19 おねえさま
ソフィーアの儀式が終わってから、コスモスは一日のほとんどをマザーの執務室で過ごしていた。
そこに自分の居場所があるからという理由の他に、マザーから言われている読書と勉強をするためだ。
自分の力を理解するためにと言われて読むように指示される本は日々増えてゆく。
「ふむふむ。ほーほー」
さっぱり判らん。
そう呟いて読んでいた本を横に避けたコスモスはトントンとその本の表紙を指で叩くマザーに顔を上げた。休憩中なのだろうか、資料を探しに来たのかマザーはコスモスが避けた本を手にすると懐かしそうに目を細める。
「駄目よコスモス。ちゃんと読んでおかないと」
「いや、読んでますけど内容が分からないですよ」
難しい単語や説明が出てくると読み飛ばしたくなってしまう。
細かく調べるように辞典を何度引いてみても、その辞典に書かれている説明文ですら眉を寄せてしまうようなものなのだから仕方がない。
熱心にマザーに聞いていたあの時の自分はどこへいったのやら、と他人事のように呟くコスモスにマザーは首を傾げた。
「ここに積まれてる本は読み終わったもの?」
「そうです。こっちが未読です。まぁ、読み終わったと言っても内容はさっぱりですけど」
「自慢しないの」
文章を読むだけだったら困らないので読める。
内容が分からないと言ったコスモスだが、それも曖昧なところだ。正確に言うなら、分かったような分からないようなモヤモヤとした感覚だけが残っていた。
マザーはパラパラとその本を捲りながら「ふぅん」と呟く。
「貴方には絵本から始めたほうが良かったかしらね?」
「そうかもしれないですね」
「そう拗ねないの。きちんと読めているのならそれで充分よ」
コスモスが異世界初心者だということを忘れているのではないかと思えるくらい、マザーが読むようにと告げていた本は難しい専門書が多かった。
きっとその中でも比較的読みやすい物を選んでくれたのだろうが、コスモスにとったら難しさに変わりは無い。
分からない部分はさらりと流してとりあえず最後まで読むことを目標にしていた彼女は、魔術に関する知識が載っている本を手にして首を傾げた。
「そう言えば魔力って、この世界の人たちはみんな持ってるみたいですけど私にもあるんですかね」
「あるわよ。コスモスは霊的活力が見えるのよね」
「はい。モヤモヤしたのがそのモノの外側にあるのが見えます。生命活力と魔力は色が違うので何となくこうかな、と」
全ては手探りだ。
コスモスはたくさんの人を見て、情報収集し共通するものを探す。
必ず誰しもが持っているのが二つのオーラ。生命活力のオーラと魔力のオーラだ。
その二つの色と輝きを見比べて「このくらいの強さだろう」と上・中・下の三段階にざっくりと仕分けしていく。
魔力が得意な者は、一般的な人よりも魔力のオーラが強い。逆に魔力に頼らない武術等が得意な者は、生命活力のオーラが強いことを発見した。
「あぁ、そうね。それについて書かれている本があったはずだけど……どこだったかしら」
霊的活力が見えても見えなくとも特に関係ないものだと思っていたので、コスモスがマザーに詳しく聞くことはなかった。
何となくそんなものが見えるという話はしたような気もするが覚えていない。
目の前にいる彼女の様子からすると、影武者にはその話はしていないようだとコスモスは書架を眺めるマザーを見つめた。
纏う霊的活力は本物のマザーと何ら変わりがない。ここまでそっくりにできる事があるのか、と気持ち悪くなるくらい本物のマザーらしいのだが“何か”が違う。
その“何か”が分からないのですっきりしないのだが、分かったところで何か得するわけでもない。
聞いたところで素直に教えてくれる気もしないのでそれ以上深く考えないようにしていた。
「そう言えば、調査隊の人たちどうなりましたかね」
「そうねぇ。進展があれば報せてくれる手はずにはなっているけれど」
絞り込めた場所に移動する時間と探索する時間を考えればあと数週間は必要だとマザーは言っていた。ソフィーアの状態は少しずつだが回復に向かっている。
何か協力できる事があれば何でも言って欲しいとクオークに申し出たソフィーアが、回復したから現場に行くと言い出さないか心配だ。
(本調子であっても、そんな馬鹿なことするような子じゃないってウルマスも言ってたけど。不安だな)
万が一の為に妹の言動には気をつけておくとウルマスは言っていたがどうなることやら。
もしこれが赤髪姫ならば、自ら不逞の輩を捕らえようと意気込むかもしれない。そして、彼女ならば腕も立ちそうだからソフィーアより安心できるとコスモスは一人頷いた。
身を守る術をろくに持たぬ者ほど厄介なものはない。足手まといが増えるだけなのだから、大人しく部屋でじっとしていてほしい。
酷い言い様だがそれが事実だ。
自分も肉体を伴ってこちらに召喚されたならば、使い物にならないお荷物だっただろうなと想像してコスモスは溜息をついた。
(足手まといになるのはソフィーアも理解してると思うから大丈夫だとは思うけど)
本の背表紙をなぞりながらブツブツと呟くマザーを見つめ、コスモスは静かに息を吐いた。
ふらりと見舞いに訪れれば快方に向かっていたソフィーアが寝込んでいたのでコスモスは驚いてしまった。忙しなく動き回る侍女たちの様子を見ながら少女に声をかけることもせずコスモスは部屋を出る。
荒い呼吸に赤い頬。
熱が上がったのだろうと一目で判る様子には首を傾げてしまった。
これもまた自分せいなのか、それとも黒い蝶の影響なのか。
考えながら部屋の外でぼんやり浮いていると医者らしき老人が助手らしき女性と共に部屋へ入っていく。エルグラードの顔もこの前見たときよりやつれて見えるような気がした。
(オーラ見た限りでは生命に危機があるってわけでもないんだけど、体調悪いとこに風邪でも引いたかな?)
