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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
祝福の代償
154/291

153 どちらが先か

 ぐるりと森に囲まれた洋館の一室には重い沈黙が流れていた。上質な石でできた長テーブルにはリーランド家の家紋が刺繍されたクロスが敷かれており、等間隔に並ぶ燭台は全て真新しい蝋燭がセットされている。

(あれって中途半端になったやつは捨てるのかしら)

 そんなことを思いつつ、コスモスはじっとギュンターを見つめるアラディアの反応を待った。

 テーブルを挟んでアラディアの正面に座っているギュンターは、怯えるでもなく真っ直ぐに彼女の視線を受け止めている。

 供として後方に控えているのは彼の影として動いていただろう男女二名。


『さすがのやんちゃ坊主も、アラディアの眼力には勝てんか』

『頑張ってますけど、緊張して強張ってますもんね』

『アラディアの後ろで番犬が殺意を隠そうともしないのが原因かもしれんが』

『あぁ』


 緊張した場面だというのに頭に響くエステルの声は楽しげだ。こういう場面を見慣れているんだろうかと思いつつ、コスモスも小さく笑ってしまう。

 マイペースという意味ではアジュールとアルズもそれに当てはまるだろうか。

 アルズはアラディアの要望もあり、彼女の隣に座っている。

 両者が挨拶をしてから席に座り、ここまでの出来事を話したのは彼だ。

 信用できないと話の途中に声を荒げたレナードを無視して、彼はギュンターをつれてきた理由も語る。

 その内容に間違いがないかとアラディアがギュンターに問い、間違いは無いと答えてから沈黙が続いていた。

「アラディア様、これはもう個人間の問題じゃありません。リーランド家とアルテアン家の問題です」

「……」

「ユリア様をあんな目に遭わせておいて、そんな奴等のことを信じると?冗談じゃないですよ」

「レナードさん熱くなりすぎですよ。分からないでもないですけど、正直ギュンターさんにそれだけの力なんてないですから」

 はぁ、と溜息をつくアルズはレナードに睨みつけられても動じない。アラディアは両手を組んだまま無言でギュンターを見つめ続けている。

「お前、寝返ったか?」

「マスター」

「意外と扱いがひどいんだけど?」

 呼ばれたと思った瞬間にはレナードに押し付けられてたコスモスがそう呟く。えへへ、と可愛らしく笑うアルズに溜息をつきコスモスは彼の頭上へと着地した。

「そもそもマスターを強奪したのも苦肉の策でしょう。どうしていいか分からないままとりあえずユリアさんに贈り物として渡したのも、手元に置いたところでどう扱っていいか分からないからでしょうし」

「側近の従兄弟の方が有能じゃあ、お人形でいるしかないものね」

「まぁ、でもそれが逆に良かったんですけどね。彼にとってもそれは計算外だったんでしょう?」

「それで、国外の賓客を乗せた王家の馬車を襲ったと? そんなことが知れたらアルテアン家も大変なことになるでしょうに」

 なぜそんなことをしたのか理解に苦しむとばかりに告げるアラディアに、ギュンターは小さく笑った。

「遊び呆けて手がつけられなかった私のお目付け役が、従兄弟のデニスだ。あいつは私より賢く真面目で大人受けがいい。かと言って私を罵倒し蔑むような奴じゃない。まぁ、内心じゃあそうだったろうがな」

「デニス・コルダ。一度パーティで見かけたことがあるわね。自信に溢れた子だったのは覚えているわ」

「そうでしょう。あいつは私よりも自分の方が才能があるのに何故、と本家に生まれた私を恨んでいたからな」

「ああ、分かります。本家だからっていうだけで自分よりろくでもない男が、ちやほやされたりするの腹が立ちますもんね」

 アラディアだから覚えているのか、それとも記憶に残るような人物だったのかは知らないが、彼女は昔を思い出すように軽く目を閉じた。

 その隣でアルズが大きく頷きながらそう言う。

 まさかはっきりとそう言われるとは思っていなかったギュンターは「ぐっ」と小さく呻くような声があげた。

「自分は小さい頃から真面目にして優秀な成績も修めているのに、本家とその血の濃さだけで不良息子が優遇される。つけ入る隙はじゅうぶんですね」

「そのデニスって野郎の目的がお坊ちゃまの排除なら、リーランド家は関係ないだろ。蹴落とす方法なんぞいくらでもあるはずだ」

 レナードの言う通り、ギュンターが気に入らないなら彼を追い出す方法はいくらもである。

 わざわざリーランド家を巻き込んでまで彼を陥れる理由はない。他家を意図的に巻き込んだという事実が明るみになれば、いくら大人受けが良いデニスとてただではすまないからだ。

