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179 自己判断?

 神殿に戻ってきたコスモスたちから報告を受けた巫女は驚いた様子もなく頬に手を当てて「そうなのですね」と言うだけだった。

 多くの歴史的遺物に囲まれているせいなのか、それとも見たことがあるからなのかと思っていると彼女はトシュテンが抱えているコスモスにそっと両手を差し出す。

 当然のようにトシュテンも巫女にコスモスを渡し、勝手にそうされている彼女は困惑していた。

「土の大精霊様の影響でしょうか。本来あの壁画は地下にあるものなのですけれど」

「地下にあるものが最上階に?」

「ええ、ですので私も驚いているのです。気分が悪かったり体調が優れなかったりはしていませんか?」

 優しい眼差しと声。

 包み込まれる温もりはトシュテンとは全く違うものだ。

 どちらかと言えばマザーを思い出すと思いながらコスモスは綺麗な巫女の顔を間近で見つめ沈黙していた。

 美形に耐性ができたと思っていたが、どうやらまだまだらしい。

 そんなことを思っていたコスモスだが、巫女は具合が悪いのかと心配になったようでトシュテンを見る。

「アクシデントはありましたが、異常はありませんので御心配なく」

「そうでしたか。色々と大変でしたね。部屋はそのまま使っていただいて構いませんからゆっくりしていってくださいね」

「ありがとうございます」

 労るように撫でてくれる手の優しさは心地が良い。

 苦笑するトシュテンの反応もどうでもいいと思えるほど、コスモスは幸せな気持ちになっていた。

 頭の中ではエステルが呆れたように溜息をついている。

「私は書庫へ行くわ。何かあったら知らせてちょうだい」

「あ、そう言えばアルズは?」

「彼にはちょっとお使いを頼みました」

(そんなに仲良かった?)

 寧ろ仲は良くないように感じたのだが、自分の知らないうちに何かあったのだろうか。そんなことを思ってトシュテンの影に目を落としても反応はない。

(見てるの分かってるくせに、無視してるわね)

 大して言うほどのことでもない、ということか。そう判断したコスモスは巫女に撫でられながら色々な記憶が瞬間的に蘇っては消えていく不思議な現象に眉を寄せた。


『どうした?』

『いえ、最近ちょっと記憶が飛んだり、忘れたりすることが多いかなって思ってたんですけど』

『……ふむ』

『急に何かの一場面みたいなものが映って、これは過去の記憶だって思い出すんですよね』

『不快か?』

『誰かに頭の中を掻き混ぜられてるような気持ち悪さはありますけど、不調ではないですし……何でそうなっているのか私が一番不思議です』


 単なる物忘れならいいが、その映像を見るまで思い出せないというのは引っかかる。あえて思い出させないようにロックでもかかっているんだろうかと思ったコスモスは、カウンターの傍でソワソワとしながら視線を逸らす管理人にピンと来た。


『まさか、ねぇ?』

『それはないだろう。本体を無視して勝手に判断実行するなど、乗っ取りではないか』

『ですよねぇ』


 あははは、とエステルと笑い合ったコスモスは溜息をついて落ち着くと冷静な声で管理人に問いかけた。

 貴方は一体何がしたいのか、と。

 大きな図書館を思わせる空間のカウンターに立ち、なにやら作業をしていた管理人は笑みを浮かべる。

 その頬には冷や汗が流れるのを見逃さず、コスモスはもう一度尋ねた。


『貴方は何がしたいの?』

『何がしたいと言われましても、主であるコスモス様をお助けするのが喜びですので』

『本人の意思関係なく記憶を操作した理由は何だ? 本当に乗っ取りならば、残念だがお主らをこの場で消さぬとならん』

『そうなりますよね』


 それはあまりにも可哀想ではないかと止めるほど優しくもないコスモスはエステルに同意するように頷く。

 彼らはコスモスのためだと言うが、彼女はどうしてそれが自分のためになるのか分からない。

 勝手な記憶操作が可能だと分かった今は、ただ怖いとしか思えない。今後支障が出る前にサクッと消した方が安全だろう。

 勝手に生み出しておいて、勝手に消すとは身勝手だと分かっているが彼らの存在を知るのは自分とエステルしかいないなら問題ないだろうと頷いて、首を傾げた。

(あぁ、鎧がいたわね。でもあれは数に入れなくても大丈夫だろうから無視しましょう)


