14 報告
儀式の時とはまた違った息苦しさがある。
ただ置物のようにその場でじっとしているコスモスはこの場にいていいものかと悩んでいた。
息苦しいです、と退席しようかとも思ったが何となく動いたらいけない気がして大人しくしている。
「……」
楕円形の大きな机にハイバックチェアが並ぶ。立ち上がっても自分の背と変わらないであろう長い背凭れの椅子は、美術館でもなければお目にかかれないような代物だ。
いくつかの空席はあるが、その椅子に座る面々はほぼ知らない顔だ。
知っているのはミストラル王国両陛下とマザーくらいだろう。
(この緊張感、嫌だなぁ)
各国の代表者が昨日の成人の儀について意見を述べている。
中には不安を煽るような発言や、心無い発言をする者もいたが、すぐさまそれも消えた。
原因究明に努める事が最優先であり「まるでお前が謀ったかのようだな」と紫紺の髪を持つ青年が呟けば、口元を歪めながら不安を煽っていた中年男性が途端に蒼白になりガタガタと震えだす。
その様子を見てか、水を打ったように静かになる室内に何とも似つかわしくない声が響いた。
「えっと、蝶による害は無かったに等しいのよね~」
「はい。混乱での負傷者は出ましたが、あの蝶自体に大した力はありませんでした」
王の後方に控えていた宰相の言葉に「うふふ」と笑う美女は、綺麗に飾られた薄紅梅色の髪を揺らしながら頬に手を当てた。
豊満な胸をこれでもか、と強調するようなドレスには男でなくともつい目がいってしまうが、宰相は彼女と一切目を合わせぬまま一歩退き定位置へと戻る。
彼女の胸の谷間に鎮座している涙形のペンダントは淡い紫色の宝石が填められていて、艶やかな肌に相応しい美しさだ。
歳の頃は自分より少し上だろうかと思ったコスモスだったが、女の年齢程アテにならないものはないなと思い(仮)として彼女のデータを頭に入れる。
(あの人、見るからに軽薄そうなのに天然ぽい雰囲気でいまいち良くつかめないわ。ただ言えるのは、一部の者たちにとっての理想郷が墓場にもなりえるってことかな。死因、谷間での挟撃による圧迫死とか。本望多数かしらね)
霊的活力は中程度。
しかし、目視できる霊的活力の強さはあてにならないとコスモスは心の中で溜息をつく。絶対にそれ以上の力を有しているだろという人物が結構いるからだ。
そうなるとコスモスと同じように霊的活力を目視できる人物が結構数いて、相手に己の力量を悟られないように抑えて普通程度にしていると考えた方がいいだろう。
ふむ、とコスモスは小さく頷いてこちらに向かってウインクをしてくる美女にたじろいだ。
(マザーにウインクする余裕まである)
自分に気づいている人物がこの場にどのくらいいるのかが判らず、縦横無尽に室内を駆け回っての情報収集ができないのが痛い。
もっとも、その可能性を考えて黙して動かず大人しくしているようにとはマザーからの指示だったのだが。
ならばと部屋の隅で静かにやり過ごそうかと思った彼女は、結局どこにいても知らない人やそれ程親しくない人ばかりに囲まれてしまい落ち着かずマザーの近くにいた。頭上のケサランは力の使いすぎで疲れているのか珍しく大人しい。
(いくら見えてないだろうと思っても、気後れするわ。あぁ、何でここにいるんだろう)
出て行きたいのに居なさいとマザーは言う。きっとそれは彼女の気まぐれだろうと思いながら、コスモスはマザーが座っている椅子の背からチラチラと美女を見た。
(霊的活力以上に、フェロモンが半端ないな。謁見の間から気になってたけど)
隠していても溢れ出てしまうのか、故意に放出しているのか。
きっと後者だろうなと思いつつコスモスは蝶について報告をしている研究員の言葉に耳を傾けた。
「その大半が消失しており、残念ながら見本を手に入れることはできませんでしたがあの場にいた人々からの目撃情報を元に……」
ミストラル王立研究所に所属する副所長という男が手元の資料を見つつ話を続ける。
席についているそれぞれの人物にも参考程度の資料が配られており、ほとんどの人物はそれを眺めながら副所長の言葉を聞いていた。