 賢いと言われているならなおさら、そんな危険はおかさないはず。

「デニスが最初からずっと私を陥れることだけ考えていればそうだ。表面上は私にも理解あるいい顔をしながら悪評をばら撒けばいずれ私は遠くに追いやられるだろう。三男だから万が一でもなければ必要とされないしな」

 自嘲するようにそう告げるギュンターを見ながら、彼にも色々と複雑な思いがあるのが分かる。

 アルテアン家はリーランド家と違ってギスギスしているんだろうかと想像したコスモスは、そもそも仲が良い家族の方が稀だったりするのかと首を傾げた。


『家によって色々あるのは、どこでも変わらんだろう?』

『そうですね』

『血が繋がっているからといって、仲が良い、分かり合えるなんてことはない。寧ろ、血が繋がってるからこそどこまでも憎しみあい、憎悪の連鎖が止まらない場合もある』

『あー……』


 仲が良いと言われているリーランド家の兄弟ですら簡単に仲違いして相手の言葉を聞き入れなくなってしまう。

 ユリアもあれだけ両親が好きで、姉が好きで兄弟が好きだったのにああも頑なになってしまった。

「だったら何でこんなことになってるんですかね」

「もしかして、デニスとドリスは繋がっているの?」

 溜息をついて首を横に振るレナードに、アラディアはギュンターを見つめてそう問いかけた。

 揺らぐ榛色の瞳と隠せない動揺に溜息をついた彼女は、「なんてこと」と呟いて組んでいた手に額を押し当てる。

「アラディア様?」

「ギュンター、デニスはドリスが好きだったのね?」

「はい」

 レナードの呼びかけに答えることなく、アラディアは確認するようにギュンターにそう問いかける。

 素直に頷いた彼の様子に深い溜息をつくアラディア。

「ん? ええと、ギュンターの最初の婚約者はドリスで幼い頃からそれなりに仲が良かった。でも、証の発現を機にギュンターの婚約者はドリスからユリアになった。それで、デニスは?」

「普通そうなったらワンチャンあるぞって、喜びますよね。まぁ、順当にギュンターさんとドリスさんが婚約者のままなら、ギュンターさんを陥れて傷心のドリスさんにつけこんで自分がとかそういうことはできますからね」

