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180 成長期

 出会った頃から比べれば成長していると思う部分もあるし、まだまだ子供だと思ってしまう部分もある。

 子ども扱いすれば成人をとうに超えている大人なんだぞと怒られてしまうが、そんなところも子供だとアジュールは思っていた。

 自分の事情を深く聞かず、いつ裏切られるか心配しながらも頼ってくる様子は愛らしい。主従の関係なのだから当然なのかもしれないが、自分に子供がいたらこんな感じなのかと思う日々だ。

(それでも最近の成長は人が変わったようで不安になるな。感覚的には前と変わりないんだが、色々と混ざってるせいか?)

 血を見れば気分が悪くなる彼女に代わって前線で戦うアジュールはなるべく綺麗に処理するよう心がけるようになっていた。

 慣れさせて免疫をつけさせるかとも考えたが、精神的な負担が力にも影響を与えることを考えると得策ではないと判断したのだ。

 戦うのは好きで、血や内臓を見るのもどうということはないアジュールは、自分のそんな姿には怯えないのに戦いを極力避けようとするコスモスは変な生き物だった。

 人間だったら普通そういうものかと納得させる。

(感情の起伏が激しい時がある。やけに好戦的というか、前なら怯えて隠れながら防御するので手一杯だったというのに)

「アジュール、この先にいる」

「ここは毒霧が発生する厄介な場所だぞ」

「私は平気だけど、アジュールは辛い? それなら一度戻った方がいいかな」

「いや、マスターが力を回してくれるなら問題ない。この程度の毒に蝕まれるほどヤワではないからな」

 成長が早いだけなのか。それとも、他に何かがあるのか。

 何かがあったとしても明確に分からない以上は何とも言えない。

 自分の背中に乗って「うーん」と唸る彼女と会話をしながら、アジュールは長い尻尾をゆらりと揺らした。

「逃げる可能性は?」

「無いと思う。小さいけどまだ気配があるから、多分私達が追ってくるのを待ってるのかもしれない」

「誘導か。ふむ……」

「ならば、乗るしかないでしょうね」

「お前、来たのか」

 何が出るか分からないが自分とコスモスだけならば万が一の場合も逃げられる。ならば誘いに乗って追うべきかと考えていたアジュールは、後方から聞こえた声に思わず呆れてしまった。