頭上で、キュルルと鳴くのはケサランではなく彼の代わりにコスモスが乗せた精霊だ。ケサランは不満げに彼女の周囲を漂い、じっと自分の定位置だった場所を見つめている。
「コスモス?」
唸り声に気づいたのかソフィーアの部屋から出てきたウルマスが廊下を見回しながら声をかける。小さく抑えたその呼び声にコスモスは「ん?」と反応して彼の姿を見つけた。
「あ、ウルマスさん。 ソフィーア姫はどうしたの? 大丈夫?」
「あぁ」
物凄い勢いで飛んで来たコスモスに風圧を感じながらウルマスはついてくるように、と手招きをする。普通に会話をしてもいいのだが、精霊が見えない人物が多いため独り言にしか見えない。
変に思われる事は無いだろうが注目を浴びるのが嫌なのだろうと、コスモスは大人しくついていった。
「……お邪魔します」
「どうぞ」
着いた場所はウルマスの自室だった。
異性の部屋に入るのは初めてではないが、緊張してしまうコスモスはキョロキョロと室内を見回して溜息をついた。
広い部屋の片隅にグランドピアノが置いてある。置いてあるということはウルマスが弾くのだろうと興味深そうに彼女はそれに近づいていった。
艶々とした黒い表面は磨きぬかれて鏡のように美しい。
だがここでもやはりコスモスの姿は映らなかった。
「適当に寛いでくれていいよ。大した物はないし、狭いけどね」
(充分に広いんだけど……ソフィーの部屋もそうだけど、ホテルのスイート並みだって)
やはり育ちが違うと感覚も違うのだろうという事で一人頷き、コスモスは上品な部屋をぐるりと見渡す。
花器には今の季節の花が生けられており、室内を華やかにさせていた。
ソフィーアの部屋は女の子らしくフリルやリボンがあしらわれた天蓋やカーテンがあって、控え目だが実に彼女らしい部屋だ。
ぬいぐるみもベッドサイドに数個並べてあり、お気に入りなのかボロボロになっている絵本が枕元に置いてあったのを思い出す。
「王子様の部屋みたいだね」
「ふふ、そうかな? まぁ、イスト兄の部屋は無機質だしアル兄の部屋は散らかってるからなぁ」
「そうなの」
長兄のアルヴィは見た目も中身もしっかりとしているという印象を持っているだけに意外だ。次兄のイストは異議無く頷けてしまうから笑えてしまうとコスモスは慌てて笑いを噛み殺した。
部屋の窓を開けてその涼しさに目を細めたウルマスは、揺れるレースのカーテンを見つめながら呟く。
「花も、音楽も、母親が好きでさ。恋しがって泣くような歳じゃないけど、未だ母親離れできてないのかもね。僕よりイスト兄の方が酷いのになぁ」
「まぁ、無理矢理忘れようとするよりはいいんじゃないかな。固執するあまり死者蘇生法とか試したりするよりは」
「あははは! 死者を侮辱するような真似はしないよ。大体そんな事したら母様に怒鳴られる」
経験が無いからなんとも言えないコスモスは、祖父母の事を思い浮かべてもごもごと口を動かした。頭上ではそこで寛いでいる精霊とケサランが静かに火花を散らしている。
鬱陶しい、とケサランを手で押さえて捕まえたコスモスは陽の光を浴びて輝いているウルマスの金髪を見ながら頬を緩ませていた。
(まるで、天使だなぁ)
金髪のショートカット。毛先は羨ましいくらいの内向きで一見すると女の子かと首を傾げてしまうくらいの可愛らしさを持つウルマス。
大らかな印象のアルヴィと冷たい印象のイストとはまた違った性格だが、コスモスはイスト以外となら気が合いそうだとヴレトブラッド家の家族を身近に感じていた。
末子のソフィーアは気高く美しい深窓の令嬢という表現にぴったりだが、ただ弱々しいだけではなく頑固な部分も持ち合わせている。
どうしたら病弱な身で、荷物になっている立場で周囲の役に立てるかと真剣に悩む姿は「もういいよ!」と止めたくなってしまうくらいだ。
