188 旅は道連れ
一人よりも二人の方が心強い。
二人よりも三人、三人よりも四人。
増えれば増えるほど安定はするが、身動きが取れなくなってしまうのが問題だ。
そんなことを思いながらコスモスは溜息をついた。
「お疲れですか?」
「ううん。ちょっと、夢見が悪くて睡眠不足なだけ」
「精霊が見る夢かぁ。気になる話だね」
声をかけてきたトシュテンを見上げてコスモスがそう答えればレイモンドが覗き込んできた。興味津々といった様子で見つめられても反応に困る。
通常とは違うちょっとおかしな精霊という認識なのは分かっているが、自らの正体を明かすほどコスモスも愚かではない。
(勝手に勘違いしてくれてありがたいんだけど、精霊について詳しい人が出てきたら面倒なことになりそうだわ)
その時にはマザーの箱入り娘だと言って押し通せば何とかなるだろう。
(まぁ、その時はその時よね)
「どうせマスターのことだ。美味しいものを食べすぎで腹を壊した夢でも見たのだろう」
「ちょっと! 食い意地張ってるだけじゃないそれ」
「美味しいもの食べるの僕も好きですよ。元気出ますよね」
声を荒げるコスモスにアルズはどこの何が美味しかったと教えてくれる。そこに行く機会があれば食べて見たいと彼女が言うと嬉しそうに頷いた。
「旅をしていても、食事は楽しみの一つよ。その土地でしか食べられないものもあるから、貴方も楽しむといいわ」
「うん。楽しみにしてるよ。その土地独特のお土産品とか道具も面白いよね」
「そうね。旅をしていると荷物が増えるからあまり買えないのが悩みだけど。そう言えば貴方はお金はあるの?」
「御心配なく」
「あぁ、なるほど。確かに心配ないわね」
一応あると答えようとしたコスモスよりも先にトシュテンが笑顔で答える。彼を見上げじっと見つめていたルーチェは納得したように頷いた。
「はいはーい。僕も稼いだお金ちゃんとありますよ。マスターの好きなもの色々買えますよ」
「大丈夫よアルズ。貴方の稼いだお金はちゃんと貯めておいて」
「えー」
保険も何もない世界、いつどうなるか分からないのなら頼りになるのは金しかない。協会にも気に入られているようだからそれほど心配はいらないだろうが、金はあっても困らない。
「好きなことにつかっても大丈夫なくらいには貯めてますよ?」
「私は大丈夫だから。無一文じゃないから心配しないで」
「……寧ろ無一文だったほうがいいんですけど」
ぼそりと呟く言葉は聞こえなかったフリをしてコスモスは溜息をつく。今の状態で無一文でも何も困らない。
人であることを忘れないようにするために食事をしたりはしているが、そう言えば排泄はしていないなと今更ながらに気づいた。
(うーん。余剰分は上手いこと放出されているのかしら)
五感も遮断できるが帰った時におかしなことにならないように機能させている。
とは言いながら、食べるのも必要に応じて五感を遮断しているのも事実。できるだけ苦労したくないんだからしょうがない、と言い訳をしながらコスモスは力強く頷いた。
(肉体あったらここまで来れてなさそうよね。まず、マザーの娘認定されるところまでいけるかもどうか)
こちらに来た早々にあの世に召されてそうな展開を想像し、それが一番ありえるだろうと溜息をつく。
「御息女に関係する金銭や増える荷物は私が何とでもしますので御心配なく」
「えぇ……後で倍以上で請求されそうで嫌なんですけど」
「……御息女は一体私を何だと?」
思わず本音が漏れてしまい、ふわふわと浮遊していたコスモスは自分を捕まえようとしたトシュテンの手から逃れてアジュールの背に移動した。
ここが安全地帯だと分かっている彼女は口に手を当てて笑いを噛み殺しているルーチェを見つつ、にっこりと微笑むトシュテンから視線を逸らす。
アジュールやアルズはともかく、トシュテンに借りを作るのは嫌だなと思うのが素直な気持ちだ。
助けてもらっているのは事実で頼りになるのも事実ではあるが、あまり頼りたくない。
(後で何倍返しとか……怖いもの)
「少なくともそんな小さい男じゃないと思うから、心配なんかせずに頼ればいいと思うけど」
「ルーチェ」
「はぁ。心外です。とても心外です。私はそんなに小さな男だと思われていたのですか」
「笑えるな」
「私も獣に変化できれば少しは違うのでしょうかね」
ゆらりと尻尾を揺らしてその背に主を転がしながらくつくつと笑う魔獣を見下ろし、トシュテンは真面目な顔をしてそう呟く。
その言葉に手を叩いて笑顔になるのはアルズだ。
「そうですね。その方がマスターは心を許すかもしれません」
(私、そんなにチョロイの?)
