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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
祝福の代償
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154 忘れ人

 他人の心ほど分からないものはないとつくづく思う。

 それは他人ではなく自分でも同じかと思って、コスモスは小さく笑った。

 直接ドリスと会話したことのないコスモスは、遠目で見た彼女のことを思い出して考える。

 妹思いで、妹であるユリアの現状を心配し、心配しすぎるあまり鬱陶しくなってしまっている姉。それは恐らくユリアも思っていたことだろう。


『月石鉱山掌握の上、リーランド家もわが物としようとしている性悪な姉なのか、それとも心優しく心配性で心の底から妹を案じるあまり変な宗教に走ってしまった姉なのか』

『現時点では何とも言えんのう。はっきりしているのは、月石鉱山の証を持つユリアが呪いを受けたということだな』

『……生命反応はしてますけど、微弱ですね。全身結晶化……月石鉱山の呪い、ですか』

『証を持つものは呪いを受ける為に短命というのが証明されたようなものだからな。あのままでは生命維持することが叶わん』

『呪われた場所とは思えなかったんですけどね』


 そう言いながらコスモスは月石鉱山内部に侵入した時のことを思い出す。

 エステルが一緒だとはいえ、一人だけで夜の鉱山内を探索するというのは肝試しでもしているようだった。

 それでも悲しいかな今の自分の特性故に罠があろうと、小型の魔物が出ようと無傷ですんでしまった。実体があったらあれほどすんなり攻略できなかっただろう。

 キラキラと輝く鉱山内は明かりがなくとも神秘的な光に包まれていた。嫌な気配はせず、棲んでいる精霊たちは穏やかで見かける小型の魔物も攻撃性は低く大人しい。

 ユリアに証が発現するまでは放置されていただろう鉱山だが、中はそう古びた感じもせず人の手入れがなされていると感じた。

 証を持つユリアが努力して片づけたのかもしれないが、本人に聞くこともできない。

 生命反応があるなら意思の疎通もできるかと色々頑張ってみたが駄目だった。自分ならばなんとかできるかもしれないと思ったコスモスだったが、すぐに頭を切り替えて考える。

「マスター、解呪の方法はないんでしたっけ?」

「私や知り合いが知っている限りではね。リーランド家ではどうなのか分からないけど」

「こうなることを恐れて遠ざけようとしていたのに、結果そうなってしまいましたからね。皮肉なもんですよねぇ」

 ユリアですらこうなるなんて予想していなかっただろう。

 ドリスとデニスにとってはどうなのかは分からない。しかし、丁寧に隠されていたところをみるとまだ必要だったのか忍びなかったのどちらかだろう。

 ドリスを慕っていたユリアのためにも後者であってほしいが、アラディアのどこか諦めている様子を見ていると不安しかない。

 のんきにお茶を飲みながら他人事のように呟くアルズは、黙ってしまったコスモスをじっと見つめた。

「もし、ドリスさんやデニスさんが襲ってきたら、僕は問答無用で迎撃しますからね?」

「くれぐれも無茶はしないようにね」

「止めないんですか?」

「自分の身の安全が一番だからね」

 血なまぐさいことは避けるに越したことはないがそれが無理ならやむを得ない。試すようなアルズの目は自分の手が汚れていても拒絶しないのかと言っているようでコスモスは苦笑した。

 いつも大抵な攻撃はアジュールがやってくれているだけに、直接手を下すということはない。

 一度経験しておくべきなのかと思っていると、変なことを考えるなとエステルに怒られた。

「むぅ、つまらないですね」

「遊ぶなら他にしなさいな」

「今、レナードさんピリピリしてるんでさすがに自重してます」

「ストレスで胃に穴が開くかもしれないからやめようか」

「その前にハゲそうですけどね」

「ハゲねぇよ!!」

「あれぇ、聞こえてましたか」

 アルズの言葉に反応するあたり、少しは余裕があるようだ。アラディアが得た情報とユリアの現状、そして妹を陥れたかもしれないドリスのことで混乱しているように見えたが落ち着いたらしい。

 気だるげに溜息をついたレナードは睨みつけてくるが、アルズはにこにことしながらレナードの髪の毛を見つめる。

 その視線を振り払うように頭を手で押さえたレナードは、溜息をついてどう思うかと尋ねた。きょとんとした顔をしてアルズは自分の頭上にいるコスモスへと目を向ける。

「とりあえず、ドリスさんとデニスさんを捕縛して吐かせればいいんですよね。あぁ、それと怪しげな修道女もですか?」

「……俺はお前が怖いよ」

「え? 間違ってますか?」

「いや、間違っていない。その通りなんだが……なんだが」

 悩んでいる自分が馬鹿みたいだと呟いてレナードはアルズの頭上で落ち着いているコスモスへと視線を移した。

 見つめられたコスモスは何かと首を傾げる。

「その精霊様が裏切らないって言えるのか?」

「それ言ったら誰にでも当てはまりますよ。混乱して疑心暗鬼になるのもしょうがないですけど、少なくともマスターにメリットはないのでそんな面倒なことはしないかと」

 酷い言い様だなと思うコスモスだが事実なので何も言えない。

 面倒な雰囲気をしているだろうかと心配になって視線を降ろせば、伏せている獣がそれに気づいてくつくつと笑う。

「寧ろ、面倒なことは嫌なので関わらずこのまま離脱したいと思ってるんじゃないですかね」

「それは……困る」

「ですよね。わざわざ待ち伏せして捕縛したくらいですから」

 アルズには心を読むスキルでもあるんじゃないかというくらいコスモスの気持ちを言い当てる。しかし、現状を前にしてやっぱりやめたと離脱できるほど図太くもなかった。

「だったら今やることはドリスさんたちの居場所を突き止めて、捕縛し吐かせるしかないですって」

「そうだな……。お嬢があのままなのかどうなのかは心配だが」

「解呪の方法が分からないならどうしようもないよね。敵を倒して呪いが解けましたとかそういう類なのか、それとも何か薬が必要なのかも分からないし」

 呟くコスモスの言葉を静かに聞きながらアルズはこの場にはいないアラディアのことを考える。リーランド家一部の者に現れていたという結晶化の病。原因も治療法も不明だとは言い伝えられているらしいが恐らく月石鉱山に関係するものなのだろう。

