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187 生きていてほしい

「それは、私も賛成しかねるかな」

「そうよね。助かる道は残しておきたいんだけど、悪用されかねないものね」

「うーん。こちらに召喚されて、元の世界に帰りたい人限定にすれば何とかなるかもしれないけど」

 勝手にこちらに召喚されて帰りたいのに帰れない人達のために、帰還できる方法を作っておけばいいんじゃないかと思ったコスモスだが、鎧の反応は悪い。

 話しているうちに悪用される可能性に気づいたコスモスもやっぱり駄目かと溜息をついた。

「恐らくその方法も難しいとは思うけど、もしその術式なり方法を解析されて悪用されることもあるだろうからね」

「今のところ出会った異世界人はその一人くらいだからいいんだけど」

「不思議に思わない?」

「えっ」

 そう考えていたのは自分が初めてじゃないということか、と気づいたコスモスは眉を寄せる。

 確かに言われてみればそうだ。

 異世界からの召喚は珍しいものの事例は多く残っている。完璧な形での召喚は更に数を減らすがそれでも記録に残っているくらいはある。

「私が考えることは、もう既に誰かが考えたことよね」

「そうだね。もっとも、そんな風に考える人は少なかったと思うよ」

「首輪の影響?」

「それもあると思うけど、恐らく召喚された者が何らかの理由で元の世界に戻りたくない、戻れない場合が多かったってことかな」

 召喚されるのは人に限ったことではないと鎧は言う。コスモスは異形の魔獣や自分の手に負えないほどの巨大な力を持つ存在が召喚されるのを想像して、ぶるりと身を震わせた。

「元の世界でもう死んでいるとか、こんな世界は嫌だから他の世界に行きたいとかそういうこと?」

「その方法が一番簡単だね。現状に満足していて、元の世界でもそこそこスペックが高い存在を召喚するとなるとそれだけ難易度が跳ね上がる」

「ええ、選べるの?」

「魔獣の場合は禁書さえ入手できれば何とかなるだろうね。異世界人となると誰かを特定して召喚するのは不可能だと思うけど」

 それに近いことはできるのか、とコスモスはゴクリと喉を鳴らした。

 なぜそこまでこの鎧が知っているのか不思議に思ったものの、大精霊と知り合いならば不思議ではない。理由があってここに引きこもっているらしいがそれは本人の自由なので、コスモスは彼を外に連れ出そうとは思わなかった。

「例えば、正義感に溢れていて自分の窮地を救ってくれる人とか、圧倒的な力で敵を蹂躙してくれる存在とか。そんなざっくりした感じかな」

「はー。若い子が多いのはそれだけ連れて来やすいから?」

「そうだね。それだけ召喚する為の材料も少なくてすむ。高位の強力な魔獣を召喚するのも大変だけど、リスクを承知で異世界人を呼ぶのは特異能力を所持してるからなんだ」

 聞けば聞くほど自分の召喚がいかに雑で中途半端なものだったのかが分かってコスモスは眉を寄せた。見ず知らずの召喚者のお陰で頭を悩ませる日々が増えた。

「それに、成人前の方が制御しやすいからね。勇者なんて崇められて期待され、厚遇されて過ごしたら簡単に勘違いするだろう?」

「そんな大人もいると思うけどね」

「そうだね。大人が全くいなかったわけじゃないけど、大抵は発狂してすぐに死んでしまうか大した能力も持たず人形のように盾代わりにされるくらいかなぁ」

「ひどくない!?」

 経験を積んだ大人の方が召喚は難しくても有利なのではないかと思っていたコスモスは、穏やかな声で紡がれる言葉に顔を顰めた。

「そうだろう? ひどいんだ。召喚術は高度な魔法で扱いが難しく禁忌とされるくらいだからね。熟練の魔法使いでも簡単にできないものなんだ。時間をかけて必要なものを集めて、研鑽された魔法使いが自分の魔力をも注ぎながら繊細な術を紡いでいく。だから、召喚成功と同時に命を失う者も多いのさ」

