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181 期待はずれ

 毒霧の発生する沼地を抜け、洞窟に入って相手が待っている場所へと向かう。途中で綺麗な泉を見つけたので休憩することにした。

 トシュテンが浄化の祈りを捧げ、それに答えるように泉が反応するのを見て本当に神官なんだなと変な感心をするコスモス。

 ぽい、とアジュールの尻尾に投げられるまま着水すると、水の精霊たちが姿を現した。

「思ったんだけどさ、相手がここに誘導する理由ってなんなのかしら。何かこの場所に秘密があるとか知ってる?」

「私は特に聞いたことがありませんね。神殿での失敗もあり、自分の領域に連れ込んだ方が有利というだけなのではないでしょうか」

「ああ。最深部にて力を溜めた状態でお出迎えしてくれるやつね」

 それなら分かるとコスモスは呟き、ぶくぶくと泉に潜った。人型であれば目も当てられないが球体である今はこんなことをしても羞恥心がない。

 便利だなと思いつつ装備品や道具のチェックをしながら回復薬を飲むトシュテンを見つめた。

「心配はいりませんよ。この程度どうということはありませんので」

「いや、心配はしていないけど」

「毒霧の発生する場所を住処にしているなら、敵は猛毒持ちと考えるべきか。相手より私の方が上だから問題ないがただの人間には耐えられんだろう」

 まだ会ってもいないのに自分の方が上だと断定できるアジュールは相変わらずだなとコスモスは苦笑した。

 彼女も毒とは無縁と言ってもいいので平気だが、ただの人間であるトシュテンは別だ。

 綺麗な泉のあるこの場に結界を張って待機するという手もある。

「耐毒の魔道具もありますから心配いりませんよ。もし毒を受けても解毒すればいいだけですので」

「神官ってみんな貴方みたいな感じなの?」

「マスター、コレと他の神官を一緒にするな。コレは規格外だと考えろ」

「あぁ、やっぱり」

「褒めていただけて嬉しいです」

 他の神官達も軒並みこのレベルだとしたらそれはそれで凄い。だがやはりここまで能力が高い人物は珍しいのだろう。

 溜息をつくアジュールの雰囲気で察したコスモスが頷くと、トシュテンは笑顔で礼を言う。

 心の底からそう思っていれば可愛げがあるのだが、二人が何を思って言っているのか分かっているからこそ彼の笑顔は胡散臭い。

(味方だから頼りにはなるけど)

「さてと、無駄話をしているうちに到着したようだな。確認するが、覚悟はできているか?」

「もちろん」

「私も大丈夫です」

 敵に動く気配はない。恐らくコスモス達がこの場にいることも分かっているだろう。

 勝機があるからこその余裕なのか。それとも他に何かあるのか。

 罠だと分かって向かっていくというのに、恐怖や不安よりも何があるのかワクワクしている自分がいることに気づきコスモスは眉を寄せた。

(少しは強くなって余裕が出てきた証拠なのかもしれないけど、油断大敵だわ)

 好戦的な性格ではないのだから、と自分に言い聞かせるようにしながらコスモス達は開けた場所へと出た。

 地下遺跡を思わせるような人工的な造りの床や柱は所々崩れて欠けている。それでも他の場所より魔力濃度が高い。

 広間には黒いローブを着た人物が鼻歌を歌いながら何かを待っている。

「あぁ、来たんだ。思ったより遅かったね」

「待ち合わせした覚えはないんだけど」

 そう答えながらコスモスは防御壁を重ねがけし、エステルも魔法障壁を張ってくれたタイミングで飛び出した。

 アジュールも驚くほどの速さで、弾丸のようにローブの男へと飛んでいく。

 後方からトシュテンが呼び止める声が聞こえたが速度を緩めるようなことはしない。

(たぶんこのあたりに防御壁があるけど、突き破れるはず)

