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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
祝福の代償
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166 協力

 しっかりと自分を見つめる瞳を受け止めながらコスモスは言われた言葉の意味を考えた。

 気のせいかと首を傾げ周囲の様子を見たが、どうやら気のせいではないらしい。

(何を企んでいるのやら)

「協力する、とは?」

「そのままの意味よ。共通の敵がいるならバラバラに追うなんて非効率的なことをする必要はないでしょう?」

 コスモスの代わりに答えるのはアジュールだ。ゆらり、と尻尾を揺らす彼の視線にも動じず占い師の少女は腕を組んだ。

 その隣では彼女の父親と名乗った男がのんびりとお茶を飲んでいる。

 アラディアの耳がピクピクと動き、レナードが警戒したように目を細めるが親子二人は気にしない。

 親子は旅の賞金稼ぎだと名乗った。酒場やギルドで依頼を受けて稼ぎながら旅をしているらしい。

 父親はレイモンド、娘はルーチェと名乗った。

(偽名だったとしても関係ないか)

「確かに、それはそうですね。謎の修道女とデニスを追うのでしたら協力したほうが効率は良い」

「そうよ」

 ルーチェの言葉に頷いて理解を示したトシュテンの反応に、彼女は笑みを浮かべる。話が通じると思ったのだろう。

(私を見ていたみたいだから、本当は私からそう言わせたかったのかもしれないけど)

 コスモスはそう思いながらも沈黙を守っている。アジュールとトシュテンの二人に任せておけば大丈夫だと思っているのだろう。

 それはアルズも同じらしく、彼ものんきにお茶を飲んでいた。

「だが、最終目的は違うはずだ。お前たちはリーランド家当主に雇われその依頼内容は秘密。まぁ、雇用主との契約上話せないのは仕方がないが信用して協力しろと?」

「そんな怖い顔で怒んないで。目的が一緒だから途中までは協力しよ? って話なだけだから」

 気楽に考えよう、と場にそぐわぬ口調で告げる父親の方にコスモスは邸内にいる精霊を軽くぶつけた。ふわふわとした白髪に精霊がぶつかって彼は「痛っ」と声を上げる。

(そんなに強くぶつかったわけじゃないけどあの反応。精霊が認識できているのね。許可した覚えがないのに私を認識できている時点で当然か)

 少なくとも占い師の少女とコスモスは前に会ったことがある。その時は姿は見えるが声は聞こえていなかったようなので恐らく今もそうだろうと思っていた。

 しかし、魔獣化したデニスと戦った際に普通に会話ができていたことを思い出す。

(不思議よね)

 可愛らしい顔は不満げにアジュールを見つめていたが、隣に座る父親がスッと彼女の視界を手で遮ってにこりと笑った。

 小さく頬を膨らませてその手を避けるとルーチェは溜息をついてコスモスを見つめる。

「貴方はさっきから何も話さないのね」

「……許可した覚えもないのに認識できている時点で警戒対象なの。ごめんなさいね」

 言おうか言うまいか悩んでコスモスはそう告げた。

 しん、とその場が静まり返る。ハッとしたように軽く目を見開いてから視線を逸らした少女を見つめ続けるコスモスの耳に、陽気な男の声が聞こえる。

「いやーこういう仕事してるとさ、見えないものが見えるようになるんだよね。素質? もあるみたいだし」

「確かに亜人ならばその可能性は高いだろうな。隠しているようだが……」

「一応隠してるから内緒にしててくれないかな?」

 アジュールが言葉を続けようとする前にレイモンドが真剣な表情で口に人差し指を当てる。暫くそれを見ていたアジュールは溜息をついてその場に伏せた。不機嫌そうに尻尾がパタパタと床を叩いている。

(どう見ても亜人には見えないけど、隠せるものなのね。人間ばかりの都市に入って仕事をするには必須なのかしら)

 それならば隠している理由も分かる。何のためにどうして親子二人で旅をしながら賞金稼ぎなんてしているのか気になるがそれは彼らの事情だ。

 コスモスはへらへら笑うレイモンドをじっと見つめる。

 ふわふわとした白髪に毒々しいまでの赤い目。背が高くひょろりとしているが動きはしなやかで力もある。慧眼を使用しようかと悩んだコスモスだったが、その赤い目の奥に底知れぬ何かを感じてやめた。