フェロモン美女は小さく欠伸をしたり、長い前髪をクルクルと指に巻きつけたりして聞く気が一切無さそうだ。
その隣に座っている神経質そうな男性は切れ長の目を細めて書類を凝視している。
あの美女を隣にして平然としていられるその神経にコスモスが感心していると、小さく手を上げたおかっぱの人物が質問をした。
「あの黒い蝶は幸福の蝶なのですか?」
「申し訳ありませんが見本が手元にありませんので比べようが……」
「姿形は非常に似ていますが、恐らく別物でしょう」
額の汗を拭きながらしどろもどろに答える小太りの副所長は顔が白く、唇が紫になりつつある。あんな出来事があってからろくに眠れていないんだろうなぁと同情していれば、切れ長美形が副所長の代わりに答えた。
「その根拠は?」
「幸福の蝶は非常に警戒心が強く、人が見つければすぐに消えてしまう存在です。あれ程の大群で押し寄せるはずがない」
「しかし、証拠がありませんよね」
本での記述ではそうと記されているが、実際に目にした人物が少ないだけにあれが幸福の蝶ではないという証拠は無い。確かにおかっぱの言う通りではあるが本物の幸福の蝶を持っているコスモスには、襲ってきたあの蝶がそれと同じようには見えなかった。
それに、ソフィーアが「違う」と言っていた言葉も引っかかる。
「調査を急がせてはいるが、如何せん昨日の今日。昨日の蝶と幸福の蝶の見本があれば一目瞭然なのだろうが……な」
「アタシの精霊は、あれは幸福の蝶じゃないと言ってる。あんたも姫なら、精霊の声くらい聞こえるだろ?」
「精霊がそう証言したからそれが証拠だとでも?」
「……お止めなさいお二人とも」
燃え盛る炎のような赤髪をした女性が乱暴な口調でミストラル王をフォローするように腕を組む。その言葉が気に入らないのかおかっぱがやけに食いついているのを見てコスモスは首を傾げた。
他の面々は「幸福の蝶だとは思えない」と呟いたりしているのに、あの少女だけは明確な証拠を求めている。
時間が必要なのは彼女にも判っているはずで、混乱はしたものの蝶による実際の被害は軽度で済んだというのに何が気に入らないのだろうか。
そう考えてからコスモスは、自分が随分とこの国に肩入れしている事に気づいた。
目覚めて暮して、マザーやソフィーアと出会って。まだひと月に満たないというのに随分と馴染んでいる自分に苦笑した。
(昨日の蝶も数匹保存してるけど、今ここで出すわけにはいかないだろうなぁ)
「急いでも仕方が無い。我が国からも急ぎ調査団をこちらに向かわせている。こちらと共同で調査をすれば、早く結果は出るだろう」
「……そうですね。急いでも良い結果は出ませんからね」
妖艶美女の隣にいた切れ長美形が「ふぅむ」と興味深そうにおかっぱの少女を見つめる。彼女は下唇を噛み締めながらテーブルに置かれている書類を睨むように見ていた。
綺麗な眉が寄っている。さらりと揺れる空色の髪は触り心地が良さそうだ。
「我が国とミストラル王国が共同で調査研究を致します。結果が出次第、皆様には書簡にて通達する予定ですが、詳細をという方は実際こちらに来ていただけるとよろしいかと」
切れ長美形が副所長の役目を半ば奪うような形でいつの間にかその場を取り仕切っている。本来ならばミストラル王か宰相が取り仕切るのだろうが、彼らはそれについて何も言わない。
「私は構わない。結果が出ても信じられぬわけではないが、恐らくこちらに使いを出すだろう。その時はよろしく頼む」
「承知した。そちらからの使者を手厚くもてなす事を約束しよう」
紫紺の男性が今まで瞑っていた目を開ける。その底冷えするような光にぶるりと身を震わせながら、コスモスは慌てて椅子の背に隠れた。
「私も恐らく使者を出すと思いますので、その時はよろしくお願いします」
おかっぱ少女が慌てるようにミストラル王へと告げれば、王は先程と同じように返して頷く。少しだけホッとした横顔を眺めながらコスモスは首を傾げる。
しかし、それも射るような視線に消されてすぐに忘れてしまった。
(こ、このプレッシャーは!!)
