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202 先輩と後輩

 黙ってコスモスの話を聞いていたココはお茶を一口飲むとゆっくり息を吐いた。艶やかな黒髪が揺れる。

 意志の強い赤色の瞳は優しげに細められ、形の良い口から笑いが漏れた。

「敵側にも異世界人がいそうなのは予想してたけど、厄介よね。でも娘ちゃん側に転生者もいるのか……引き寄せる体質かしら」

「だったらもっと集まると思いますけど。その方が手っ取り早くて助かりますけどね」

 話し合いで解決できればいいが、コスモスと同じ願いを持つ者は一体どのくらいいるのだろう。

 転移者ならばコスモスと同じように帰りたいと思っている者もいるかもしれないが、転生者となれば話は別だ。

 アルズも亜人として生まれ育ち、この世界に適応した生き方をしている。今後彼がどうしていくのかは分からないが、器用で技術もあるので食べるのには困らないだろう。

 荒事があってもスマートに回避するかこっそり処理するに違いない。

 そんな事を思いながらコスモスは声を上げて笑うココを見つめた。

「そう言えば、ココさん首輪ないですよね。あれって外せるものなんですか?」

「基本的には無理ね。召喚した相手との相性が良くても首輪は取れないわ。私に首輪がないのは自分で壊したからよ」

「壊せるんですか?」

「普通の人じゃ無理でしょうね。幸い私にはそれだけの力があったから」

 それは恐らく魔力だろう。異世界人は特殊な力を持つことが多いと言われているので神の祝福といってもいいのかもしれないが、ココの表情を見てコスモスは褒めようとした言葉を飲み込んだ。

「私の昔話はいいわ。大事なのは貴方のこれからよね」

「お手すきの時でいいので、協力してもらえませんか?」

「もちろん、協力するわ。娘ちゃんには色々と世話になったもの」

 今もバタバタしていてココも忙しいと聞いていたコスモスは、おそるおそる協力を頼む。彼女の予想とは裏腹、ココはにっこりと微笑んで快諾してくれた。

 ホッとしながらコスモスはお茶を飲んで口の中を潤す。

「それで、その対価なんだけど……」

「お金はないですよ。私ができる範囲ならいいんですけど」

「ふふ、お金はいらないわ。私の資産がどれだけあると思ってるの?」

 弟子を持つ魔女でレサンタ一の魔法使いとも言われているココのことだ。コスモスが想像できないくらいの資産を持っているのかもしれない。

 ごくり、と唾を飲んで答えを待っているとココはウインクをしながらコスモスを軽く指で弾いた。

「いたっ」

「ふふふ。こちらのお願いを先に聞いてもらってもいいかしら」

「どうぞ……」

「それじゃあ、移動するわね。娘ちゃん、こっちにいらっしゃい」

 一体彼女の資産はどれほどあるのか、と疑問に思いつつコスモスはカップの中身を空にして食べかけのお菓子を口に放る。ふわり、と浮いて差し出されたココの手に着地すればぐらり、と大きく揺れた。

「ちょっと酔うかもしれないから目を閉じていてね」

「はい」

 球体の自分に目があるのか分かるのかと疑問に思いつつもコスモスは目を瞑る。そこまではっきり認識されているかは知らないが、ココほどの魔女となればそれも可能なのかもしれない。

 国一番の魔法使いならば直接自分を元の世界に帰せるかと少し期待もしたが、流石にそれは難しそうだなと眉を寄せる。

 目を瞑っていてもぐらぐらと揺れているのが分かったが、ココがしっかり支えてくれるので怖さはなかった。

(信頼できる協力者は多い方がいいものね。何を要求されるかは知らないけど、私ができることなんてたかが知れてるし)

「目を開けていいわよ」

「……え、ここって」

「そう、宝物庫の奥にある“聖炎の間”よ」

 あまりいい思い出はないがここの空気は嫌いではない。そう思いながらコスモスは周囲を見回した。

 酷く破壊された壁や天井は修復されており、そこの部分だけ色が違う。ココが魔術で強化したのだろう、魔力の気配は前回よりも濃いような気がした。

「えっと」

「残念ながらここは現実なのよ」

「えっ、あの場から現実に? 何で私は平気なんでしょうね」

「そうね。私もいるし、貴方の本体はここにいないからある程度自由がきくのかしら」

「えっ?」

 それは一体どういうことなんだろうとコスモスは首を傾げる。

 本体はここにいないとすれば、恐らく本体は風の神殿内部にあるはずだ。

 ならば、ココに抱かれてこうして現実に存在している自分は何なのか疑問が浮かぶ。

(分裂というわけでもなさそうだし、中身だけというわりには感覚はいつもと変わらないわね)