「その場合、召喚された人は制御できなくなるんじゃないの?」

「基本、一人で召喚することはないからね。複数人で召喚して、必ず誰か一人は生き残るようになってる」

 なんだその仕組みは、と思わずコスモスは呟いてしまった。その言葉に鎧は笑うと声色を変えることなく話を続ける。

 想像した以上に生々しくて、血なまぐさいものだったのかとコスモスは思わず自分の手を見つめてしまった。

「そこまでして召喚したがるもの?」

「一発逆転を狙うとか、単純に高度な術への興味とか、研究とかそんな感じかなぁ」

「……滅多に無い、珍しいって言われるわりに結構な頻度で実行されてない?」

「あぁ、そうだね。でも、説明した通り必要な材料や術を唱える人物の技量、魔力量、質も関わってくるからね」

(そこに、私のような失敗例も生まれるわけか。命と引き換えに召喚したいほどの願いとか欲って何?)

 ずっと気になって考えてはいた。けれど、当の本人が消えている可能性が高いのではどうしようもないと思っていた。

 それでも気になってしょうがなかったこと。

 自分を召喚した人物は一体自分に何をさせたかったのだろうかとコスモスは首を傾げる。

「自分の力不足や材料不足を他で補う者も出て、だからこそ禁忌に指定されたんだと思うよ。とは言っても皆おりこうさんなわけじゃないからね」

「他で補うって……」

「手っ取り早いのが、大量の生命と魂を捧げることによる召喚術の実行。その数が多ければ多いほど強力な存在を召喚できるって聞くけどね」

「私も……そのパターンかもしれない?」

「かも、しれないね。その方法でも失敗する時は失敗するようだから」

 今までずっと、そうかもしれないと思いながら考えないようにしてきたこと。考えてしまったら正気ではいられなさそうだったからだ。

 確定したわけではないが、可能性はある。

 気が遠くなり、眩暈がしてきた彼女の頭にポンと乗った鎧の手が優しく撫でた。

「深呼吸して、落ち着こうか。お茶も飲んで、そうそう」

 促されるままお茶を飲み干したコスモスだが、一気に飲んだせいで咽てしまった。前かがみになって咳き込む彼女の様子を暫く見ていた鎧は、空になったカップにお茶を注いだ。

 周囲に漂っていた精霊たちが心配するかのようにコスモスの周囲に近づいていく。少しずつ落ち着いてきたコスモスが注がれたお茶を再び一気に飲み干して息を吐くと、安心したように周囲の精霊たちもその体を小さく揺らした。

「はぁ……ごめんなさい」

「ううん。無理もないさ。いきなり違う世界に来たと思えばそんな状態で。しかも、その……」

「もしかしたら大量の命と引き換えに召喚されたかもしれないと思うとね。発狂しないのが不思議なくらいよ。この状態じゃなかったら壊れてもおかしくないわ」

「そうだね。そういう意味では中途半端な状態で良かったのかも知れないね」

(良かった……の?)

 確かにいいこともある。それは否定しないが、このままの状態に慣れてしまうと元に戻れなくなるのではという不安は常に抱えていた。

 五体満足でこの世界に来る前の状態のまま無事に帰してくれというのはそういう不安の表れもある。

(帰還したはいいけど、肉体ありませんでしたとか、死亡してましたとか嫌だもの)

「それを判断できるものはないんでしょう?」

「そうだね。召喚者本人に聞くしかないだろうね。キミの場合はそれも望み薄なわけだけど」

「うーん。とりあえず私の優先事項は無事に元の世界に帰還できること、だから。何の思惑があって召喚されたのは気になるけど、帰還する方法を探して実行する方が大事だし……」

