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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
祝福の代償
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145 おはなつみ

 自我を持って噛み付いてくるかと思った鉱石はあっさりと入手できて、コスモスはほっと息をつく。

 しかし、油断するなというエステルの声がすぐに聞こえて彼女は再び気を引き締めた。

 行きはいいが、帰りは怖いという童話を思い出しながら来た道を戻っていく。


『エステル様、あれで本当に良かったんですかね』

『良い良い。精霊に導かれ入手後も特に変化は見られん。ということは、やはり呼ばれておったのだろう』

『こうなることを読んでいた?』

『まぁ、誰が来るかまでは分からんかったはずだが。結界も内部の罠や仕掛けも関係なく到達できる存在となれば限られるな』

『そうなるとユリアですね』

『ユリアとその同行者だな。あの娘が一人で行くとは思えん。お供くらい連れて歩くだろう』


 お供というエステルの言葉にコスモスはカニ母子のいる場所で見た光景を思い出した。

 それをエステルに告げようとすれば、その前に止まれと言われる。

 自然と壁際に身を寄せて突き出した岩の陰に隠れるよう身を潜めれば、周囲の精霊がカモフラージュするようにまとわりついてきた。

 ありがたいが、ちょっと暑い。


『エステル様?』

『コスモス、このまま壁を通り抜けて外部には出られるか?』

『できると思いますけど』

『すぐやれ』


 戸惑う声が出る前にスゥと体が壁の中に入っていく。エステルのサポートのお陰かと思いながらコスモスはそのまま外へと出た。

 岩や土ばかりの中を進んでいくのは気持ちがいいものではないが、外に出ることだけに集中すれば精神的負荷は小さくて済む。

 できれば二度とやりたくないなと思いつつ暗い森を見渡した彼女は、深い溜息をつきながら草むらの中に身を隠した。

 認識される可能性がほぼないといってもこの国では油断できない。

 その他多くの精霊と同様に見てくれればいいのだが、見逃してくれない輩もいるだろう。

「ん?」

 すぐにアジュールが駆けつけてくるかと思いきや気配がない。ぴりぴりと肌を刺すような嫌な気配が近くからするのでコスモスは草むらの中から出られなかった。

(ここにいても安心はできないけど、どうしようかな)

 そんなふうに悩んでいると彼女の近くに蝶が飛んでくる。

 暗闇から生まれたような真っ黒な蝶。一瞬身構えたが見知った気配を感じてコスモスは蝶の動きを目で追う。

 蝶はくるくるとコスモスの周囲を飛んで森の奥へと移動した。


『エステル様』

『これ以降、私は暫く黙る。気配もなるべく消そう』

『分かりました』


 ノアが近くにいるのだと気づいたコスモスがエステルに声をかければ、察した彼女がそう告げる。

 夜の闇に溶けるように飛ぶ蝶だがコスモスにはどこにいるのかはっきりと分かる。ゆっくりと飛んでいく蝶を追いかけていくと薄くて透明な壁を通り抜けた。

(結界、かな?)

 内部に入れば少し開けた場所でローブを着た人物が立っている。背格好から恐らく弟子だろう。

 ノアの姿を探すように周囲を見回したコスモスへ、彼が声をかけた。

「あ、こっちです。迷いませんでした? 大丈夫でしたか?」

「大丈夫。蝶を追ってきたから」

「師匠じゃなくてすみません。受け取りは僕がするようにと言われたので」

「そう。で、これが例のブツなんだけど」

「あ、ちょっと待ってくださいね。ええと、この箱にお願いします」

 弟子は足元に置いていた袋の中から三十センチ四方の箱を取り出す。中を開くとコスモスの位置に合わせるように腕を上げた。

(魔力を帯びた箱だから、特注かな?)