 見えた通りローブの男の周辺には防御壁が展開されている。だがコスモスはそれを意にかいさずにすり抜けた。

 破壊できなかったのは予想外だったが関係ない。

 弾丸の如く男の体を貫いたコスモスは距離を取って振り返る。


『想像通りすり抜けられたのはいいですけど、想像以上に気持ち悪いですね』

『あれは色々混ざりすぎだろう。大事ないか?』

『はい。この程度なら振り払えます』


 男の体をすり抜けた後コスモスに纏わりつく黒い靄は蝶のような形になって霧散した。どろり、としたもので気分が悪くなるが一瞬だけなら何ともない。

 コスモスと同調しているエステルも何か感じ取ったのか、珍しく顔を歪めていた。

「へぇ。そんなことするんだ?」

 男は楽しそうに笑いながらコスモスへと向き直る。様子を見ながら近づいてきたアジュールとトシュテンを気にする様子もなく、男はコスモスへと近づいていった。

 ゆっくりとした足取りだったがその姿が一瞬で消え、コスモスの眼前に出現する。

 しかし彼女は驚くことなくふわり、と回避し離れた。

「結界を張り終えました。後は浄化されるのみですよ?」

「あぁ、神官か。その程度で私を拘束できるとでも?」

「私もいるのだがな」

「相手にならんだろう」

 溜息をつきながらそう告げるアジュールに男は楽しそうに笑いながら答える。その言葉に煽られることなく落ち着いている様子でアジュールは男との距離を詰めた。

 トシュテンは近接には向かないので後方から支援するように自分の周囲に手早く結界と防御壁を展開させる。

「貴方はなぜ、土の大精霊を狙ったのですか?」

「さあな」

「狙ったのは土の大精霊様じゃなくて、私でしょう?」

 トシュテンの問いに楽しそうに笑ったまま男ははぐらかす。人を馬鹿にして挑発したいのだろうがアジュールにトシュテンと相手が悪い。

 コスモスが溜息をつきながらそう首を傾げれば、ローブの男は笑うのをやめて彼女を睨みつける。

 自分より高い位置で浮遊しながら見下してくるような感覚が気に入らないのか、鋭い視線で射抜くように見つめるもコスモスは何も感じない。

(一度殺されかけて麻痺してるのかしら?)

 大丈夫か自分、と自分自身が心配になりながらコスモスはトシュテンの結界を強化させる。

「なるほど。大精霊を狙えばマスターが必ず邪魔して追ってくる確信があったということか」

「熱烈ですね、御息女」

「全く嬉しくないわ」

「仮にそうでなかったとしても、大精霊にダメージを与えられますからね。そうなれば世界の均衡は崩れてしまう。魔物はより凶暴化し悪鬼蔓延る嫌な世界になってしまいますから」

(神官のくせに笑顔で言うことじゃないと思うのよ)

 全く困っていないのに困ったふりをして息を吐くトシュテンにそう思いながらコスモスは男の手を避ける。

 たまに避けずに防御壁を貫通させて油断した上ですり抜けるという挑発行為をしていた。


『あの時とは違って遊んでおるな』

『あの時と違って下位だと分かるので。どうしてかは知らないですけど、管理人も補助してくれてますし』

『……だからと言って』

『分かってます。油断は禁物ですよね』


 焦れたアジュールが攻撃したいとコスモスに訴えかけてくるが彼女はそれを制した。アジュールの実力は分かっているが万が一という場合もある。

 相性が良さそうなので取り込まれることを心配しているのだ。しかし、それを口にすれば彼は怒ってそうじゃないことを行動で示そうとするだろう。

(相手の狙いは私。アジュールとオールソン氏は私を標的にする上での餌程度にしか見えていないかしら?)