「召喚者の思惑がそこに絡んでいたとしても?」

「嫌なこと言うわね。そうね、その場合はいくら私が回避逃亡したくても向こうからやってくるんじゃないかしら」

 何となくそんな気がすると呟いてコスモスは近くにいた風の精霊を撫でた。嬉しそうに鳴く様子を見ていると他の精霊たちも寄ってくる。

 素直で可愛らしくいつでもコスモスの味方をしてくれる精霊たちに癒されていれば、鎧が笑った。

「それは、そうだね。どうやらキミは引き付ける力を持っているらしい」

「トラブルメーカーみたいな言い方やめてくれない? 私だって回避したいわよ。面倒な事だって首突っ込みたくないし」

「でも、一度巻き込まれたら放り出すこともできない」

「そんな善人じゃないわよ。どうせ後で面倒なことになるなら、先に片付けた方がいいかなって思うだけで」

 そう言いながらコスモスは自分が召喚されてしまったのは本当に事故だったんだなと思う。求められて召喚されても嬉しくはないが、事故というのは虚しく寂しい。

 せめてボコボコにするため召喚者には生きていて欲しいと祈るも、その可能性が低いのも分かっている。

(魂だけとか、精神体だけ……いっそ、残留思念しかなくてもボコボコにできるならいいから残っていて欲しいわ)

 通常ならば手を出せないようなものでも、今の自分なら余裕で相手にできるだろうという謎の自信がある。

 召喚者の望みを叶えれば帰還できるという話も胡散臭くなってきた。

(帰還を餌にチラつかせて、奴隷のように働かせることももあるわよね)

「はぁ。とりあえず貴方の言う通り大精霊の精霊石集めるしかないのか……魔道具の手がかりすらまだないのに」

「話には聞いているけど存在すら怪しいからね」

「ちょっと!」

「強い力に引かれるのは本当だと思うよ。キミの前ではどういう形になって現れるかは分からないけど」

 眉唾の話でも飛びつかなければいけないほどに情報が無い。

 自分が異世界人で帰還方法を探していると大っぴらにできないだけに動きも制限されるがそれはしょうがない。

「召喚主ボコボコにしたい。お願いだから生きていて」

「他の異世界人がキミと同じ願いを持っていたら、ライバルになってしまうから気をつけてね」

「え? 一緒に帰還できないの?」

「うーん。聞いたことないなぁ。私が知ってる限りではないかな。記録が残っていればいいんだろうけど、あるかなぁ」

 一回につき一人しか無事に帰還できないのだとしたら他の異世界人を押しのけてもその権利をもぎ取らなければいけない。

 そもそも、自分のように元の世界に帰りたい人なんているんだろうかとコスモスは不思議に思った。

「その心配はないと思うけど。首輪つきで帰りたくない子が大半だろうし、そうポコポコ異世界人がいるわけないでしょう」

「そうかなぁ。ちょっと、多すぎるような気もするんだけど」

「私ともう一人くらいしか存在確認できてないのに?」

「それですら多いんだよ。普通なら全くいなくて当然。いたとしても、時代が離れてポツポツと。同時期に複数の異世界人が存在するというだけでキナ臭いね」

 どうしてこの動く鎧は美味しいお茶を入れられて、幸せな気持ちにさせてくれるお菓子まで提供できるのに人を不安にさせるのが得意なんだろうかとコスモスは溜息をついた。

 悪意がないのは声の響きと様子から分かるのだが、だからこそ尚のことタチが悪い。

「結構あることなんじゃないの?」

「言っただろう? 異世界から人を対象に召喚するのは難しいって」

「事故とか、たまたまとか」

「……心配しないで。そっちは私が調べてみるよ」

「できるの?」

「ふふふふ。次に会う時のお楽しみにしようか。キミも落ち込まないで旅を続けるんだよ?」

(子供じゃないんだけどな……)

 コスモスがそう思いながら微妙な顔をするも、鎧は上機嫌のまま話しかけてくる。

 年齢不詳だから彼の方が年上だとすればこの対応も普通のことか、と思うと納得してしまい思わず頷いてしまうコスモスだった。



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