『申し訳ありません。生命維持が危険だと判断し、主を守るために強制遮断したのは私です。あのままでは死んでいたでしょうから』

『それは良い。体の防衛反応とすれば当然だからな。死にたくないとコスモスが強く願い、それを実行に移したのなら咎めはされんだろう』

『そうですね。あ、死んだなとは思いましたけど。管理人のお陰で生きてるなら感謝しなくちゃいけません。でも、結局管理人は私の想像の産物で……そうなると、自己判断で? だとしたら私は私を褒めるべき?』


 自分でも知らない自分の機能に驚きつつ、喜んでいいのか複雑な心境になるコスモスをおいてエステルは管理人を見つめる。

 本の整理でもしているのか女の管理人の姿は見えない。

 コスモスが今、必要としていないだけかもしれないなと思いながらエステルは視線を逸らす管理人を強く見つめた。


『ふむ。駄目か』

『申し訳ありません。御主人様(マスター)のためなので』

『はぁ。当然と言えば当然か。意識して行えない部分は、お主が管理していると見て間違いないな。今になって人格を与えて良かったのか後悔しておる』


 強い防御反応に弾かれたエステルは予想通りだったとばかりに苦笑する。そんな彼女の様子を見ながら申し訳無さそうな顔をする管理人。

 自分も悪かったと軽く謝罪したエステルは、来るたびに変わっていくコスモスの空間にそれも当然かと呟いた。

 記憶の管理ということで図書館を連想したのだろうが、日を経るごとにそれは大きく立派になっていく。

 しかし、モノクロな空間は無機質で味気ない。つまらないと思ったエステルはふと閃いてコスモスを呼んだ。


『コスモス、もうちょっとここを改造したいんだがこんなのはどうだ?』

『うわ、とうとう人の領域に入り込んで改造とか、乗っ取りはエステル様の方じゃないですか。って、いい建物ですね。ふむふむ、図書館ですか? うわ、凄い』

『そうであろう、そうであろう! 私の故郷の図書館だ』

『あぁ、フェノールの』


 エステルに何枚かの絵を見せられてコスモスは目を輝かせる。ここに行けば何でも分かると思ってしまいそうなくらいの蔵書量。

 神殿を思わせるような外観に、高級ホテルのようなロビー。調度品も高級だろうなと一目で分かるようなものばかりで、書架は落ち着いた色合いの木でできている。


『素敵ですね。行ってみたかったなぁ。もう、行けないんですよね』

『国自体がないからな』

『はーもったいない』

『そこでだ。せっかく管理人もいることだから、この場所を変えてみないか?』

『なるほど。フェノールの図書館を再現しろってことですか』

『いや、そのままそっくりでなくていい。寧ろ、そっくりだと破壊したくなるから細部までは似せんで良い』


 だったら何のためにこれを見せているんだと不満そうに声を上げるコスモスに、エステルは笑う。

 これを参考にして味気ないこの場所を変えてみろと言われ、コスモスは唸った。絵を見せられてから参考と言われてもそのまま再現したくなってしまう。

 しかしそれではエステルに破壊される。人の領域に来て破壊行為なんて何様のつもりだと思うのだが、相手は神子。

 コスモスの知らない力をまだまだ有しているのだろうし、この場でそんなことをされたらたまったものではない。

 強制遮断して立ち入り禁止という手もあるのだが、事ある毎に助けてもらっているのも事実。それはこれからも変わらないだろう。

(うーん。参考にしつつかぁ。これをこのままの方が簡単なんだけどな。参考、参考って難しい)

