158 屋根裏
その精霊から転がり落ちた石はキラキラと輝いて、アラディアは驚きに目を見張ったがすぐにその表情を曇らせてしまった。
脳裏に浮かぶのは結晶化してしまったの妹の姿である。
「精霊様の中から出た石が、結晶化したものと酷似しているなんて。一体どういうことかしら」
「えっ、私にも分かりません」
柔らかな布地の上で輝きを放つ魔石は驚くほど透き通っていて清らかな感じさえ受ける。見た目は生物が結晶化したものと似ているがこれほど透き通ってはいない。
加工するにしても原石をこれだけ透明化させるのは今の技術でも難しい。どうにかして頑張ったとしても曇り硝子のようにしかならないだろう。
「何でだろう」
『ふぅむ。なるほどな』
「何か分かったんですか?」
『管理人が解析したところによると、お主の中で魔石の不純物が浄化されたようだな。あそこまで透明度が高いというのは、それだけ混じりけのないものだという証拠だ』
「そうですか。実感ないですけどね」
『そうだろうな。あの程度の濃度ではお主はびくともせんだろう。毒を毒と感じぬのだからしょうがない』
そこまで言われるとバケモノだと遠回しに言われているようなものである。
エステルの言い方が気になったが、豪華な椅子に座って管理人が作成した書類を眺めている姿は絵になるのだから何も言えなかった。
可愛らしい美少女が真剣に書類を見ている姿もまたコスモスの心を癒してくれる。
これで性格も可愛かったら良かったのになと彼女が思っていると、不敵な笑みを浮かべてエステルが目線をこちらによこした。
思わずその視線を受け流したコスモスは、自分でなくとも精霊がいれば同じことができるのかと質問をする。
『無理だろうな。通常の精霊にそこまでの力は無い。もし無理矢理やったとしても、力が反撥し合って消滅するのがオチだろう。お主だからこそなのだろうな』
「うーん、褒められてはいないですよね。だからといって得するわけでもないですし」
『ノアはお主のその特性を見抜いていたのかもしれんな。だからこそ、お主に取りに行かせるようにした』
「結界をすり抜けられるから、気配を察知されにくいからではなく?」
『ではなく、だ。もちろん、それもあるだろうが目的は採取した石をお主の中に取り込むことだったのだろう』
「え?」
コスモスは、しまう場所がないからと渋々自分の中に石をしまった時のことを思い出す。その行動すらノアは予想していたというのだろうか。
しかし、彼女の弟子に渡した石は採取したときと何も変わらなかったはず。
『取り出した後に変化がなくとも良いのだ。一度お主の中に収納されたというのが大事なのだろう』
「はぁ」
『通常ならばあの程度の浄化では何ともならん。加工どころか触れることすら躊躇うほどだろう。しかし、あの小娘……ノアならばそれが可能なのだろうな』
「まぁ、そう言われてみるとそうなのかもしれませんね」
『何故そう思う?』
「へ?」
エステルが自分でノアなら可能だろうと言ったじゃないかと思いつつ、間の抜けた声を上げるコスモスは小さく唸った。
何故。
確かにそうだ。はっきりした理由もないのに何故ノアなら可能だと思うのか。
初めて会った時から不思議な雰囲気は出していたが、その能力は未だ計り知れない。初対面だというのにコスモスのことをしっかり認識していた上、レサンタでの騒動を解決する手助けをしてくれた。それから夢の中でお茶をしたり、協力すると言ってきたりと謎の人物で警戒する相手としては充分だ。
しかし、それを信用している自分は何なのか。
(可愛いから? 自分に対する殺意がないから? 私が求めているものが何なのかも知っているから?)