 彼の背に乗っていたコスモスも驚いたように追いかけてきたトシュテンを見る。

「え、オールソン氏はあのまま神殿にいたんじゃ……」

「神殿には大精霊様も巫女様や神官もおりますからね。それよりいきなり飛び出して行ってしまったお転婆な誰かさんが心配でして」

「私とアジュールは大丈夫だよ?」

「……いえ、そういう問題ではないのですよ」

 ではどういう問題だ。

 そう尋ねようとしたコスモスだが、面倒なことになりそうだったのでトシュテンから視線を逸らす。

 状況をちゃんと見ていたらしいエステルは、コスモスの好きにしろとしか言わない。


『えっ』

『反対するとでも思ったか? いざとなればまた強制遮断で私は無事だ。仕留めると決めたならそうすればいい』

『自分でもどうしてこんな強気になったのか分からないんですけど、遺跡で会った素敵(・・)な相手のような気がして』

『管理人が独断で強制遮断した件だな。あの時でも適わなかったというのに、無謀に突っ込んで今度こそ死ぬか?』

『うーん。普通に考えたらそうなんですよね。でもまぁ、管理人のお陰で瀕死になった原因が分かった気もしますし』


 エステルの言う通り、もしコスモスの勘が当たっていてこの先に待ち構えているのが遺跡であ会った変なローブの男だとしたら勝ち目は薄い。

 一度瀕死状態にされているのだから恐怖を感じてもいいものだが、不思議とそれはなく寧ろここで逃がしてはいけないと感じていた。

 それが本能なのか、誰か他の囁きを受信しているのかはコスモスにも分からない。


『原因?』

『もう一度相手に会ってみないとはっきりと分かりませんけど。たぶん私が油断していたのと、相手が同類ならすり抜けが不可能だったのかなと』

『油断しすぎではないのか?』

『あはは。耳が痛いです。私を認識できる存在が少ない上に、何でもすり抜けてしまえば平気っていう油断と慢心があったのは事実ですから』


 人であることを忘れないように五感を機能させている。それでも死に至るほどの痛覚は自動的に遮断されるだろう。

 そう思いながらコスモスは深呼吸をした。

 力の消費を抑えるまま球体でい続けるのが便利だが、その姿が次第に薄らいで空気に溶けるように消えてゆく。

「御息女?」

「私今、どんな感じかな」

「声はしますが、姿が消えましたね。どこから声が聞こえてくるのか曖昧になって場所が特定しにくいです」

「ふむふむ」

 アジュールの背に乗ったまま移動していないのだがトシュテンにはそう感じるらしい。

 再び現れたコスモスにトシュテンは首を傾げ、彼女を見つめた。

「意図的に気配を薄くして姿を消したわけですね。最近、御息女のことを認識できる存在が増えてきましたから良いと思いますよ」

「……これから突撃しようとするのも止めないし、褒めても何もでないわよ」

「おや、止めれば大人しく神殿に戻っていただけますか?」

「無理かなぁ」

「でしょう? ならばこうして供をするのが最適でしょう」

 危険なことはやめなさいと言われ半ば強制的に連れ戻されるかと思ったコスモスだったが、笑顔で笑うトシュテンの言葉を聞いて複雑な気持ちになった。

 全く反論できない上にアジュールが楽しそうに笑っている。

 頭の中のエステルはいつものことだからと緊張感なく欠伸をしているほどだ。

「マスター、いつまでここで時間を潰しているつもりだ」

「あぁ、ごめん。色々話し込んじゃった。とりあえず相手の場所は分かるし、そこまで来いってことだろうから行こうか」

「分かっていると思うが、気を抜かぬようにな」

 とりあえず、アジュールの背中に乗って移動するつもりだったコスモスは彼の言葉に頷いた。

 毒霧が発生しているこの場所でも逞しく生きる生物がいる。魔物であれ何であれ、命とはすごいものだなと思いながら襲ってくる魔物たちを蹴散らしていった。

 目的の人物に到達するまで力は温存しておきたいのだが、魔物も久々に迷い込んだ新鮮な肉を見逃すはずがない。

「大した魔物ではありませんが、数が多いと困るのである程度は回避しましょう。御息女?」

「ん? あぁ、ごめんごめん」

 足早に移動しながら魔物を仕留めていたトシュテンは、ふとアジュールから離れているコスモスを見つけて声をかけた。

 少しぼんやりとしていた彼女は、呼ばれてハッとしたように謝る。

 ふわふわ、と戻ってきたコスモスは魔物を倒して毒耐性を得たとあっさり言ってくる獣の背に戻った。

「食べただけで得るなんて便利よね」

「主も便利な存在だからな。その恩恵だろう」

「……褒めてる?」

「褒めてるとも」

 毒霧が発生していようと、魔物が他よりも強くなっていようとアジュールがやることは変わらない。

 マスターを守りながら襲ってくる敵を葬り、時に食べて糧とする。

「御息女、先ほどは何をなさっていたのですか?」

「あぁ。戦わずに済むなら楽だからと思って、話し合いできるかなと」

「話し合い」

「ハッ。話し合いという名の脅迫だろう。邪魔だから大人しくしていろ、とな」

「アジュール」

「さすが、我が主だと感心しただけだ」

 魔物と話し合いとは、眉を寄せたトシュテンだったが鼻で笑うアジュールの言葉になるほどと頷いた。

 会話ができるのかとコスモスに問えば、彼女からは「なんとなく?」と疑問系で返される。

「なに、簡単だ。お前より自分の方が強いと示してしまえば魔物とはいえ馬鹿な真似はしない。それだけだ」

「それだけ、ですか」

「オールソン氏にはお見通しかと思ったんだけどな」

「殺気も力の行使も感じませんでしたからね。それすら消してしまえる力を身につけたのですか?」

「まさか。何も力なんて使ってないわ。ただ、こんな機会だしすり抜けられるから観察しておこうと思って」

 驚くトシュテンの声にコスモスは慌てて左右に揺れて否定する。

 後で何か役に立つかもしれないから近づいて見ていただけだ。

 殺気立ち攻撃性の高い魔物も、相手が得体の知れない存在だと分かると恐怖を抱く。

(攻撃がことごとくすり抜ける上に、こっちの攻撃は通じるんだからそれはそうよね)