儀式が終わり、教会に移れば彼女の役目も一段落ついて穏やかな日々が過ごせると思っていたというのに。
「あぁ、えーとソフィーの状態だったよね。ごめんごめん。心配して来てくれたのに僕の話しちゃって」
「いえいえ」
「あははは。いいよ別にそんな。僕はイスト兄みたいじゃないしね。君とは気が合いそうだしさ」
可愛らしい年下の男の子にそんな事を言われて嬉しくないはずがない。
胸がときめきはしないものの、じんわりと温かいものが広がっていく感覚にコスモスは「ふふふ」と笑った。
「ソフィーが心酔してるだけはあるかな。お姉さまができたみたいで嬉しいって、はしゃいでいたから」
「お姉さま……オバサマの方が合ってるような」
「そう? どっちにしろ年上ならオネエサマに変わりは無いわけだ」
ね? お姉様。
翠玉の瞳で見つめる上目遣いの小悪魔。
これは慣れてるな、と思えるくらいのあざとい仕草だが「ふぐっ」と変な声が出てしまうくらいにコスモスも心を掴まれてしまう。
(慣れている……)
さらり、と金髪を揺らして小さく唇を尖らせたりするウルマスに思わず手にしていたケサランを掴む力が強くなってしまった。
痛いと言わんばかりに鳴き暴れるケサランに謝罪していると、ウルマスが目を輝かせている。
「あぁ。あと、お願いがあるんだけどな」
「お願い……」
「難しいことじゃないよ。僕のことは呼び捨てでいいから。そう呼んでくれると嬉しいな」
こちらの世界での金髪は珍しくもないのだが、それでもアレクシスやウルマスたちが他より綺麗だと思うのは身内の欲目のようなものかとコスモスは首を傾けた。
「はぁ。そう言うなら」
「うん。僕も今日から君のこと、お姉様って呼ぶね!」
「何でっ!」
ソフィーアが呼ぶならまだ分かる。
儀式のことも含め、親しくなっているからだ。
しかし、その兄であるウルマスに姉呼ばわりされり理由が分からないと思わずコスモスは叫んでしまった。
「えー、だって兄ばっかじゃん? だからずっとお姉ちゃんって欲しかったんだよねぇ」
「親戚じゃ駄目なんですかね」
「あぁ、従姉妹ね。ちょっと、距離感が遠いかな。ソフィーとお姉様見てたら羨ましくなっちゃって」
どこに羨む要素があったんだろうかとコスモスは首を傾げる。
ふふふ、と嬉しそうに微笑むウルマスはとても綺麗で眩しいがそれに反してコスモスは曖昧な笑みを浮かべた。
せめて姉じゃなくておばさんでいい、と何度も言うコスモスにウルマスは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「え……駄目?」
「だめじゃないですけど……」
上目遣いの小悪魔のなんと恐ろしいことか。
きっぱりと駄目だと言おうとしていたコスモスの気持ちは揺らぎ、迷う声色でそう呟いた。
これに逆らえる人物がいるんだろうか、と喜ぶウルマスの声をどこか遠くで聞きながらコスモスは溜息をつく。
自分の弟とは違いすぎて扱いに困るが、そう接点もないだろうと彼女は深く考えることをやめた。
「マザーの御息女で、ソフィーの守護精霊のお師匠様なんだから“お姉様”が一番似合うよね」
「ん? マザーの娘っていつ知ったんです?」
「ソフィーから教えてもらったんだ。あの子に精霊が付けないのは知ってたからね。お師匠様って言っても精霊じゃない事は確かでしょ? だから、どうなのかなーって聞いてみたらマザーの娘さんだって」
(マザーから詳しい説明は無かったのかな。いや、父親であるエルグラード氏にのみ伝えられてるって事もあるか)
ウルマスは妹であるソフィーアを可愛がっている。彼女の不利になるような事はしないから心配はないだろうとコスモスは腹に頭突きをしてくるケサランを撫でた。
(ソフィーが話したんだから、信頼できるってことだろうし。次兄以外には話してるのかな?)
