144 できる
はぁ、と溜息をつきながらコスモスは鉱山内を進む。忍び込むなら夜がいいだろうということでアジュールの元へ戻ってからすぐ行動することになったのだが、気が重い。
散々好き勝手やっておいて今更いい子ちゃんぶるな、という声が自分の中から聞こえてきたような気がして彼女は眉を寄せた。
気づかれなければ平気で、弟子にはそれが必要だというのも分かっている。
正当な手順を踏んで入手するのは手間がかかる。それに鉱山を管理する家長が入手できるものならどうぞと言ったから問題ないと告げたノアを思い出し、コスモスはまた溜息をついた。
『なんだ、まだウジウジしておるのか』
『分かってますよ。引き受けた以上するしかないって。嫌なら断れば良かったんですから』
『分かっておるなら湿っぽい顔をするな。こちらの気分も重くなる』
『……そうですね』
どこかで自分は悪人になりたくない、責められたくないという気持ちがあるのだろうとコスモスは思った。
分かったと頷いておきながら、寸でのところで尻込みする。客観的に見ても最悪だ。
(ノアと約束したものね。弟子くんも謎だらけだけど、メランを追うために彼が鍵になるのは間違いないだろうし)
『コスモス、確認するが……』
『分かってます。ノアにはエステル様のことは言いません。匂わせるような言動もしないように気をつけます』
『よし。こうしてお主の中におっても、相手に私のことがばれることはまずないから心配するな』
『アジュールもエステル様も、反対しないんですね』
ノアのことを知っているのはコスモスの他にエステルくらいである。
どういう理由で月石鉱山に侵入し、鉱石を入手しなければいけないのか説明する過程でノアのことを伏せておけなくなったのだ。
情報を彼女と共有した際、依頼者についてはボヤかしておいたコスモスだったがエステルはアジュールのように見逃してはくれなかった。
頑なに口を割ろうとしないコスモスに、諦めた様子で詳しくは聞かないと言ってくれたエステル。
それを聞いてコスモスがホッとしたのも束の間、今まで聞いたことのない真剣な声と雰囲気で相手を教えるようにと圧をかけられた。
防衛本能からかエステルを追い出そうとするも、彼女はビクともしない。
怯えるコスモスに気づいたエステルが、変な輩に騙されていた時にどう対処するか考えなければいけないだろうと告げる。
その時はその時でどうにかします、と答えたコスモスだったがかかる圧は増すばかり。
寧ろエステルこそ、自分を好きなように操って何かしら企んでいる可能性もある。
(それはないと思うけど)
そう。エステルもノアもそういうことをするような人物ではないと思っている。それを口にすれば、アジュールに鼻で笑われるだろうが。
何かあってもエステルに迷惑をかけるようなことはしない。大変なことになったとして困るのは自分だろうと言うも、エステルの真剣な雰囲気は変わらなかった。
心底自分のことを心配してくれているのだろう。それはありがたいし嬉しい。
ノアは自分のことは他言無用だとは言わなかった。だが、何となくそうした方がいいだろうとコスモスが思っただけだ。
メランと良く似た少年を弟子にして連れ回している時点でだいぶ怪しい。
しかも彼はソフィーア姫の成人の儀を台無しにした張本人だ。
姫を助けるためだとあの時からそんなことを言っていたような気がするが、コスモスは信用していない。
ノアに拾われた時には性格が変わったように大人しくなっていたというのも変だ。
しかし、それを問うも本人が首を傾げて分からないというのだからそれ以上追及するわけにもいかない。
正直、無理矢理相手の記憶を見るという方法もあったが、察したノアにやんわりと止められた。
欲しい情報を入手する前に人格崩壊を起こしたら再生は不可能だと言われたからだ。
コスモスよりも腕がありそうなノアですら難しいというのだから諦めるしかないだろう。
とりあえずメランを探して何かしら吐かせれば手がかりはある。しかし現状では行動が制限されて活動できない。
だから月石鉱山の鉱石が必要なのだとノアに頼まれ、こうしてコスモスは鉱山内にいる。
マザーに報告するぞというエステルの圧に負け、仕方がなくノアのことを話したコスモスだったがエステルは「そうか」と言うだけだった。
もっと何か言われるかと思っただけに拍子抜けである。
万が一のために、ノアにエステルのことは言わない。こうしてコスモスの中にエステルがいてもばれないように振舞う。