そのどれもしっくりこない。だが、レサンタの魔女が被害を最小に食い止められたのはコスモスのお陰だと言っていた。
コスモスとしてはもっと何かできたんじゃないかと歯痒い思いでいっぱいだったのだが、彼女がいなかったら国は壊滅状態になっていたと聞いてゾッとしてしまう。
そんな自分の能力をノアが見抜いていたとしたら、寧ろ見抜かれているとどこかで分かっていたのかとコスモスは首を傾げた。
『なんとなく、ですかね』
『ふふふ。なんとなく、か』
『すみません。明確に答えられなくて』
『いや、謝らずとも良い。感覚は大事だからな』
『敵になったらなったで、何とかできそうな気がするんですよね』
『……お主は時折怖いことを言うのぅ』
『え?』
そんなつもりがなかったコスモスは眉を寄せて考えた。
もし何らかの理由でノアとその弟子と敵対することになったとしても、こちらの戦力のほうが上だろうと思った。
アジュールの戦闘能力は高く、イグニスもコスモスが呼べばすぐに飛んでくるだろう。それにエステルが補助してくれれば負けることはない。
ノアが隠し玉を持っていたとしても何とかなるだろうと気楽に考えてしまうのは危ないだろうかと思っていると、管理人二人が笑顔で武器を手にしている様子が浮かんだ。
二人とも綺麗な笑顔で物騒な武器を手にしている。
『神の遺物とはまた恐ろしい物を……』
『ロマンですよねぇ』
『うっとりするな! お主の感覚が分からんわ』
『え、本当ですか? エステル様もああいうの好きだと思ったんですけど』
『ぐっ……確かに好きだが、ああも簡単に持たせるものではないぞ』
もっと丁重に扱って研究すべきだと早口で喋り始めるエステルの言葉を流し聞きながら、コスモスは驚いた表情で魔石を見つめるアラディアへ視線を向けた。
彼女は顎に手を当てて何やら考えている様子である。
『まずいことになったかな』
『事故のようなものだから気にするな。アルズが戻り次第説明しておくといい。この女は賢いから精霊を強制的に使用するつもりはないだろうが、念の為』
『はい』
精霊を酷使するような事業を始めないといいなと思いながら、自分の軽率さを反省する。まさか自分にこんな能力があったとはと驚いていれば心配そうな管理人に見つめられていた。
気にしないでと心の中で呟くも二人の表情は変わらない。
周囲にいた精霊たちもコスモスの様子を心配して近づいてくる。それを見たアラディアは危ないと言って慌てて手にした魔石を保管していた箱にしまった。
じゃれるように近づく精霊を優しく手で払いながら、危ないから近づいてはいけないと告げる。
「祝福を受けた時、石はその真価を発揮するだろう……か」
ポツリと呟くアラディアにコスモスは「祝福」と呟いた。自分の中に入ったのが祝福とは何とも気持ちが悪い。
寧ろ呪いだと言われた方がしっくりくるような気がすると思っていれば、エステルが笑いながらそう卑下するなと言ってくる。
「ある程度上位の精霊であれば可能ということ? 精霊様に異常は……見られないようだし」
元気ですとアピールするようにコスモスはぴょんぴょん跳ねる。その様子を見るアラディアの表情が優しくてコスモスは張り切って大きく跳ねた。
張り切りすぎて部屋の天井を突き抜けてしまったのだが、下方から笑い声がするので良しとする。
「はぁ、やってしまった」
『コスモス、でかした』
「は?」
『ここは屋根裏部屋だ。荷物置き場になってから随分と経っているようだな』
「ですね。埃がたまってるところをみると掃除もされてないみたいです」
人の出入りが無いためか精霊が多い。ここは精霊の住みかになっているのだろうかとコスモスが思っていると、妙な闖入者に精霊たちがわらわらと近づいてきた。
ぐいぐいと張り付いたり、押してきたり、ちょんちょんと突いてきたり上に乗って飛び跳ねてみたり。
どの属性の精霊も似たようなものなのかと思いながら、コスモスはケサランとパサランのことを思い出した。
「えっと、それで何がでかしたんです?」
『あの奥の荷物を漁ってみろ。そう、箱の中だ。古い匂いがするぞ』
「そうですか?」