 コスモスの話を聞いてそう思ったアルズはお茶のお代わりを注ぎながら、誰も手をつけていない菓子を頬張る。

 相手が相手だけに高級なものだと頷きながら二つ、三つと食べるアルズは頭上のコスモスに声をかけて彼女を下ろした。

「マスターはどうしたいですか? 僕は今後のことは契約には含まれてませんから自由ですけど」

「契約延長されるかもしれないだろ」

「受けるかどうかは僕次第でしょう?」

 もぐもぐ、とお菓子を食べながらのんびりそう答えるアルズにレナードの表情が険しくなる。口を開けて何か言いかけた彼はそのまま静かに口を閉じて盛大な溜息をついた。

 言ったところで、とアルズの性格を思い出したのかもしれない。

「ここまで来ておいて離脱ってわけにはいかないでしょう。こうなったら付き合うわ。ここでの面倒ごとを先延ばしにして自分の身に降りかかってきたらそれこそ面倒だもの」

「マスターらしいですね。どうなるか分からないのにいいんですか?」

「しょうがないわ。それよりアルズはどうなの? 無理して付き合わなくてもいいんだけど」

「言ったじゃないですか。僕はずっとマスターのこと探してたんですよ?」

(そう言えばそうだった)

 口に出して言ったら彼が不機嫌になりそうなことを思いながらコスモスは頭に響くエステルの笑い声を聞いていた。


『笑いすぎですって、エステル様』

『いやいや、楽しい弟子じゃないか』

『正直、協力するとは言いましたけどお役に立てるかどうか。アルズとアジュールがいれば片付きそうな気もしますけど』

『レサンタであったようなことが、ここでも起こっていたとしたらお主がいなければ全滅かもしれんな』

『プレッシャーですよそれ』

 

 自分がいても役に立てるだろうかと不安になってしまう。気弱になるコスモスにエステルは笑いながら用心するにこしたことは無いと告げる。

 その通りなのだが、相手の戦力やその能力が分からないまま対面するというのは怖い。

 ここにトシュテンがいれば何とかなるだろうなと思えるのだろうが、生憎彼はここにはいないのだ。


「あーーー!」

「マスター?」

「あぁ、ごめん。ちょっと、叫びたくなったのよ」

「分かります。たまにありますよね」

 

 突然叫び声を上げたコスモスに驚いたアルズだったが、理由を聞いて何度も頷いた。彼にもそういうことがあるのだろう。

 レナードも分かると大きく頷いて少しだけ優しい瞳でコスモスを見つめた。


『オールソン氏のこと、すっかり忘れてました』

『あぁ、あの叫びはそれを思い出したからか』

『はい。何か忘れてるなぁと思ったんですけど、色々忙しくて』


 忙しくてというのは言い訳でしかない。本人に正直にそう言ったところでわざとらしく悲しまれて終わるだろうが、コスモスは本心から申し訳ないと思った。

 忘れてしまうくらいキャラが薄いならともかく、あれだけ濃い人物を何故忘れていたのだろう。


『まぁ、一緒じゃないほうが自由に動けていいのかもしれないですけど』

『土の神殿に行くのは知っているだろうからな。それに、お主が忘れておっても向こうは忘れておらんと思うぞ』

『いっそ、忘れてくれてもいいんですけどね。急に仕事が入ったとか』


 心強い人物なのは確かだが、あれだけ丁重にされるのもくすぐったくてたまらない。立場もあるのだからそれ相応にと言われはするが、コスモスとしては複雑だ。

 マザーの娘だから良くしてくれるのは分かっている。マザーに迷惑をかけないように、その威光に泥を塗らないようにと遠回しで言っているんだろうが窮屈だ。

 好きにすればいいとマザー本人から言われているコスモスは、今まで通り適当に浮遊しながら障害物をすり抜けて帰還できる情報を集めたい。


『マザーに対する敬愛が重いあの男が、お主を放置していくものか』

『でも、それだったら既に合流してもおかしくないと思うんですけどね』

『それはあの男のことだ。何かを考えているのかもしれん』

『それか、仕事の呼び出しとか?』

『大人しく箱入りになっておけ』


 しつこいぞ、と言われて口を閉じたコスモスは寝心地が良かった箱の中を思い出してから慌てて頭を左右に振った。

(まぁ、あの人のことだからエステル様の言う通り暗躍してるのかもしれないけど。連絡がないのは不自然だからアジュールは知ってるのかもしれない)

 知っていて言わないのは必要ないと判断したからか。

 わざわざこちらから聞くこともないかと思いながらコスモスはツンツンと突いてくるアルズの指を回避した。

「精霊様が手伝うんなら、お前も手伝うんだろ?」

「当然ですよ」

「はぁ。俺が精霊様と話せてたらお前のナマイキっぷりも、少しは大人しくなってたんだろうなぁ」

「あはは。そんなんだからレナードさんハゲるんですよ」

「ハゲてねぇって言ってんだろ! ちなみに薄くもないからな!」

 完全にアルズのペースにのまれているレナードだが、そんな風に素直に反応してくれるから余計に懐かれるのだろう。

 レナードは嫌だろうが、楽しそうなアルズの顔を見ていると歳相応でホッとするコスモスだった。


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