「それにしても本体置き去りにして中身だけだっていうのに、夢も現も自由に存在できるなんて恐ろしいものだわ」

「よく分かっていない私が一番恐ろしいと思っているんですけど」

(中身なのか……中身だけのわりにいつもと変わらない気がするけど)

 不具合はなく、生命の危機もないのでいまいちピンとこない。いつも通り動けるならそれはいいことだと体の具合を確かめていたコスモスは、空いている手でわりと強めに触ってくるココに抗議の声を上げた。

「ぐえっ……潰れる! もっと優しくしてください! とても繊細なので!!」

「あぁ、ごめんなさい。あまりにも興味深かったものだから」

「怖っ」

 一度詳細を確かめてみたいと呟いていたエステルの目と非常に似たような目で見つめられてコスモスはじたばたと暴れた。

(あれは、実験対象(モルモット)を見る目だったわ。エステル様の感情の無いあの目を思い出すだけでも背筋が凍るっていうのにここにもいるなんて!)

 生命の危機を感じたら全力で脱出しようと考えたコスモスは、フンと腹に力を入れて軽く力を揮う。

 その程度でココが吹き飛ぶなんて思っていないが脅しと隙を作る機会ができればいい。

「本当にごめんって、娘ちゃん。あとでいいものあげるから、ね?」

「……」

「うわーひんやりしてきた。やだやだ、マザーに怒られちゃうのは私も嫌なのよ」

 手に持っているコスモスがひんやりとしてきたのを感じながらココは機嫌を取るように声色を変える。

 この程度の衝撃波では怯みもせず慌てることもなく、彼女を離すようなこともしないがそれでも油断できないとココは心の中で呟いた。

「実験体になんてしないから、ちょっとね、ちょこっとだけ興味があっただけなの」

「……へぇ」

「ほらほら、久しぶりの聖炎よ」

 話を逸らすようにコスモスを両手で抱え直したココは彼女を聖炎の方へ向ける。

 台座の上で揺らめく青い炎はここを訪れた時と変わらず燃えていた。

「ん? 前より小さくなってます?」

「そうなのよ。あの件以来、聖炎が小さくなっちゃって。消えるよりマシだけど神の加護が薄れ、いずれ無くなる前兆じゃないかとも言われてしまって困ってるのよね」

「確か、絶えることなく燃え続けるはずですよね?」

「伝承上はそうなってるわね」

 はっきりとそう言うココにコスモスはそれ以上何も言えなくなる。この場に大臣がいたら気絶するか射殺すような目でココを見るのだろう。

 簡単に想像ができてコスモスは思わずくすりと笑ってしまった。

「原因が分からないってことですか?」

「そうなのよ。フランは毎日聖炎に祈りを捧げているんだけど、日に日に炎が小さくなってしまって自分のせいじゃないかと落ち込んでいるわ」

「そうなんですか?」

「まさか。あの子は自分の王族たる血が薄いせいだと思っているようだけど関係ないと思うわね」

 正式な戴冠式はまだなので今は国王代理であるフランを思い浮かべ、彼が暗い表情をしている姿を想像する。

 心優しい彼ならば自分のせいでと思ってしまうだろう。

 自分の父親だったアレスと血は繋がっていないものの良い関係を築いていると思ったあの頃が懐かしい。

 まさかあの後、あんなことがあるなんて誰も想像できなかっただろう。

(でも、いずれはそうなっていたんでしょうね)

 ココが帰って来るまでにアレスは計画を実行しなければいけなかった。それはココがいれば自分の計画が看破され邪魔をされることが分かっていたのだろう。

(それだけ前王がココさんの力を恐れていたということよね。それは前王に憑いていた何かも考えていたはず)

「例の占い師はまだ?」

「悔しいことにね。でも、それらしい姿を見かけたという目撃情報は僅かにあるからまだまだ油断はできないわ」

「ココさんがいる限りは手出しできないでしょうけどね」

「どうしてそう思うの? 私だって万能じゃないんだから狙われて殺害されちゃうことだってあるわよ」

「何となくなんですけど、その例の占い師ってココさんに対して恐怖を感じていたような気がするんですよね。レサンタに属してるのであれば、冤罪でココさんを処理したほうが早いでしょう?」

 確実に邪魔をされ、その相手に勝てないとなれば排除するのが手早い。アレスにはそれだけの権力があったのだから、適当な罪をココに押し付け処刑するなり、国外追放にするなりできたはずだ。

