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185 どこまでも

 運が悪い。

 その言葉だけで全てが解決すればこんなに困ることはない。

 運が悪いからしょうがないねと思えるほどの性格ではないコスモスは深い溜息をついた。

 何やら悩んでいる様子の彼女をじっと見つめていたアルズはお茶の入ったカップを差し出して首を傾げる。

「マスター、何に悩んでいるのかは分かりませんけど僕はいつだってあなたの味方ですよ」

「いつだって?」

「はい。例えマスターが悪逆非道になろうと、世界の敵になろうと、僕は喜んでついていきます」

「闇落ち決定みたいな怖いこと言わないでくれるかな。というか、止めなさいよ」

「あ、一緒に死ぬのがお好みなんですね」

「それも違うけど、怖いからそういう思考もやめようね」

 悩んでいる様子のコスモスを見て慰めてくれているのだろうが、彼女にとっては迷惑極まりない。

 にっこりと愛らしい笑顔で言ってくるものだから恐怖は増す。

 顔を引き攣らせてもその感覚を察知するのはアジュールくらいだろう。彼はアルズを咎めることなく寧ろ楽しそうに笑っていた。

「心強くてなによりだな」

「つまり、マスターがどんなことをしようと、どんな選択をしようと僕はついて行きますからねってことです」

「貴方にとって嫌な結果になったとしても?」

「問題ないです。マスターと一緒なら」

 裏の無い笑顔でそうはっきりと言われてはコスモスの心が痛む。ちょっとした良心とお節介を焼いたせいでここまで懐くものだろうか。

 今の彼になら頼る相手がいなくても立派に生活していけるだろう。

(何でここまで私に執着するのかしら。助けられたとはいえ、そこまで重く考える必要はないのに)

「アルズ。貴方は協会の仕事をしているし、社交的でお金にも恋人にも困らない状況でしょう? 望むならもっと上にもいけるはず。私なんかに構わなくていいのよ?」

 やりたいことがあるならそれをすればいい。

 それが難しくて協力を必要とするなら喜んで助けとなろうと思いながらコスモスは優しくそう告げる。

 ちらり、とアジュールがアルズを見れば彼は笑顔のまま首を傾けた。

「マスターに置いていかれるのはもう嫌です。勝手についていっても文句は言わないって言ってくれましたし」

(言ったかな? 言ってないと思うけどな)

「マスターが僕のことをとっても心配してくださるのは分かります。確かに僕はお金にも女の人にも困りません。生活していくに不自由はしないでしょう。でも、そうじゃないんです」

「そうじゃない?」

「僕が必要なのはマスターの傍にいることなので」

「……うん?」

 だからどうしてそれがそうなるの、とコスモスは大きなハテナマークを頭上に浮かべながら眉を寄せる。

 部屋に入ってきたばかりのトシュテンはコスモスが困惑し、その頭上に大きく浮かぶ記号を見てブフッと噴いた。

「なんですか」

「いえ、熱烈な愛の告白を邪魔してしまい失礼しました。お邪魔でしたら退出していましょうか?」

「別にいいですよ」

 ムッとした表情でトシュテンを睨むアルズに対し、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま入ってきたばかりの扉へ目をやる。

 可愛らしい顔が渋くなるのを見ていたコスモスはどこをどうしたら愛の告白になるのかと、トシュテンを睨んだ。

「ありがとうございます」

「とにかく、マスターが嫌がっても僕はどこまでもついていきますので。覚悟してくださいね」

「あ……うん。危なくないようにね」

「もう! そうやって子ども扱いするんですから! 嫌いじゃないですけどっ」

 刷り込みのようなものなのか、一番頼れる人物の傍にいたいという欲求が強いのであれば無碍にするわけにもいかない。

 コスモスの目的がなんであれ、盲目に従うというのはいただけないが彼女にとっては都合がいい。

(時期を見て距離を置ければ一番いいんだけど、これはちょっと無理そう?)

 転移者であることは隠さねばならない。しかし、その情報は最優先で集めたい。

 仲間が増えるのは嬉しいが行動に気をつけなければいけないリスクもあり、コスモスは困ってしまった。

(とりあえず、アルズは裏切らないだろうからどう転んでも良いとして、ルーチェ達はそのうち別行動しそうだから良し。オールソン氏は……?)

「私は御息女と共にありますから御心配なく」

(御心配なく?)