「まぁ、そんな熱烈な想いを受けるほど貴方は私に何の用があるのかなと思って」

「それだけか?」

「そうね。似てるけど違って(・・・・・・・・)ちょっとがっかりしただけよ」

 コスモスの言葉に男の目が大きく見開いて怒りに染まる。突き出した腕で彼女を貫こうとしたが青灰色の影に邪魔された。

 毒々しいまでの赤い目が特徴的な魔獣はその身を影のように揺らめかせ男の攻撃を防ぐと、爪で引っかいて距離を取る。

 ぺしぺし、と尻尾でコスモスを叱ることも忘れない。

「いやぁ、てっきりあの時私のこと瀕死にした男かと思ったら違うんだもの。似ているけど、遠いのね。色々混ざってるからしょうがないのかな」

「うるさい! 黙れ黙れ黙れ!」

 男をすり抜ける際に感じたことはエステルと共有できている。コスモスだけでは漠然としか分からない事もエステルがいるから詳細が分かるのだ。

 賢くなったような気もするが勘違いだということも自覚しているコスモスは息を吐いて大声を上げる男を見た。

 フードがずるりと落ちて現れた顔はコスモスとアジュールには見覚えのあるものだった。

「何だよお前、急にこんなに強くなるとか有り得ないだろ!」

「いやいや、よく考えてみて? 死にかけてパワーアップなんてありがちなパターンじゃない」

「は?」

(正直本当にそれが原因なのか分からないけど、適当にそういうことにしておこう)

 違っていたとしても本当のことを分かる者がいないなら誤魔化せる、とコスモスは一人頷いてそう言いながら男を見下ろした。

 男は動揺したように浮遊する得体の知れないものを見つめる。

「お前、何だよ。何なんだよ」

「ほら、さっきすり抜けた時に色々見えたから。御主人様に私を倒すようにとでも言われた?」

 大声を上げるたびに降り注ぐ雷を避けながらアジュールは華麗なステップを踏む。コスモスに至っては避ける素振りすらみせず、そんな様子を見ていたトシュテンは思わず笑ってしまった。

 結界を張っているのである程度相手の攻撃も威力が抑えられるが、維持するのも大変だ。

 しかし、場にそぐわぬのんびりとしたコスモスの様子に笑わずにいるのが難しい。

 ローブの男が怒るたびに毒霧が濃くなり周囲を覆おうとしているが、それも結界によって防がれていた。

 耐毒の魔道具を所持していてもじわり、と侵食する毒は厄介だが耐えられないことはない。

 この程度ならいちいち解毒するまでもないと結界の維持と、男の動きに注視していたトシュテンは気づけば周囲に精霊たちが集まっていることに気づいた。

 どうやら手伝ってくれるらしい。

「御主人様なんていない。そんなもの、いるわけない!」

「あ……逃げられちゃった」

 責めすぎたかと後悔するコスモスだがもう遅い。最初に出迎えた余裕など微塵もなくその場から消えてしまった男に溜息をつく。

 ちらり、とアジュールを見れば無言で頭を左右に振った。

「御息女とアジュール殿はあの男とお知り合いだったのですか?」

「うーん。知り合いなのかしら」

「殺されかけただけだ」

 周囲の安全を確認して結界を解いたトシュテンが二人がいる場所へと近づいてくる。困ったように小さく唸るコスモスに対し、アジュールはそう答えた。

 穏やかではないその言葉に眉を寄せたトシュテンに魔獣は主人を見る。

「まぁ、マスターと出会ったばかりの時の話だからな」

「それにしては御息女は何か納得がいかないようですね」

「それはアジュールもだと思うけど。あんなに弱かった?」

「私達が強くなったせいだろうと思ったが、それにしてはあれは弱すぎるな。あの時の気迫も力強さもない」

「首根っこ押さえられたかな?」

 最後の会話を思い出しながらそう呟くコスモスをトシュテンはそっと捕まえて抱える。考え事をしている彼女は小さく唸るばかりで気づいていないようだ。

 何も言わず自分の影に潜む魔獣に苦笑して、トシュテンは周囲をぐるりと見回し頭を下げて祈りの言葉を呟くとその場を後にした。



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