189 浄化装置のようなもの
もぐもぐ、と口の中に放り込んではペッと出す。
それをもう何度繰り返したことだろう。
コスモスはアルズに抱えられながら、レイモンドが用意した小石を口に含んでいた。
「マスター休憩しましょうか?」
「ううん。先にこれを終わらせたいから後でね」
「ふふふ。何度見ても凄いよね。中に取り込んだだけで浄化して魔石にしちゃうなんてさ。このくらいの大きさならいけるんじゃないかとは思ったけど」
コスモスが吐き出した小石は、口に含む前とは違ってキラキラと輝く石に変化する。
テーブルの上に小さな魔石が増えていく様子を見つめながら、レイモンドは注意深くコスモスを見つめた。
球体に取り込まれた小石が魔石になって出てくる。
ころころ、と中で転がしている時間は三十秒くらいだろうか。最初はどのくらいで魔石になるのかが分からなかったので中途半端な形で出てきてしまったこともあったが、それもそれで面白かった。
半分が浄化された状態の魔石を記念に貰ったレイモンドは、それを照明に翳して楽しそうに笑う。
そんな父親に溜息をつきながら、ルーチェはアルズの隣に座って魔石を選別していた。
大きさ、輝き、内包する魔力量。
少女は慣れた様子で選別しながらリストにペンを走らせていく。うっとりとするような父親の声を無視しながら、判断に悩むものは父親側へ集めていた。
「父様、仕事して」
「してる、してるよぉ」
「ポケットに入れた魔石はちゃんと戻してね」
「……あ、間違って入っちゃったのかな?」
淡々とした表情と声で視線も合わせずそう告げる娘の言葉に、レイモンドは笑いながらポケットの中から魔石を取り出す。
もごもご、と口を動かしていたコスモスは入れたばかりの魔石をペッと吐き出した。
「痛い!」
「コントロール間違うことは良くあることよ。貴方は何も悪くないから気にしないで」
「分かります。僕でも手元狂ってうっかりすること良くありますから」
「エヘヘーマチガッチャッタ」
抑揚のない声でそう告げたコスモスは頭を押さえたレイモンドを見もせず、次の石を口に放り込む。
簡単な魔石浄化機だな、と思いながら増えていく輝石を眺めた。
「それにしても、よくこれだけの魔石を集めていたな」
「色々と使えるからね。それでも浄化するのは簡単じゃないからたまる一方だったけれど。それにこのくらいの魔石は浄化しても価値が低いからワリに合わなくて」
「ならば何故集めていた? お前たちなら賞金稼ぎや依頼で稼いだ方が効率的だろうに」
「あぁ、そうですよね」
アジュールの言葉にアルズが頷く。
ルーチェは小さく笑ってペンを動かしながら彼らの問いに答えた。
「仕事で使ったりするのよ。浄化されていなくてもそれなりの力はあるし、魔石自体が貴重だからクズとはいえ捨てられないの。それに、浄化できないわけではないから」
「ルーチェに負担がかかるから、精霊ちゃんには感謝しかないよ」
「レイモンドさんはできないんですか?」
「残念ながらね」
魔石を浄化して綺麗な輝きを取り戻すにも才能が必要なのか、と思いながらコスモスは口から浄化し終えた魔石をプッと吐き出した。
「天然の魔石って宝石かと思ったけど、違うのね」
「そういうものは手が出ないからね。高価で簡単に入手できないし」
「じゃあ、ルーチェは凄いんだわ」
「凄い、ですか?」
コスモスの言葉にアルズが首を傾げる。
突然褒められたことでルーチェも動かしていた手を止めて顔を上げた。
ぱちぱち、と緑目の瞳を向けられてコスモスは人知れず頬を緩めた。
「この小さな石を魔石だと判断できるんだもの。普通なら、ただの小石だって見向きもしないでしょう? 他の普通の石と混ぜたらそこから探し出せる人なんてあまりいないと思うわよ」
「へぇ。魔力感知が凄いんですね」
「そうなんだよ! うちの子は本当に凄いんだ! こんなに愛らしくて才能もあって占いの腕も良いなんて、素晴らしいだろう?」
アルズがそう言えばレイモンドは前のめりになりながら愛娘がどれだけ可愛くて凄いのかを力説してくる。
本当にルーチェのことを愛しているんだなと微笑ましくなりながら、コスモスは次の石を口に放り込んだ。
「本当は宝石と変わらない魔石が欲しいんだけど、財政難で入手できないでしょう? だから、浄化されてないものやクズで使い物にならないって言われるこういう石を集めて使ったりしているの」
「ルーチェが浄化するのは大変なんでしょう?」
「そうね。貴方みたいにそう簡単にはできないわ。でも、全くできないわけじゃない。必要な分だけ浄化してあとはそのままにしているのよ」
「……多くの量を浄化して売らないのは身の安全の為ですか?」
疲労はするだろうが、浄化した魔石をある程度溜めて売ればそれなりの金額にはなるだろう。
レイモンドがそういう店を知らないわけも無い。
しかし、そうしないというのは何故かと思っていたコスモスの疑問を察したかのようにアルズはそう言った。
ちらり、と父親に視線を移したルーチェにレイモンドは頷いて口を開く。
「そう。その通りだよ。でも、良く知っているね」
「魔力感知能力がそれだけ高いなら、放っておかれるわけがないと思ったので。それに加え、魔石を浄化できる力もある。占いの腕もいい。狙われないわけないですよ」