「えー、ちゃんと本職したほうがいいと思いますよ。マスターにはアジュール先輩と僕がいるので御心配なく」

「残念ですが、御息女の護衛も兼ねておりますので離脱することはないでしょう」

「つまり監視ってことですかぁ?」

「それもありますね」

 アルズがトシュテンにお使いを頼まれたと聞いていたので少しは仲良くなったかと思ったコスモスだったが、相変わらずの光景で苦笑いをする。

 雰囲気が悪いというわけではないので遊んでいるだけなのかもしれないがそれを口にしたら二人に笑顔で怒られそうだ。

 アジュールは我関せずとばかりに伏せたまま目を閉じている。

 ずるいと思いながらコスモスが彼を見ていると視線に気づいたのかゆらりと尻尾を揺らした。

「アルズ、オールソン氏のお使いって何だったの?」

「あぁ、先日神殿に依頼された遺跡の近くに廃坑があって、そこの調査を頼まれたんです」

「廃坑の?」

「はい」

 それは聞いてもいいことなんだろうかとコスモスがトシュテンに視線を向ければ、それに気づいたのか彼はにこりと笑って口を開いた。

「邪神を崇拝する教団が廃坑で活動しているという噂を耳にしたものですから、彼にお願いしたのです。もちろん、報酬はお支払いしていますので心配いりません」

「結果は?」

「オールソン氏に言われた通りでした。周囲では家畜が消えたり行方不明者が増えたりしていたようで、全部生贄に捧げられていたようですね」

「うわぁ」

「結局私が頼んだ時にはもう移動していて、その場には残骸しか残っていなかったようですが」

 想像しただけでも嫌な気分になる。

 また胡散臭いのが増えたと思うコスモスだが、接触しなければいいのではと考えて一人頷いた。

(まさか、教団潰すようになんて依頼を受けることは無いだろうし。とりあえず、必要なものをここで揃えてエテジアンに向かう用意をしないと)

「月石鉱山付近でもその信者の姿が目撃されておりまして、リーランド家の事件にも関わっているのではないかと」

「月石鉱山付近で?」

「何かを入手したかった様子なのですが、それが何なのかは分かりません。ただ、失敗したということだけは確かのようです」

 そんな変な気配はしたかなと首を傾げたコスモスは、切迫したエステルの声に従って洞窟の外に出たことを思い出した。

 あの時に感じた嫌な予感はその教団の信者の者だっただろうか。

(防御壁破って私を貫いたローブの男じゃなかった。メランでもない。だったらあれは何? 気のせい?)

「月石鉱山は証持ちしか入れないし、結界も張られてるわよね?」

「はい、そうです」

「それがですよ、マスター。なんと、月石鉱山の結界は僅かに弱まるタイミングがあるらしくて……」

「ちょうど、あの時だった?」

「どうやらそのようです。ちょうどリーランド家関係でゴタゴタしていましたからね。混乱に乗じて事を為すには最高のタイミングだったかと」

 別に小声で言う必要はないのだか、アルズは口に手を添えて内緒話をするかのようにコスモスにそう告げる。

 首を傾げたコスモスの言葉に頷くようにトシュテンは溜息をつきながら彼女を優しく撫でた。

(仮にそれが邪神を崇める教団の誰かだったとして、混乱に乗じてまで月石鉱山に侵入して得たかった物って……アレ?)

 証持ちしか入れないという部分はどうやってクリアしたのだろうかと疑問に思ったが、自分も証を持っていないのに出入りしたので方法がないわけではないとコスモスは小さく息を吐いた。

 眉間に皺を寄せて目を瞑ると、管理人が整理してくれた情報がズラリと並ぶ。

 彼もコスモスと同じく月石鉱山に侵入したのはその教団の誰かの可能性が高く、狙っていたのはコスモスが持ち出してしまった石だろうと推定する。

(だとしたら、苦労して侵入したのに目当てのものは入手できず計画が狂って廃坑から逃げ出した?)

「完全に逃げ出したと思う?」

「何人か潜伏してたので、できるところまで聞き出してみましたよ」

「えっ!」

「大した情報ではありません。アルズに尋問された者は自害しましたからね」

「忠誠心高いわね」

 感心すべきはそこか、とエステルがいたら突っ込まれて溜息をつかれそうなことを言うコスモスにトシュテンは一瞬驚いた顔をしてから彼女を撫で続ける。

 アルズはにこにこしながら空になった彼女のカップにお茶を注いだ。

「リーランド家、アルテアン家にも教団の信者と思わしき使用人がいたんですよ。怪しすぎますよね」

「残念なのは情報を聞きだす前に自害してしまったということですね」

「何とかできなかったのか?」

「それって無茶振りですよ先輩。忠誠心が馬鹿みたいに高いああいう奴等って扱いが難しいんです。薬を飲ませたり、魔法を使う時間すらないくらい喜んで死ぬんですから」

 面倒なことを押し付けてくれますよね、と笑顔でトシュテンを見るアルズはコスモスを撫でている彼の手をぱしりと叩き落とした。

 叩かれたトシュテンは一瞬驚いたものの、すぐに笑顔で答える。

「隙を見せたのではありませんか? 貴方のことを買いかぶりすぎたかもしれません」

「マスターの為だって騙したのはそっちでしょう?」

「騙してはいませんよ。彼らが邪神復活を目論んでいるのならば、御息女の存在はこの上なく目障りでしょうから」

「それは……そうかもしれませんけど。そうなる前に僕と先輩が何とかしますから大丈夫です」

「マスターなら助けなど無くても逃げられそうだがな」

 ぼそりと呟くアジュールの声など聞こえていない様子でアルズとトシュテンの二人は笑顔でバチバチと火花を散らしている。

 用意されたケーキを食べ、お茶を飲んでほっと息を吐いたコスモスは床に伏せているアジュールへ視線を向けた。

「何なのかしらね。この、厄介ごとが飛び込んでくるような状況」

「マスターがそれだけ魅力的だということだろう」

「ワーウレシイナー」

 これから順調に精霊石を集め帰還できる算段を整えると期待に胸を弾ませていただけに、コスモスは遠くを見ながらそう呟いて溜息をついた。

 暗雲立ち込めるくらいで済めばいいのだが、嵐に巻き込まれることにならないといいなと青空広がる窓の外を見つめた。


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