 どっぷりとはまって信頼してしまった怪しい占い師がそばにいてもまだココを恐ろしいと思ったから殺しはせず外に出したのだろう。

「娘ちゃんて、結構怖いこと言うわよねぇ」

「アレスのベリザーナさんに対する執着を見れば、そういう手段を選んでもおかしくないでしょう?」

「そうね、その通りね。きっと、気づかれたら私がすぐに彼女を隠してしまうことを危惧したのね。物理的に遠ざければ上手く行くと思ったはずよ」

 掌の中でさらりと告げるコスモスに対してココは寂しそうに笑うと、彼女をそっと聖炎の燃える台座の中へと置いた。

「前にも言ったけど、私がいたところで止められたか微妙だけど」

「それでも相手はココさんを恐れた事実は変わらないと思います」

「はぁ。仕事とはいえ仕方ないけど、アイツに言って誰かに変わってもらうべきだったわ」

 後悔なんていくらしても足りないと呟きながら彼女は手を離す。

 台座の中でころりと転がったコスモスは球体から手を生やし大きく伸びをする。気持ち悪いとよく言われる形態だが、コスモスにとっては関係ない。

 足を生やさないだけ良いと思って欲しいと言うくらいだ。

「もし今後、あのバケモノと出会った時はうっかりしちゃってもしょうがないですよね」

「そうね。そのバケモノとレサンタは何の関係もないもの。貴方達の前に立ち塞がり害を為したならば倒してもしょうがないと思うわ」

 できれば会いたくないが、会った際は恐らくそうなるだろうとコスモスは何となくそう思っていた。

 逃がしてしまえばレサンタに戻って被害を及ぼしかねない。

「それで、どうかしら」

「……相変わらず良い炎加減ですね。確かにちょっと、弱めな気もしますけど」

「そっか。何とかできそう?」

「え? 修理屋さんじゃないですよ」

 顎に手を当ててコスモスにそう尋ねるココは球体状だったコスモスから手が生えても特に何も言わない。

 寧ろ何故足は生えないのかとすら思っていた。

「何とかできると思ったんだけどやっぱり無理か」

「うーん。ちょっと、試してはみます」

「えっ、本当に?」

 急に置かれてどうにかしてくれと言われても困る。それはココも分かっていたのだろう。

 運よく何か反応すればと思ったのだろうが、とコスモスは溜息をついて自分の中にある火の精霊石を強く意識した。

 燃え盛る炎が少しずつ色を変えて青くなっていく。

 それは不浄を退ける青い炎に良く似ている。切り替えが可能かと思えば炎は赤く燃え盛り、また聖炎を思えば青く燃えた。

(切り替え可能か。便利だけど、使いどころあるかしら。これは上手くすれば火の精霊石の力との融合もできるかな)

 そんなことを思っているとコスモスの意志により色を変えていた炎が白くなった。

 一際大きく燃え盛ったかと思えば徐々に小さくなり、程よい大きさで安定する。

「ふぅ」

 さて、これから自分が中に入っている聖炎をどう大きくしたものかと思っていると目の前にいたココが大きく目を見開いて自分を見ているのに気づいた。

 何か失敗したかと慌てたコスモスだが視線を巡らせれば纏う聖炎に変わりはない。

「本気でやるとは思わなかった。流石娘ちゃんと言うべきなのかしら。本当に興味深い子よね」

「え、できました? それなら良かったですけど」

 火の精霊石の力も混ざってるかもしれないということを告げれば、ココは溜息をついて額に手を当てた。

 やはり混ざりものは駄目だったかと眉を寄せるコスモスにココは口を開く。

「上出来よコスモス。聖炎の威力が元に戻ったわ。いえ、寧ろ前より火力が増してるわね」

「それはいいことなんですか?」

「もちろん。これだけの力なら充分すぎるほどだわ。何をしたの?」

「何をと言われても、私の中にある火の精霊石の力を分けられたら何か反応しないかなと」

「それだけじゃないわよね。聖炎と火の精霊石の力は性質が違うもの」

「火の精霊石を入手する前に、私は聖炎の中に入ってたじゃないですか。だからその時に聖炎の力を少し吸収できたみたいで色々いじってたらこうなりました」

 ふざけたことを言うなと怒られてしまいそうなことだが、ココは真面目にコスモスの話を聞いていた。

 時折何かを呟きながら視線を宙へ向け、納得したように頷くと燃え盛る聖炎の中でのんびり寛いでいるコスモスを見つめた。

「聖炎の中に平気で入れるくらいだもの。その程度はできてしまうんでしょうね」

「私が一番自分のこと良く分かってない気がしますけど、マザーの娘でエステル様の加護も受けているならこんなものかと思ってしまって」

「そうよね。私もそう考えると納得してしまうわ」

「他の方々には適当に言っててもらえませんか?」

「……分かったわ」

 自分の名前を出されたくないというコスモスの心情を察したのか、ココはそれ以上深く聞いてきたりはせずに頷いた。

 安定して燃え続ける聖炎の中に居たコスモスは、帰りましょうと告げたココに頷いて彼女に向かって飛ぶ。

「さぁ、また目を瞑ってね」

 言われるがまま目を瞑ればぐらりと大きな揺れがコスモスを襲う。この感覚はいつまで経っても慣れそうもないと思いながらココの手の中で身を丸めた。




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