くんくん、と鼻を鳴らして匂いを嗅いでみようとしても埃と黴の匂いくらいしかしない。幽霊が出てもおかしくない場所だと思ってからコスモスはハッとした。
彼女にまとわりついている精霊は何が楽しいのか移動するコスモスから離れようとしない。
居心地がいいからだろうと前にマザーに言われたことを思い出し、ちょっと複雑な気分になった。
慕われるのは嬉しいが、正直邪魔だなと思うことが多い。
『ついでに情報収集させてもらおうかなぁ』
『それは良い。管理をするのはお主ではないのだから』
『……一応、私が生み出した存在なんですけど』
『それなんだがなぁ。お主に似ず賢く能力も高くて勿体無いほどだ』
『ぐっ』
自覚しているところを深く刺されながら、コスモスはよろよろと荷物を漁り始める。心の中でリーランド家に謝罪しながら気合を入れて見つけたものを軽く読み取り、ポイと管理人に投げるイメージを繰り返した。
一通り終わると一冊の本を取り出して体の中に入れる。持ったまま移動できればいいのだが球体の状態でそれをするには力の消費が大きい。
(もしかして、人型の状態でも体内に入れて持ち運びしたほうが楽なのかな)
『必要なもの以外入れるのはやめておけ』
『あぁ、やっぱりそうですよね』
『場所が狭くなる』
『……』
コスモスは先ほど体の中に入れた本を、さっそく読んでいるエステルに唇を噛み締めながら勢いよく下降した。
慌てふためき椅子から転げ落ちそうになる姿にフフフと笑う。
そうしてアラディアの部屋に戻ってきたコスモスだったが、大量の精霊をまとわりつかせて戻ってきた姿を見た彼女に驚かれてしまい少し傷つく。
少しだけ力を入れるとくっついていた精霊たちがあちこちに飛んでいった。
その様子を目で追っていたアラディアの前に、屋根裏で見つけた本を置く。それに気づいたアラディアは本の題名を見てコスモスと本を交互に見る。
「屋根裏部屋は盲点でした。ありがとうございます、精霊様」
探していた本がこんなところで見つかるなんてとの呟きを聞いて、コスモスは本の内容を思い出す。
目を瞑ればちょうどエステルがその本を読んでいるところだった。
『リーランド家の希少な証持ちの日記だな。この者の証の発現は遅かったようだ。四十も半ばで発現し、ほぼ軟禁状態で帰宅することも家族に会うことも叶わなかった悲惨な人生だな。月石鉱山を呪い、リーランド家を呪い、最期は軟禁されていた部屋での自死か』
『それは他の書物にも記載されてましたね。確か、発狂して暴れる証持ちを仕方なく部屋に閉じ込め、様子を見ていたところ部屋のあった塔内にいた人物が全て石化、証持ちは結晶化していたっていう』
『まさしく、呪いだな』
『昔の記述なのでどこまで本当かは分かりませんけど』
証持ちになれればその後の生活が死ぬまで保証され、楽に暮らせるという甘い蜜。厚遇でその家族も恩恵を受けられるという条件は確かに美味しい。
しかし、その実体は鉱山内の鉱石を採取するため連日酷使され、鉱山内の毒によってボロボロになっていく体。
出入りするための許可証くらいにしか考えてなかったと思われる文章は、目を背けたくなってしまうものだった。
孫の成長に想いを馳せ、子供の今後を憂い、愛する伴侶を思って泣く日々。ただ証を持っているというだけで人ではなく道具のように扱われることがどれだけ辛かったのだろう。
『月石鉱山内が危険だということを知りながら、採取を続け何人もの鉱夫が謎の病死だ。しかしリーランド家からの死亡見舞金の額が多いから、みな悪く言ったりはしない』
『逆らったら殺されそうな雰囲気ですね』
『王家の圧力、教会への媚びのために随分と無理をしていたみたいだな。まぁ、苦労するのは一部で自分達は何も困らないが』
『アラディアさんは、それを知っていた?』
『のようだな。見ろ、あの本を読んでも顔色一つ変えぬ。お主を見ていた時の方がコロコロと表情が変わっておったぞ』
それは褒められているんだろうかと悩みながらコスモスは首を傾げる。ちらり、とアラディアを見れば真剣な表情で本を読んでいた。
顔色一つ変えることなく淡々と読み進める姿から、彼女が何を考えているかは全く読み取れない。