ノアが牙を剥いたときの防御策だと言われ、コスモスは頷くしかなかった。
(まぁ、ノアとエステル様が出会ったら面倒くさそうなのは分かる)
『反対なぁ。お主がそうすると決めたなら、仕方ないだろう。あの獣もやることが変わらないから別にどうでも良いと思っているのではないか?』
『口うるさく言うことと、そうでないことの差が激しいですね』
『お主のことを信用していると取れば良い』
『信用、ねぇ』
もしノアが自分を騙して攻撃してきたら、その時自分は相手を攻撃できるだろうか。
ふと、コスモスはそんなことを考える。
そして出た答えにゾッとした。
(できる、わ。できる)
悩むことなく、可能だと思ってしまう自分はおかしくなったんじゃないかと体が震えた。
自己防衛のためなら当然なのかもしれないが、心と体が何となくちぐはぐな感覚は気持ちが悪い。
人魂でいる時間が長い悪影響なのだろうか。
そんなことを思いながら鉱山内を進んでいく。いくつもの分かれ道があったり、奥が見えない穴や出入り口があったりしたが迷わず進んでいく自分に首を傾げた。
『どうした?』
『いや、なんで分からないはずなのに分かるんだろうと思って』
『はっはっは、そんなことか。それは簡単じゃろ。鉱石がお主を呼んでおる』
『うわー、嫌な予感しかないから戻りたい』
『今更戻ってどうする。噛みつかれたら大人しくさせれば良い。お主一人だけならまだしも、私がいるだろう』
確かに一人だったらちびっていたかもしれないとコスモスは頷いた。
アジュールは何かあった時のため、出入り口で見張りをしている。恐らく、エステルが一緒だから自分がついていかずとも良いと思ったのだろう。
あまり内部に入りたくなさそうな顔をしていたのでちょうどいい。
『それは大変心強いですけど。こうも簡単に侵入できていいものかと不安になりますね』
『鉱山に張られている結界ですら何でもなく普通に通り抜けられたくらいだ。鉱山内の壁だろうがなんだろうが、お主を遮ることなどできぬわ』
『あぁ、エステル様のところに落ちた時もそうでしたね』
『それは言うでない。仕方なかろう。お主のような規格外など考慮しておらんわ!』
それが万が一というのではないでしょうかね、と思いながらコスモスはギミックが仕掛けられた壁をすり抜け隠し階段のある床を潜る。
昔使用されていたと思われる鉱夫たちの寝所に入り、適当に物色して引き返した。
『あ、分かりました』
『何がだ』
『分からないのに分かるのが不思議だと思ってましたけど、分かってなかったです』
『意味が分からん』
『真っ直ぐ鉱石が採取できる場所に向かえばいいのに、寄り道したりしてるし変だなと思ったんですけど、私はただ精霊に道案内してもらってるだけでした』
何故それに従うのが最良だと思ったのか自分でも分からない。
しかし、鉱山に入ってからずっとコスモスは土の精霊に先導されるように動いていることに気がついた。
『だから言ったであろう? 鉱石が呼んでおると』
『えっ、本気だったんですか』
『はぁ。嘘だと思ったのか。鉱石がお主を呼んでおるなら事態はある程度把握していると見ても良いだろうな』
『え?』
立ち止まるコスモスを促すように土の精霊がふわりと近づいてくる。道案内をしていたが一向に追ってこない彼女が心配になったのだろう。
そのくすぐったさに小さく笑いながらも、コスモスは来た道を振り返った。
『お主が欲しい情報の為には進むしかなかろう』
『分かってますけど。本当に噛みついたりしないですよね?』
『さてな。しかし噛み付いたとしたら私が回避させてやるから心配するな』
活きのいい鉱石ですねぇ、と言いながら採取しなければいけないのか。そんな場面を想像しつつ、コスモスは精霊に促されるように動き始めた。
鉱山内は真っ暗だが、コスモスには問題ない。自動的に明るさが調節されているようで、どこに何があるのか分かる。
目的の鉱石がある場所に近づいてきたと分かるのは、周囲の岩肌が光っており魔力を感じるようになってきたからだ。
(魔力を帯びた鉱石とか、自我を持って襲い掛かってきてもおかしくないわ)
いざ戦闘となれば異変を察知してアジュールが駆けつけてくれるだろう。それまで凌げばいい。
友好的に案内してくれる精霊すら罠の一つじゃないか、と疑いつつコスモスは月や人が彫刻がされている大きな扉をするりと通り抜けた。