『コスモス、お主自分がバケモノだと言っているようなものだぞ?』

『……似たようなものなのでは?』

『自棄になるのは早いぞ。まぁ、戦闘回避できた点は褒めるべきだな』

『見てただけなんですけどね』

『精霊石を二つも抱えている、こちらの攻撃が通らぬ存在など恐怖でしかないだろうが』

『それは、他の動物に対しても怯えられるということですか?』

『お主次第だろうな』


 それは分かる気がするとエステルの言葉に頷いてコスモスはころりとアジュールの背の上で転がる。

 慣れた様子でコスモスを背に乗せたまま道を塞ぐ魔物を倒すアジュールはいつもより楽しそうだ。

 トシュテンも想像した以上にスマートに戦闘をしている。

(オールソン氏も涼しい顔してついてくるのがすごいわ)

 こういう場に慣れているなと前から思っていたが、深入りするつもりはないのでそれ以上考えるのはやめた。

「面白いな。マスターを背に乗せながら攻撃することは今までもあったが、こうも敵があっさり倒れていくとは」

「アジュールが強くなっただけじゃない?」

「恐らく、主従の関係により御息女が成長されればその分アジュール殿も強くなられるのでしょうね」

「毒霧で体力をじわじわ削る予定だったんだろうが、ほぼ無効。他より強い魔物とはいえマスターの威嚇に退く程度」

 威嚇ってなんだ、と不満そうに呟くコスモスを無視してアジュールは笑う。待っているであろう相手を思うと楽しくて笑ってしまうらしい。

「ヴォー!!」

「気でも狂ったか」

「威嚇と言われたから威嚇してみただけですよね、御息女」

 そこで可愛らしく「ガオー」と叫んだりしないのがコスモスらしい。自分の背で吠える主を一瞬心配したアジュールだったが、笑いながらトシュテンがそう説明するように言うと「そういうことか」と呟いた。


『よりによって、魔獣化したデニスの咆哮か! これは面白い』

『記憶に残っていたので何となく……と思ったらあれ?』


 コスモスの威嚇に驚いたのか、それとも色々な意味で危ないやつがいると思われたのか魔物に襲われることが少なくなった。

 その代わり、彼女の叫びに答えるような声が遠くから聞こえてくる。

「遠吠えではなかったんだけど」

「仲間だと思われてるんでしょうね」

「オールソン氏って笑顔でグサグサ刺してくるよね」

「それだけ御息女のことが脅威的だということですよ」

「フォローになってないよね」

 そうなると自分が悪役になってしまったような感じがして気分は良くない。正義の味方ぶっているわけではないが、と思ってからコスモスは首を傾げた。

 やっていることは、正にそれではないかと。

(うーん。否定できないわね。燃え滾る正義感! というわけではないけど、嫌なものは嫌だし。圧倒的な力で敵を退けられるなら楽だし……ってこの考えが悪いのかしら?)

 これではメランのことを鼻で笑っていられない。

 はぁ、と小さく溜息をついてコスモスは自分の両頬をぎゅうと抓った。


『別に否定することもあるまい。誰しもが持つような願望だ。そんなもの、ありふれておる』

『いや、他の異世界人とは違うんだと勝手に思い込んでて、結局同じじゃないかと一人で落ち込んでるだけなので……』

『だから、そういうものだろうと言っておる。暴走せぬように私や管理人がいる。いざとなればアジュール……あれは楽しそうだと言って悪ノリしそうだな』

『ありがとうございます。これからもよろしくお願いします』


 欲望のまま突っ走ってしまえばメランのようになりかねない。彼はいつかの自分だと言い聞かせ、コスモスは抱えている思いを吐き出すように大きく吠えた。

 呼応するかのように遠くから咆哮が聞こえ彼女は目を伏せる。


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