おかっぱ少女に気を取られていたコスモスは、気取られぬようにゆっくりとした動作で刺さるような視線を探す。
(私の姿は見えない。見えていない。見えていないはず)
そう何度も言い聞かせる事で心を落ち着かせ、目だけを動かしていた彼女は射るようにこちらを見つめている珪孔雀石の光を二つ見つけた。
意思の強さを思わせるような燃え盛る炎の赤い髪。僅かに釣り上がった目に見つめられれば、誰もが竦んでしまいそうだ。
黄金色の細かな細工が施されている髪飾りを揺らした彼女は、口の端を上げて微かに目元を緩ませた。
(もしかして、見えてる? いや、でも目線が上……あ、ケサランか)
守護精霊持ちの彼女は当然のようにケサランの姿が見えているのだろう。きっと、これがソフィーアの守護精霊だと思っているに違いないとコスモスはゆっくりと椅子の背に隠れた。
隠れたところで姿が消えるわけでもなく、自分ではなくケサランを見ているのだから隠れる必要も無いのだが居心地が悪い。
(この場には他の姫もいるだろうし、精霊見える人も姫意外にいるかもしれないから油断はできないわ)
ちょっと反応を見てみたかったがリスクが大きい。
そうコスモスが考えていると切れ長美形が国に保管してある貴重な標本を、調査団と一緒に持ってくる手筈を整えると告げた。
本物が残るなんて有り得るのか、すぐに消えてしまう存在ではないか、と疑問が出たがコスモスも手元に本物の蝶があるだけに何とも言えない気持ちになる。
図鑑と同じで、ソフィーアが本物だと言っているだけでこちらも確たる証拠はないのだが。
「蝶に好かれる学者がいるのですよ。その方が、幼虫から育てたそうです。あぁ、本物であると鑑定書もついていますのでご心配なく」
「あぁ、Dr.ウィルですか」
(その標本と私が持ってる蝶を比べれば、それが本物かどうか分かるわね)
世界が違うというのにコスモスが知る言葉や単語が使われているので、会話に不自由した覚えはない。マザー曰く自動翻訳のお陰らしいが本当に便利なものだと彼女は何度も頷いた。
召喚された者には標準で備わっているスキルの一つらしい。
人魂である上に言葉が通じない。文字が読めない状況なんて地獄でしかない。
そう考えたら今の状況は何と幸せか。
今はそれだけでも充分じゃないかと自分を戒めて、コスモスは会議の成り行きをぼんやりと見つめていた。
「はぁ、疲れた」
やっと解放されたコスモスは、ソフィーアの所に行ってくるとマザーに告げて彼女がいる部屋へと向かう。
本当ならば目が覚めるまで傍にいたかったがマザーからの呼び出しでそれも叶わず。
彼女の家族が付き添っているから大丈夫だろうと思いつつも、自分のせいで倒れてしまったのだから不安になるのは当然だ。
想定外の大きな負荷のせいで心身共に疲労し、熱も高く全身に倦怠感があると聞いている。
ソフィーアの体を通して自分の力を発動させるのが危険だと分かっていればやらなかったと呟いたコスモスに、やってしまったことは仕方がないとマザーは告げた。
いい勉強になっただろうと言われて何も返すことのできなかったコスモスだが、あれ以上のことをやったとしても気絶程度だとマザーは苦笑していた。
怒らないのかと尋ねる彼女に、マザーは本人が一番反省しているのだからそれでいいと告げる。
(良くないでしょう。ガツンと怒られたほうがマシだったなぁ)
ソフィーアの状態は心配だが、顔を合わせにくい。
しかし、謝罪はきちんとしなければとコスモスは彼女がいる部屋の前で深呼吸をした。
「……こんばんはー?」
声を潜めてスルリと扉をすり抜けて入室する。
ノックをしようかとも思ったコスモスだが、侍女がいる場合を考えてやめておいた。こんな時に幽霊騒ぎなんてまた面倒な事になるからだ。
「寝てるか。ごめんね、ソフィーア姫」
静かな室内に入ったコスモスはベッドで眠るソフィーアの姿を見て小さく息を吐いた。
聞こえていないのを承知で謝罪の言葉を口にする。
勝手なことをしておいて、許してくれとは言えなかった。彼女を守るつもりがこんなことになってしまい、まるで疫病神だ。
「コスモス……さま?」