アルズが自慢の獣耳と尻尾を動かしながら笑顔をトシュテンに向けている。複雑な気持ちになりながらも否定ができないコスモスは「そうかもねぇ」と適当な返事をした。
「精霊ちゃんなんだからおかしな話でもないけどね。人間よりも動物との方が距離が近いのも分かるよ」
「まぁ、しつこすぎるのも嫌われるから程々にね」
少女に慰められるトシュテンだが彼は何かを思案しているような表情をするばかりで傷ついたようには見えない。
その真意の読めなさと笑顔の裏が胡散臭いと思ってしまうコスモスだったが、油断した隙に捕獲され溜息をついた。
「世間知らずですからそれも致し方ないでしょう。そう簡単に信頼関係が築けるとも思っていませんし」
「いや、結構頼りにしてるのにこちらの上手いように利用だけしてる形で申し訳ないなとは思ってますよ」
「……」
「えっ、何? 何その意外そうな顔」
驚きに目を見開き自分を見つめるトシュテンにコスモスは眉を寄せた。彼は両手で抱えた彼女を自分の目線と同じ高さにすると、何かを探るように無言で見つめてくる。
内部を探られているような嫌な感覚はなく、あったとしても防御しているので弾かれるだろうから心配はない。
アルズが騒いでいるが、アジュールは興味無さそうにしている。
「いえ、少々……嬉しくなってしまって。ありがとうございます」
(それは喜べるの?)
嬉しくないと思うのだが本人が喜んでいるのだからそれでいいのだろう。
不思議そうに左右に小さく揺れるコスモスはそのまま彼の手から離れてレイモンドの頭上へと着地した。
「話は変わるけどさ、土の神殿もこんなに優しい人達だなんて思わなかったよねぇ」
「そんなもの、訳ありのコスモス達がいるからに決まっているじゃない」
「神殿も教会も誰でも自由に出入りできますよ。確かに、滞在となれば話は別ですが」
のんびりした声でレイモンドが周囲を見回しながらそう告げると、溜息をついたルーチェが答える。彼女が指を差す先にいたコスモスは返事をするかのようにぴょんと跳ねた。
「次に向かうのは風の神殿でしたよね。距離的には水の神殿の方が近いですけど、土の大精霊様のお言葉ですから何かあるんでしょうし」
「そうなんだよね。別に逆らうつもりは全くないし、同行する気持ちも揺らいでないんだけど遠くない?」
「ここから風の神殿があるエテジアンへ向かってからまたこちらの方に戻ってくることになるものね。何か思うところがあるんだろうから従うしかないと思うけど」
「精霊ちゃんは世間知らずだっていうから、のんびり旅をするのはいいと思うんだけどさ」
次に向かう場所へ行くためにこれからの確認と準備をしていた彼らは、テーブルの上にアルズが広げた地図を見つめながら指で現在地と目的地の距離を確かめる。
どの道を行けば安全で確実か、どこか通行止めになっている場所や危険な地帯はないかと話している彼らの声を聞きながらコスモスは改めて自分がこの世界のことをあまり知らないということに気づいた。
本を読んだ程度でその情報は自分の中の管理人に丸投げし、困ったことがあれば頭の中によく居座っていたエステルが教えてくれる。
そうでなくてもアジュールとコスモスの二人だけなら獣道だろうが何だろうが平気だが、この人数での移動となればそうも言っていられない。
「土の大精霊様も特に急いでいる様子はなかったけど、それより気になることがあってどうしようか悩んでる」
「……メランのことか」
「うん。神殿巡りするのは確実としても、彼は放っておけない。デニスとあの修道女もどこへ行ったか気になるし」
何を気にしているのか分かっていたらしいアジュールの言葉にコスモスが頷く。メランが何なのかは軽く話しているのでレイモンドとルーチェの表情も僅かに強張った。
まさかここにきて異世界から召喚された存在が関与してくるなど思ってもみなかったのだろう。
「そっちを追うのを優先するか、それとも神殿を優先するかだね」
「その二択なら神殿でしょうね」
「だったら、当初の目的通りエテジアンを目指すでいいんじゃないかな。あとは、神殿の好意でここに滞在させてもらえる間に路銀を稼がないと」
「今まで通り、移動しながらでいいんじゃないの?」
お金が全く無いわけではないが、手持ちを考えると心もとない。旅慣れているレイモンドの言葉にトシュテンが同意するように頷くのだからもう少し稼いだほうがいいのだろう。
今までと同じようにすればいいんじゃないかと見上げてくる娘の頭を撫で、レイモンドは首を左右に振った。
「ちょっと移動方法を変えようかなと思ってるんだ」
「……なるほど。それなら尚更、教会とコスモスの協力が必要なんじゃない?」
「そこは精霊ちゃんと一緒だよ。なるべく貸しは作りたくないってね」
「なるほど、アレを使う方法ですか。そうですね、距離も距離ですからそれがいいでしょう。ある程度の融通はきくと思いますよ」
「ならば簡単な金策をすればいい。なに、マスターさえいれば容易だろう」
何を話しているのか分からないコスモスが不思議そうに彼らの顔を見比べていると、突然アジュールからそんなことを言われる。
自分がいれば容易にできる金策なんて知らない、と驚く彼女にレイモンドが「熱い熱い」と声を上げた。