 もっとそういうセンスがあれば何とかなっただろうが生憎コスモスはそういったセンスを持ち合わせていない。

 誰もができるような仕事に就き、代わり映えのない生活を送りたまに美味しいものを食べたり友達と旅行に行く程度だ。


『分かりました。じゃあ、その方向でよろしくね』

『はい。お任せください』

『丸投げか!』

『エステル様の御指導もよろしくお願いします』

『暇人ではないんだが』

『あ、今すぐお帰りになります? 私これからまた大精霊様に会わなきゃいけないようなので忙しいんですよね』

『エステル様が参考資料をくださいましたので、私共だけでも充分進められますよ』

『帰らぬぞ。こうなったら完璧に完成させてやるわ! 大精霊との話も聞いてやろうではないか! 同時進行など容易に決まってる』


 何がきっかけで火をつけてしまったのかは分からないが、高笑いをしながら陣頭指揮を執ると宣言したエステルに拍手しながらコスモスは現実へと戻る。

 彼女は巫女に抱えられたままトシュテンと共に土の大精霊へと会いに行くところであった。

「はっ!」

「お帰りなさいませ、コスモス様」

「エステル様は相変わらずお元気のようですね」

「……さらに、焚き付けてパワーアップさせてしまったような気がする」

「何をしたんです?」

「いや、模様替えをお願いしただけだけど」

 あれだけ煽っておきながら後悔しているコスモスがそう告げると、首を傾げたトシュテンの眉間の皺が更に深くなる。

 巫女はコスモスの体調を気遣いながら、エステルが元気そうで良かったと告げた。

「巫女様も御存知なんですね」

「はい。エステル様は有名な方ですから。あぁ、それと私のことはどうかサーニャと」

「サーニャさん」

「呼び捨てで結構ですよ」

「御息女はそれが一番呼びやすいのでしょう。本当ならば、今まで通り巫女様と呼ぶのが一番なのでは?」

「その通りよ。巫女様は巫女様だもの」

「まぁ、そんな……コスモス様にそう呼ばれるだなんて恐れ多いです」

 どう見ても自分より年上で立場も上だろうにその反応は何だろうとコスモスはトシュテンに目を向ける。

 視線に気づいた彼は苦笑しながら助け舟を出してくれた。

「ではお名前でお呼びしましょうか」

「サーニャさん」

「は、はいっ」

(可愛い反応だなぁ)

 ほのぼのとしていると大精霊が待つ広間へ到着した。部屋に入る前から肌を刺すような雰囲気がコスモスの気持ちをしゃんとさせてくれる。

 トシュテンもその空気を感じているのか深呼吸をしていた。

「今回は私も同席して良いのですか?」

「うーん。悩んだんだけど、今後も一緒に行動するなら知ってた方がいいのかなと思って」

「私もアジュール殿も、詳細が分からずとも御息女に付き従うことには変わりありませんよ?」

 土の大精霊が呼んでいるからといって、何を話されるのかコスモスにも分からない。

 トシュテンには表向きそう言ったコスモスだったが、本心は何か重要なことがあった場合一人では背負いきれなくて困るからである。

 せめてアジュールが一緒に来てくれれば心強いのだが、彼と神殿は相性が悪いようで誰かの影に潜まなければ移動もできない。

 平気な顔をして部屋に訪れたりはしていたが、結構ギリギリだなとコスモスは感じていた。

「あぁ、信じてないわけじゃないわ。だから安心して」

「ふむ……なるほど。ならば、信頼度が増したということですね」

「そうやって調子に乗るよねぇ」

「私が大人しいから好き勝手できると思っているんだろう」

 トシュテンの影から低い声が聞こえる。一瞬驚いたサーニャだったが、それがコスモスの僕であることを確認すると安堵したように息を吐いた。

「私から力引っ張って強制的にそこから出る方法もあるでしょうに、しないのね」

「余力は残している。何かあった時に動けなかったでは済まないからな。マスターは心配するな」

「アジュール殿は自分が実体化して姿を現せば、神殿の皆様を不安にし御息女への心象も悪くしないか心配なさっているのですよ」

「チッ、黙れこの若造が」

(ミストラルの教会では我が物顔だったのに……大人になって)

 こんなに落ち着いて頼りになるとは思わなかったと過去を思い出していると、作業中だろうエステルの笑い声が聞こえてきた。

 どうやら彼女が言っていた通り、作業をしつつこちらの様子も把握できているようである。

 恐ろしい神子だなと一人頷いたコスモスは、いつものように誂えられた台座の上でゆらりと揺らめく大精霊に向かって勢い良く飛んで行った。

「コスモス様!?」

 巫女の腕から素早く飛び出したコスモスは大精霊の前を通過する途中で何かを弾く。

 防御壁が二枚剥がれたが、怪我はない。

 すぐさま張り直して次に備えようとしたコスモスは、背後から聞こえる笑い声に身を震わせた。

「私がこうしてここにいるというのに、奇襲とは面白い」

「大精霊様! 追います!」

「許す。この場は任せておけ。二度は喰らわぬよ」

 怒りが混じるその声を背にコスモスはするりと壁を抜けて外へと出た。いつの間にか影から影へ移動して彼女についてきたアジュールの姿がある。

「アジュール」

「分かっている」

 自分を呼ぶ声に仕留めるという響きを感じ取った彼は、無駄なことは言わずに飛んでいく主を追いかけた。



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