「あ、起こしちゃった? ごめんね。寝てていいよ。まだ本調子じゃないんでしょう?」
気配に気づいたのか薄っすらと目を開けたソフィーアが、目の前に浮かぶ人魂を見てホッとしたように息を吐く。上体を起こそうとすれば「いいからいいから」と軽く押さえつけられ、彼女はそのままの体勢でコスモスを見つめた。
「あの、コスモス様はあの後ご無事だったのですか?」
「あぁ、うん。もう私はピンピンよ。蝶をヤケ食いしたからお腹壊すかと思ったけどそんな事もなかったし」
「そうですか……良かった」
得意気に言うコスモスの言葉に一部引っかかる部分があったものの、ソフィーアは安心したように笑みを浮かべる。
目の前に浮かぶ彼女の声から本当に元気だというのが分かったからだ。
「ごめんなさい、私のせいでこんなことになって。あ、でも心配しないで。もう迷惑かけないように、なるべく接触しないようにするから。悪いのは私だからね、貴方は何も悪くないのよ?」
もっと上手く言えないのかと思いながら、コスモスは口を挟ませないように早口で話し終える。心優しいこの少女が心配しないように、気を遣わないようにと距離をとる。
離れてゆく人魂の姿に、ソフィーアは勢いよく上体を起こして「違います」と声を荒げた。
その音に何事かと隣室で待機していたらしいウルマスが飛び込んでくる。真剣な表情で自分を見つめる兄に、ソフィーアは「あの、えっと」と視線を彷徨わせ笑顔を浮かべた。
「ごめんなさいウル兄様。ちょっと悪い夢を……そう、悪い夢を見て」
「……ソフィー。嘘をつく時、瞬き速くなるの昔から変わってないよねぇ」
安心したよ、と笑いながら告げるウルマスにソフィーアは慌てる。
違う、そうじゃないのと必死に言う妹を優しく宥めながら、ウルマスは彼女に横になるようにと促した。渋々といった様子で横になったソフィーアは心配そうにコスモスを見つめる。
気を抜けば彼女がいなくなってしまうのではないかと思ったからだ。
「うーん、守護精霊と喧嘩でもしちゃった?」
「ち、違うの……ううん。そうかもしれない。私がこんな風になってるから、いけないんだわ。昔に比べれば随分と強くなったつもりでいたのに、結局そう勘違いしていただけだった」
「それは違うよ。ソフィーは強くなったよ。昔のままだったら、喘息が酷くて父様が傍を離れられなかっただろうから」
何度も咳き込むせいでよく眠れなくて。
処方される苦い薬を飲んでも効かなくて。
よくもまぁ、今まで生きてこられたものだと思いながらソフィーアはベッドに腰を下ろして自分の頭を撫でてくれるすぐ上の兄を見つめた。
「そっか。君の精霊はソフィーが倒れたのは自分のせいだって言ってるのかな?」
「その通りです」
聞こえるはずもないが、コスモスはそう答えずにはいられない。それは変えようの無い事実。どれだけソフィーアが否定しても彼女に負荷をかけた原因はコスモスにある。
「私は違うって、言ってるんだけど……」
「うん。君の精霊さんは優しい子で良かったよ。ソフィーに加護がついたのは、あのお披露目を見ても半信半疑だったけどこれなら大丈夫だね」
「ウル兄様?」
話が噛み合ってないとばかりにソフィーアは不思議な顔をして兄を見つめる。ウルマスはくすくすと笑って、室内を見回した。
「精霊さん、大事な妹を守ってくれてどうもありがとう」
「いえ、お力になれずすみません」
大事な妹に無理をさせたのだから怒られて当然だが、ウルマスは穏やかな表情でお礼を言う。申し訳なくなったコスモスが身を縮こませながら俯いているとウルマスが頭を左右に振った。
「ううん。君がいてくれたから、ソフィーはこの程度で済んだんだ。そうマザーもおっしゃっていたから。だから君が必要以上に気に病む必要は無いんだよ? ソフィーも僕も、アル兄様も、アレクも、父様も。イスト兄は……まぁ、おいておくとして。ともかく僕たちは君に感謝しているんだ。とてもね」
「……ん?」
まるで普通に会話をしているような感覚にコスモスは首を傾げた。
自分のことを認識できるのはマザーとソフィーアだけだとマザーも言っていたので不思議だ。