 球体状のコスモスは己の内部から鉱石を取り出すと、箱内部に敷かれている柔らかな布の上に置いた。

 鉱石を置いた瞬間布が一瞬光ったのが分かった。

 コスモスにすれば少しだけ魔力を帯びた石なのだが、これがそんなに凄いものなのだろうかと首を傾げてしまう。

 その様子に気づいた弟子は、箱をしまった袋を背負うとコスモスにもう暫くここにいるようにとお願いしてきた。

「師匠がそうしてもらうようにと言っていて。それしか言えなくてすみません」

「そっか。ノアがそう言ったならしょうがないね」

「結界を張って一緒に待っている予定だったんですけど、その……」

 視線を逸らし、言いづらそうに言葉を濁らせる弟子の姿にコスモスは目を細めた。

 まさか自分達の行動がどこからか漏れ、または勘付かれて何者かが邪魔しに来たのではないかと。コスモスから注意を逸らすために囮になったのかもしれないと思っていると、弟子は小さな声でこう言った。

「お花摘みにいってくる、と」

「……ああ、なるほど」

「はい。それにしては遅いので心配していて。確かに今朝から調子は良くないみたいでしたけど」

「弟子くん。レディのそういうデリケートな部分は口外するものではないわ。適当に誤魔化すものよ」

 ノアがどこかで聞いていたら問答無用でボディに強烈な一撃を与えそうだ。コスモスの言葉にハッとした弟子の様子を見るに、わざとではないらしい。

 だからこそ余計にタチが悪いのだろう。

「でも良かったわ。てっきり襲撃者でも現れたかと思って」

「襲撃者ですか? 襲われたんですか?」

 怪我はしていないかと心配しはじめる弟子にコスモスはそんな気がしただけだと笑う。罪悪感と生れない事をしている緊張感に神経が過敏になっているのかもしれないと言えば、弟子は同情したように彼女を見つめた。

「すみません。僕が取りにいければ良かったんですけど」

「それはしょうがないわ。というより、まさか私もあっさり成功するとは思わなかったけど」

 いくら結界をすり抜けられ精霊に好意的に迎え入れられたとはいえ、鉱山内部の貴重な鉱石を勝手に持ち出すことは難しいのではないかとコスモスは思っていた。

 道具袋のように自分の中に見つけた鉱石を入れながら、外に出られなかったらどうしようかと考えていた。

 本当ならば人型で移動しようと思っていたのだが、エネルギー節約と鉱石入手のために球体になっている。

 面倒なことに球体でなければ採取したものを自分の中に入れられないのだ。

(手ごろな精霊捕まえて道具袋にする案は……酷すぎるから実行しなかったけど正解ね)

