配を変えたアジュールは身を起こして様子を見ていたが、素早く回避し続ける主を見て感心したように息を吐いた。
(力が増したとは思っていたが、なるほど)
「いきなり人を掴もうとするのやめてもらえません? 強引なのは嫌われますよ?」
「はははは、御息女がお一人で移動できないかと思いましてお手伝いさせていただこうかと思っただけですよ」
「なんだ、結局オールソン氏も大精霊様が怖いんですね」
「マスター、それはしょうがない。食後の運動も済んだようだからさっさと行くぞ」
「うーん」
「出向くのではなく来て欲しいのなら、私がそう交渉してくるが」
「結構です」
アジュールの言葉に即答したコスモスは、そのままストンと彼の背に着地しようとして尻尾に受け止められた。
衝撃を緩和するように尻尾から背中へ下ろされる。
空を掻いていたトシュテンは少し苛々した様子で髪をかき上げると溜息をつく。
しかし彼のそんな様子を気にも留めずにアジュールとコスモスは部屋から出て行った。
部屋に入った途端に伸びてくる手を避け、コスモスは勢いをつけて相手の顔目掛けて飛んだ。
ごつん、と大きな音がして相手が反り返る。
「あははは! さすがはコスモス。面白いね」
「大精霊様!」
転ぶことなく身を起こした相手は面白そうに腹を抱えて笑う。彼の後方から叱るような声が飛んだが気にする様子はなく、魔獣の背に乗って様子を窺う存在をじっと観察していた。
「いきなりな出迎えですね、大精霊様」
「申し訳ありませんコスモス様」
「いえいえ、悪いのは大精霊様なので」
慌てて駆け寄り謝罪してくる巫女に笑顔を向けて、コスモスはきっぱりとそう告げる。
物怖じしないその様子に一瞬呆けた顔をした巫女だったが、深い溜息をついてもう一度謝罪をすると笑い続ける大精霊に冷たい視線を向けた。
「いや、ちょっとしたスキンシップだって。結果的に避けられたんだからいいだろ?」
「……」
美しい巫女の冷ややかな目に大精霊の笑い声が止まる。ごほん、とわざとらしく咳払いをして凛々しい顔になったところで、ノックの音と共にトシュテンが姿を見せた。
「いやぁ、悪いねコスモス。どんな様子なのか確かめたくてつい」
「何となく対処法が分かったので大丈夫です。いえ、大丈夫じゃないですけど」
「あはは、面白いなぁ」
てっきり酷い反撃をされるかと思ったが何もなく、当の本人は楽しそうに笑っている上に巫女からは冷たい眼差しを向けられて冷や汗をかいているのでそれで良いことにした。
瞬時に判断できた自分を褒めながら、コスモスはソファーに上がったアジュールの背に座ったまま動かない。
コスモスが背に乗ったまま動こうとしないので、いつもは床に伏せる彼も仕方なくソファーに乗ったのだろう。
「随分と長く眠っていらしたようですが、御加減はいかがですか?」
「お陰さまでとても良いです。長期滞在になってすみません」
「コスモス様が心配することなどありません。マザーの御息女が滞在なさっているというだけでこの神殿の加護も増しますので」
「はぁ」
(そんな効果あった? いや、でも巫女さんが言うならそうなのかな)
自分としては全くそんな感覚がないので戸惑うコスモスだが、好意的に迎え入れられているのならそれに乗るべきだと思い曖昧に笑った。
(こいつ、分かってないなって思われてそうだけど誤魔化そう)