適当に合わせてくれているだけだろうか、と思いつつコスモスはウルマスを見つめる。
(いやいや、まさかねぇ)
「そうですわ。私はとても感謝しております。さすがは、コスモス様と思いましたもの。私の体調もそのうち良くなるでしょうし、この状態は久しぶりとは言え慣れていますから大丈夫ですよ」
「あっれー、ソフィー。それはちょっと駄目なんじゃないかな?」
「このまま屋敷に移れば、治るまでは自室から出してもらえないのでしょう?」
「あぁ。イスト兄は何とかするから心配しなくていいよ。アレクだってきっと毎日来てくれるだろうしさ、楽しみにしてゆっくり養生するんだよ」
「べ、別に楽しみだなんて。早く体調を整えて皆様にご挨拶しなければいけないのに」
歯切れの悪いソフィーアの様子を見てコスモスは「あら?」と首を傾げる。
幼馴染と言えるような、昔から親しくしていた仲だけあって互いに思うところはあるらしい。蝶が襲ってきた時もいち早く駆けつけて彼女を守るようにしてくれたことを思い出しコスモスは微笑んだ。
幼馴染で婚約者、姫と王子。
二人が並べば御伽噺の登場人物かと思えるくらいに絵になる。
「まぁ、愛に障害はつき物とは言うけれど、それって二番目のお兄さんだったりしてね」
「あははは! 面白いこと言うね、精霊さん。えっと、コスモスさんだっけ?」
やはり、間違いや偶然ではないとコスモスは眉を寄せた。
何が原因かは知らないがどうやらウルマスには彼女の声が聞こえるようだ。
ならば下手なことは言えない。
コスモスは精霊ではなくてただの人魂であり、盾役として期間限定でソフィーアについているなんて。
あははは、と笑い声を上げるウルマスを眺めながらコスモスがどうしたものかと思っていると、声が聞こえていることに驚いていると思ったらしいウルマスが軽くウインクをしてきた。
「僕はね、精霊の姿は見えないけど声なら聞こえるんだ。まぁ、はっきり聞こえるわけじゃないから集中して耳を澄まさないといけないけど」
「そう言えば、ウル兄様は昔からそうでしたものね」
「でもさ、おかしいなぁ。今までこうやってまともな会話ができる精霊っていうのも珍しい……」
「こ、コスモス様は私の守護精霊のお師匠様のような方で、未熟な私たちについてくださっているのですわ。マザーの意向もあって」
なるほど、そういう設定できたか。
コスモスはソフィーアに何度も頷きながら中々良い設定だと笑みを浮かべる。
ソフィーアのことをとても大事に思っている身内になら、自分の正体がばれても仕方がないかと思っていたコスモスだがソフィーアは違うらしい。
やっと守護精霊を授かったと喜んでいる家族を悲しませたくないのだろう。
ならば自分にできるのはその話に付き合うだけだとコスモスはウルマスを見つめた。
(うーん、これは半信半疑だわ。何か隠してるの分かってて知らないふりしてるのね。一番食えないのは長兄よりも三男かな?)
「へぇ、そうなんだ。守護精霊の他にそのお師匠様までついてるなんて凄いじゃん、ソフィー」
「いいえ、私が凄いわけではありません。コスモス様と精霊が凄いのです!」
声を強めて胸を張るようにしながら笑みを湛え、高らかに告げるソフィーア。妹の興奮した様子にウルマスは苦笑し、落ち着くようにと彼女の頭を撫でた。
「ふふふ。そうだね。そのコスモス様と精霊さんも心配するから、もうお休み」
「……はい。ウル兄様、コスモス様に失礼な事をしてはいけませんからね?」
「分かっているよ。可愛い妹の大切な守護精霊さんとそのお師匠様だ。僕が無礼を働くとでも思うかい? 失礼しちゃうな」
じっと兄を見つめながら粗相の無いようにと何度も釘を刺す妹は、記憶の中の幼い彼女を思い起こさせウルマスを懐かしい気持ちにさせた。
兄とコスモスに就寝の挨拶をしたソフィーアは、安心したようにすぐ眠りへと落ちてゆく。規則正しい呼吸音に目を細めながらウルマスは優しく彼女の頭を撫でて、額に軽くキスをした。
「おやすみ。いい夢を、ソフィー」
彼と同じ事を思いつつ、素敵な兄が二人もいるのは羨ましいと思うコスモスだった。