何かと煩いことになりそうな次兄の姿を思い浮かべていると、部屋の外が騒がしくなる。誰かが駆けながら大声を上げているのが聞こえ、コスモスは眉を寄せた。
部屋の外に通じる扉を見つめていたウルマスも、それが何であるのか瞬時に理解したらしく溜息をつく。
「あーあ。面会謝絶にさせとくんだったなぁ。イスト兄も仕事放って何してるんだか」
「イストさんの過保護は昔からだって聞くけど」
「あぁ、姉様もとばっちり食らってたもんねこの前。そう、どうしようもないドシスコンのドマザコンなんだよねぇ」
遠くを見るような目をしながら息を吐いたウルマスが組んでいた腕を解いて大きく伸びをした。イストが騒ぐと必ずと言って良いほど彼が抑えに回る。
兄弟間での役割分担が昔から決まっているのだろうなと思いつつ何度も弟に連れて行かれるイストを見た。
「ドシスコンの、ドマザコン……」
「どっちかって言うと、マザコンが酷いんだよねイスト兄は。あ、これ内緒ね。僕が言ったってばれちゃう」
「内緒も何も、私の声が聞こえる人は限られてるし言うつもりもないけど」
言わずともイストのシスコンぷりは誰が見ても分かるだろう。その酷さも昔からなのだろうと思うくらいに、この屋敷に勤めている使用人たちの対処がこなれている。
教会に移って正解だったのかもしれないなぁと思いながらイストの顔を思い出せば、同時に舌打ちされた挙句「使えない」呼ばわりされたことまで思い出す。
イラッとはするが、ソフィーアの大事な兄なので危害を加えるわけにもいかない。
それでもイストだけには決して認識されないようにしよう、とコスモスは強く心に決める。
「それなら心配いらないよ。イスト兄は精霊とは相性悪いみたいだから多分気づかないと思うよ」
「……ごめんなさい」
口に出ていた事に気づいたコスモスは声を落として頭を下げた。ウルマスにその姿が見えずとも、良心が痛む。
直接的な悪口ではないがしまったな、と彼女が思っていればウルマスはその気配を察したのか明るい声で笑ってくれた。
「気にしないで。イスト兄が酷いのは今更だし。何とか抑えてくれるようにって思ってるんだけどさ、ドマザコンっぷりは抜けないんだよね。馬鹿みたいにソフィーの事甘やかしちゃってさ」
溺愛して何でも与えてればいいなんて意味無いのにね、と同意を求められるがコスモスとしては困る。頷きたいがそうしていいものかと言葉を濁していると、ウルマスは気にせず話し続けた。
「ソフィーが真面目でいい子だからいいものの、そうじゃなかったらとんだ我儘姫の出来上がりだよ。ソフィーがアレクと再会してからは酷くなる一方だしさぁ」
「でも、アレクシス王子はソフィーア姫の婚約者としてお父様が認められたんでしょう?」
「うん、そうだよ。いくら幼い時の約束とは言え、その後正式に婚約が結ばれたからね。証明の書類だってきちんと保管しているし」
話を聞いている限り、ウルマスもソフィーアさえよければいいということなのだろう。そう頷いてコスモスは怒り狂うイストを頭に浮かべる。
昔からだとは言うが、アレクシスもあんな酷いのがいてよく諦めなかったものだと感心してしまう。
「いくら昔から信頼できる相手とは言え危険なのも分かっているけど、どうしてイストさんはそこまで反対するの? アレクシス王子をまるで親の仇みたいに憎々しく睨んで」
「あーうん。ま、いっか。姉様はソフィーが凄く懐いてるし、信頼してるヒトだもんね」
「いや、複雑な事情が入り乱れて言いにくいのなら聞かないことにするわ」
ウルマスは苦笑して軽く頭を左右に振ると「大した事じゃないよ」と呟いた。
その綺麗な緑の瞳が疲れたように翳っているのを見て、コスモスはごくりと唾を飲む。
「ほら、ウチ女の子一人じゃん? で、母様は小さい頃に亡くなっちゃったでしょ? だからきっとソフィーに母様の面影重ねてるんじゃないかな。マザコン過ぎて」
「……それにしても、その、ちょっと、異常……じゃあ」
イストが父親だというのならばまだ何となくだが理解はできそうだ。しかし、彼は次兄であり見た目の印象から言えば一番しっかりしているように見える。