「え、大丈夫?」
「大丈夫だからこうしてここにいるんだよ。ルーチェは私に似て才能があるからねぇ。こーんなに愛らしいし、周囲が放っておくわけないだろう?」
「分かります」
「僕も分かります」
即答するコスモスにアルズも素直に頷く。
あまり褒められ慣れていないのか、ルーチェはもごもごと口を動かして頬を赤く染め、ぷいと顔を逸らした。
床に伏せているアジュールだけがマイペースに尻尾を揺らしている。
「なるほど。すっぽり被るローブやベールもその姿を隠すためだな。一緒にいるのが得体の知れない父親なら容易に手も出せない」
「でも、狙われたりはしそうだよね。占いの腕がいいって評判だったし」
「だから賞金稼ぎなのよ。荒っぽいことをしてれば、万が一衝突した時も何とかなるもの」
「何とか……」
「あ、僕分かります! うっかり手が滑っちゃうやつですよね」
「そうそう。偶然、悲しい事故があったりうっかりしちゃうやつ」
にこにこと会話をしているアルズとレオナルドは楽しそうだが、話している内容は物騒だ。
しかしそのくらいでなければ旅をするのは難しいのかもしれない、と思いながらコスモスは口を動かし続けた。
口に入れて吐いてを繰り返しているコスモスの目の前には浄化された魔石でできた小山ができていた。
それぞれが違う色で輝いている魔石の煌きを眺めつつ、これだけ集めていたルーチェに驚く。
石の入った皮袋の底が見え、終わったと思えば次の皮袋が出てくる。まるでわんこそばのようだ、と思いながらペッと魔石を吐き出す。
「父様、このくらいでいいんじゃないかしら」
「そうだね。これだけあれば充分だろう。今後の為にと思って多めに浄化してもらえて良かったよ。お疲れさま、精霊ちゃん」
「マスター、今お茶を入れますね。美味しいお菓子も作ってもらいましたよ」
「はぁ……結構疲れるわね」
ころり、とその場で転がり溜息をつくコスモスを優しく持ち上げてルーチェは顔を近づける。
何かを探るように見つめてくる美少女を眺めながら、コスモスは欠伸をした。
「具合が悪いとかはない? 見たところ何も変化はないようだけど、疲労感だけ?」
「うーん。疲労感だけかな」
「心配しなくていい。本当に疲労感だけだろう」
お茶を飲んでお菓子を食べたら回復するだろう程度に思っていたコスモスだが、彼女の予想以上にルーチェとレイモンドが心配そうに見てくる。
どうしたものかと彼女が思っていると、頼りになる魔獣がそう告げた。
「そう?」
「浄化する際に発生する澱というかゴミのようなものはあるだろうが、その程度ではマスターを害することはできない。万が一があるとしても、私が吸収するから問題はない」
「そう言えばキミは魔獣だったね。だとしたら寧ろ糧になるか。ははぁ、便利だねぇ」
「このくらいなら排出される前に消失する。それに、マスターの中で中和されてしまっているだろう」
「はぁーなるほど。聞けば聞くほど精霊ちゃんに興味湧くなぁ」
好奇心を隠しもしないでキラキラした瞳で見つめてくるレイモンドにコスモスは溜息をつく。
彼の気持ちは分からないでもないが、色々と弄繰り回されるのは遠慮したい。
目の前の愛らしい少女も同じ事を思っているのかなとコスモスが少し不安になれば、それを感じ取ったのかルーチェは父親を軽く睨みつけた。
「父様。彼女に害を加えるのは許しません」
「冗談だよ。本当にそんなことするわけないって。しようものならその前に僕がバラバラになっちゃうよ」
威嚇するような赤の双眸と、離れているのに喉元に刃を突きつけられているような殺気に挟まれてレイモンドは両手を上げる。
ソファーに座りなおした彼は背もたれに体を預けると、警戒した様子でにっこりと微笑むアルズにひらひらと手を振った。
「いやいや、それだけの世間知らずの子だったら確かにこんな守りにもなるよね」
「守り?」
「子守の間違いだろう」
「あははは! 厳しいこと言うねぇ」
(子ども扱いして、と怒りたいけど迷惑かけてるのは事実だからなぁ)
元気だったらアジュール目掛けて飛んでいたところだが、そんな気分にもならない。
ワゴンを押してきたアルズはテーブルにお茶の用意をしていく。レイモンドもそれを手伝いながら機嫌を取るようにコスモスの小皿にお菓子をこんもりと盛る。
いただきます、と呟いて口の中をお茶で湿らせると彼女はまるで吸い込むかのように皿に盛られた菓子を口の中に入れた。
数回咀嚼して飲み込む。
(はぁ、美味しい。疲れが吹っ飛ぶようだわ)
「ただいま戻りました。おや、休憩の時間でしたか」
「おかえりー。見て見て、精霊ちゃんのお陰でこの成果~」
「流石は御息女です。こちらも無事に話を通しておきました。その前に換金が必要と思い信頼できる方をお連れしたのですがよろしいですか?」
「すぐに換金できるなら構わないわ。ただ、気に入らなければ不成立だけれど」
コスモスが浄化した魔石を皮袋の中に入れたルーチェは、トシュテンの言葉に頷きながらそう答える。
いくつかの袋にしまわれた魔石を父親に渡し、彼女はソファーに座りなおしてカップに口をつけた。
「そういうことで構いませんか?」
「ええ、もちろんです」
そう言ってトシュテンの背後から現れたのは品の良い男性だった。