 どんな祟りがあったか分かったのもじゃないと一人頷くコスモスだが、遠く離れた国にいる二体の精霊が知ったら猛抗議するだろう。

「思ったよりも簡単でした?」

「簡単すぎて怖いくらいよ。無事に届けられたからいいけど。これが原因で不幸が起きたらノアに責任取ってもらうわ」

「それがいいと思います」

「……」

「どうしました?」

 弟子に力強く頷かれたコスモスは不思議そうな顔をして少年を見つめる。試すように深く視てもその感情や霊的活力(オーラ)に目立った変化は見られない。

 ということは彼は素直な感情のままそう言ったのだろう。

「貴方、ノアの弟子よね?」

「はい。そうですよ」

「彼女のこと尊敬してる?」

「それはもう、当然です! 師匠はこんな僕を拾って面倒まで見てくれてますし。きついことを言ったりしますけど、ちゃんと見ててくれるんですよ」

 その言葉にも感情にも嘘偽りはない。

 頭の中で押し殺した笑い声が聞こえたので咳払いをして誤魔化すと、コスモスは一向に帰ってくる気配のないノアが心配になった。

 やはり何かあったんじゃないかと心配していると、深い溜息と共に腹部を擦るノアが姿を現した。心なしかやつれた印象を受ける。

「ひどい有様だった……」

「あ、師匠お帰りなさい」

「あぁ、貴方も無事に着ていたのね。良かったわ。ごめんなさいね、ちょっと見苦しくて」

「ううん。お腹大丈夫?」

 心配するコスモスの言葉にノアはぴたりと動きを止める。そのままゆっくりと頭だけを動かして弟子を見据えると、首を傾げた。

 弟子の口から悲鳴が上がり、彼は数歩退く。

「すみません、すみません。あまりにもお帰りが遅いもので心配になったんです」

「適当に誤魔化すくらい、気を利かせてくれてもいいでしょう? 恥ずかしいじゃないの」

「すみません」

 顔を真っ赤にさせながら弟子の謝罪を見ていたノアは、ふぅと溜息をついてからコスモスに向き直る。

 浮遊しているコスモスは気まずそうに目を逸らす。

「ごめんなさいね、見苦しいところをお見せして」

「体調は大丈夫?」

「心配してくれてありがとう。落ち着いたから大丈夫よ」

 にこりと向けられる笑顔は貼り付けられているようだが、深く聞きはしない。良かった、と呟いたコスモスにノアは恥ずかしそうな顔をする。

 可愛らしいところもあるものだ、とコスモスがニコニコしているとコホンと咳払いをしてノアが弟子が背負っている袋に目をやった。

「作戦は上手くいったみたいね」

「うん。何とかね、ちょっとギリギリだったような気もするけど」

「ギリギリ?」

「確認できなかったからはっきり言えないけど、洞窟出ようとした時に嫌な感じがして別ルートから外に出てきたのよ」

 確認する勇気もなかったとは言えない。

 コスモスがそう説明すると、ノアは目を細めてコスモスを見つめた。

「あの洞窟には出入り口以外のルートはないはずだけど?」

「まぁ、壁をすり抜けて外に出たからね。普通はやらないと思う」

「壁……洞窟の分厚い岩壁を突っ切って外へ出たということ?」

「それしかなかったのよ」

「そう。そうね、貴方なら可能だわ。彼に行かせようと思ったけど、やはり貴方で正解だったわね」

 警戒するに越したことはないが、あの時のエステルの注意とピリピリした嫌な感じは気のせいだと思いたい。

 そんなことを思いながらコスモスは未だ合流できていないアジュールのことが心配になった。

 彼のことだから自分に心配されるまでもなく上手く回避していることだろう。

「戻って確認する?」

「危険だからやめておきましょう。こんな夜更けに活動するくらいなんだから、タチの悪い盗賊の類よ」

「盗賊が月石鉱山に?」

「リーランド家が身内で揉めているという話はもう漏れているわ。嗅ぎつけた奴等があの鉱山に目を付けるのは当然よ」

「ユリアがいないのに?」

「機会があれば狙う輩はどこにでもいるのよ。短絡的な盗賊ばかりだと思ったら大間違いよ」

 つまり、自由に出入りできる誰かが内部の何かを外に持ち出した隙を狙って強奪するという気の長いことを考える盗賊がいるかもしれないということか。

 さすがにいないだろ、と心の中で思いながらもノアが指を突きつけてくるものだからコスモスはとりあえず頷いた。

「結界があって出入りできなかったら、外に出た瞬間を狙うしかない。内部に潜り込めればある程度スケジュールも把握できるでしょうし」

「あの石にそれだけの価値があるとは思えないんだけど」

「そうでしょうね。でも、この石には貴方が腰を抜かすだけの価値があるのよ」

「へぇ」

「あまり興味なさそうね」

「私には必要ないものだからかな」

 宝石ならば綺麗だねと言って眺めているだろうが、どこからどう見ても大きな石である。魔力を帯びている石だとしても、そんなもの他にいくらでもあるだろうとコスモスは思った。

 聖地であり、結界を出入りできるものでしか手に入れられない。管理しているリーランド家ですら容易に持ち出しはできないだろう。

 証を持つユリアが資金を稼ぐためにというのも想像できない。

 勝手に持ち出して誰かに売りつけでもしたのがバレたら良くて国外追放、最悪は処刑だ。

 そう思うとノアの言葉の重みも違ってくる。

「私、消されるの? すごい犯罪に手を貸してしまったような気がするんだけど。いや、今更なのは分かってるけど」

「そう不安にならなくてもいいわ。何かがあればそれは私の責任だもの」

 取れるものなら取ってみろ。

 そう言われたからといって、どこまでそのやり取りが認められるだろう。いや、認められないだろうなとコスモスは眉間に皺を刻んだ。

「さて、約束通りカニ家族は安全な場所に避難させておいたわ。近くまで送ってあげる」

「ありがとう」

 アジュールのことが心配になったのは一瞬だ。彼ならば自分より生存確率は高いだろうとコスモスはノアの後をついていく。

 これからどうするのか、とコスモスが尋ねれば少女は弟子が背負った袋をちらりと見て「作業よ」とだけ答える。

 その作業内容の方がよっぽど気になるのだが、秘密と言われてしまっては無理強いもできない。

 ただの石ころをどうやって仮面にするのだろうと想像が広がった。



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