「そう思うよね? まぁ、イスト兄は怖いのかもね。小さい頃からイスト兄は母様の傍にべったりで、僕が譲ってあげるほどそういう点では幼稚だったから」
「……幼い、か」
「ソフィーは昔から病弱でしょ? だから、母様に次いでソフィーまでも……って思ってるところがあるのかも」
そのことについて話し合ったことは無いから全部僕の推測だけれど、と付け足すウルマスはどことなく寂しそうに俯いた。
彼だってまだまだ甘えたい盛りの時に母親を亡くしているのだ。部屋に飾られている花を見ては笑顔を思い出し、ピアノを弾いては幼い頃の思い出に浸るのかもしれない。
恥ずかしい事ではないが、胸が切なくなってしまってコスモスは言葉を無くした。
(母親、か)
何かと頼れる自分の母親を思い出して、気分が落ち込む。今頃何をしているのだろうなとか、自分が突然消えてショック受けて倒れたりしていなければいいなと思いながらコスモスは溜息をつく。
ふわふわと近づいてきたケサランがその身を寄せてきて頬に擦り寄った。
その温かさに目を細めながら「ありがとう」と囁くと、彼は嬉しそうに鳴いた。
「でもそれはアルヴィさんやウルマスだって同じじゃない? お父様だってさぞお辛かったでしょうし」
「そうなんだけどね。昔から母親べったりだっただけに余計に酷いんじゃないかなって思うんだ。もし僕がソフィーだったらイスト兄は嫌いになるね。しつこいし、婚約者邪険にするし」
「ソフィーは優しいものね。でもこの前は流石に怒ってたけど」
調子の悪い時以外は毎日見舞いに訪れては自分の為に時間を使ってくれるアレクシスが、来ない日が数日あった。忙しいのかとソフィーアもコスモスも思っていたのだが、後日サラがソフィーアにその理由を教えたらしい。
アレクシスが来る事が負担になって、妹が静養できないでいるから遠慮しろとイストがアレクシスに直接言ったのだと。
それを聞いたソフィーアは珍しく怒って、怒りの余り泣いてしまったのだ。
優しく宥めるウルマスとサラにコスモスも加わり、イストはしどろもどろに言い訳をしながら目を泳がせていた。
(あれは酷かったなぁ。ソフィーア姫があんだけ怒るのにもびっくりしたけど)
「あぁ、後で父様にもこってり絞られてたよ。本当にさ、家の立場とか考えないから嫌になっちゃうよ」
「いつもいつもお疲れ様です」
「ん? あぁ、いいのいいの。あれでストレス発散してる部分もあるし」
にっこりと笑顔でイストに毒を吐くウルマスを何度か見た事のあるコスモスは「あれか」と呟いて苦笑した。
性別こそ違えど、中性的な顔立ちをしているウルマスに詰め寄られ怒られるのはイストも苦痛なのだと言う。
母親に叱られているみたいな気分になるらしいと告げて笑う姿は、正に小悪魔だ。
「姉様も脅しちゃっていいよ。生命の危機にならないんだったら、ちょっとキツイくらいの方が効き目あるだろうし」
「いや、でもソフィーア姫や貴方のお兄様だし」
「イスト兄、姉様やソフィーの精霊について結構酷い事言ってるから、そのくらいの権利はあると思うよ。僕は気にしないし」
好かれていないとは思っていた。嫌われているとも感じていた。
けれど、別に好いて欲しいと思っているわけではないのでコスモスはずっとスルーしていた。
彼が言う事も一理あって正しいのだし、何より彼は妹であるソフィーアの事を本当に大切にしているのだと分かっているから。
「それだけ大事にしてるってことだし、そんな風にするのは……」
「今回ソフィーの調子が悪くなったのも、イスト兄が懲りずにアレクを追い返したからなんだよね。いやぁ、ソフィーは情けないって泣いてから高熱が続いて下がらなくて皆心配してるんだ。イスト兄なんて、屋敷内の誰かが病をうつしたんじゃないかとか言い出すんだから」
「へー、そうなんだ。そのうち、この家にオバケ出ちゃうかもしれないねぇ」
「あははは! 最高だよお姉様! イスト兄はオバケ嫌いだから楽しみ」
確かに行き過ぎている部分もあるが、それもこれも全ては大事な妹のためだからしょうがないと思っていたコスモスも流石に許容できない。
本人は大事にしてるつもりだろうが、一番負担をかけている原因じゃないかと彼女は溜息をついた。