 頭の中で黙って様子を窺っていたエステルが「賢明だ」と呟く声が聞こえる。

「貴方たちの依頼主は母よね。つまり、母が許可すれば詳細も話せるということでしょう?」

「ええ、もちろんですよ。お嬢さん」

「良かったわ。それ以上の誓約があったらどうしようかと思っていたの」

「……報せはすぐにくるの?」

「昨日の夜に伝令を飛ばしたからもうそろそろ来るはずよ」

 黙って様子を見ていたアラディアはルーチェにそう告げる。妹二人が大変なことになり、家自体も危ういこの状況で穏やかな雰囲気を纏えることにコスモスは感心した。

 そしてタイミング良くノックされる扉。

 アラディアはちらりとレナードへ視線を向ける。すると彼は小さく頷いて扉を少し開けるとノックをした人物と小声で二言三言やりとりをして戻ってきた。

 手にした手紙をアラディアへ渡すと彼女はその中身を読んで笑みを浮かべる。

「どうぞ」

「はいはい、拝見しますよ。ふむふむ、なるほどね」

「見なくても分かるわ」

「あのね、ルーチェ。確認は大事だって言ってるだろう?」

 溜息をつきながらルーチェは手紙を読む父親を見上げる。そんな娘に彼は優しくそう告げると軽く頭を撫でた。

 子ども扱いされているようで嫌なのか、ルーチェの眉が寄りムッとした表情に変わる。

「お母様は相変わらず忙しいようだね」

「ええ。少しでも負担を減らしたいとは思うけれど、逆に負担を増やしてばかりだわ」

「まぁ、でも彼女はとても有能だからね。妹さんの父親がここに近づかないのも彼女がいるからだろう?」

「……随分とプライベートな部分まで踏み込んでくるのがお好きなようですね」

 妹の父親と聞いてコスモスはドリスとユリアどちらの父親だろうかと首を傾げた。娘がこんな状況になっているのだから心配で駆けつけたいという気持ちは分かる。

(ユリアの父親だったら泣いて落ち込みそうだし、ドリスの父親だったら責任を取って……とか思っていそうよね)

「ドリス嬢のお父上の実家が怒っていると噂で聞いたもので。心配になっただけですよ」

「あぁ、あそこはすぐに喚くから目立ちますよね」

「緘口令敷いてもこれだものね。漏らした人物は処罰しないと」

 溜息をついて額に手を当てたアラディアに、ふとルーチェが口を開く。

「本邸でドリス嬢に新しくついた侍女。あれ、デニスの女よ」

「……料金上乗せするべきかしら」

「必要ないわ。お節介ですぐに首を突っ込みたがる父親の非礼の詫びとでも思ってちょうだい」

「えーそれひどいよ。お父さん頑張ってるじゃん? リーランド家とはそれなりに付き合いがあるから心配なだけだって」

「……」

 自分がどれだけ頑張っているのか必死に話す父親をルーチェは涼しい顔をして流す。彼女たちが会話している最中にレナードが静かに部屋から出て行ったのをコスモスは見ていた。

 恐らくすぐに本邸へ向かって捕縛するのだろうとアルズが呟く。

 暇なら行って手伝ってきてもいいよとコスモスが言えば、彼は頭を横に振った。

「それで、結局どうなったのだ?」

「ちゃんと協力するようにってさ。依頼内容としては特に変更はないんだけどね」

「となると、デニスと修道女の捕縛ですね。デニスを唆したのは修道女でしょうが、彼女一人で今回の件を考え付いたとは思えません」

ただの(・・・)神官にあっさりやられてしまうくらいだものね」

「ありがとうございます」

「どうせあの女も関わってるんでしょうけど」

「こら、ルーチェ。めっ! どうしてそんなこと言うの」

 ルーチェの皮肉も意に介さずトシュテンは笑顔で礼を述べる。溜息をつきながら呟いた娘の言葉が聞き捨てならなかったのか、レイモンドが怒るもルーチェは知らないふりをしていた。

(一応怒ってはいるけど、あれじゃ効かないわ。溺愛してるんだろうなぁ)

「アルズ。貴方との契約は切れたけれど、協力してもらえる?」

「マスターがそうすると言うなら。まぁ、それとは別に僕に仕事を頼むんでしたら別途契約していただきますけど」

「構わないわ」

 アラディアの言葉に笑顔でそう答えるアルズを見て営業スマイルだ、とコスモスは呟く。例え営業用だとしてもその笑顔がとても眩しい。

 それに苦笑しながら答えるアラディアも変わらず美しいと思いながらコスモスは小さく震えた。

(この光景を写真に撮ることができたら、後で見返すこともできるのに残念!)

「二人の行方はどうやって捜す? もう追えないところまで逃げたかもしれんぞ」

「その通りだわ。何か策でもあるのかしら」

「ルーチェが占えば簡単だよね?」

 アジュールの言葉に頷いたルーチェだが父親にそう言われて彼を睨みつける。不思議そうな顔をしたレイモンドは何故愛娘に睨まれているのか分からずうろたえ始めた。

 ぷは、とアルズが飲んでいたお茶を噴出しそうになって慌てる。俯いているトシュテンの体も小さく震えていた。

 コスモスとアラディアは微笑ましいなという表情で親子を見ている。

「ええ、そうね。私の占いは高いのだけどお父様が払ってくださるのかしら? そうよね、そうだわ」

「えっ? えっ、ルーチェ?」

「私、新しい道具が欲しかったの。値が張るからもう少しお小遣い貯めてと思っていたけど、良かった」

「えっ!? お父さんも装備新調しようと思ってたんだけどなぁ」

 にこっと笑顔を浮かべ手を組んで嬉しそうにする姿はとても愛らしい。デレデレとしてしまうレイモンドの気持ちも頷けるが、その言葉の内容は恐ろしいとコスモスは同情した。

(天然な父親としっかり者の娘って感じなのね)

「デニスと修道女に請求できればいいのにね」

「それだ!」

「え?」

「確かに。使えそうね」

 ビシッとレイモンドに指を差されてコスモスはビクッとする。まさか自分の発言がそんなに注目を浴びるとは思っていなかったのだろう。

 驚く彼女を優しく撫でるアルズの膝の上でコスモスは親子の様子を窺った。

 二人共ぶつぶつと何かを呟いているがはっきりと聞き取れないので何を言っているかは分からない。

 ただその表情はとても真剣で、コスモスは心の中で標的となる二人に謝罪するのだった。




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