「……ひどくないか?」

 コスモスの言葉をなぞるように呟いていたアルズに、じっとりとした視線が向けられる。顔を上げればギュンターが眉を寄せていたので、アルズはにこりと笑う。

「当たってますか」

「恐らくそうだろうなって思ってたからな!」

「デニスは最近何か言っていた?」

「何か、ですか」

「どんな些細なことでもいいわ。そうね、占いにはまっていたとかそんな事はなかった?」

 占いという単語にコスモスが反応する。

 嫌な予感しかしなくて、彼女はアルズの頭上からギュンターを見つめた。

「いや、そんなことは無かったと思います」

「変な宗教にはまってた系とかですか」

「アルズ、余計なこと言わないの」

 コスモスがそう窘めると同時に宙を睨みながら記憶を辿っていたらしいギュンターが「あ」と声を上げた。

「え、本当に変な宗教に?」

「いや、それかどうかは分からないが最近運が向いてきたと上機嫌だった。なんでも、旅の修道女に出会って彼女に祈ってもらったお陰だと言っていたことがあった」

「旅の修道女……」

 本当に変な宗教にハマっていたのかと驚くコスモスは、何か引っかかる感じがして小さく唸る。

 目を閉じて考えると浮かぶのはレナードに捕獲される前の出来事。

「あなたの幸せを祈らせてくださいって、マスターそれ何ですか?」

「ああ、そうそう。デニスもそんな事を言っていたな。素晴らしい人物で私にも会わせたいと。都合がつかないまま話が流れてしまったが」

 うんうん、と頷くギュンターにアラディアとレナードは顔を見合わせ戸惑いの表情を見せた。

 アルズも分からないらしく頭上のコスモスを見上げるばかり。

「レナードに捕まる前にそういう女がいた。胡散臭いとは思ったが、あの女か?」

「おまっ! ちょ、急に出てこないでくれますかね」

「うるさいぞ。そもそも、あの場にはお前たちがいたはずだが気づかなかったのか?」

 軽くレナードを睨みつけ、アジュールは土の神殿へと向かう途中、分かれ道の中央で道行く人に声をかけていた修道女の話をする。

 どういう人物だったかとアラディアに細かく聞かれたアジュールだったが、普通と答えた。

「匂いは覚えている。その女が関わっているのなら、見た目をどう誤魔化そうと、探せる自信がある」

「ドリスさんとかにそんな匂いしました?」

「いや、それは無かったな」

 アルズの座る背後で彼の影から姿を現したアジュールはその場に伏せてゆらりと尻尾を揺らす。

 声に覚えがあったのか、一瞬驚いて腰を浮かせたギュンターは背後を手で制すると静かに座りなおした。

「デニスがその修道女にハマっていたとして、ドリスと接触する可能性は高いわね」

「いや、ドリス様とデニスが接触することなんてないでしょう?」

「それがあるのよレナード。ドリスが誰かと頻繁に会っていたという情報は知っていたわ。でも、あの子も年頃だからと知らないふりをしていたの。気になって詳しく調べたけど相手の男の身元までは掴めなかった。でも、ここで彼の話を聞いて確信したわ。恐らく、相手はデニスね」

「その可能性が一番高いという理由はなんですか?」

「精霊様が目撃されたその修道女を彼に紹介したのはドリスだと思うからよ」

 アルズの問いにアラディアはそう答える。

 頭が混乱して意味が分からなくなったコスモスは、ぶつぶつと呟きつつエステルの助けも借りて話を整理した。

「デニスが修道女をドリスに紹介して彼女の不満を解消しようとしてたのではなく、ドリスがデニスに修道女を紹介して彼を……彼を?」

「自分の計画を進めやすくするために、デニスを誘ったんだとしたらドリスさんはデニスの恋心を知っていたということになりますよね」

「あぁ、それなら有り得なくはないだろうな」

 ハァと溜息をつくギュンターにそんなことはないと言おうとしたらしいレナードは口を閉じた。

 アラディアも彼の言葉に反論する気がないのか、先ほどから溜息ばかりついている。

「いや、でも……ドリス様ほど心優しくてお嬢、ユリア様のことを心配なさっていた方はいませんよ?」

「本当にそうだったんだろうか。あ、いや喧嘩を売っているわけではないんだ。すまない」

 ぎろりと睨まれて慌ててギュンターがそう言い繕う。家族の一員として長い時を過ごしてきたレナードとしては、他家の人物にそう言われてムッとしてしまうのも仕方ないだろう。

「ユリアさんのことを心配しすぎて変な宗教にハマってしまったパターンか、それとも……ってとこですかね」

「アルズ」

「分かってますよ。だから言葉にしてないじゃないですか」

 怖い顔で睨まれちゃったと呟くアルズの声に怯えなど一切感じられない。こらからどうしたものかと思ったコスモスだが、ユリアの守りは鉄壁にしなければと思う。

 用がないならこのままでも何もないだろうが、もし相手にとってユリアは未だに必要があったら必ず奪いに来るだろう。

 それはアラディアも同じ考えだったらしく、既に守りは固めていると告げた。

 今後、何か情報があったらすぐに知らせると言ってギュンターは帰って行った。

「こちらではドリス。向こうではデニス。どちらが先かで揉めるでしょうけど、それは今ではないわね。少なくとも彼は聞く耳を持っている上、協力してくれるようだし。ありがとう、精霊様、アルズ」

「いえいえ」

「で、こらからどうするんです? 敵が来るの待ちますか?」

 罠でも仕掛けますかと言うレナードにアラディアは困ったように息を吐いた。

 コスモスもアルズの頭上でつられるように溜息をついた。


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